修復屋リコルヌ 〜依頼主は物語の中の人〜

渚乃雫

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1冊目 とある林檎の話

第3話 潜入調査開始

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「ああ、そういえば、ニルス、ケビン。話があるんだけど」

 そう言った僕に、「何なに?」と普段は口喧嘩ばかりしている二人が息ぴったりに口を開いた。


「何か上手く言いくるめられたような気がする……」
「そんなことないよ」
そうのその笑顔!」
「笑っただけだよ、ケビン。時間が惜しい。着替えて早く行かないと」
「えー……」
「おや、師匠に無理をさせるつもりかい?」
「それはダメだ!」

 バッ!と僕に詰め寄るケビンに、ほら、と洋服を差し出せば、彼は渋々、といった様子でその服を受け取る。

「なぁ、そうは……市民か?」
「うん。オリヴァさんのところの弟子、っていう設定」
「じゃあ俺は? やけにキラキラしてんだけど」
「ケビンは今回はお城の近衛兵」
「これがぁ? こんなんで?」
「ああ、うん。何やらお后様の好みらしいよ」
「好みねぇ……? まぁ……人の好みは色々だからアレだけど……近衛兵なのに重たくねえのかな、この服。いざって時に動けねぇぞ? コレ」

 くるり、とその場で回ったケビンの服は、彼が言うように金や銀の糸を使った装飾が施されキラキラとしている。

「あまり出動する機会が無いのかも知れないね」
「へぇ……けど、近衛兵っていうくらいだ。俺より強い奴いるかなぁ」

 関節を鳴らしながら楽しそうに支度をするケビンに、「目的を忘れないように」と釘をさせば「はーい」と良い返事が返ってくる。

「細かい指示は出さないから、師匠に無理をさせない程度に自由にやってきて構わないよ。ただ、くれぐれも」
「物語が大幅に変わっちゃわないように、だろ? ちゃんと分かってるって」
「それなら良いんだけど。ケビンはたまにやらかすから。後で修正するの大変なんだから」
「分かってますって」

 本当かなぁ、と溜め息をつきながらケビンを見れば『そう』とニルスが僕を呼ぶ。

『変なことしでかしそうなら強制帰宅させるから大丈夫』
「ニルス……それは……」
「俺そんなヘマしねぇし!」
『そんなこと言っていつも面倒ごと起こすのは誰よ』
「アレは俺のせいじゃなくて面倒ごとが勝手に起こるんだよ!」

 ぎゃんぎゃん、と始まった言い合いに、はぁ、と軽く息をつくものの、師匠はずっと楽しそうに眺めている。前にうるさくしてすみません、と謝ったことがあるけれど「賑やかなのは久しぶりだから楽しいよ」と笑った師匠の顔が忘れられなくて、僕はいつも言い合いを止めることに少しの躊躇をするのだが。
 けれど、今は本の中だ。いつもの言い合いは、外に戻ってからにしてもらおう、と考え直し「ケビン! ニルス!」と少し大きな声で二人の名前を呼んだ。


「お待たせしました。オリヴァさん」
「あ! 修復屋さんっ」
「はい。修復屋リコルヌです。ええと、オリヴァさん、これから先、そう、と呼んでいただけますか?」

 ケビンと別れ、待ち合わせへと向かえば、林檎の箱を積んだリアカーと共に待つ依頼主のオリヴァさんの姿が見えた。

「いや、でも……」
「僕はオリヴァさんのところの弟子、ということになっていますので」
「はあ……ですが」
「弟子に、さんづけでは、少し不自然になるかと」
「……では……ソウくん、とお呼びします」

 困惑した表情を浮かべながらもどうにか僕の名前を呼んだオリヴァさんに、「はい」と笑顔で頷く。

「オリヴァさん、林檎を一度、拝見しても構いませんか?」
「え、ああ、どうぞどうぞ!」
「ありがとうございます」

 カタン、と林檎箱の蓋を外して中を見れば、見事な色艶の林檎が箱の中に並んでいる。幾つかある箱の中身はどれも出来の良い林檎ばかりで、その中でも、1箱だけ別に置かれていた箱の中身の林檎は、見た目はもちろんのこと、香りも格別だった。

「この箱の林檎が、お后様にお渡しするものですか?」

 蓋を閉めながらそう問いかけた僕に、オリヴァさんは「ええ」と大きく頷く。

 ガラ、ガラ、とリアカーがゆっくりと進む。

「いつもは、お城の中で、使いのかたに誘導されて、林檎を運ぶんでしたよね?」
「ええ。ワタシが運ぶ分は、調理場で使うものですので、調理場付近にいつも運んでおります。お后様にお持ちする分は、使いのかたが」
「なるほど。その使いの者は、いつも同じ人ですか?」
「ええ。問い合わせたのも、その方なのですが……いつも、別の箱など見ていない、届けていないのだから代金は払わぬ、と……お城から必要とされるだけでも光栄だと思えと……」
「………なるほど」

 なんて傲慢な、と僕が思うのと同時に『その城のやつ、フルボッコにしていい?』と無線機越しのニルスから不穏な言葉が聞こえ「はは……」と思わず苦笑いが浮かぶ。

「ええと、とりあえず正直に云うと、僕たちにも時間があまり有りませんので、今日中に解決したいと思います」
「え、今日中ですか?!」
「ええ。ですので、いくつかお願いがあるのですが」
「……は、い?」

 お城からまだ少し離れたところで、オリヴァさんに小さな声で耳打ちをする。
 はじめのうちは、「え?!」と驚いていたオリヴァさんだったが、次第に理解してくれたらしく、最後には「よろしくお願いします」と深く頭をさげられた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「おはよーござまーッス」
「おう、あー、えーっと……お前はー」
「いやだなぁ、ケビンッスよ。忘れちゃったんスカ?先輩」
「ああ、そうだったそうだった。ケビン、今日のお前の担当は中だぞ」
「え、マジっすか! ラッキー」
「ちゃんとやれよー」
「はいはーい」

 相変わらずチャラチャラしてんなー、という近衛兵の声を聞きながら、ケビンは城の中へと進んでいく。
 相変わらずって、俺のコト知らないのになぁ、と潜入の時は毎度の事ながら可笑しくてつい笑ってしまう。

『ケビン、何一人で笑ってんの、キモイんだけど』
「うっせーなあ、別にいいだろ。ったく湊には優しいくせして、何で俺には冷たいんだ」

 一人で歩いているため、ニルス達と大きな声で会話もできず、ブツブツと文句を言うように小さく呟けば『何、ケビン、あたしに優しくして欲しいの?』とニルスに驚いた声を出され「ちげぇし」と無線機越しのニルスに今この場で出来る最大限の抗議の声をあげる。

「で、俺はどこの配置なわけ?」
『ああ、えーっと、大広間Bね』
「Bって、なんだよBって」
『BはBでしょ、あんたそこまでバカだったの?』
「ああん?!」
「っ!!? 何だよ?!」
「あ、すんませんっ」

 思わず出た俺の声に、前方にいた近衛兵が大きく肩を揺らしてこっちを見る。バッと頭を下げ謝れば、「お、おう」とその近衛兵は特に問い詰めることもしなかった。

「あ、そうだ。先輩! 一個聞いていいっすか!」
「あ? 何だ?」

 先輩、と呼んだ俺に、この兵は若干嬉しそうな表情をしながら答える。

「今日初めて大広間の警護やるんすけど、Bって何処でしたっけ??」

 きょとん、としながら問いかけた俺に、「おまっ、Bってマジか?! あ、ああでも、そうだな……お前の顔面ならそうだな……」と何故か人の顔をジロジロと見たあと、近衛兵は小さくため息をつく。

「顔面?」
「顔面は顔面だよ。お前、イケメンじゃんか」
「……そうッスか?」
「ああ。ここの兵の配置は、イケメンであればあるほど、お后様に近いところに配置されるのさ」

 ハハ、と悲しそうに言うこの人も別に顔の造りは普通じゃないか?と思った時に『お后の好みでしょ、ただ単に』とニルスの呆れた声が聞こえる。

「へぇぇ、先輩、十分イケメンなのに、何でっすかね。優しいし、強いし」
「お前……良い奴だな」

 思ったことをそのまま口に出しただけなのだが、目の前のこの人は妙に感動したらしい。まぁ、よくわからんけどいいか、と放置しようと歩きだした時、「大広間Bは入り口からの階段をあがった右側だぞー」と背中越しに聞こえ、「あざーす」と返事をしながら、少しだけ早歩きでその場を離れた。





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