元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#4 推しの名前は「ひめさきひまり」って言うんだよ!

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「ねぇお兄ちゃん、昨日のライブどうだった!?」

 帰宅してリビングに入った瞬間、天音がソファの上でバネのように跳ねた。
 両手には、Re⭐︎LuMiNaのペンライトを持って、グリーンの光が部屋を照らしていた。

「どうだったって……騒がしかった」
「え~、それだけ!?せっかくの現場だよ!?生ライブだよ⁈」
「俺の人生はもっと静かでいい」
「も~、お兄ちゃんってば感受性ゼロ!」

 天音は頬をふくらませながら、YouTubeをテレビに映す。
 画面には、Re⭐︎LuMiNaの紹介動画が映っていた。

『Re⭐︎LuMiNa ~輝く未来へ~』

(……やっぱりあの子たちか)

「えへへ~、見て見て! 私の推しは”ひめさきひまり”ちゃん!」

 天音はリモコンを連打し、画面を一時停止する。
 そこに映っていたのは、昨日、泣いていたあの少女――。
 確かに同じ顔だ。けど、昨日の彼女よりずっと明るく見える。
 ステージライトの下で輝いていた”彼女”だ。

「この子、グループ内で一番努力してるんだよ!でも人気は最下位なんだ~」
「最下位?」
「そう!でもね、そこもいいところ!不器用で、ちょっと陰がある感じ!なんか、守ってあげたくならない?」
「……知らん」
「お兄ちゃんは守るより殴るタイプだもんね」
「人聞きが悪い」

 天音は笑いながら、ペンライトの色を次々と変えてメンバーを紹介し始めた。

 ⸻

 **Re⭐︎LuMiNa メンバー紹介(by 天音)**

「まずセンターは”きらり”!元気系の王道アイドル!キャッチコピーは”きらきら輝く未来をあなたに!”」

 画面にはツインテールの少女が映っている。笑顔が眩しく、MCも堂々としている。
 赤色担当のリーダーかつビジュアル担当。溌剌とした性格が男女問わず人気で、ソロでバラエティ出演の経験もあり。SNSフォロワー数トップでグループ内の人気も1位。

「次にクール担当の”水無月麗奈”。黒髪ロングでダンスがめっちゃ上手い!元バレエやってたんだって!」

 画面に映るのは、凛とした表情の美少女。
 青色担当。ミュージカルの子役でデビューをして、芸歴は一番長い。ダンスの切れ味が他のメンバーと一線を画している。
 ファンから”氷の女王”と呼ばれ、ダンス動画がよくバズる。

「三人目、“橘ゆめ”。天然毒舌キャラ。歌が上手いし、あざといんだけど憎めない!」

 淡い桃色と紫の髪のショートカット。ピンク色担当。天然エピソードが「ゆめゆめ事件簿」としてまとめられていて人気。
 キレのあり過ぎるコメントがファンの間で賛否両論。

「四人目は”RIN”。アイドル歴はまだ半年!基本無表情だけどそこがかわいい!」

 画面には、黄色のリボンをつけた小柄な少女。
 黄色担当。浮世離れしたトークは天才と紙一重かと言われている。オーディションで合格してグループ入りを果たした。
 ライブでは驚異の身体能力を見せて、無名だったがじわじわと人気が広がっている。

「そして最後が、“ひめさきひまり”。私の推し!」

 画面に映るのは、昨日見た彼女。
 ツインテールに結んだ髪。みどり基調の衣装。
 笑顔は優しいが、どこか影がある。
 緑担当。真面目で不器用、歌もダンスも下手ではないが飛び抜けて上手くもなく。ファンイベントではいつも端っこで人気は最下位。

 ⸻

「へぇ……5人もいるのか」
「うんっ!みんな可愛いけど、やっぱりひまりちゃんが一番!」
「なんで?」
「頑張ってるのに報われない子って、放っとけないじゃん?」

 天音の声が少しだけ真剣になる。
 その言葉が、昨日のライブのラスト――
 ステージ袖で泣いていた少女の姿と重なった。

「……努力、か」
「うん!ひまりちゃん、最近ちょっとずつ人気出てきたんだよ?たぶん来月の新曲ではソロパートもらえるかも!」
「そうなのか」
「お兄ちゃんもリリイベに一緒に行こ!」
「いや、もう十分だ」
「なんで!?ライブ中めっちゃ真顔でペンライト振ってたのに!」
「……誰がそんなことを」
「SNSに上がってたよ!『Re⭐︎LuMiNaのライブに謎のイケメンがいた件』ってちょっと話題になってた!」

