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第1幕 池のお化け編
23.( 閑話1 )22話殿下目線
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「覚えてます」
小さいけれど、そう聞こえた彼女の声に、「忘れないで」と小さく呟けば、壱華が静かにうなずく。
ここ数年で、もうすっかり腕の中に、彼女をすっぽりと閉じ込めてしまえるほど、僕たちには身長と体格の差が出てきている。
僕自身も、がっちりとしている吉広に比べたら細すぎると言われるし、何より、もともとあまり筋肉質になりにくい体質のようだけれど、壱華よりは、確実に大きい。
腕の中に閉じ込めた壱華の、相変わらずの身体の細さに心配になるけれど、今はそれよりも、珍しく壱華が僕の背に手を回そうとしてくれていることが、何よりも大きな驚きで。
壱華の腕が、僕の背中のシャツを掴むまであと少し。
そんなことを考えてしまうけれど。
それと同時に、そんな未来が今はこないことも、はっきりと理解もしていた。
後ろに回りかけていた腕が、僕の腰の横で止まる。
そこでほんの少し、引っ張られたような気がしたのは、きっと、壱華が僕の服を掴んだからだ。
あと少しだったのに。
残念だ、なんて、そんなことを思いつつも、壱華のその行動に、胸の奥のほうにじわじわと温かなものが広がっていく。
この気持ちに名前をつけるとしたら、これはきっと。
「たった一つしか無いな」
「……殿下?」
僕の呟き一つに、彼女は反応をしめしてくれる。
いや、呟きどころじゃない。
きっと。
「何でもないよ」
抱きしめたまま、彼女の髪に指を通せば、さら、と指先からすり抜けていく。
いっそこのまま。
なんて、邪な考えが頭を過ぎった時、ガチャッ、とドアの開く音が、廊下に響く。
「ちょっと、殿下? わたしの壱華から離れてくれませんか?」
「おやおや、いつから君のものになったんだい?」
「え、あっ、えっ、わあっ?!」
音がした方向を二人で見やれば、扉から顔を出した彩夏が、本気で嫌そうな顔をしながら歩いてくる。
言葉にしないながらも壱華を離せ、と言う彩夏に、僕は壱華を抱きしめる腕の力を少し強め、そんな僕の腕の中にいる壱華は、一瞬にして頬を真っ赤に染めながら言葉にならない言葉をこぼす。
ズンズンと早足で僕たちに近づき、強引に壱華を奪っていった彩夏に、「あーあ」と恨めしそうな声をかければ、彩夏が「そう簡単には渡しません」と僕を振り返りながら言う。
「ああ、分かってるよ」
降参、という意味をこめて両手のひらを顔の横にあげながら言えば、彩夏はとても大きなため息をはき、僕と彩夏を交互に見た壱華が、首を傾げる。
「ああ、そうだわ、壱華。迎花がマドレーヌを焼いたのよ。温かい内にお茶にしましょう?」
「わあ、良いですね」
彩夏の言葉に、壱華は笑顔を浮かべ、それを合図に、彩夏は壱華の手を取って歩きだす。
ちゃっかりと怪我をしていないほうの手を掴んでいるところは、流石、というべきか。
そんな手強い彩夏の行動に、小さく息をつけば、壱華が僕を見て口を開く。
「殿下も。冷めちゃいますよっ」
たぶん今、壱華の思考の大半をしめているのは、焼きたてのマドレーヌなのだろうけれど。
ほんの少しだけ、頬が赤いままなのを見る限り、僕も少しは存在しているに違いない。
というよりは、存在していて欲しい。
自分にむけられる屈託のない満面の笑顔に、胸の中に広がる甘さを噛み締めながら、二人のあとを追いながら呟く。
「これが、愛おしい、ってことなんだろうな」
他の誰に言うでもない言葉は、部屋から聞こえ漏れる仲間の声に、消えて溶けた。
小さいけれど、そう聞こえた彼女の声に、「忘れないで」と小さく呟けば、壱華が静かにうなずく。
ここ数年で、もうすっかり腕の中に、彼女をすっぽりと閉じ込めてしまえるほど、僕たちには身長と体格の差が出てきている。
僕自身も、がっちりとしている吉広に比べたら細すぎると言われるし、何より、もともとあまり筋肉質になりにくい体質のようだけれど、壱華よりは、確実に大きい。
腕の中に閉じ込めた壱華の、相変わらずの身体の細さに心配になるけれど、今はそれよりも、珍しく壱華が僕の背に手を回そうとしてくれていることが、何よりも大きな驚きで。
壱華の腕が、僕の背中のシャツを掴むまであと少し。
そんなことを考えてしまうけれど。
それと同時に、そんな未来が今はこないことも、はっきりと理解もしていた。
後ろに回りかけていた腕が、僕の腰の横で止まる。
そこでほんの少し、引っ張られたような気がしたのは、きっと、壱華が僕の服を掴んだからだ。
あと少しだったのに。
残念だ、なんて、そんなことを思いつつも、壱華のその行動に、胸の奥のほうにじわじわと温かなものが広がっていく。
この気持ちに名前をつけるとしたら、これはきっと。
「たった一つしか無いな」
「……殿下?」
僕の呟き一つに、彼女は反応をしめしてくれる。
いや、呟きどころじゃない。
きっと。
「何でもないよ」
抱きしめたまま、彼女の髪に指を通せば、さら、と指先からすり抜けていく。
いっそこのまま。
なんて、邪な考えが頭を過ぎった時、ガチャッ、とドアの開く音が、廊下に響く。
「ちょっと、殿下? わたしの壱華から離れてくれませんか?」
「おやおや、いつから君のものになったんだい?」
「え、あっ、えっ、わあっ?!」
音がした方向を二人で見やれば、扉から顔を出した彩夏が、本気で嫌そうな顔をしながら歩いてくる。
言葉にしないながらも壱華を離せ、と言う彩夏に、僕は壱華を抱きしめる腕の力を少し強め、そんな僕の腕の中にいる壱華は、一瞬にして頬を真っ赤に染めながら言葉にならない言葉をこぼす。
ズンズンと早足で僕たちに近づき、強引に壱華を奪っていった彩夏に、「あーあ」と恨めしそうな声をかければ、彩夏が「そう簡単には渡しません」と僕を振り返りながら言う。
「ああ、分かってるよ」
降参、という意味をこめて両手のひらを顔の横にあげながら言えば、彩夏はとても大きなため息をはき、僕と彩夏を交互に見た壱華が、首を傾げる。
「ああ、そうだわ、壱華。迎花がマドレーヌを焼いたのよ。温かい内にお茶にしましょう?」
「わあ、良いですね」
彩夏の言葉に、壱華は笑顔を浮かべ、それを合図に、彩夏は壱華の手を取って歩きだす。
ちゃっかりと怪我をしていないほうの手を掴んでいるところは、流石、というべきか。
そんな手強い彩夏の行動に、小さく息をつけば、壱華が僕を見て口を開く。
「殿下も。冷めちゃいますよっ」
たぶん今、壱華の思考の大半をしめているのは、焼きたてのマドレーヌなのだろうけれど。
ほんの少しだけ、頬が赤いままなのを見る限り、僕も少しは存在しているに違いない。
というよりは、存在していて欲しい。
自分にむけられる屈託のない満面の笑顔に、胸の中に広がる甘さを噛み締めながら、二人のあとを追いながら呟く。
「これが、愛おしい、ってことなんだろうな」
他の誰に言うでもない言葉は、部屋から聞こえ漏れる仲間の声に、消えて溶けた。
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