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第6話 お仕事

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林間学校の話があった日の放課後、1度家に帰り制服から私服に着替えてメガネを外し玄関に置いてあった仕事用の荷物を持って家を出る。

「こんばんわー今日もよろしくお願いします」
「お!なんか久々だな湊音みなとー最近は別の現場ばっかで寂しかったろ~」
「あぁー!湊音ぢゃん~最近会えてなくて湊音ちゃん不足だったんだからー」

涼太りょうたさんと汐梛しなさんがいつものテンションで話しかけてくる。他のabilityのレギュラーメンバーもいつもの雰囲気で私を迎え入れてくれる。本当にこの現場は私にとって家以外で唯一くつろげる場所だ。

「涼太さん、別に寂しくはなかったです。汐梛さん、私不足とはなんですか…」
「なんだよーツンデレか?ツンデレだろ?(笑)」
「湊音ちゃんは私の癒しなの!定期的に会ってストレスを発散させるの~」

私が2人に同時に返すと、2人もほぼ同時に返してくる。

「あの…私はツンデレじゃないですし、私をストレス発散の道具にしないでください(笑)」

苦笑いでなんとかほぼ一方通行の弾丸トークを終わらせようと頑張っていると城田しろた監督が入ってきた。

「みんな久しぶり~」
「あ、こんにちは監督!」
「お久しぶりっす」
「お久しぶりです。監督」

私たち3人はそれぞれ監督に挨拶を返す。収録開始までまだ時間があったので監督も3人の会話に入ってきた。

「特に、湊音は久々だね。最近はどんな仕事してたんだ?」
「あー、最近は割とゲームのキャラの声が多くて…最近急にゲームの仕事増えたんですよねー」

監督の質問に答えると、今度はゲーム好きの涼太さんから質問が飛んできた。

「え!マジ?どんなゲームなの?」
「えっと、あのーあれです…PS4のなんかのゲームの続編の主人公の声です」
「へぇーなんのゲームだろ…RPG系のゲームだよなー…」

すっかり考え込んでしまった涼太さんを他所に3人で会話を続ける。

「他には?なんか面白い仕事無かったの?初めてやった仕事とかさ。湊音ちゃんまだ1年目だしなんか分からないことあったらお姉さんが教えたげるよ?」
「面白い仕事…は別になかったですけど、初めてやったのはありました。ability関連ですけど、なんかコラボ企画のCMやりました」
「CMの仕事かーなるほどー困ったことあった?」
「いえ、特に」
「おー、なんかそーいうのがあるとabilityが有名になったって実感するなぁー」

監督が感慨深そうにしていると、突然さっきまで考え込んでいた涼太さんから大きな声が聞こえた。

「あ!多分あれだ!『フレイム・バースト』じゃね?」
「何がよ」
「ゲームの作品名!俺もあのゲームの新作の主人公のオーディション受けたもん!落ちたけど…湊音が受かったんなら仕方ないか(笑)」
「それです!それ!涼太さんもあのオーディション受けてたんですね」

ちょっと忘れかけてたけど、思い出して少しスッキリした。すると監督が意外なことを言い出した。

「あーあのゲーム俺もやったことあるぞ」
「え!?監督も!?私もあのゲームプレイしたことあります!」
「あ、私もあります」
「「え!?湊音も!?」」

監督がやってたことの方が私は驚きだったが、ほかの3人は私がゲームをすることの方が衝撃なようだった。

「えーいがーい、湊音ちゃんもゲームするんだ。全然やらなそーなのに」
「いやいや、私休みの日は寝るか、テレビ見るか、ゲームするかの3択です」
「なんのゲームやっての?FPS系のゲーム今度一緒にやろーぜ!」
「はい、いいですよ。時間が合えば」

私と涼太さんと汐梛さんの3人がゲームの話で盛り上がっていると、いつの間にか会話から抜けていた監督がガラス越しに号令をかける。

「よし、そろそろ収録始めるぞー」
「「はーい」」

今日収録する最初のシーンをアフレコする人達がマイクの前に動き始める。遅れて私達3人も動き始める。

「切り替えはっや!俺たちに一言ゆってくれても良くね?(笑)」
「さすが監督だね。ね、湊音ちゃん」
「流石かどうかはさておき、大きな声で話し過ぎた涼太さんが悪いと思います。」

そう言って、涼太さんに言い返される前に私もマイクの前に移動する。

「湊音ー今日も、いい演技頼むよー」
「はい、わかってます!」

監督はいつも収録を始めるとき私にそう言う。これは私が声優を初めて間もない頃、私の緊張を紛らわすために監督がやり始めたものの名残りである。


レオ「“俺は自分の為にしか働けないんだ”」
ラナ「“それでもあなたは優しい人だと思うけど?”」
レオ「“俺はお前が思うような優しい奴じゃない!”」
ラナ「“レオ…”」
レーナ「“ちょっと2人とも今いい?”」
ラナ「“おねーちゃん”」
レオ「“レーナさん…”」

順調に収録が進められていく。途中途中監督たちのディレクションを受けながら進めていく。そして収録終盤。

レーナ「“うぐっ”」
レオ「“!?”」
ラナ「“おねーちゃん!!!”」
カルロス「“くっそ!みんなレーナを守れ!”」
レオ+その他「“はい!!”」
敵「“まずは1人目だ”」
ラナ「“おねーちゃん!目を開けてお願い!ねぇ!おねーち
           ゃん!”」
レーナ「“ラ、、ナ、、大好きよ、、”」
ラナ「“待って!まだ間に合うよ!おねーちゃん!生きて!
           今助けるから!”」
「はい!OKー」