 俺は思わず固まった。
 まさか、俺の姿がどこかに映っているとは。

「イケメン……?」
「うん!『無表情でペンライト振ってる男、何者?』って話題になってた」
「……最悪だ」

(……なんだか、妙に落ち着かない)

 天音はスマホを取り出し、動画を見せてくる。
 そこには確かに、俺が映っていた。
 無表情で、ペンライトを握りしめている姿。

「お兄ちゃん、めっちゃ浮いてる」
「自覚はある」

 そのとき、キッチンから母の詩子が顔を出した。

「類、また天音に連れてってもらえば? ほら、青春してきなさい!」
「青春はこんな人混みの中にあるのか?」
「そうよ。アイドルのライブで叫ぶ男子高校生なんて、最高に普通じゃない」
「別の意味で普通じゃないと思う」

 俺のツッコミに、母と妹が顔を見合わせて笑った。
 家の空気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 詩子は俺の過去を知っている。
 けれど、そんな話はもう遠い昔のことのように思う。
 ――地下アイドルのライブに行くような「普通の高校生」になる。
 母は本気でそう信じているのだろう。

「ねぇお兄ちゃん、ひまりちゃんのこと、どう思った?」
「どうって?」
「可愛いと思わなかった?」

 天音が期待を込めた目で見てくる。
 俺は少し考えて、答えた。

「努力してる、とは思った」

 昨日、ステージ上で見た彼女。
 笑顔の裏に隠された”限界のサイン”。
 そして、ステージ裏で泣いていた姿。

 あれは、誰かに見せるための涙じゃなかった。
 本当に、心から溢れ出た涙だった。

「そうでしょ!ひまりちゃん、めっちゃ頑張ってるんだよ!」
「そうだな」

 天音は嬉しそうに笑った。

「お兄ちゃんも、ひまりちゃんのファンになってくれたら嬉しいな」
「ファンには、ならない」
「え~、なんで?」
「俺はそういうタイプじゃない」

 俺はそう言って、リビングを出た。

 自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。
 ドラマの続きを再生しながら、今日一日を振り返っていた。

 強羅ひまりが、昨日のアイドルと同一人物だと確信した。

 だが、なぜあそこまで地味に振る舞って隠そうとするのか?
 人気最下位だから?
 それとも、別の理由があるのか?

(……気になる)

 俺はスマホを取り出し、検索バーに「ひめさきひまり」と打ち込んだ。

 検索結果には、いくつかのファンサイトやSNSアカウントが表示される。
 その中で、一つの記事が目に留まった。

『Starry@Prism解散』

(……Starry@Prism?)

 そのグループ名に、覚えがあった。
 昨日、俺が差し出したタオル。
 あれは、Starry@Prismのグッズだった。

(……そういうことか)

 彼女は元々は別のグループにいたが、解散。
 記事によると、他のメンバーが全員アイドルを辞めたのに、ひめさきひまりだけが同じ事務所のRe⭐︎LuMiNaに移籍してアイドルを続けている。

(……なんで、1人だけ?)

 新たな疑問が浮かぶ。
 だが、それ以上調べる気にはなれなかった。
 彼女の過去を詮索するのは、何か違う気がした。

「ひめさきひまり、か……」

 俺はその名前を小さく口の中で繰り返した。
 妙に耳に残る響きだった。

 昨日、ステージの隅で泣いていた少女の顔と、
 テレビの中で笑うアイドルの顔が、頭の中で重なって離れない。

 そして――
 今日、学校で見た”地味な女子”の顔も。

「……本当に、頑張ってるんだな」

 俺は天井を見つめながら、そう呟いた。
 元々いた場所から離れて、流れ着いた新しい場所に馴染もうとする。
 その苦労は俺も知っているから、他人事とは思えなかった。
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