皇太子の護衛役ービッグカップルは偽装婚約?!

渚乃雫

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第1幕 池のお化け編

22.池のお化けと殿下とその後

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「あなたはきっと幼少期から苦しむほど、お父上と幾度となく比べられてきたのでしょう」

 藤井さんは、淡々とした声色で、栄一氏に話しかける。

「あまりにも優秀なお父上と比べられてばかり。純粋に自分のことを褒めてくれる人もいない。そんな環境に、いつしか周囲の期待に応えられなくなって、ズルをするようになった。違いますか?」

 藤井さんの言葉に、栄一氏の肩がぴくりと動く。

「……そうだとしても、それの何が悪い」

 ボソボソと話す声に、藤井さんは「悪いですね」ときっぱりと言葉を返す。

「だめなモノは駄目だと、心を正せなかったあなたも、そんなあなたに気が付かなかった周りも、全てが悪い。もちろん、ワタシも、です」
「何を言って」
「先輩」

 いつの間にやら、ひんやりとしていた藤井さんの声色に温度が戻ってきていて。
 そんな声の藤井さんが、栄一氏に、もう一度「先輩」と声をかけた。

「あの時も、先輩は悩んでいたのでしょう? 止めて欲しかったのでしょう?」

 その声には、無念さも、後悔も、優しさも、どれもが詰まっているように思えた。

 藤井さんの呼びかけに、栄一氏は怒気が抜けてしまったらしく。
 あれだけ激しく抵抗いた腕も、釣り上げていた目尻もすっかり下がってしまって。
 そんな栄一氏の背を、軍警察官が支えながら彼らは歩いていく。

 その背を、痛みを堪えた表情をして殿下でんかが見送っていたのを、私も長太郎ちょうたろう吉広よしひろも、見過ごすことは無かった。



「で、嘉一かいち?」
「……なんだ、何か文句でもあるか」
「いや? 別に文句だとは言ってはいないよ? ただ、なんで君がそんなに凹んでいるのかなと」

 にこにこり、とものすごく爽やかな笑顔を浮かべる長太郎に、殿下が本当に嫌そうな顔をする。

「……長太郎、絶対わかって言ってるだろ」
「だいたいの予想はついてはいるけどね。でもほら、言葉にしないと分からないことってあるだろう?」

 ほら、早く言えば? と口に出さずに長太郎が殿下に圧をかけている。
 でも、何を?
 長太郎と殿下の間に流れる無言のやり取りに、ただただ首をかしげる。

「おいおい長太郎、なにも今じゃなくても」
「駄目。いまだ。じゃないと、嘉一はまた飲み込む。そうだろ? 壱華いちか

 止めに入った吉広に、長太郎は首を横に振ったあと私を見た。

「えっと……何の話なのかは分からないですが、言葉にせずに飲み込んでしまうところは殿下の悪い癖でもあるかと」
「……壱華まで言うか……」
「え、えっ? 何か間違えてましたか??」

 はあ、と大きなため息をついた殿下に、思わずきょろきょろと周りを見れば、なにやら皆、苦笑いを浮かべている。

「え……っと……その……殿下。幸いにもいまは、殿下のお知り合いしか居ないです。少しだけ、胸の内を吐き出してみては?」
「知り合いしかいない、と言われてもなぁ……」
「殿下」

 ぽり、と指先で頬をかいた殿下に、田崎氏が彼を呼ぶ。

「貴方が彼と同じ轍を踏まない、とはわたしたち大人も、誰もが断言など出来ません」
「……ああ」
「ですが」
「いや、うん。大丈夫だ」

 言葉を続けようとした田崎氏を見たあと、殿下は一度、目を閉じ、その後、私を見て、歩を進めた。

「?」

 なんだろう。
 瞳が重なった直後、殿下の瞳にキラリとした光が戻る。

 ああ、やっぱり。
 綺麗な色だ。
 そんな事を思っていれば、「壱華」と、その瞳の持ち主に名を呼ばれる。

「……何でしょう」
「もしも僕が、いや、もしも俺が、道を違うことがあったら」
「ありませんよ。というより、させません」

 殿下の言葉を遮るかのように言えば、殿下がじっ、と私を見る。

「何のために、私と長太郎と吉広、それから彩夏さやかしのぶがついていると思っているのですか?」

 そう言いながら、殿下に近づいていく。

「大丈夫です。私だけじゃ、心許ないで」
「それは違う」
「……殿下?」

 心許ないですけど、と言いかけた言葉は、お互いにあと少し、という距離まで近づいた時、殿下の手が伸びて距離が縮まる。

「それは違うよ、壱華」

 ぐっ、と掴まれたのは、手だけなのに。

 心臓まで、掴まれたような、そんな感覚に、一瞬陥る。

「もちろん、長太郎たちにも居て欲しい。けど、違うよ壱華。俺は、君に、壱華に」
嘉一かいち殿下」

 私に、と何かを言いかけた殿下の名を、長太郎が呼ぶ。

「……すまん」
「いいえ?」

 にこり、と笑顔を浮かべながら、そう答えた長太郎だったけれど。

「……殿下? 長太郎?」

 掴まれた手が離されるわけでもなく、二人の間の会話が掘り下げられるわけでもなく。
 かと言って、二人がいがみ合ってる様子も微塵もない。
 けれど、二人の間には、確実に『何か』がある。
 何が起きているのだろうか。
 疑問符を浮かべたまま、二人を交互に見やれば、何故だか視線があった長太郎が、泣きそうな顔をした。


