1 / 11
第1章 YOU
1-1 BLUE
しおりを挟む
合格発表以来の高校の校門をくぐると、雑音となったざわめきが俺の耳を掻き回した。
昇降口の開け放たれたサッシ扉にクラス分けの紙が張り出されていて、その前に生徒たちが群がって歓声を上げたり落胆の声を漏らしたりしていた。
昼下がりの春の空気を大きく吸い込んで、ちょっとの間息を止めて、またゆっくりと吐き出す。ずっと休んでいたかったのに、また学校が始まるのかと思うと、気が重い。
生徒の集まりを遠巻きに眺める。たぶん、少し待ったくらいじゃ人は引けそうにない。次から次へと生徒が登校してきては足を止めている。人が増える一方だった。おかげで入り口は大混雑で、靴を履き替えるのも苦労しそうだ。一人一人にクラス分けのプリントを配るとか、もっと効率のいい方法を考えればいいのに。
中庭には幹の太い桜の木がそびえていて、枝の先には小さな花が恥ずかしそうに咲いている。もっと暖かいところなら、入学式に合わせて桜が満開になっていただろう。でも、この木も、あと一週間もすればピンク色の花びらで埋め尽くされるだろう。
人ごみは苦手だから、時間に間に合うギリギリまで待つことにした。身体になじんでいない濃紺のブレザーをたびたび気にしているふりをしながら、人の邪魔にならないその場に突っ立っていると、肩を思い切り叩かれた。
「よっ! 相変わらず死んだような顔してんな葵ちゃん」
「葵ちゃんやめろ葵ちゃんは」
小学校からずっと一緒の、悠希だった。こいつとは長い付き合いだ。家族を除けばダントツで一番言葉を交わしている相手。さすがにずっと同じクラスってわけじゃなかったけど、友達と聞いて最初に思い浮かぶのは悠希かもしれない。
「なにしてんの、クラス分け見に行けよ」
「人いなくなってから行くから、ほっとけ」
「変わんないねー」
肩の次は、背中をバシバシ叩かれる。力加減というものをこいつは知らないので、相当痛い。
「時間のムダだから、一緒に見に行くぞアオ」
人の話を聞いていたのか、悠希はそんなことを言うと、「後でいいんだよ!」という声も無視し、健康的に日に焼けた腕を俺のそれに強引に絡めて、ずんずん昇降口の方へ突っ込んでいく。
名前は五十音順に並んでいる。苗字が『塩川』なので、各クラスの真ん中やや上あたりに目を向けていく。下の名前が一文字だけで目立つのもあって、比較的すぐに見つかった。
「一組か」
「あ、ほんと? じゃあ一緒だな! よかったぁ」
ついでに、同じ組に中学の知り合いはいないかと探すが、どうやら、同じ中学なのは悠希の他にいないようだった。
「あー、最悪ぅ! ウチだけ一人じゃーん!」
「大丈夫。いつでも会えるって。クラス違くてもずっと一緒だからね!」
そんな見知らぬ誰かのセリフが聞こえてくる。よくもまあ、こんなたかが学校のクラス分けで一喜一憂できるよなと思う。卒業してしまえば、ただの三年に過ぎないその時間を、どうしてそこまで特別なものだと信じて疑わないのか。高校を出てからの方が人生は長いのに。
悠希に倣って人の流れにうまく入り込み、難なく下駄箱にたどり着いた。新品の上履きに履き替えて、リノリウムの床を歩く。
ところどころの壁に貼られた経路図に従い、一年一組教室までやって来た。廊下から中の様子を窺《うかが》うと、半分開きっぱなしにされたドアの隙間から、控えめな話し声が聞こえてくる。もっとにぎやかだと思ってたけど、こんなものなんだろうか。
「うあー、緊張するなー」
悠希がそわそわし始める。中学のときに野球部のエースとしてちょっとした有名人になった奴の台詞とは思えない。
「いいからはよ行け」
悠希の背中越しにドアをガラガラ開けて、足を踏み入れる。
黒板に座席表が張り出されているようで、女子生徒が一人、その紙と対峙していた。視力が悪いのか、かなり顔を近付けている。
「まあ、どうせ『安達』だから窓際最前列だもんねー」
となぜか嬉しそうに話すと、悠希は座席表には目もくれずに、窓際へと向かっていく。
黒板の前の女子はいまだにその場から動かない。自分の名前を見つけられないのかもしれない。
