皇太子の護衛役ービッグカップルは偽装婚約?!

渚乃雫

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第1幕 池のお化け編

25.池のお化け編(終)

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「少しはゆっくりできるのかと思っていたのだけど」
「仕事は待ってはくれないからな」
「ねぇ僕、まだ学生だよ?!」
「大丈夫、来年のほうがもっと忙しい」
「長太郎の鬼!!」

 バァン、と机の上に書類の束を置いた長太郎ちょうたろうに、殿下でんかが長太郎の腕をガシィッと掴みながら抗議の声をあげる。


 池のお化けこと遠藤さんたちの騒動を収束した二日後。
 私たちは、変わらずにいつもの執務室に集まっている。

「ああ、ちなみに」

 そう呟きながら眼鏡に手をかけた長太郎と、何故だかと視線が重なる。

「殿下と壱華いちか、君たちに手紙が来ているからね?」
「ひえっ」

 にっこり、といい笑顔を浮かべながら言う長太郎が見せた手紙の送り主に、思わず小さな悲鳴が溢れた。


「……お父様が怒っている……」
龍太郎りゅうたろうさんからとか……怖くて開けられないんだけど……」
「え? 兄様からですか? なぜ殿下に?」
「あー……たぶん……」

 届いた手紙は、私はお父様から、殿下はなぜだか私の兄、龍太郎から、だったらしい。
 言い淀んだ殿下をじい、と見やれば殿下は困ったように笑う。

「?」

 そんな殿下に首を傾げつつも、ひとまず優先すべきことは……

「手紙の開封……」

 部屋におかれているペーパーナイフを使い、手紙を取り出す。

 『壱華へ。殿下にお怪我がなくて、まずは何よりだ。けれど、壱華。父さんはー……』
 
「お父様ったら……」

 手紙に書かれた言葉たちに、思わず手紙を持ちながら、小さく笑う。

「壱華、なんて書いてあったのか、聞いても構わない?」

 手紙を読み、笑いを零した私の手に、自身の手を添えながら言った彩夏さやかに、「はい」と頷く。

「まずは、殿下に怪我がなくて良かったということ。私が無茶をしたことへの叱責、それから」
「それから?」
「私が無茶をしてしまったせいで、お父様があわあわしてしまって、大変だった、とお母様から」

 両親の様子を想像し、くすくす、と笑った私を見て、彩夏が「あら」と微笑む。

「なので、あまりお父様を心配させる無茶はしないように! とのお母様からのお達しです」

 彩夏を見ながらそう告げれば、「そうね」と彩夏も頷く。

「でないと、我らが殿下の心臓も保たないでしょうし」
「?」

 そう言いながら殿下を見た彩夏に続いて、殿下を見やれば、殿下の顔の血の気が、さぁぁ、と引いていくのが見える。

「殿下?」

 兄様からの手紙で、何故そのような表情を。
 思わず心配になり近寄ろうと考えるものの、「大丈夫よ、壱華」と私の考えがお見通しだったらしい彩夏に止められる。

「どうせ詰めが甘い、と叱られているだけでしょうから」
「詰めが甘い、ですか?」

 彩夏の言葉を繰り返し呟けば、長太郎が「そ」と短く答えた。

「詰めが甘い。これは殿下だけじゃない、ぼくも吉広よしひろもだ。経験値だけで言ったって、龍太郎さんはぼくたちの遥かに上をいっている。その彼からの助言という名の叱責だ。それはそれは堪えるだろ?」