監督のOKの合図でみんなの緊張の糸がほぐれる。

「今日はみんなありがとう!解散でいいよー」
「「はぁー」」

アフレコ現場にいたほぼ全員がため息のようなものを漏らす。その後各々帰りの準備を始める。

「お疲れ様~」
「おつかれー」
「お疲れ様です」

私たち3人はまた、収録前と同じように話し始めた。

「これ、この後の展開さーレーナって生きてるんだよねー」
「ですね、ラナの力が覚醒して…って感じですよね」
「生きてるんかーいってなったわ、漫画読んだとき。にしても、俺のカルロス全然活躍しねーよなぁー」
「いやいやいや、まだまだ物語も序盤ですし。もう少ししたらあるじゃないですか、カルロスが大活躍する場面」

涼太さんが不満を漏らす。それをなだめるように私は励ましの言葉をかける。

「別にそんなおっさんのこと励まさなくたっていいわよ。湊音ちゃん」
「おっさんとはなんだ、おっさんとは…」
「だって、もう30過ぎてるんだからおっさんでしょ?」
「それだったらお前も十分おばさんじゃねーか」
「なんですってー!私はまだまだピチピチよ、あなたと一緒にしないでよ」

(ほんとこの二人仲いいよなぁー)

この二人は、同期でデビュー当時から共演作品が多く、それ故に仲がいい。(本人達は認めてない。)私はそんな二人のやり取りを見るのが好きだ。二人には絶対言えない。

「ほんと、お二人仲いいですよね(笑)」
「「仲良くない!!!」」
「おぉ…すいません(笑)」

二人のあまりの迫力に私は一歩下がる。そこで会話が一段落すると、私のマネージャー麻田あさださんが話しかけてきた。

「あ、いたいた湊音ちゃん。もう、外で待ってたのになかなか出てこないから倒れてるのかと思って心配したじゃない」
「あれ?麻田さんどーしたんですか?来るときはいつも連絡くれるのに…」
「あー、そーいえば連絡するの忘れてたわね。ごめんなさい」
「いえいえ、それで今日はどーして?」

麻田さんには珍しく連絡を忘れていたようだ。よっぽど今日は忙しかったのだろう。私が改めて質問すると麻田さんは今日来た理由を話し始めた。

「えっとね、明日急遽この前決まったアニメ映画の収録をすることになったの。そのことを伝えに…」
「わざわざありがとうございます。メールとかでも良かったのに」
「メールとかだと湊音ちゃん見ないときあるし、電話も忘れる可能性あるし…諸々考えたら直接が一番良かったの」

(あ、いつもごめんなさい…)

日頃の行いに私が心の中で反省していると、涼太さんがからかってきた。

「お前メールくらいは、日頃からチェックしとけよー(笑)」
「私は、涼太さんみたいに頻繁に携帯使わないんですぅー」

すかさず反論。普通ならこんな事言ってしまったら、めちゃくちゃに怒られてしまう…と思う。それでも許されているのは、涼太さんが優しいからである。

「くっそー可愛くねぇーなー(笑)」
「いいえ、湊音ちゃんはかわいいですぅー」

しばらく蚊帳の外だった汐梛さんも話に入ってくる。それと同じくらいに、監督も一通り仕事を終えて戻ってきた。

「いや~今日も演技冴えてたねぇー湊音ー」
「ありがとうございます」
「さすが監督が見出した天才ですよねぇー」
「茶化すのはやめてください。汐梛さん。」
「茶化してないわよ。お姉さんは、いつでも本気よ?」

そうやって監督たちはいつも私を褒めてくれる。甘やかされすぎだと感じてはいるが、私にとってこの時間は普通の人で言う家族との時間のようなものだ。だからこの関係は一生続いてほしいと思う。

「あ、そうだ!湊音ちゃん、明日のことで言い忘れてたことがあったわ」
「なんですか?」

突然、麻田さんが何かを思い出したようだった。

「明日の収録なんだけど、一日かけてするらしいから学校お休みしないといけないの。」
「え!?マジですか?わ、わっかりました…」
(皆勤賞目指してたのに…)
「ごめんね。監督さんが急遽元々の収録日の都合が合わなくなってね、一応まだ学生だし…って交渉したんだけど」
「いやいや、仕方ないですよ。ありがとうございます、私のために」

皆勤賞は目指していたけど、いつかはこうなるだろうと思っていた。麻田さんは今まで、私が皆勤賞を目指していたのを知っていて仕事の時間を放課後にしたり、休日にしたりと頑張ってくれていたのだ。本当にいい人だとつくづく思う。

「あ、そうだ。言いにくかったら私が学校に連絡しよーか?」
「いえ、自分でできます。大丈夫ですよ。」
「そう?わかった。それじゃ、そろそろ帰りましょうか、明日遅れないように」
「はい、そうですね」

2人での会話を終えると、監督たち3人は私たちの会話を聞いてこう言った。

「いや、親子の会話かよ」
「そのくらい絆があるって考えれば不思議じゃないだろ」
「そうそう、あんたが親子の愛に飢えてるだけじゃないの?」
「なんだとー!」

結局その後も30分くらい話をしていた。解散となる頃に時計を見ると、午後10時を示していた。

「そろそろ帰るか」
「そっすね」
「そーですね」
「はい」
「湊音ちゃん帰ったらすぐ寝てよね!ゲームしちゃ行けませんよ。車で送るから駐車場来てね」

それから、麻田さんの車で家まで送ってもらいすぐ寝てしまった。
朝起きると床で寝ていたのは、また別のお話。
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