「うぅ……」
いや。そうではなかった。なにやらお腹を撫でさすっている。席の位置が好ましいものではなかったのだろう。
「あの、すみません」
このままではいつまで経ってもどいてくれそうになかったので、やむなく声を掛ける。
「ご、ごめんなさい……」
少し怯えるような目をした彼女は、逃げるように自分の席へと向かっていった。おどおどした感じの目つきに、小動物のような動き。後ろで一つに結われた黒髪は、そのしっぽを思わせた。
俺の席は、一番後ろだった。なかなかいい場所だ。
黒板に背を向け、席と席の間を進もうとしたところで、窓際から視線を感じた。立ち止まってそちらに目をやると、悠希が頬杖をついて俺をじっと見ていた。俺がどこの席かを気にしているというのともちょっと違う、悠希らしくない寂しげな表情だった。
「なに?」
「な、なんでもねえし」
目が合うと、悠希は慌てたように目を逸らした。
◇ ◇ ◇
入学式では、長話を聞きすぎて体力や精神力を奪われ、それと引き替えに手に入れたのは、高校生活への期待でも未来への希望でもなく、眠気だけだった。校長先生や来賓の人たちに何度も自分の名前を呼ばれた気がしたけど、ただ単に学校名を口にしていただけだった。おかげで変な緊張を強いられた。
教室に戻ってから、睡魔で瞼を半分閉ざしながら高校初のホームルームに臨む。
「入学式の最後にも紹介されましたが、一年一組の担任になりました、泉です。こう見えて数学を教えてます。部活でいうと、バレー部の顧問をやってます、あとは一応、陸上部の副顧問も……こっちは、幽霊顧問、みたいな? たまにふらーっと見に行ったり大会についていったりするくらい。クラス担任は初めてで、みなさんと同じ一年生です。緊張していますが、よろしくね」
担任教師は、思いのほか若かった。ほんの少し茶色みがかったセミロングも、教師とは思えないほどの幼さを残した顔も、吊り目を覆う二重瞼も、どれもが彼女に似合っていて、素直に綺麗な人だと思った。
膝丈のベージュのワンピ―スに、それとほぼ同色のジャケットを羽織っているが、その上からでもはっきり膨らみがわかる胸に目を吸い寄せられてしまうことに、自分が男であることをつくづく感じる。
泉先生を前に、一部の男子はいやらしい笑みを浮かべて喜びを露わにしていた。
「かわいいー!」
「恋の方程式を教えてくださーい!」
「僕の初恋を君に捧ぐ!」
「結婚しましょう、今すぐに」
先生への拍手に交じって、早速求愛に走っている連中もちらほらいた。
「ウザ、キモ」
「いつまで中学生やってんだか」
「恋の方程式とか、頭ん中、小学生じゃん」
そんな声の主たちを呆れた眼差しで見つめる女子たち。
「な、なんだと? 誰だ今『頭ん中、小学生じゃね』って言ったの!」
髪を茶色に染めた生徒が――悠希が、椅子を倒れんばかりに引いて立ち上がり、応戦した。
対する女子もやはり茶髪で、毛先の撥ねた髪を撫でつけながら、なんでもなさそうに手を上げる。うっすらと化粧もしているのがわかった。
「はーい。あたしでーす」
「お言葉ですが、小学生は『方程式』なんて言葉知りませんよーだ」
「あ、そーなんだー。発想が子どもすぎてそこまで考えが及びませんでしたぁ」
「なんだと? やんのか?」
「は? やんねーし。時間のムダ。てか語彙力なさすぎで草生える」
「やれやぁっ!」
「なに一人でスタンディングオーベーションしてんの。座れば? 床に」
「床かい! 椅子じゃダメ?」
そんなふざけたやり取りに笑いが起きて、和やかなムードになる。
「はいはい、ケンカは後で体育館裏でやってねー」
後でもやっちゃだめでしょ……。
体育館裏って……。
そんなクラス全員の声なき突っ込みに気付いていないのか、泉先生は素知らぬ顔で話を進めていく。
「簡単だったけど、今のが一応先生の自己紹介ってことで。なにか訊きたいことがあったら随時応じます。じゃあここで、先生もみんなのことが知りたいので、一人ずつ簡単な自己紹介、してもらっちゃおうかな」
うわぁー、きたぁー。