 苦笑いを浮かべながら、胸元から一枚の手紙を取り出した長太郎に、ぱちり、と瞬きを繰り返す。

 長太郎にも、兄様からの手紙。
 ということは。
 思い当たり、吉広を見やれば、案の定。

「おう、オレにも来たぜ。ま、オレには紙切れだったけどな」

 私の視線に気づくと同時に、吉広が、ポケットからヒラ、と細長い紙を取り出す。
 そんな彼の指に挟まる紙に書かれている文字は。

「鍛錬をやり直せバカヤロウ、ですか」
「おう」

 兄様の見慣れた達筆な筆文字で書かれているその言葉に、むむ、と思わず唇に力が入る。

「あ? なんでそんな顔してんだ壱華」

 私の顔を見た吉広が、不思議そうな表情を浮かべる。
 吉広の言葉に答えようと口を開いた時。
 コンコン、と執務室にノック音が響いた。


「何故だ」
「なにが、とは聞かないほうがいいのかな?」
「分かっているのなら聞くだけ時間の無駄だろう?」
「そう言われちゃうと何とも言えないね」

 ノック音とともに現れたのは生徒会長さんで、二日前よりも何だか……

「眉間の皺が深いような気がします……」

 んぎゅ、と力を入れ続けているかのように刻まれている皺に、見ている私もなんだか目に力が入りそうだ。

「だって山下くんが身体をはって頑張ってくれた結果じゃないか。あれが極自然だし、当然の結末だろう?」
「しかし」
「池のお化け2号が起こした恐喝、暴行事件を解決したのは現生徒会長と生徒会役員たちの活躍。そのことに不足も過剰もないよ」
「……汐崎しおざき
「僕も折れないか」

 折れないからね、と続いたであろう殿下の言葉が、目の前の生徒会長さんの動きを見て、止まる。

「すまなかった。自分たちだけでは、解決できなかった。恩に着る」

 そう言って、頭をさげた生徒会長さんに、「ちょ、村松っ」と殿下でんかが慌てて彼の名前を呼ぶ。

「恩に着るとか、そういうのは無しでしょ」
「いや、有りだろう」
「無しだよ! それにほら、ごめんじゃない言う言葉があるでしょ?」

 顔をあげた生徒会長に、殿下が悪戯を思いついた時のような顔をして問いかける。
 そんな殿下の様子に、生徒会長さんはテストで難しい問題を説いているかのような表情を浮かべる。

「……感謝する」
「堅いかたい! もっと気軽に!」
「……チッ」
「ちょっと、会長、舌打ちしなくてもいいんじゃない?」
「……ありがとう、これでいいか」

 ほんの少し、殿下から顔を背けながら言った生徒会長さんの耳が、赤い。
 その様子に殿下は静かに笑ったあと、生徒会長さんの肩を、ぽん、と叩きながら口を開く。

「ま、就任早々の去年じゃなくて良かったじゃないか。これが去年だったら、君、ぶち切れて手がつかなくなっていそうだよね。案外、武闘派だしね、村松は」

 そう告げた殿下に、「汐崎しおざきには言われたくないな」と生徒会長さんは笑う。

 そんな彼を見て、殿下の表情が変わる。

「ねえ、会長」
「なんだ」
「僕は、君を諦めてはいないからね? 君がうん、と頷くまで、勧誘を続けるよ」
「……それ、まだ言うのか」

 もう何度目になるのか分からない生徒会長さんへの勧誘。

「何度でも言うさ。未来のこの国のためになるなら、いくらでも。村松が将来の俺に必要な人物の一人だ、って、俺の直感がそう言ってるからね」

 にっこり、と殿下は綺麗な笑顔を浮かべ告げる。
 けれど、その瞳は、キラリ、と光る何かを灯して生徒会長さんを見据える。

 その殿下の視線を受け、生徒会長さんはジッ、と殿下を見つめたあと口を開く。

「お前が無事に学院を卒業し、その時も自分を所望するならついていってやる。失望させるなよ、汐崎」

 にやり、と口元を歪めながら、そう返した生徒会長さんに、殿下でんかは何度かの瞬きを繰り返したあと、ついさっきの笑顔とは違い、本当に、嬉しそうに笑う。

 まるでその様子は

「花火みたい」

 夜空に開く大きな大きな、彩りの花火の光みたいだ。

 そんな事を、目元をくしゃりとさせながら笑う殿下を見ながら私はひとり考えていた。






 池のお化け編 終了







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