元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#2 隣の席の地味女子、昨日のアイドルと声が同じなんですけど?

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 朝の教室。
 いつも通り俺は早めに登校していた。

 理由は簡単。
 人が多い場所が、あまり得意じゃないからだ。
 高校になっても、静かな朝だけは俺の安らぎの時間。

 窓際の席に座り、外を眺める。
 昨日のライブを思い出していた。

(……あの子、大丈夫だったかな)

 泣いていた彼女の顔が、ぼんやりと頭に浮かぶ。
 俺は首を振って、思考を切り替えた。

「……おっはよーっ、類!」

 そんな静寂を、元気よくぶち壊す声が響く。
 顔を上げると、クラスのムードメーカー伊波周がいた。

 チャラい笑顔。
 寝ぐせ全開。
 遅刻ギリギリの常習犯。

「お前、また髪立ってる」
「細けぇ! 朝の五分は睡眠に費やすタイプなんだよ、俺は」
「で、遅刻ギリギリに走ってきて、結果汗だくで五分損してるわけだ」
「そう! ……って、あれ? 俺なんか論破された!?」

 俺が数少ない「まともに会話できる相手」と認識している男だ。
 なぜか懐かれている。理由は不明。

 たぶん、出席番号が近いからだ。
「伊波」と「兎山」。あいうえお順で隣になる。
 それだけの理由で、周は俺を親友だと思っているらしい。

「そういや類、昨日なにか用事あった? LINEしたのに既読無視しただろ?」
「……妹の付き添いで」
「へぇ、デート?」
「妹だって言ってるだろ」
「だって、あの可愛い中学生だろ」
「やめろ。妹を”可愛い”って言う奴に碌なのいない」

 周が笑いながら椅子の上で振り返り、俺の机に顎を乗せる。

「ははっ、やっぱお前怖ぇな。顔は無表情なのに声のトーンだけ本気なんだもん。で?何の付き添い?」
「ライブ」
「ライブ!?お前が!?何の⁈」

 大袈裟に机から転げ落ちそうになる周。
 周囲の数人も「マジ?」みたいな顔をしてこちらを見る。

(あんまり目立ちたくないのに……こいつ、いつもうるさいな……)

「アイドルの。妹が好きで」
「アイドルって、どのグループ!?」
「Re⭐︎LuMiNa」
「まって、あの地下アイドルで人気のやつ!? やっべ、俺も行きてぇー!今度誘ってくれよ!」
「いや、次はない」

 俺には、昨日の熱気がまだ理解できない。
 あれは戦場だった。音と光と狂気の坩堝(るつぼ)だ。

「つーか類がアイドルのライブ行くとか意外すぎ。どうだった?」
「……騒がしかった」
「そりゃそうだろ!感想それだけ!?」

 周が笑う。
 俺は適当に相槌を打ちながら、昨日の光景を思い出していた。
 ステージ上のアイドルたち。
 その中で、一人だけ――どこか影のある少女。

 そのとき、教室のドアが静かに開いた。

「お、おはようございます……」

 落ち着いた声が響く。
 地味な眼鏡、黒髪をまとめたポニーテール、きっちりした制服。
 ――強羅ひまり。

 クラスでは”真面目でおとなしい女子”として通っている。
 声を荒げたことなど一度もない。
 いつもノートを丁寧に取り、教師の信頼も厚い。

 彼女は俺の隣の席――正確には、俺の右隣に座る。
「おはようございます」と軽く会釈して、カバンを机に置いた。

 その瞬間、ふと違和感が走る。

(……ん?)

 なんだろう。
 今の挨拶の声――どこかで聞いたような。

「ねぇ、強羅さん」
「……はい?」

 周が何気なく話しかけた。
 ひまりは少し驚いたように顔を上げる。

「Re⭐︎LuMiNaって知ってる?」
「……え?」

 一瞬、ひまりの肩がピクリと動いた。
 眼鏡の奥の瞳が、わずかに揺れる。

「ど、どうして急に?」
「いや、類がライブ行ってたって言ってたからさー。強羅さん的な女子は、そういうの知ってんのかなー?って」
「そ、そうですね……知ってはいますけど……」

 ひまりは少し視線を泳がせた。
 そして、眼鏡の位置を直す。

 その仕草を見て――俺の脳裏に、昨日の光景が蘇った。

 暗がりで泣いていた少女。
 涙を拭う仕草。

(……似てる)

 いや、似てるだけか?

「強羅さんも好きなの?アイドル」
「あ、いえ……そこまで詳しくは……」
「そっかー。でも知ってるんだ?」
「は、はい……噂程度には……」

 ひまりの声が、わずかに上ずっている。
 周は気づいていないようだが、俺の観察眼はその変化を見逃さなかった。

(……動揺してる)

 なぜだ?
 普通、アイドルの話題でここまで動揺するだろうか。

「そっか! じゃあ今度、類と一緒にライブ行こうぜ! 強羅さんも興味あるなら――」
「おい周」

 俺は周の言葉を遮った。

「お前、強羅に迷惑かけるな」
「え、なんで?」
「朝から声がでかい」
「いいじゃん!俺が元気な証拠だろ!」
「知らん」

 周は「え~」と不満そうな顔をする。
 ひまりは少しほっとしたような表情を浮かべた。

「ありがとう。兎山さん」

 その声を聞いて――俺は再び、違和感を覚えた。

(……この声)

 昨日、ライブ会場の裏で聞いた――あの、泣き声。
 そして「ありがとう」と言ったあの声。

 似ている。
 いや、似てるだけなのか?

 眼鏡越しの彼女は、まるで別人のように控えめで、アイドルのような派手さは一切ない。
 髪型も違う。昨日はツインテールだったが、今日はポニーテール。
 メイクもしていない。

(……まさか、な)

 俺は首を振って、思考を切り替えた。
 ありえない。
 昨日の彼女がこんな地味キャラなはずが――

「類、お前今日ボーッとしてない?」
「寝不足」
「あー、ライブで疲れたんだ?やっぱ楽しかったんだろ?」
「まぁ、少しは」

 俺は適当に返事をしながら、隣のひまりをちらりと見た。
 彼女は俯いたまま、ノートを開いている。

 その横顔――どこか、昨日のステージで見た少女と重なる気がした。

(……気のせいか)

 俺は外に視線を戻した。

 そんなことを考えていると――

 チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。

 担任の教師が入ってきて、出席を取る。
「伊波」「はーい」
「兎山」「はい」
「強羅」「…….はい」

 ひまりの返事の声を聞いて――俺はまた、昨日の声を思い出した。

(……やっぱり、似てる)

 だが、確証はない。
 暗殺者時代に培った観察眼でも、声だけで同一人物だと断定するのは難しい。

(……もう少し、観察が必要か)

 俺はそう結論づけた。

 そして、授業中もときどき――隣の席のひまりを、さりげなく観察していた。

 ノートを取る仕草。
 教師の話を聞く姿勢。
 ペンを持つ手。

 すべてが、“普通の真面目な女子高生”そのものだった。

 だが――

 ふとした瞬間、彼女が小さくため息をつく。
 その表情は、どこか疲れているようで――
 昨日、ステージ上で見た”限界のサイン”と、似ていた。

(……やっぱり、気になる)

 俺は心の中で呟いた。

 この”疑い”が”確信”に変わる瞬間は、すぐそこまで迫っていた。
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