自己紹介が終わったら、結婚するんだ。
いいよそんなのやんなくてぇー。
口々に声が上がり、クラスはまたざわつき始める。結構にぎやかなクラスみたいだ。
「出席番号順ってのも味気ないので……うーん……やっぱり出席番号一番からでいいや」
「なんたるフェイント! でもそのちょっと抜けてるところもまたいいです! …………ってトップバッターかよ!」
「しょーがくせーがんばれー」
「初対面のくせになんの恨みがあんだよてめー!」
初対面とは思えない二人のやり取りに笑いが起こる教室に向かって、先生が手を叩きながら「はーい、静かにー」と声を掛ける。少しずつ、話し声が小さく、まばらになっていく。
「順番が来たら起立して、名前と、出身中学と、あとはなにか一言。趣味でも特技でも、なんでもいいです。じゃあ、順番にお願いします」
「はーい。川西中出身の安達|《あだち》悠希でーす。中学では野球部でピッチャーやってました。左投げ左打ち、利き足も左足ですが、塩川くんを蹴るときは気を遣って右足で蹴る優しさも兼ね備えてます。趣味は筋トレと野球観戦、ちなみに断然竜党です。今年はどうやら避雷針の相川さんや秋山さんたちがいないせいで出席番号一番らしいので早く誰か結婚して相川とか秋山になってください」
悠希のふざけた自己紹介に、またところどころから笑いが起こる。それでだいぶやりやすくなったのか、砕けた自己紹介を中心に、番が進んでいく。
あっという間に俺のところまで回ってきた。前の席の生徒と入れ違いに立ち上がる。
「川西中出身の塩川葵です。中学では野球部でキャッチャーしてました。ほぼ控えでしたけど。右利きです。安達の頭をはたくときも気遣いなんてせずに右手を使います。おとなしいってよく言われますが、話し掛ければ喋りますので、気軽に声掛けてください。よろしくお願いします」
流れを切らない最低限の笑いを取り、自己紹介を切り上げる。
悠希が、「左手使えよ!」と抗議していたが、それ以前に頭はたくなよと注意すべきだと思う。
まあそんな感じで、高校生活がスタートした。
昇降口の開け放たれたサッシ扉にクラス分けの紙が張り出されていて、その前に生徒たちが群がって歓声を上げたり落胆の声を漏らしたりしていた。
昼下がりの春の空気を大きく吸い込んで、ちょっとの間息を止めて、またゆっくりと吐き出す。ずっと休んでいたかったのに、また学校が始まるのかと思うと、気が重い。
生徒の集まりを遠巻きに眺める。たぶん、少し待ったくらいじゃ人は引けそうにない。次から次へと生徒が登校してきては足を止めている。人が増える一方だった。おかげで入り口は大混雑で、靴を履き替えるのも苦労しそうだ。一人一人にクラス分けのプリントを配るとか、もっと効率のいい方法を考えればいいのに。
中庭には幹の太い桜の木がそびえていて、枝の先には小さな花が恥ずかしそうに咲いている。もっと暖かいところなら、入学式に合わせて桜が満開になっていただろう。でも、この木も、あと一週間もすればピンク色の花びらで埋め尽くされるだろう。
人ごみは苦手だから、時間に間に合うギリギリまで待つことにした。身体になじんでいない濃紺のブレザーをたびたび気にしているふりをしながら、人の邪魔にならないその場に突っ立っていると、肩を思い切り叩かれた。
「よっ! 相変わらず死んだような顔してんな葵ちゃん」
「葵ちゃんやめろ葵ちゃんは」
小学校からずっと一緒の、悠希だった。こいつとは長い付き合いだ。家族を除けばダントツで一番言葉を交わしている相手。さすがにずっと同じクラスってわけじゃなかったけど、友達と聞いて最初に思い浮かぶのは悠希かもしれない。
「なにしてんの、クラス分け見に行けよ」
「人いなくなってから行くから、ほっとけ」
「変わんないねー」
肩の次は、背中をバシバシ叩かれる。力加減というものをこいつは知らないので、相当痛い。
「時間のムダだから、一緒に見に行くぞアオ」
人の話を聞いていたのか、悠希はそんなことを言うと、「後でいいんだよ!」という声も無視し、健康的に日に焼けた腕を俺のそれに強引に絡めて、ずんずん昇降口の方へ突っ込んでいく。
