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生贄聖女は魔王に泣きつく
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ようやく一日の仕事が終わって執務室のテラスで一息つく。魔王城が見張らせるテラスからは、魔族たちが働く姿も、人間たちが住む山も美しくみえた。混沌たる世界だが、ここからの景色は随一だ。
しかし、今日は散々な日だった。人間界と魔界のあいだの村では小競り合いが戦闘に発展した。魔界領の山では、数匹の魔物が不可解な死に方をしており、調査隊を向かわせたが帰ってくるのは明日以降だ。結果のわからないものが一つ二つあれば、心はざわつく。
それは、俺の横にたたずみ、泣きそうな顔をしている生贄聖女も同じだろう。
「……何をしている」
「うう……。魔王様、私、滋養たっぷりのマンドラゴラも連れてきたんです。ドラゴンさんも香料になる鱗を一枚くださって、グリフィンさんからも一振りで肉が柔らかくなる尾羽をいただいたんです……。魔界に長く滞在すればそれだけ魔力を取り込んでおいしくなくなる。賞味期限が切れちゃうのに、どうして私を食べてくださらないのですか?」
突っ込みどころは多数ある。いつの間にそんなに魔王城のものと仲良くなったのかとか、どうしてそんな食べてほしいのかとか。だが、全部に突っ込んでも、どうせ頭が痛くなるような返答が返ってくるだけだ。俺はもう一つ質問を畳みかける。
「ではなくて、なんでメイド服なのかと聞いている」
「あ、これはですね。食べられるまでの間に少しでも魔王城に貢献をしたいと掃除や炊事をしておりましたら、ジン様が支給してくださったのです! こんなにかわいい服を着れる日がくるなんて!」
泣きそうな顔が、急に明るくなる。スカートのひだをつまんで微笑む姿をみて、胸が痛んだ。ついでジンへの怒りがわいてくる。俺は泣かせるか食べてくださいと言われるばかりなのに、ジンは簡単に笑顔にさせる。なんだこれは。俺は魔王なのに、明らかにジンとのほうが仲良くなっているではないか。いや、生贄なんだから仲良くもなにもないんだが。
俺はため息をついて、じっくりと生贄聖女を見つめた。銀の髪が夜のテラスにたなびき、月光を反射してきらめいた。菫色の瞳には哀愁が漂い、銀色のまつ毛が不安そうに俺を見つめる。柳のような眉も銀に縁どられ、唇だけがほのかに赤い。
「……聖女というのは、どんな生活をしているんだ?」
「あ、食材の製造過程の確認でございますね!」
「いろいろ違うんだが……まあいい、教えてくれ」
「はい! まずは親がすてた子や、親をなくした子、あるいは罪人の子を教会が拾ってきます!」
「まて。最初から重いぞ」
「年齢は5歳から16歳まで。一日2食桃を食べ、肉を柔らかくするために鞭で打ちます」
「む、鞭?」
「はい! この時に死んでしまう子もおりますが、神の試練に耐えられない子はいらないということでございますね。昼は貴族や王族のもとで家事炊事をおこない、夜の10時に教会に戻って滝行を行います。香料を入れた大浴場で蒸され、傷には塩を塗り込んで肉に下味をつけます。翌朝は、また朝の2時に起きて、朝のおつとめをして、貴族の皆様のもとへ働きに出るのですわ」
「……………………………」
俺は頭を抱えていた。
生贄聖女は、上機嫌で答えている。製造過程の説明が終われば、俺が安心して食べてくれると思っているのだろう。
「魔王様?」
「……嫌な予感しかしないんだが、生贄に選ばれなかったものはどうなるんだ?」
「はい、貴族や王族の愛人か下女になりますわ。遊郭に行くものもおりますし、密偵として鍛えられる子もおりますわね」
「……よぉし。今から人間界滅ぼしてくるから」
「ええええええ。ど、どうしてですか!」
「どうしても何もあったものか! 貴様、自分がどんな扱いを受けたかわかってるのか!」
「だって、私にはそれくらいの価値しかありませんもの!」
「……」
「騎士様のように強くはない。貴族のように尊い血もない。商人の子のようにお金もない。街の子のように親もない。だったら……これくらいしか……」
「……よいか、聖女よ。血筋や金や親がなくても、誰もが平和に生きられるよう政策を施すのが国家の役割だ。お前の国は、それを放棄しているといえよう」
「そんな……」
「それゆえに俺は……。ちょっと待て。その首輪は着替えるときに外さなかったのか?」
「え?」
生贄聖女の首元には、瞳の色にあわせた菫色の首輪がはめこまれていた。武骨な鉄製で、奴隷の首枷のようにR1897と刻まれている。
「は、はい。これは、わたくしの製品管理番号ですし、けっして外すなと神父様に厳命されているのです。私が役目を果たしたときに、首輪だけでも人間界に帰ってこれるよう手配するから、と……」
「なるほど……」
俺は、生贄聖女の首輪に手をかける。
「魔王様……?」
時を同じくして、ジンの切迫した声が響いた。
