皇太子の護衛役ービッグカップルは偽装婚約?!

渚乃雫

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第2幕 学院祭編

32.殿下目線 君は婚約者、ではなく戦友。

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「お恥ずかしながら、初めに気がついたのは、わたしではなく娘だったのです」
「……お嬢さんが?」
「ええ」

 ほんの少し気恥ずかしそうな表情を浮かべながら言った藤井さんの言葉に、思わず聞き返せば、彼が静かに頷く。

「少し話は飛びますが、少し前に、娘の友人の真壁さんが階段から落ちかけたのを、たまたま近くにいた殿下でんか有澤ありさわ様が助けてくださったと。そのことが、娘が殿下と有澤様のご関係を考えるきっかけになった、と本人は言っております」
「……というと?」
「その際にお見かけした殿下の雰囲気がとても優しいものだった、と娘は言っておりまして。それからなんとなく気になって目で追っているうちに、田崎お嬢様といらっしゃる時と、有澤様といらっしゃる時でやはり殿下の雰囲気も表情も違う、と気がついたそうです」
「おやおや」

 これは思った以上に藤井さんのお嬢さんに見られていたのでは。
 そう思うと同時に呟けば、長太郎ちょうたろうがカチャリ、と眉間のメガネに触れる。

「ですが、殿下と有澤様は、幼い頃からのお知り合いでもありますし、気心の知れた相手であれば雰囲気が和らぐのも当然のこと。娘には何度かそう伝えてはきたのですが」

 そう言って、藤井さんがこちらへと視線を合わせる。

「恋もまだ知らぬ我が子だとばかり思っていたわたしは、娘の言う殿下が有澤様をお慕いしているのでは、という疑問も思春期特有のものかと思っていたのです」
「なるほど。そんな時に、思いもかけずに学院に来る用事ができてしまった、と」
「……仰るとおりです」

 ほんの少しだけ苦笑いになっている自覚を持ったまま、彼に問いかければ、藤井さんもまた、少しの苦笑いを浮かべている。

「そこからの部分は割愛いたしますが……ですが、まあ……そんな風に娘から聞いていた、というのもちろん有るのでしょうが、それでも、殿下と有澤様、お二人の様子を見ていて、わたし自身、娘の言い分にすごく納得がいってしまいまして」
「ああ、うん。なるほど」

 なんというか……想定はしていた。想定はしていたけれど、実際に言葉にされると非常にむず痒いというか。

「……その先は言わないでもらえると助かる」
「もちろんです、殿下」

 頬も耳も熱い。赤くなっている気がする。
 そんな僕を、藤井さんは微笑ましいものを見るかのような視線で見ていて。

「…………あーーー……なんだこの羞恥体験は……」
「ぶっはっ、嘉一かいち、顔すげぇ真っ赤だぞ」
「……吉広よしひろ、お前覚えとけよ」

 げらげら、と僕を見て笑う吉広に、恨めしげ声と視線を投げつけるものの、ほとんど効果は見られないらしい。

 収まることのない吉広の笑い声に、見かねた長太郎が静止の一撃を吉広の頭に落とす。

「殿下? 藤井さんでその反応では、お父上に言われたらどうするんです? 恥ずかしすぎて死ぬとか言わないでくださいね?」
「長太郎……もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないか?」
「ボクはじゅうぶんに優しいと思いますが?」
「っちぇ」

 頭を抱えながらじとりと言った僕に、長太郎がさらりといつものように答える。

「それよりも」
「長太郎?」

 殿下、と言葉を続けた長太郎と、彼の名前を呼ぶ吉広の声が重なる。

 その声に顔をあげ二人を見やれば、吉広がじい、と長太郎の顔をまじまじと見つめる。

「なに? 吉広」

 そんな吉広に、長太郎は訝しげな表情を浮かべるものの、すぐに「何でも無かった!」といつもの顔で口を開いた吉広が、長太郎に叩かれたのは、言うまでもない。



 ◇◇◇◇◇◇◇


「それにしても……驚きましたわ。まさか藤井さんが。殿下も殿下です。先に一言あってもよろしいのでは?」
「いや何、ちょっと驚かせてみようかと思ってね」
「……あなたの思惑通りすぎて腹立たしい限りですけれど」
「相変わらず僕には辛辣だねぇ」

