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第一章

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 儀式当日、神官達が慌ただしく行き交う廊下のさらにその奥、式に使用する道具が仕舞われている部屋に人影があった。

 微かな明かりだけしかない部屋の中、その人影は恐々と辺りを見回しながら、儀式に使う指輪に手を伸ばして……。

「何をしているのですか?」
 セオノアが静かに声をかけると、部屋の中にいたその人影は微かに肩を震わせた。
「ここは儀式で使う魔法具が仕舞われている場所ですから、貴女の様な方が居るはずがないと思うのですが、王妃陛下」

 セオノアは手にした灯りを掲げ、室内を照らす。
 振り返ったその人はすっかりと動揺を隠しきり、余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。
「あら貴方たちこそ、主役が揃ってどうしたの?」
 笑顔のまま、目だけは鋭くこちらを見据えられてルエラは思わず息を呑んだ。
 けれど圧されるわけにはいかない。
 心を落ち着かせ、ルエラは静かに問いを返した。
「失礼ですが王妃陛下。今隠した物を見せていただけますか?」
「隠した物? 何のことかしら」
 あくまでも白を切るつもりなのだろう、王妃は首を傾げる。

「とぼけないでいただきたい、貴方が手の中に隠している『誓約の指輪』の事です」
「指輪ならそこにあるではないの」
 王妃はゆるりとセオノアの追求を交わし、宝石台の上に置かれた指輪を示した。

「それは誓約の指輪ではありません、呪具です。……着けた互いの体液が毒になる」
 効果まで指摘されれば少しは動揺するかと思ったが、王妃はセオノアの言葉に顔色ひとつ変えない。
「随分とひどい言いがかりだわ、私は貴方達を祝福したくて、こうして神殿へ赴いたと言うのに」
「そう言うのでしたら、指輪を調べても良いですね?」
 そう言いセオノアは王妃に歩み寄る。

「呆れた。あんな女から生まれただけあって、自分の立場を弁えていない失礼な子ね」
「では、どうすれば調べる事を許していただけますか?」
 ルエラはその物言いに怒りが込み上げるのをなんとか抑えて問いかけた。だけど王妃は鼻で笑い、言い放つ。

「そうね、陛下がお命じになるなら応じましょう」
「だ、そうですよ」
 セオノアの言葉を受けて、ルエラの後ろからさらに数人が荒々しい足音と共に部屋に踏み入って来た。現れたその姿に王妃は息を呑む。
「陛下、クロノ……。」
 騎士とクロノ王子を伴って現れた王は高らかに告げた。
「では、お前の望み通り、私が命じよう」
と。

 そう言うと王は足早に王妃の前に進み出た。
 目を見開く彼女の前で置かれていた指輪を手に取り、するりと自分の指に嵌める。そしてそのまま王妃の腕を掴むと強引にその指に対になる指輪を通した。
「陛下、おやめくださいませ! あんな戯言を信じるのですか?」
「お前こそ、戯言と言うのならば自らの行動をもって証明できるだろう」
 王は静かにそう告げると傍の騎士が持っていた剣を奪い、自らの指にすうっと一本、傷をつける。
 儀式用のワインが満たされた黄金の酒杯に、王の血が一雫落ちた。

「さあ、飲むんだ」
 王妃の肩をしっかりと抱き、王がその口元に酒杯を近づける。
「……いやっ!」
 必死に顔を逸らし酒杯を振り払う王妃。その勢いで跳ねたワインが王妃の腕にかかる。
「ああっ!」
 王妃は王の手が緩んだ隙に体を離すと、洗い流そうというのか、机の上にあった儀式用のワインの入った甕から中身腕に注いだ。
 辺りに酒精の香りが広がる。

「助けて! 早く神官を呼んで! 私に解毒を!」
 半狂乱になる王妃の姿に王は深く息をつくが、助けを求めるその手を取る様子は無い。
「母上」
 そこへ歩み寄り、静かに声をかけたのはクロノ王子だった。
「急いでちょうだい、このままでは毒がまわってしまうわ!」
 そう言い縋り付く王妃を、クロノは冷たい目で射抜く。
「安心してください母上、その指輪は本物の『誓約の指輪』です」
「……何ですって?」

 クロノの言葉を飲み込めないのか、王妃の目は自分の腕と愛する息子の顔をせわしなく行き来する。

「呪具だと思い込んですり替えたその指輪こそが、本物だったという事です。……母上にそのような動きがあるとセオノアから聞いた時は信じられなかった。でも調べてみれば、確かに呪具は貴女の部屋にあった。だから先に私がすり替えておいたんですよ」
 そこで言葉を切って、クロノは一瞬だけ辛そうに顔を歪めた。だがすぐに前を向き、しっかりとした声で続ける。

「私は母上を止めたかった。何故、今まで貴女の言う事に喜んで従っていた神官長が、今回に限って指輪を入れ替える事を拒否したと思いますか? 私が手を回していたからです。そこまですれば諦めてくれると思っていたのに、まさか自ら手を汚すとは……」
「違う、違うのよ。私は陥れられたの!」
 ルエラとセオノアを指差して必死に言い募る王妃を、今や誰もが、騎士達でさえも冷たい目で見ていた。
 クロノが静かに首を振る。

「いいえ、母上。もう言い逃れは出来ません。実際には未遂に終わりましたが、あなたがしようとした事は『王族の殺害』です。これを許していては国は乱れる」
 クロノの言葉が理解出来ない、理解したく無いと言う様に王妃が顔を覆い、その場に崩れる。そんな彼女の肩に手を置いて、クロノは子どもに言い聞かせる様に穏やかに告げた。

「私は貴女が望んだ通り王となります。ただし、貴女はその姿を見ることはない。それが貴女への罰です」
「クロノ……そんな」
 
 もうクロノは王妃の声を聞いていなかった。それを見届けて、王が手を上げる。そのタイミングに併せて騎士達が王妃を両脇から抱え上げた。
「東の塔へ連れてゆけ」
 王の命を受け、王妃が部屋を連れ出されてゆく。
 抵抗する気力を失ったのか、彼女はそのまま覚束ない足取りで引き摺られながら部屋を出て行った。
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