元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#8 イベント当日、元暗殺者が会場にいる理由

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 土曜日の朝。
 俺は、リビングで朝食を食べていた。
 今日の予定は、一人でゆっくりNetflixを見ることだけ。そのはずだった。

「お兄ちゃん!出掛ける準備、できた!?」

 天音が階段を駆け下りてきて言った。
 手には、Re⭐︎LuMiNaのペンライトとタオル。
 完全武装だ。

「どこに」
「リリイベだよ!ミニライブがあるんだよ!ひまりちゃんのソロパートがお披露目かもしれないんだから!」
「俺は行かない」
「嘘!もう決まってるから!お母さんも許可出してるから!」

 天音はにっこり笑いながら、俺の腕を掴んだ。

「……母さん」

 俺は助けを求めるように、キッチンにいる母・詩子を見た。

「類、いいじゃない。青春してきなさい」
「……青春は、リリイベにあるのか?」
「あるわよ。アイドルのライブで叫ぶ男子高校生なんて、最高に普通じゃない」

 母は笑いながら、俺の背中を押した。
 多分、絶対に違う。

「……わかった」

 しかし、俺は諦めた。
 この家で、母と妹に逆らうのは不可能だ。

 ⸻

 ショッピングモールのイベント広場。
 前回と違って屋外だが、同じ熱気に包まれている。

(……やっぱり、人の気配がうるさい)

 俺は人混みの中、壁際に立った。
 天音はCDを積んだとかチェキが撮れるとか言って、嬉しそうに人込みの中に消えていった。

(……また放置か)

 俺はスマホを取り出そうとしたが、やっぱりやめた。
 今日は、ひまりのソロパートがあるかもしれない。
 彼女が一週間、必死に練習してきた成果が見られる。

(ちゃんと見届けないと)

 俺は壁に寄りかかりながら、ステージを見つめた。
 マイクが入って、イントロが流れる。
 次の瞬間、スポットライトが照らし出したのは――

「Re⭐︎LuMiNaですーっ!!!」

 きらりの声が響き、会場が爆発するように沸いた。
 ステージ上に、五人のアイドルが現れる。

 センターには、ツインテールのきらり。
 その隣に、黒髪ロングの麗奈。
 ピンク髪のゆめ。
 黄色いリボンのRIN。

 そして――
 緑の衣装を着た、ひまり。

(……いつもより、堂々としてる)

 以前は、ステージの端で縮こまっていた。
 だが、今は違う。

 背筋が伸びている。
 視線がブレていない。
 足の運びが安定している。

(成長してる)

 俺は心の中で呟いた。

 音楽が鳴り響く。
 アイドルたちが踊り始める。

 ひまりのダンスは――以前とは別人のようだった。
 腕の角度、視線の固定、足の着地。
 すべてが、俺がアドバイスした通りに改善されている。
 こんなに大勢の前で軽々と踊っているように見えるが、俺の指摘した所を改善しようと頭はフル回転しているはずだ。
 そんな苦労を全く感じさせないで笑顔を見せるひまりを、俺は単純に尊敬した。

 そして――
 曲の中盤で端にいたひまりが真ん中に立つ。
 ひまりが短く息を吸ったのがわかって、俺も少しだけ心臓が跳ねた。

「♪ きっと 私だけが掴む未来がある……」

 いつも地味で隠れているひまりとは思えない、力強い声だった。
 ひまりはそうやって歌うんだと初めて知った。
 会場のみどりのペンライトの光が、ひまりの瞳に映る。

「♪ もう一人でも怖くない 君がそこにいるって信じてる だから今は前を向いて歩ける……」

 短いフレーズだったけれど、ひまりの歌も動きも――完璧だった。
 俺はダンスしか見ていなかったが、歌も練習していたことがわかる。

(本当に、頑張ったんだ)

 俺は心の中で呟いた。
 そして――曲が終わった。
 会場が――一瞬、静まり返った。

 次の瞬間――

 爆発的な歓声が響いた。
 その中にはひまり個人に向けた呼びかけがある。

「ひまりーっ!!!」
「最高だった!!!」
「ひまりちゃん、大好き!!!」

 観客たちが、みどりのペンライトを振りながら叫んでいる。
 ひまりは目を潤ませながら、笑っていた。

(……よかったな)

 俺は心の中で、そう呟いた。

 そして――ふと、ひまりと目が合った。

 彼女は――俺を見つけた。
 驚いたように目を見開き――そして、誇らしそうに微笑んだ。

 ⸻

 メンバーの挨拶でミニライブが終わると、天音が駆け寄って来た。

「お兄ちゃん!ひまりちゃん、すごかったね!めっちゃ良かった!」
「ああ」
「お兄ちゃんも、そう思った?」
「成長したな、とは思う」
「おー!お兄ちゃんも、古参ファンみたいなこと言うようになったねー!」

 天音はバシバシと俺の背中を叩く。

「また来ようね!」
「……考えとく」

 俺はそう言いながら、会場を後にした。
 だが――心の中では、すでに決めていた。

(……また、来るか)

 彼女の成長を、もっと見届けたい。
 そう思っていた。

 ⸻

 その夜。
 家に帰ると、スマホに通知が来ていた。

 SNSの通知。
 Re⭐︎LuMiNaの公式アカウントからだ。

『本日のライブ、ありがとうございました!メンバーの個性が溢れる新曲、いかがでしたか?』

 その投稿には、ひまりの写真が添付されていた。
 相変わらず立ち位置は端だったが、他のメンバーと同じように笑顔だった。

(よく頑張ったな)

 そう思いながら、俺はスマホを置こうとしたが、電話が掛かって来る。
 俺のスマホは家族と周くらいしか登録していない。知らない番号だったが、指が触れて出てしまった。

『兎山さん!今日、来てくれましたよね!』

 誰だ、と尋ねる前にひまりの声が耳に飛び込んで来る。

「ああ、見てた」
『ど、どうでした?』

 ひまりは恐々と聞いてくるが、あの笑顔を向けてきたということはわかっているはずだ。

「良かった。すごく成長していた」
『本当に?!』
「ああ、俺が言ったことが全部できていた」
『で、ですよね!あぁ、でも、あんまり褒めないでください!』

 それでもひまりは嬉しくてたまらないのか、話を続けてくれた。
 マネージャーや歌の先生に褒められたこととか、終わった後の打ち合わせが怖くなかったのは初めてだとか。
 ひまりが満足するまで話を聞いて、電話を切る直前に俺は尋ねた。

「俺の番号、知っていたのか?」
『え?あの、伊波さんが聞いてないのに教えてくれました。兎山さんには後で言っておくって言ってたんですけど……』

 あいつは。
 人の個人情報をばら撒いているのか。

『えっと、マズかったですか……?』
「いや、大丈夫だ」

 ひまりの気分が陰らないようにすぐに軽く返事をする。
 それじゃあ、明日、と電話を切る。
 あの様子だと、ひまりは明日の練習で更なる成長を見せてくれるだろう。
 そして明日、俺はまず周をしめないと。
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