名前は五十音順に並んでいる。苗字が『塩川』なので、各クラスの真ん中やや上あたりに目を向けていく。下の名前が一文字だけで目立つのもあって、比較的すぐに見つかった。
「一組か」
「あ、ほんと? じゃあ一緒だな! よかったぁ」
ついでに、同じ組に中学の知り合いはいないかと探すが、どうやら、同じ中学なのは悠希の他にいないようだった。
「あー、最悪ぅ! ウチだけ一人じゃーん!」
「大丈夫。いつでも会えるって。クラス違くてもずっと一緒だからね!」
そんな見知らぬ誰かのセリフが聞こえてくる。よくもまあ、こんなたかが学校のクラス分けで一喜一憂できるよなと思う。卒業してしまえば、ただの三年に過ぎないその時間を、どうしてそこまで特別なものだと信じて疑わないのか。高校を出てからの方が人生は長いのに。
悠希に倣って人の流れにうまく入り込み、難なく下駄箱にたどり着いた。新品の上履きに履き替えて、リノリウムの床を歩く。
ところどころの壁に貼られた経路図に従い、一年一組教室までやって来た。廊下から中の様子を窺《うかが》うと、半分開きっぱなしにされたドアの隙間から、控えめな話し声が聞こえてくる。もっとにぎやかだと思ってたけど、こんなものなんだろうか。
「うあー、緊張するなー」
悠希がそわそわし始める。中学のときに野球部のエースとしてちょっとした有名人になった奴の台詞とは思えない。
「いいからはよ行け」
悠希の背中越しにドアをガラガラ開けて、足を踏み入れる。
黒板に座席表が張り出されているようで、女子生徒が一人、その紙と対峙していた。視力が悪いのか、かなり顔を近付けている。
「まあ、どうせ『安達』だから窓際最前列だもんねー」
となぜか嬉しそうに話すと、悠希は座席表には目もくれずに、窓際へと向かっていく。
黒板の前の女子はいまだにその場から動かない。自分の名前を見つけられないのかもしれない。
「うぅ……」
いや。そうではなかった。なにやらお腹を撫でさすっている。席の位置が好ましいものではなかったのだろう。
「あの、すみません」
このままではいつまで経ってもどいてくれそうになかったので、やむなく声を掛ける。
「ご、ごめんなさい……」
少し怯えるような目をした彼女は、逃げるように自分の席へと向かっていった。おどおどした感じの目つきに、小動物のような動き。後ろで一つに結われた黒髪は、そのしっぽを思わせた。
俺の席は、一番後ろだった。なかなかいい場所だ。
黒板に背を向け、席と席の間を進もうとしたところで、窓際から視線を感じた。立ち止まってそちらに目をやると、悠希が頬杖をついて俺をじっと見ていた。俺がどこの席かを気にしているというのともちょっと違う、悠希らしくない寂しげな表情だった。
「なに?」
「な、なんでもねえし」
目が合うと、悠希は慌てたように目を逸らした。
◇ ◇ ◇
入学式では、長話を聞きすぎて体力や精神力を奪われ、それと引き替えに手に入れたのは、高校生活への期待でも未来への希望でもなく、眠気だけだった。校長先生や来賓の人たちに何度も自分の名前を呼ばれた気がしたけど、ただ単に学校名を口にしていただけだった。おかげで変な緊張を強いられた。
教室に戻ってから、睡魔で瞼を半分閉ざしながら高校初のホームルームに臨む。
「入学式の最後にも紹介されましたが、一年一組の担任になりました、泉です。こう見えて数学を教えてます。部活でいうと、バレー部の顧問をやってます、あとは一応、陸上部の副顧問も……こっちは、幽霊顧問、みたいな? たまにふらーっと見に行ったり大会についていったりするくらい。クラス担任は初めてで、みなさんと同じ一年生です。緊張していますが、よろしくね」
担任教師は、思いのほか若かった。ほんの少し茶色みがかったセミロングも、教師とは思えないほどの幼さを残した顔も、吊り目を覆う二重瞼も、どれもが彼女に似合っていて、素直に綺麗な人だと思った。
膝丈のベージュのワンピ―スに、それとほぼ同色のジャケットを羽織っているが、その上からでもはっきり膨らみがわかる胸に目を吸い寄せられてしまうことに、自分が男であることをつくづく感じる。
