雨を見て僕が思い出すもの

kiruki

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「……吸血鬼は長い間血を吸わないでいると、人間の体に近づいていく。太陽の光も聖水も十字架も効かない。寿命も、人間と同じくらいになる。そしてやがては人間になる」

淡々と説明する彼女の表情はいつもの無表情で、けれど少し淋しげに思えた。

雨はいつの間にか上がっていて、雲は夕日で赤く染まっていた。少女はそれを見上げて、眩しそうに目を細めている。

「けど、欠点もある。……人間になった吸血鬼は、盲目になる。目の色は赤から黒や茶色などの人間の色に変化するけど、視力は完全に無くなる」

あんなに寡黙だった少女とは思えないほどの饒舌でそう続けたとき、初めて彼女の表情が変わる。彼女の言葉を後押しするように、風が強く吹いた。

「私は、もうすぐ盲目になる」

短くて、その小さな身にはあまりにも残酷な言葉が軽々と僕の耳まで届く。



ああ、今でも覚えている。

「それでも私は人間になりたい。あなたと過ごしてきて、そう思った。あなたと一緒に生きたいの」

彼女の穏やかな笑顔がそこにはあったこと。そしてそれは、僕に向けられたものだったことを。






「…逃げよう」

僕は彼女の腕を取り、引っ張った。僕が彼女と初めてであったときと同じように、乱暴な手付きで抱きかかえた。

あの日と違うのは、彼女が僕の首に腕を回してくれていることだ。



「逃げて、人間として生きていこうじゃないか。そうして僕も君も、ようやく人間になるんだ」

殺人者の僕が、こんなことを言うなんて誰が想像するだろうか。だって僕は、簡単に人を殺す人でなしだったのだ。彼女に……この小さな吸血鬼に出会うまでは。

彼女に僕の言っている意味がすべてわかったとは思っていない。

けれど肩に回った小さな手が、少しだけ握り返してくれた。それで僕には十分だった。

彼女がくれたこの温かい感情を胸に宿しながら僕達は暗い森の中に入っていった。



──────
───

ガタンっという物音で、僕はようやく現実の世界に戻ってきた。

音がなった方を見ると元吸血鬼の女性が編み棒を落としてあわあわしている。

盲目の彼女の代わりに木の棒を拾って渡してあげると、数年前より大分表情豊かになった彼女が笑顔でお礼を言ってくれた。

それを横目に、再び窓に目を移す。

外は相変わらずの雨模様で止む気配はない。





今でも覚えている。

この甘ったるくてぬるすぎる感情を。溢れんばかりの優しい気持ちを。

そして人はそれを、愛情と呼ぶらしい。
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