「魔王様、お逃げください! 生贄の首輪には爆弾がしかけられて………!」
次の瞬間、魔王城には雷鳴が轟いた。否、聖女の首輪が爆発し、魔王城が崩壊したような音だった。
しかし、今日は散々な日だった。人間界と魔界のあいだの村では小競り合いが戦闘に発展した。魔界領の山では、数匹の魔物が不可解な死に方をしており、調査隊を向かわせたが帰ってくるのは明日以降だ。結果のわからないものが一つ二つあれば、心はざわつく。
それは、俺の横にたたずみ、泣きそうな顔をしている生贄聖女も同じだろう。
「……何をしている」
「うう……。魔王様、私、滋養たっぷりのマンドラゴラも連れてきたんです。ドラゴンさんも香料になる鱗を一枚くださって、グリフィンさんからも一振りで肉が柔らかくなる尾羽をいただいたんです……。魔界に長く滞在すればそれだけ魔力を取り込んでおいしくなくなる。賞味期限が切れちゃうのに、どうして私を食べてくださらないのですか?」
突っ込みどころは多数ある。いつの間にそんなに魔王城のものと仲良くなったのかとか、どうしてそんな食べてほしいのかとか。だが、全部に突っ込んでも、どうせ頭が痛くなるような返答が返ってくるだけだ。俺はもう一つ質問を畳みかける。
「ではなくて、なんでメイド服なのかと聞いている」
「あ、これはですね。食べられるまでの間に少しでも魔王城に貢献をしたいと掃除や炊事をしておりましたら、ジン様が支給してくださったのです! こんなにかわいい服を着れる日がくるなんて!」
泣きそうな顔が、急に明るくなる。スカートのひだをつまんで微笑む姿をみて、胸が痛んだ。ついでジンへの怒りがわいてくる。俺は泣かせるか食べてくださいと言われるばかりなのに、ジンは簡単に笑顔にさせる。なんだこれは。俺は魔王なのに、明らかにジンとのほうが仲良くなっているではないか。いや、生贄なんだから仲良くもなにもないんだが。
俺はため息をついて、じっくりと生贄聖女を見つめた。銀の髪が夜のテラスにたなびき、月光を反射してきらめいた。菫色の瞳には哀愁が漂い、銀色のまつ毛が不安そうに俺を見つめる。柳のような眉も銀に縁どられ、唇だけがほのかに赤い。
「……聖女というのは、どんな生活をしているんだ?」
「あ、食材の製造過程の確認でございますね!」
「いろいろ違うんだが……まあいい、教えてくれ」
「はい! まずは親がすてた子や、親をなくした子、あるいは罪人の子を教会が拾ってきます!」
「まて。最初から重いぞ」
「年齢は5歳から16歳まで。一日2食桃を食べ、肉を柔らかくするために鞭で打ちます」
「む、鞭?」
「はい! この時に死んでしまう子もおりますが、神の試練に耐えられない子はいらないということでございますね。昼は貴族や王族のもとで家事炊事をおこない、夜の10時に教会に戻って滝行を行います。香料を入れた大浴場で蒸され、傷には塩を塗り込んで肉に下味をつけます。翌朝は、また朝の2時に起きて、朝のおつとめをして、貴族の皆様のもとへ働きに出るのですわ」
「……………………………」
俺は頭を抱えていた。
生贄聖女は、上機嫌で答えている。製造過程の説明が終われば、俺が安心して食べてくれると思っているのだろう。
「魔王様?」
「……嫌な予感しかしないんだが、生贄に選ばれなかったものはどうなるんだ?」
「はい、貴族や王族の愛人か下女になりますわ。遊郭に行くものもおりますし、密偵として鍛えられる子もおりますわね」
「……よぉし。今から人間界滅ぼしてくるから」
「ええええええ。ど、どうしてですか!」
「どうしても何もあったものか! 貴様、自分がどんな扱いを受けたかわかってるのか!」
「だって、私にはそれくらいの価値しかありませんもの!」
「……」
「騎士様のように強くはない。貴族のように尊い血もない。商人の子のようにお金もない。街の子のように親もない。だったら……これくらいしか……」
「……よいか、聖女よ。血筋や金や親がなくても、誰もが平和に生きられるよう政策を施すのが国家の役割だ。お前の国は、それを放棄しているといえよう」
「そんな……」
「それゆえに俺は……。ちょっと待て。その首輪は着替えるときに外さなかったのか?」
「え?」
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「は、はい。これは、わたくしの製品管理番号ですし、けっして外すなと神父様に厳命されているのです。私が役目を果たしたときに、首輪だけでも人間界に帰ってこれるよう手配するから、と……」
「なるほど……」
俺は、生贄聖女の首輪に手をかける。
「魔王様……?」
時を同じくして、ジンの切迫した声が響いた。
「魔王様、お逃げください! 生贄の首輪には爆弾がしかけられて………!」
次の瞬間、魔王城には雷鳴が轟いた。否、聖女の首輪が爆発し、魔王城が崩壊したような音だった。
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