 田崎嬢の冷たい視線に肩をすくめながら言えば、田崎嬢が、はあ、と大きなため息を返す。

「とはいえ君だってそんなに表情に出ないじゃないか」
「あら、どなたとお比べになっているのかしら?」
「ふふふ、誰だろうねぇ」

 少し表情の変化はあったものの、それも一瞬の出来事でしか無い。
 壱華いちかなら、なんてすぐに考えてしまうあたり、僕はだいぶ重症らしい。

「場所が場所ですから細やかなお話はあとで殿下からしっかりとお伺いするとして。改めまして藤井さん。いつも父がお世話になっております」
「いいえお嬢様。わたくしがご迷惑をおかけしている立場でございます」

 ひら、と軽やかに挨拶をする田崎嬢に、藤井さんもまた、慣れた様子で言葉を返す。

「では、藤井さんにも座ってもらうとして。あ、田崎嬢、言葉遣いはいつも通りで」
「あら、ではお言葉に甘えて」

 藤井さんの椅子を葉山がスッと引き、着席を促す。
 彼が腰をおろしたのを確認し田崎嬢へと声をかければ、田崎嬢はにこりと笑顔を浮かべた。

「それで殿下? 藤井さんをお連れしたということは結果は良好ということで良いのかしら?」
「……君も大概にせっかちだよね」
「あら。忙しいと言ってくださいな」
「はいはい」
「けど、あと1時間、もしくは1時間半は時間があると聞いているけど?」

 ちらり、と時計を見ながら彼女に問いかければ、谷中やなかくんを見たあと「そうですね」と彼女が頷く。

「ま、どのみち全員ありがたい事に忙しいからね。端的に話そう。君が言ったとおり、藤井さんは僕と君の婚約に、恋だの愛だのっていう感情がないことに気がついているし、偽装の婚約だというのもさっき話しをしてある。ね、藤井さん」
「はい。正直とても驚きましたが……殿下のお立場を考えるとあり得ないことでも無いでしょうし……」

 目の前に置かれた紅茶に、藤井さんが葉山に小さく頭をさげる。

「まぁねぇ。ま、田崎嬢が相手だったから色んなゴタゴタがなくてちょうど良かったとも言えるけどね」
「それはこちらにも言えることですわ。それで、どこまで話を?」
「想定案の話までは出来ているんだけどね。あといくつかの追加案をもらった」
「それと、そろそろ動き始めるとのことでしたので、その前にもう少し大人の味方をつけるように、ともお伝えしました」
「さっきも言ったけど、いずれかは言うつもりだったのだけれどね」

 藤井さんの言葉に、軽く肩をすくめながら言えば田崎嬢があら、と小さく呟く。

「いずれ、なんて言っていたら、あっという間に学院祭になってしまうのでは?」
「人に紛れるにはちょうど良いのだけどね」
「ですが、そのあとすぐに父との会食でしょう?」
「そうだね。だからひとまずは叔母上には今週末に伝えることにした」
「そうね。ひろ様は壱華いちかさんのこと気に入ってらっしゃるようですし」
「君のことも気に入ってる思うけどね?」
「あら嬉しい」

 くすくす、と笑いながら、田崎嬢が並べられたクッキーへと手を伸ばす。

 その様子に、はぁ、と小さく息をはき、手のひらに頬を乗せる。

「とりあえず、やっぱり一番の難関は僕の両親、という結果にならないことを祈るばかりだよ」
「ちなみに殿下でんか。次に陛下にお会いになるご予定は」
「しばらく、年末までは無いかな。まぁ……時々気まぐれな訪問はあるけどね」
「いっそのこと交換日記のようなことでもしてはいかが?」
「君、それ本気で言ってる?」
「あら、良い案かもしれなくてよ?」
「いや、無いでしょ」

 ひらひらと手を顔の前で振りながら言えば、くす、と静かな笑い声が聞こえる。

「藤井さん? どうかしました?」
「どうされたんです?」

 言葉遊びの延長のような田崎嬢とのいつものやり取りが、どうやら藤井さんには微笑ましいものにでも見えたらしい。


「確かにお二人は、恋仲、というよりは、まるで兄妹や親友のようですね」

 ふふ、とこちらを見て、穏やかに笑った藤井さんに、僕たちは思わず顔を見合わせたあと、静かに笑った。











次回更新日:10/28  am8:00
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