元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

文字の大きさ
7 / 36

#6 秘密を共有したら、なぜか相談役になってた件

しおりを挟む
 翌日の放課後。
 俺は、再び校舎裏へ向かっていた。

 約束していたわけじゃない。
 ただ――なんとなく、今日も彼女がいるような気がした。

 案の定、ひまりはそこにいた。
 眼鏡を外し、イヤホンをつけて、ダンスの練習をしている。

 昨日よりも動きが鋭い。
 だが、時々――ステップを踏み間違える。

(……焦ってるな)

 俺は壁に寄りかかりながら、彼女の動きを観察していた。
 暗殺者時代に培った観察眼が、自動的に分析を始める。

 足の運びが不安定。
 体重移動のタイミングがずれている。
 呼吸が浅い。

(……無理してる)

 そう思った瞬間、ひまりがバランスを崩した。

「あっ――」

 多分転ぶだろうと気付いていた俺は、既にひまりの隣にいた。
 彼女の腕を掴み、転倒を防ぐ。

「……大丈夫か」
「う、兎山さん!?」

 ひまりは驚いたように目を見開いた。
 そして、慌てて腕を引っ込める。

「い、いつから……」
「さっきから」
「見てたんですか!?」
「見ていた」

 ひまりの顔が真っ赤になる。

「も、もう……恥ずかしい……!見てるなら言ってください!」
「恥ずかしがる必要はない。練習してるだけだろ」
「でも……下手だから……」

 ひまりは俯いた。

「下手じゃない」

 俺は即答した。

「……え?」
「下手じゃない。ただ、焦ってる」

 ひまりは驚いたように顔を上げた。

「わかる、んですか?」
「まあな」

 俺はひまりから離れて壁に寄りかかりながら、続けた。

「足の運びが不安定だ。体重移動のタイミングもずれてる。呼吸も浅い」
「……そんなに、わかるんですか?」
「観察するのは、得意なんだ」

 暗殺者時代の癖だ、とは言わなかった。
 ひまりは少し考えて、小さく口を開いた。

「……実は、来週にイベントがあって」
「イベント?」
「はい。そこで……初めてソロパートを歌うかもしれないんです」

 ひまりの声が、少しだけ震えていた。

「でも、わたし……人気最下位だから……本当にできるかわからなくて……」
「最下位、か」

 天音が言っていたことを思い出す。
 Re⭐︎LuMiNaの中で、ひまりは人気最下位。
 努力しているのに、報われない。

「だから、練習しなきゃって……でも、焦れば焦るほど上手くいかなくて……」

 ひまりは拳を握りしめた。

「わたし……ダメなんです。いつもこうやって、肝心なところで失敗するから……」

 その言葉に、俺は少しだけ――既視感を覚えた。
 施設にいた時、任務で失敗した新人が同じようなことを言っていた。
「俺はダメだ」と。
 その新人は確かに肝心なところで失敗して死んでいた。
 止めてやればよかった、と今なら思う。
 しかし、アイドルのライブで失敗しても死ぬことはない。だから、背中を押す事ができる。

「大丈夫だ。強羅は、ダメじゃない」

 俺はひまりを見た。

「ただ、力んでるだけだ」
「力んでる……?」
「そうだ。お前の動きを見てたが、基礎はしっかりしてる。ただ、無理に完璧にしようとして、力が入りすぎてる」

 ひまりは目を見開いた。

「どうすれば……」
「深呼吸しろ。そして、力を抜け」
「力を、抜く……?」
「そうだ。完璧にしようとするな。ミスしてもいいと思え」

 ひまりは少し戸惑ったように、俺を見た。

「でも……ミスしたら、ソロパートもらえないかも……」
「ミスを恐れてたら、余計にミスする」

 俺は壁から離れ、ひまりの前に立った。

「お前は、今のままで十分だ。あとは、自分を信じろ」

 ひまりは――泣きそうな顔で、俺を見た。

「……兎山さん」
「……なんだ」
「ありがとうございます」

 小さく、本当に小さく頭を下げた。

 そして――もう一度、ダンスを始めた。

 今度は、さっきよりも動きが滑らかだった。
 深呼吸をして、力を抜いて。
 自分のペースで踊っている。

(……いい動きだ)

 俺は壁に寄りかかりながら、彼女の姿を見ていた。

 そして――ふと、思った。

(……俺、何してるんだ?)

