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第3章 絶望の獣と対峙するミニャ
#29 絶望の獣(後編)
しおりを挟む「ミニャァッ!!」
マーダーグリズリーの左腕が降り下されようとしていた。
「間に合わない」
ロゼが素早くボウガンに次の矢を装填しようとしているがマーダーグリズリーの左腕が降り下される方がどう考えても早い。
「ふニャあッ!!」
ぺしっ!
体を翻した時の余勢か、はたまたミニャの闘争あるいは生存の為の本能か、その尻尾がマーダーグリズリーの目元に当たった。そのせいか降り下される腕の軌道がずれた。
ブンッ!!
マーダーグリズリーの左腕がミニャのすぐ横を空振りした。しかし、ミニャの小柄な体は風圧のためかグルグルと回りながら吹き飛ばされた。
ズダンッ!!
両足だけでなく両手まで使ってミニャが着地する。
「あの身軽なミニャが両手両足を使って着地するなんて…」
今朝、ミニャは木を伐採する時も道無き道をヒョイヒョイと進んでいた。高所に登って作業をした後に飛び降りた際も整地なんかされてないデコボコの地面に片足で着地していた。そのミニャがかろうじて着地した、空振りした腕の風圧であれだけの影響があるんだ。まともに食らったら…。
「ぐうう…」
そのミニャが苦痛の声を上げている。
「あっ!」
ミニャの右足…、ふともものあたりの衣服が裂け血が染みている。
「まずい、足に怪我…。ミニャのすばしこさが発揮できなくなる…、そうだ!」
俺は亜空間物質収納から再生の杖を取り出しミニャに向かって振りかざした。
「き、傷がふさがっていくニャ!」
「再生…、失った四肢を一週間かけて再生する。そしてそれ以外にもしばらくの間、体の傷を治し続ける」
「ボク、まだ戦えるニャ」
ミニャが立ち上がりマーダーグリズリーに対峙する。仕切り直しといった感じか、マーダーグリズリーもまたミニャを視線の正面に捉えた。
「なぜ…?太矢が刺さらない…」
横でロゼが呟いた。
「あの体毛のせいじゃ…」
里長が呟く。
「体毛だって?」
俺はそう言いながらマーダーグリズリーを見た。光沢ある銀色がかった灰色、そのところどころに白や黒い毛が混じりなんとも言えない柄になっている。
「あのマーダーグリズリーのしなやかで太い体毛が放った矢が刺さる事を防ぎ滑らせてしまう…。ゆえに戦うなら接近せねばならぬ、だが彼我の力の差は明らか…。刃物をもって戦おうにもかすり傷一つつける間に我らは一人殺されてしまう。狩りの為に我らが磨いた弓矢の技がまるで役に立たぬのだ…」
「だからあんた達の部族の天敵…、絶望の獣と言ってたのか…」
「その刃物とてあの毛皮に効果が薄くての…。矢を放つよりはいくらかマジだが…」
「じゃあ、弱点は無いってのか…」
「………。あのマーダーグリズリーはサモンが川を上ってくると匂いを嗅ぎつけてやってくる…。だから見つけたらすぐに捕まえて埋めておったのじゃ。嗅ぎつけられぬほどに深くな…、勝ち目の無い相手ゆえ…」
俺は落胆しかけたがすぐに気持ちを奮い立たせる、まだミニャは戦っているのだ。俺は俺の出来る事をしよう、ミニャを死なせる訳にはいかない。
「鑑定!」
俺は再びマーダーグリズリーを鑑定した。目の前にうかぶ説明文を読み込んでいく、先ほどよりも入念に…最後まで…。
「…あ、ある…。コイツにも一つだけ弱点が…」
ヤツの首の付け根のやや下あたり…、ツキノワグマのような模様になっている白い体毛の部分…。そこは灰色の部分に比べれば強度は弱い。
「ミニャ、首元の白い体毛の部分!そこは少し弱いみたいだぞ!」
「分かったニャ!」
俺の言葉に従いミニャが首元を狙い始める。
「グルアッ!ゴアッ!!」
どうやらマーダーグリズリーはそこを攻撃されるのは嫌なようだ。大したダメージにはなっていないが、先ほどまでの防御を捨てての反撃をしなくなっている。生物的な本能か、被害は無くともついつい弱点をかばってしまう…そんな感じに見えた。
ミニャの一撃が弱点に決まる、しかしそれも決め手には程遠い。体力差があり過ぎるのだ。
「やはり打撃では仕留め切れない…。必要なのは効果的な攻撃法、さらに一撃で決まるような攻撃力…。そしてそれを成し遂げられるのは…」
俺は見つけた弱点に対して効果があると思われる攻撃方法を考える。そして思いついたアイテムを創造の力で作り出した。
□
ミニャとマーダーグリズリーの戦いは続いていた。今やミニャは大胆に攻めている、致命傷となるものなら避けるが軽傷程度なら防御に徹さず攻撃に転じる。
「凄いニャ、すぐに治ってくのニャ!…痛いのは痛いけど」
ミニャの言う通り、体の傷は再生の効果ですぐにふさがっていく。絶え間なく攻めてくるミニャにマーダーグリズリーの苛立ちがつのる。
「動きが鈍ってきたな…。ミニャ、ロゼが援護する。少し距離を取れ」
「ニャ!」
ミニャがわずかに退いた。
「グルアッ!」
マーダーグリズリーはミニャに向けて腕を振るったがすでに間合いの外、体勢が崩れた。
ビンッ!!
弦鳴りの音、ロゼがマーダーグリズリーの鼻先に向けてボウガンを発射した。狙い過たず太矢はヤツの顔面に命中。効いてはいないがロゼに一瞬注意が向いた。
「ミニャ、これを腕にはめて使え!」
そう言って俺は創造したばかりのアイテムを投げた。放物線を描きミニャの方に向かって飛んでいく。
「ニャッ!」
飛んできた物をリーンは手を真上に突き出すようにして直接にはめた。
「これ、何ニャ?」
「名前はつけてなかったから…、とりあえず鉄甲爪とでもしておこうか」
ミニャがその右手にはめたのはとある国民的RPGに登場する武器をイメージした物…。また、古くは日本の忍者も同じような道具を使っていたという。
手の甲から肘あたりまでを守る鉄甲であると同時にその拳頭から先には短剣ほどの長さがある三本の鉤爪が伸びている。
「似たような武器を見た事はあるけど…、どうしてこの爪は真っ白なのニャ?普通は鉄とか…」
「切れ味を増す為に鉄に特殊な加工をしてある。あっ、来るぞ!」
切れ味を増す為に爪に施したセラミック加工、それを不思議がっていたミニャに敵が再びミニャを視線に捉えた事を伝える。
「分かったニャ、首元が弱点ニャんね!」
ミニャがマーダーグリズリーに肉薄する。
「ゴアァァッ!!」
腕の長さの差を活かしマーダーグリズリーが先に仕掛ける。左、右、剛腕がミニャに迫る。それをミニャはくぐり抜けた。
「ふニャああああッ!」
ミニャが右腕の鉄甲爪を使い攻撃にいこうとする。
「よし、両腕の攻撃をくぐり抜けた!フトコロに入って…やれーッ!!」
俺は興奮して叫んだ。
「まずい。敵はもうひとつ、攻撃の手段を残している」
「えっ!?」
敵のフトコロに潜り仕掛けようとするミニャ、そしてそれに合わせるようにマーダーグリズリーが大きな口を開けミニャに迫っていた。俺にはその光景がやけに遅く…、スローモーションのように感じていた。
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