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第一章

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 気持ちを落ち突かせてからセオノアは入って来た時と同じ様にルエラを抱え、外へ足を踏み出した。
 一瞬で、二人は顔合わせをした部屋の真ん中に居た。
 眩しさにルエラは何度も目を瞬く。

「ルエラがちゃんとここに居る」
 そっと頬に触れ、噛み締める様にそう言うセオノア。
 消えていない事を確認してから嬉しそうに一層強くルエラを抱きしめた。

 その後で幻ではない事を隅々まで確認しようとするセオノアを真っ赤になって押し止めて、ルエラはやっと自分の足で元の世界に立つ。
「帰って来たのですね」
 セオノアを手をかけ、命を落としたあの悪夢から。
 そしてセオノア自身も囚われていたあの部屋から。

「これからのことなんだけど、まず、やりたい事があるんだ」
「セオノア様がしたいと思う事なら、何でもお付き合いいたします」
 やっと前を向いて進もうとしているセオノアの為なら、なんだってしたいとルエラは思う。
「辞退の予定だった誓約の儀式、そこからやり直したいんだけど、どうかな?」
 ルエラは頷いた。彼の言葉から言葉以上の意味を受け取って。


◇◇◇


 一度は辞退と伝えていた誓約の儀式をやはり行いたいという話を持っていった時、随分とセオノアは王妃に嫌味を言われたらしい。

「だけど僕が、『王位継承を放棄した後は、魔法の研究者として暮らすことになるから、自分に着いて来てくれるルエラに少しは王族らしい経験をさせたい』って言った途端に、それはもう上機嫌で式の手配を請け負ってくれたよ。まあ、身内にだけはわかりやすい人だね」
 外交においてはさすがにそんな事ははないんだけどと言い添えて、セオノアは膝の上に乗せたルエラの耳元で、ふふ、と笑う。

 くすぐったさに身を捩ると、「じっとしてないと仕事ができないよ?」とルエラが悪いかのように、嗜める。 

 最近のセオノアは、こうしてルエラを何処にでも伴い、執務の間でさえぴったりとくっついたままなのだ。
 その姿に冬王子に春が来てすっかり呆けてしまったと、城内で、徐々に城下でも噂となった。
 それと共に、王太子はクロノに決まるのではないかという話もまことしやかに語られ出していた。

「民心は狙い通りクロノの方に向いているね」
「それは良い事ですが、王妃陛下に狙われるのを避ける為とは言え、ずっとこうしてくっついているのは、少々恥ずかしいです」
「いいじゃない、君の意見を取り入れながら仕事を進められるから捗って助かるよ。それに僕も楽しいし」
 そう言われれば拒む事もできない。
 執務室で書類とセオノアに挟まれて、ルエラはせめて少しは役に立てる様にと手を動かす。

「セオノア様、緊急性の高い書類をこちらに纏めておりますね」
「ん、ありがとう。こっちはどうかな?」
「そちらは先ほど確認いたしました、明日でも問題ないかと」
 セオノアと共に、書類に目を通しながらルエラは小さくため息をつた。

「本来であれば、このような場所に私が居座るのは、問題となるはずなのですが」
「仕事はちゃんと遅れずに進めているから誰も文句を言わなくなったね。それに、前の時にあったいろいろな問題についてもちゃんと手を回して解決してるから、大きな功績って程ではなくても、陛下にはちゃんと理解してもらってるし」

 確かに。前の時に大きな功績を得る元となった『隣国との開戦の危機』については、原因となったあちらの国の食糧危機が起こる前にきちんと支援を行う事で解決したと聞いている。

 ルエラと居る間だけは、ふわふわと幸せそうにしているセオノア。あの部屋から出てから彼はそんな風に笑う様になった。

「王妃にも、ルエラさえ与えておけば大人しくなる扱いやすい我儘王子、って思われてるみたいだしね」
「私の方は、次期王太子とまで言われていたセオノア様を堕落させた悪女だと陰で言われているので……父と母がちょっと泣いてます」
「それは悪い事をしたね。でも、ルエラを一生幸せにするから許してほしいな」
 そう言い、セオノアが額に口付ける。触れた所からじわじわ暖かくなる。 

 このままずっとこんな風に穏やかな時間が続いてほしい。二人の願いはそれだけ。

 だから。

「後は禍根を断つだけだね」 
 笑顔のままでセオノアが告げた。ルエラは頷く。
 準備は整った。もう二人の中にしか残っていない一度目のあの苦しさを辛さを、二度も繰り返しはしない。

 誓約の儀式は、もう明日へ迫っていた。
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