 アイドルの相談に乗るなんて、柄じゃない。
 静かな高校生活を望んでいたはずなのに。

 だが――

 彼女の必死な姿を見ると、放っておけない。
 それだけだ。

 ダンスが終わり、ひまりは息を切らしながら振り返った。

「どう、でしたか……?」
「……良かった」

 俺は素直に答えた。

「さっきより、ずっと良い」
「本当!?」
「ああ」

 ひまりは嬉しそうに笑った。
 その笑顔は――昨日、ステージで見た笑顔と同じだった。

「兎山さん……すごいです」
「……何が」
「わたし、ダンスの先生にも同じこと言われたことあります。『力を抜け』って」

 ひまりは眼鏡をかけ直しながら、続けた。

「でも、兎山さんの言い方の方が……なんだか、すっと入ってきました」
「そうか」
「あの……」

 ひまりが小さく口を開いた。

「また、ここに来てもいいですか?」
「……好きにしろ」
「その……もし良かったら、兎山さんも……見ててくれないかな?」

 ひまりは恥ずかしそうに視線を逸らした。

「わたし、兎山さんに見てもらってる方が……なんだか、落ち着くから!」

 その言葉に、俺は少しだけ――戸惑った。

(……落ち着く?)

 俺のような人間が、誰かに安心を与えられるなんて。
 暗殺者だった俺が。

「構わない」

 俺はそれだけ言った。

 ひまりは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます!」

 そして――彼女は走って帰っていった。

 残された俺は、夕陽の中で立ち尽くしながら、心の中で呟いた。

(……俺、何してるんだろうな)

 静かな高校生活を望んでいたはずなのに。
 今、俺は――一人のアイドルの相談役になっている。

 だが――

 悪い気分じゃない。

 むしろ、少しだけ――

(……これが、普通の高校生活、なのか?)

 詩子の言葉を信じたわけではないが、なぜかそう思った。

 ⸻

 その夜。
 家に帰ると、天音がリビングでスマホを見ていた。

「お兄ちゃん、おかえりー」
「……ただいま」

 俺がソファに座ると、天音が顔を近づけてきた。

「ねぇねぇ、聞いて!ひまりちゃん、来週発売の新曲で、ソロパート歌うかもしれないんだって!」
「そうなのか」
「うん!SNSで見た!めっちゃ嬉しい!」

 天音はペンライトを振りながら、興奮している。

「お兄ちゃんも来る?」
「……考えとく」
「え~、来てよ!ひまりちゃんの晴れ舞台なんだから!」

 天音がぐいぐい迫ってくる。

「……わかった。考えとく」

 俺はそれだけ言って、自分の部屋に戻った。

 ベッドに横になり、天井を見つめる。

(……来週のイベント、か)

 ひまりの晴れ舞台。
 彼女が初めて、ソロパートを歌うかもしれない。

(行くべきか?)

 俺が行ったところで、何も変わらない。
 ただの観客の一人だ。
 それなのに、彼女の頑張りを見届けたい。
 そう思ってしまった。

(……俺、変わってきてるのか?)

 暗殺者だった頃の俺は、他人に興味を持つことなんてなかった。
 任務をこなし、生き延びる。
 それだけだった。

 だが、今――
 俺は一人のアイドルの成長を、見守っている。

(……普通の高校生活)

 多分違う。ドラマにそんな展開は滅多に出て来なかった。
 でも、少しずつ気持ちが動き始めているのは嫌な気分ではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました

ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。 意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。 しかし返ってきたのは―― 「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。 完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。 その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

処理中です...