「おかえりなさい、殿下でんか
「ああ、しのぶ彩夏さやか。それに会長も」
「山下の怪我は心配いらないぞ」
「そうか。良かった」
「殿下、藤井さんと真壁さんは、親御さんと一緒にいらっしゃいます」
「分かった。忍と彩夏は、あちこちに行かせてすまなかったな」
「朝イチで用事おしつける男がいまさら何ー?」

 遠藤さん親子の引き渡しも終わり、どうにもならないもどかしい空気が流れ始めたとき、いつの間にやら戻ってきていた葉山の一声で、私たちは室内に移動したのだけれど。

「それはともかく、とりあえず、お茶でもしない?」

 若干、クタクタになっていた私たちを待っていたのは、友の温かい笑顔と、甘い焼きたての焼き菓子の匂い。

「むちゃくちゃ腹減ったー!!」
「こら吉広よしひろ、先に手を洗ってからでしょ!」
「おー」
「舘林、少し良いかしら?」
「ああ、なんだ?」
「今回の資料の件なのだけれど」

 殿下のすぐ隣を通り過ぎて、テーブルへと向かった吉広を、忍が捕まえ、水場へと引きずられていき。
 ひらひら、と書類の束を見せながら言った彩夏に、長太郎ちょうたろうが呼ばれていく。

 入り口に残ったのは、私と、殿下だけ。

「殿下?」

 部屋に入ろうとせず、彼らを見つめる殿下に気が付き、彼を呼べば、「壱華いちか、ちょっと来てくれる?」と彼が言う。

「何でしょう?」

 部屋のドアを閉め、呼ばれた声に続いて、彼のあとを追えば、殿下が少しだけ部屋から離れた場所で止まる。

「壱華」

 振り向かずに私の名前を呼ぶ、殿下の声だけが聞こえる。

「はい」
「壱華」

 何かを確かめるように繰り返した殿下に、「ここにいます」と、すぐそばに行き答えれば、殿下がこちらに振り向く。

「僕は、命を捨ててくれなんて、頼んだ覚えはない」

 そう言って、ゆっくりと私の頬に手をあてた殿下の手が、少しだけ冷たい。
 する、と動いた殿下の手が、こめかみへとずれる。

 そこは、つい数十分前、銃口をつきつけられた場所。
 殿下の瞳を、揺らす原因になった場所。

 真っ直ぐに自分を見る殿下の瞳に、私だけが映る。

 そんなつもりは、と言いかけて、止めた。
 あの時、死ぬつもりなんて無かったけれど、でも。
 万が一の時は、そうしていた気がしたから。

「………はい」
「……壱華がいない世界なんて、僕は生きていけない」
「……かい、……殿下」
「そこは嘉一かいちって呼んでよ、壱華。いま言いかけたじゃないか」
「……言いかけてませんし、呼びません」
「えぇぇ。さっきは呼んでくれたのにー」

 口を尖らせながら言う殿下に、思わず殿下の胸元に手をおく。

「あ、れは、たまたまっ」
「たまたま?」
「つい……そう、ついうっかりです!」
「じゃあうっかりついでにもう一回」
「もう一回、じゃありません! 前にも言いましたが、私がこんなところでそんな風に呼んだ日には、存在が消されます!」
「だから」

「消させない、ってば」

 そう言ったあと、私の頬から手を離した殿下が、「少し、擦りむいているね」と、私の手を取りながら言う。

「壱華、他に痛いところは?」
「無いです」
「嘘だ。絶対に何処かあるはず」
「無いですってば」
「ここは? 痛くないかい?」
「大丈夫ですよ」

 すり、と離れたはずの頬とこめかみに、殿下の手がもう一度ふれる。

「本当に?」
「本当に」
「嘘ついたら?」
「針千本でしょう?」
「壱華に飲ませるわけないでしょ」

 私を見ながら言う殿下に、じゃあなんで聞いたのだろうか、と声に出して聞きたくなるものの、殿下の顔を直視した瞬間、喉元で言葉が止まる。

「壱華?」
「……なんて顔、してるんですか」
「……ん? なに?」

 糖蜜なんて、甘さじゃない。
 まるで、トロトロになったチョコレイトみたいな、そんな。

「壱華?」

 無自覚なのだろうか。
 溶かされてしまいそうな殿下の視線に、背中のあたりから、ぶわっ、と熱が広がってくる。

「壱華」
「な、なん、でしょう」
「壱華が居ない世界で、俺は生きられないよ」
「殿下」
「覚えているだろう?」

 少しだけ首を傾げ言った殿下の身体が動く。
 そう気づいた時には、もう殿下の腕の中に閉じ込められていて。

「僕と共に生きるって、約束」

 耳元で聞こえる言葉に、「覚えてます」と、しっかりと答える。

 殿下の吐息と、体温が、私の身体の熱をあげていく。
 けれど、背中に回された手は、いつもよりも、ほんの少しだけ、力が強くて。
 殿下の心の焦りが、伝わってきた気がして、自身の手を、ゆっくりと、殿下の背へと動かす。

 あと少しで、背に触れる。
 けれど。
 何となく。
 背に触れてはいけない気がして、殿下の腰の横の服を、きゅ、と掴んだ。







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