泉先生を前に、一部の男子はいやらしい笑みを浮かべて喜びを露わにしていた。
「かわいいー!」
「恋の方程式を教えてくださーい!」
「僕の初恋を君に捧ぐ!」
「結婚しましょう、今すぐに」
先生への拍手に交じって、早速求愛に走っている連中もちらほらいた。
「ウザ、キモ」
「いつまで中学生やってんだか」
「恋の方程式とか、頭ん中、小学生じゃん」
そんな声の主たちを呆れた眼差しで見つめる女子たち。
「な、なんだと? 誰だ今『頭ん中、小学生じゃね』って言ったの!」
髪を茶色に染めた生徒が――悠希が、椅子を倒れんばかりに引いて立ち上がり、応戦した。
対する女子もやはり茶髪で、毛先の撥ねた髪を撫でつけながら、なんでもなさそうに手を上げる。うっすらと化粧もしているのがわかった。
「はーい。あたしでーす」
「お言葉ですが、小学生は『方程式』なんて言葉知りませんよーだ」
「あ、そーなんだー。発想が子どもすぎてそこまで考えが及びませんでしたぁ」
「なんだと? やんのか?」
「は? やんねーし。時間のムダ。てか語彙力なさすぎで草生える」
「やれやぁっ!」
「なに一人でスタンディングオーベーションしてんの。座れば? 床に」
「床かい! 椅子じゃダメ?」
そんなふざけたやり取りに笑いが起きて、和やかなムードになる。
「はいはい、ケンカは後で体育館裏でやってねー」
後でもやっちゃだめでしょ……。
体育館裏って……。
そんなクラス全員の声なき突っ込みに気付いていないのか、泉先生は素知らぬ顔で話を進めていく。
「簡単だったけど、今のが一応先生の自己紹介ってことで。なにか訊きたいことがあったら随時応じます。じゃあここで、先生もみんなのことが知りたいので、一人ずつ簡単な自己紹介、してもらっちゃおうかな」
うわぁー、きたぁー。
自己紹介が終わったら、結婚するんだ。
いいよそんなのやんなくてぇー。
口々に声が上がり、クラスはまたざわつき始める。結構にぎやかなクラスみたいだ。
「出席番号順ってのも味気ないので……うーん……やっぱり出席番号一番からでいいや」
「なんたるフェイント! でもそのちょっと抜けてるところもまたいいです! …………ってトップバッターかよ!」
「しょーがくせーがんばれー」
「初対面のくせになんの恨みがあんだよてめー!」
初対面とは思えない二人のやり取りに笑いが起こる教室に向かって、先生が手を叩きながら「はーい、静かにー」と声を掛ける。少しずつ、話し声が小さく、まばらになっていく。
「順番が来たら起立して、名前と、出身中学と、あとはなにか一言。趣味でも特技でも、なんでもいいです。じゃあ、順番にお願いします」
「はーい。川西中出身の安達|《あだち》悠希でーす。中学では野球部でピッチャーやってました。左投げ左打ち、利き足も左足ですが、塩川くんを蹴るときは気を遣って右足で蹴る優しさも兼ね備えてます。趣味は筋トレと野球観戦、ちなみに断然竜党です。今年はどうやら避雷針の相川さんや秋山さんたちがいないせいで出席番号一番らしいので早く誰か結婚して相川とか秋山になってください」
悠希のふざけた自己紹介に、またところどころから笑いが起こる。それでだいぶやりやすくなったのか、砕けた自己紹介を中心に、番が進んでいく。
あっという間に俺のところまで回ってきた。前の席の生徒と入れ違いに立ち上がる。
「川西中出身の塩川葵です。中学では野球部でキャッチャーしてました。ほぼ控えでしたけど。右利きです。安達の頭をはたくときも気遣いなんてせずに右手を使います。おとなしいってよく言われますが、話し掛ければ喋りますので、気軽に声掛けてください。よろしくお願いします」
流れを切らない最低限の笑いを取り、自己紹介を切り上げる。
悠希が、「左手使えよ!」と抗議していたが、それ以前に頭はたくなよと注意すべきだと思う。
まあそんな感じで、高校生活がスタートした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる