5 / 7
1冊目 とある林檎の話
第5話 閉錠
しおりを挟む「し、執事長!!」
「近衛のものが、お后様のお部屋の近くで執事と謁見者が揉めている、とワタシを呼びにきたのですが、貴方ですね?」
驚いた表情を浮かべる男とは反対に、執事長、と呼ばれた白髪混じりの男性は、執事服の男を見たあと、僕と、僕の手元の箱に視線を動かし、執事服の男へ呆れたような表情を浮かべながら口を開く。
「貴方は確か、少し前にも、林檎農家のかたと揉めていますよね?今度は何です?」
「……ちがっ、これは!!」
「何ですか?何か言い分でも?」
「違うんです!こいつ、こいつが分けの分からないことを言い出すから!」
「分けの分からないこと?何です?それは」
執事長が眉間に深く皺を刻みながら、執事服の男に問いかける。
「……湊、何も言わないのか?」
僕の隣に並んだケビンが、コソ、と小さな声で耳打ちをしてくるが、「言わないよ」と執事服の男と執事長のやり取りから目を離さずに答える。
「何で?」
「すぐに、わかるさ」
ケビンの質問に、そう答えた直後、ぶわ、と鼻につく濃厚な花の薫りが、突然、一帯を覆う。
それと同時に、ギィィ、とそれはそれは豪華な扉がゆっくりと開いた。
「わーお」
「……お后様の、ご登場、だね」
噎せ返りそうな薫りが、后が歩く度に広がっていく。
「待ちくたびれたぞ、妾の林檎よ」
にこり、と微笑む后の言葉に、「湊、完全にバレてんじゃん」とケビンがヒソ、と小さな声で僕に話しかける。
「別に構わないさ。僕たちは今回、彼女の機嫌を損ねるわけではないからね」
「へ?」
「それに、正直、今の状況ならお后様に直接会っておいたほうが話が早かったみたいだね」
「え?」
にっこり、とケビンに笑顔を向けながら答えればケビンは、ポカン、とした表情を浮かべ、キョロキョロと僕とお后様の顔を交互見つめた。
「やはり、貴方の言う通り、あの者は依存症の可能性が高いとのことでした」
「そうでしたか。彼はこれから治療を?」
「町外れの静かな診療所で治療も兼ねて休息をとり、心身ともに休めるように手配致しました」
「それはそれは」
コトリ、とカップを先に置いたのは、お城からやってきた執事長で、彼は、依頼主を真っ直ぐに見て、「オリヴァ殿」と彼の名を呼んだ。
「コチラの不徳の致すところとは言え、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いえ、あの、そんな!」
「まだやるのか」
もう何度目になるか分からないほど、オリヴァさんの家に来てから、何度目も頭を下げる執事長と、恐縮しっぱなしのオリヴァさんとのやり取りに、ケビンは最早呆れ始めている。
「まあまあ」と僕自身も何度目かの仲裁を行い、もうそろそろ良いかな、とカタン、とわざと少し音を立てて立ち上がった。
「ソウさん?」
「オリヴァさん、申し訳ありません、僕たち、そろそろ帰還の時間でして……」
「え、あ!す、すみませ……っ!!」
「ああ、いえ、大丈夫ですよ」
ガタガタガタッ、と慌てて立ち上がったオリヴァさんのテーブルの上のものが激しく揺れる。
「今回は本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるオリヴァさんに、「そんな、頭をあげてください」とオリヴァさんの肩に触れながら声をかける。
「僕たちは、あくまでも依頼をこなしただけですから、お気になさらないでください」
にこり、と笑いながら言えば、「でも……」とオリヴァさんがまだ何か言いたそうにしている。
『湊、ケビン。繋いだよ』
「湊、あと2分」
耳元の無線機からの声と、ケビンの声に、「分かった」と答えれば、オリヴァさんと執事長が不思議そうな表情を浮かべている。
「すみません、ちょっと急ぎますので、このまま失礼します」
「湊、急いで」
クン、と引かれる腕に、「あはは」と笑いながら、オリヴァさんの家の玄関へと向かう。
「でわ、お邪魔しました」
ガチャ、とケビンが玄関のドアを開き、僕もまた、ドアを潜る。
二人揃って室外に足を踏み出せば、もうそこはオリヴァさんの家とも、玄関先とも異なり、僕とケビンが依頼の時に使う拠点内部へと一瞬にして切り替わる。
パタン、と閉じられたドアの音に、フゥ、と大きく息を吐けば、ケビンも「最後はいつもバタバタなんだよな」と苦笑いを浮かべる。
『二人とも、お疲れ様でした』
『お疲れ様!』
そう言って、立体映像で現れた師匠とニルスの姿を見て、はあ、と今度は安堵の息を、大きくつく。
「師匠、申し訳ありません。少し時間がかかってしまいました」
「湊のせいじゃねえよ!俺が」
頭を下げて謝った僕を見て、慌てたケビンに、『二人とも頑張りましたよ』と師匠は優しい笑顔を浮かべながら答える。
『大丈夫です。まだまだ元気ですから』
「いや、でも」
『二人とも、それ以上言うなら、帰ってからお仕置きでもしましょうか?』
「うぐ……」
少し頬が、と言葉を続けようとしたものの、ニッコリ、と有無を言わさずに微笑む師匠に、言葉が詰まる。
『ふふ、良い子ですね。では、湊君、ケビン君。繋ぎますね』
「はい」
「はーい」
師匠の言葉を聞き、僕とケビンは室内のどの扉よりも、存在感のある木の扉を開け、足を進める。
扉の中に入ると同時に、浮遊感と暗闇が身体を包み、明るくなった、と思った瞬時には、重力が戻り、「よっ」と、店内の床に足をつけば、いつもの通り、キシ、と木の床がほんの少し歪む音が聞こえる。
振り返って見えるものは、壁に取り付けられた傷さえも味わいと云えるほど古い木で作られた扉で、その扉の隙間から僅かに溢れていた眩しい光は一分も経たないうちに消える。
「閉錠」
その扉の鍵穴部分に手を翳しながら、簡潔かつ確実な魔法を使って扉に鍵をかける。
この扉は、こちら側の世界と、本の中の世界を繋ぐもの。
鍵を開けるには、店主ユーグのように鍵を持つ者か、【扉】に認められた者にしか、異世界への通路は開けられない。
この店で働くこと数年。つい最近になり、僕もやっと閉錠の魔法に関しては任せてもらえることになった。
ガチャン、と大きな音とととに、鍵穴が修復屋の金属の紋章で覆われる。
この扉から本の中に入り、出てくるまでの一連作業を終え、ふう、と短く息をつけば、んー!と隣に立つケビンから元気な声が聞こえてくる。
「はああ! 久しぶりの外だ!」
「ケビンはそうだね」
大きく伸びをしながら言うケビンに、「お疲れ様」とポン、と肩を軽く叩きながら言えば「へへっ」と嬉しそうな顔で笑う。
「俺、先にコレ、店長のとこに置いてくんね!」
「あ、僕も行くよ」
「湊は魔法使って疲れてるだろ。ゆっくりで来ればいいよ!」
そう言って、ダッ、と物が山積みになっている室内を器用に避けながら、かなり早い速度でケビンは走り抜けていく。
本の中にいる間に魔法を使うと、外、要は現実世界にいる時よりも、確かに疲労は大きくなるが師匠ほどに魔力は使っていない。
依頼が続いたことで、師匠の体力はほぼ残っていないだろう。
早く休んでもらうためにも、早く師匠のところへ行かないと、と少し早歩きでケビン同様に室内を抜けていくと、前から走ってくる人影が見える。
「あ、ニルス」
「湊!おかえり!」
「わっ?!」
ダッ、と駆け寄ってきたニルスに、思い切り抱きつかれ、バランスを崩しそうになるものの、倒れるわけにもいかずググッと踏ん張る。
「おかえり! 湊! おかえり!」
「ニルス、あのですね…」
笑顔で抱きついてくるニルスは、僕よりも年下で、僕よりも身長も低い。ただ、年下、とは言ってもやっぱり年頃の女の子なので、こう、気軽に抱きつくというのは色々とマズイのでは、とニルスの肩を軽く掴んで僕から身体から離す。
「いつも言ってるけど、こういう事は気軽にしないほうが」
「何で?」
「いや、あの、僕は男で、ニルスは女の子だしね?」
「?」
首を傾げながら、僕を見上げてくるニルスに、「ええと、だから、その」と言い出した僕がしどろもどろになる。
「湊、あたしは、湊なら」
「え、ちょ、ニル」
「湊」
グン、と一歩前に出て、僕の胸元の服を掴んだニルスの行動に頬が熱くなるのが分かる。
どうしよう、と割と本気で焦り始めた時、ダダダッ、とさっきと同様に走ってくる音が室内に響き、ニルスが「ちっ」と小さく舌打ちをした。
「くおら、ニルス! 何しようとしてんだコラァ」
「もう! イイトコだったのに!」
「ニルス、イイトコって」
「だって、湊、珍しく照れてくれたでしょ?」
ふふ、と離れることなく、ピタりとくっついたまま僕を見上げるニルスに、「いや、そりゃ、照れるでしょ」と必死に返せば、「やった」と喜んだニルスがぎゅ、と身体に腕を回してくる。
「いや、だからね?ニルスっ?!」
「おい、こら! ニルス! 湊から離れろよ!」
「ヤダ! このまま湊を落とす!」
「いや、落とすってあの……!」
ニルスとケビンが言い合い、僕とニルスも押し問答をし、ニルスのアプローチに僕は顔が真っ赤になるけれど、一刻も早く師匠のところに行きたい僕は、ニルスの腕が緩んだ瞬間に、するっ、と腕から抜け出し、「ニルス!また後で!」と彼女に声をかけ全力で走り出す。
「あ!」とか背中越しに聞こえたが、気にしている余裕など、僕に無かった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる