元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#3 放課後、あの地味女子の動きがアイドルすぎる件

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 放課後。
 教室には、部活に行かない生徒が数人残っている。
 俺は明日の小テスト対策でノートを整理していた。

 勉強は嫌いじゃない。
 むしろ、集中しているときが一番”安全”だからだ。
 暗殺者時代に比べれば、赤点の方がよほど平和だ。

 隣の席を見ると、強羅ひまりはすでに帰ったようだった。
 机の上には何も残っていない。

(……結局、今日も確証は得られなかったな)

 朝から気になっていた”疑い”は、まだ疑いのまま。
 声が似ている。仕草が似ている。
 だが、それだけでは確信には至らない。

「おーい、類。帰ろー」

 声をかけてきたのは、伊波周。
 カバンを肩にかけながら、俺の机を軽く叩いた。

「今日、コンビニ寄ってかね?新作のアイス出たらしいぞ」
「興味ない」
「つれねぇなぁ。まぁいいや、部活の後輩捕まえて行こーっと」

 周はそう言いながらも、俺が荷物をまとめるのを待っている。
 結局、一緒に帰るつもりらしい。

「なぁ類、お前って休日何してんの?」
「家にいる」
「ずっと?」
「ずっと」
「マジか。引きこもりじゃん」
「否定できない」

 実際、暗殺者を引退してから、外出する理由がほとんどない。
 家でNetflixを見ているか、天音のアイドル談義を聞き流しているか。
 それだけで十分だ。

「でもさ、昨日はライブ行ったんだろ?意外と外出るじゃん」
「それは、妹に強制されたから」
「天音ちゃんね。あの子、めっちゃ元気だよな」
「お前、会ったことあるのか?」
「この前、中等部の校舎に行った時。『お兄ちゃんの友達ですか!?』って話しかけられた」

 周はにやにやしながら言った。

「で、『お兄ちゃん、学校で友達いないって思ってました!』って」
「……あいつ」
「まぁ、確かにお前、話しかけづらいもんな」
「自覚はある」

 軽口を交わしながら、俺たちは一緒に教室を出た。
 廊下を歩くと、夕焼けが窓に反射して赤く染まっている。

「しっかしさ、お前が地下アイドルのライブ行くとか、まだ信じられねぇわ」
「俺も信じられない」
「ってか、どうだった? アイドルって生で見るとやっぱすげぇかわいいの?」
「……騒がしかった」
「だからその感想だけ⁈」

 周が笑う。

「でもまぁ、お前が外出たってだけで進歩だよ。母ちゃん泣いて喜ぶレベル」
「……泣かない」
「冗談だって。いいじゃん。普通っぽくて」

 周は母親のようなことを言った。
 こいつは時々、妙に勘が鋭い。
 俺の過去に何かを察している節があるが、深入りはしてこない。

 だからこそ、俺もこいつとは自然に話せるのかもしれない。

 階段を下りて、昇降口へ向かう。
 周は上履きを脱ぎながら、ふと思い出したように言った。

「そういや、強羅さんって意外とアイドル好きなのかもな」
「なんでそう思う?」
「いや、今朝の反応。あんな慌ててたの初めて見たわ」
「そうか?」
「お前、気づいてないの? マジで鈍感だな」

 周が呆れたように首を振る。

「まぁ、あの子も謎多いよな。いつも一人でいるし、友達とかいんのかな」
「さあ……」

 俺は適当に返事をした。
 だが、心の中では――強羅ひまりのことが、少し気になっていた。

「んじゃ、また明日な」
「……ああ」

 校門で周と別れ、俺は一人で帰路につく。
 そのとき――
 ふと、視界の端に見慣れた後ろ姿が映った。

(……あれは)

 校舎裏の人通りの少ないスペース。
 誰かが一人、立っている。

 俺は足を止めた。
 暗殺者時代の習慣で、気配を消しながらそっと近づく。

 そして――その姿を見た瞬間、息を呑んだ。

 眼鏡を外した強羅ひまりが、そこにいた。

 イヤホンをつけ、何かのリズムに合わせてステップを踏んでいる。

 軽やかに回転し、手を伸ばし、くるりとターン。
 夕陽に照らされて、そのシルエットが一瞬、輝いた。

 その動きは――昨日、ステージで見たあのアイドルと、完全に一致していた。

 足の運び。
 手の角度。
 体重移動のタイミング。
 指先までの意識。

 すべてが、“プロのそれ”だ。

(……間違いない)

 普段の地味で控えめな印象とは、まるで別人。
 彼女は、誰も見ていないと思って――本当の自分を見せていた。

 俺が固まって見ていると、ひまりがふいに動きを止めた。
 そして、ゆっくりとこちらを向いた。

 一瞬、目が合う。

「っ!?」

 彼女は驚いたようにイヤホンを外し、慌てて眼鏡をかけた。

「う、兎山さん!? え、いつからそこに!?」
「今」
「ど、どどどどれくらい!?」
「一曲分くらい」
「見てたの!?」
「見てた」

 沈黙。
 ひまりの顔が一瞬で真っ赤になる。

「ち、違うの!これ、あの……ダイエット!そう、ダイエットの一環で!」
「ダイエットでターンするのか」
「い、今の流行り……です!」

 明らかに苦しい言い訳だった。
 だが、追及したら泣くタイプの目をしていたので、俺は黙っておくことにした。

「……あの」

 ひまりが小さく口を開いた。

「秘密、にしてくれる?」
「何の秘密だ?」

 俺はあえて聞いた。
 彼女がどう答えるのか、確かめたかった。

「わ、わたしが……その……こういうの、してるって……」
「ダイエット、か?」
「そ、そう!ダイエット……」

 彼女は視線を逸らした。
 嘘をつくのが下手なタイプだ。

 だが、俺はそれ以上追及しなかった。
 彼女が自分から言わない限り、俺から言う必要はない。

「別に誰にも言う理由はない」
「……ありがとう」

 ひまりは胸を押さえて、ほっと息を吐いた。
 そして、ほんの一瞬だけ――昨日ステージで見た”笑顔”を見せた。

 眼鏡越しでも、その笑顔は綺麗で。
 思わず、視線を逸らしてしまう。

「じゃ、じゃあね!」

 ひまりは早足で走り去っていった。

 残された俺は、夕陽の中で立ち尽くしながら、心の中でぼそっと呟いた。

「……やっぱり、お前か」

 昨日の”泣いていたアイドル”と、今日の”地味なクラスメイト”。
 二つの顔が完全に重なった瞬間だった。

 そして――

(学校では隠してるのか?)

 新たな疑問が浮かんだ。
 アイドルであることを、なぜ秘密にしているのか。
 校則で禁止されているわけではないはずだ。
 目立ちたくないにしても、昨日あんなに必死にステージに立っていた彼女が、なぜ学校では隠れるように地味に振る舞っているのか。

(……気になる)

 俺は夕陽に染まる校舎を見上げた。

 静かな高校生活を望んでいたのに、一人のアイドルの秘密を知ってしまった。
 そして、この秘密が平和な日常を、どう変えていくのか。

 まだ、気づいていなかった。
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