13 / 36
2
#12 伝説の暗殺者の引退理由が思ってたのと違う件
しおりを挟む
半年前――
俺は、鴉の前に立っていた。
半年間だけ鴉と住んでいたアパート。
詩子と天音はいない。
二人きりの空間。
「類」
鴉が口を開いた。
「俺は、暗殺者を引退する」
その言葉を聞いて、俺は確実に動揺していた。
「……どうして」
鴉は無表情のまま、答えた。
「確定申告が面倒だからだ」
「……確定、申告?」
「年に一度、税金を納めるのに収入を申告するやつだ」
「税金を、納めてるのか……」
「ああ、国民の義務だ」
鴉は淡々と続けた。
「だから、引退する」
「それは……税理士とかに、頼めないのか?」
「専門の奴はいる。が、こちらが後ろ暗い仕事をしていることを知って高額な依頼料をふっかけてくる」
サラリーの方がマシだ、と鴉は吐き捨てるように言う。
俺を組織から買い取って、半年間訓練してきた鴉。
短くない時間を使って、暗殺者として俺を育てた。
俺はこのまま、鴉と仕事をするのだと思っていた。
組織にいるよりも窮屈ではないし、それも悪くないと考えていたところだ。
だが――
それが、突然終わった。
理由:確定申告が面倒だから。
「……」
「……」
俺の返事を待っている鴉に、それ以上、何も言えなかった。
自分で勉強して確定申告をできるようになれと言う気力も湧かない。
「……わかった。俺は組織に戻されるのか?」
鴉はゆるりと首を横に振る。
「馬鹿言え。お前は俺の息子だ。一緒に暮らすに決まっている」
その声には、少しだけ照れ臭さのようなものが含まれていた。
「これから普通の高校生として生きろ」
「……普通?」
「ああ。学校に行って、友達作って、恋愛して、卒業して、大学行って……そういう、普通の人生だ」
俺は、鴉の言葉が全く理解できなかった。
「……今更、普通の人生なんて歩めない」
「歩けるさ。お前はまだ若い。俺も、結婚するんだ。お前には妹もできる」
鴉はスマホの画面を俺に見せた。
優しく微笑む女性とランドセルを背負った女の子。詩子と天音だ。
待ち受けに、しているのか。
「俺のことも、と、父さんと。そう呼んでくれて構わない」
そう言った鴉の口調は、明らかに照れていた。
(お前とそこまで関係性は、まだ築けてないだろ)
内心でそう突っ込んだのを口に出さなかったのは、俺が聡明だったからだ。
⸻
「最悪だ……」
飛び起きて、またあの時を夢に見たのだと気付く。
頭を抱えると嫌な汗をかいていた。
半年前の、あの日。
鴉が突然、引退を告げた日。
(……あの日から、半年か)
「お兄ちゃんー?起きてるー?」
部屋のドアがこんこんとノックされる。
「起きてる」
俺が返事をすると、ドアを開けて天音が飛び込んできた。
「寝坊?!珍しいねー?」
「寝坊はしてない」
「でも、いつもより遅いって。朝ご飯できてるよ!」
天音が俺の腕を掴んで、引っ張る。
俺は仕方なく、ベッドから起き上がった。
リビングに着くと母・詩子が朝食を並べている。
「類、おはよう。珍しいわね、こんなに遅いなんて」
「少し、考え事をしていた」
「考え事?」
母親が不思議そうに俺を見る。
「……なんでもない」
俺は席に着いた。
この母親、詩子は、俺の過去を知っている。
当然、鴉が何の仕事をしていたのかも。
だが、詩子も天音も、暗殺者とは縁のない生活をしている。
「ねぇお兄ちゃん、今日はRe⭐︎LuMiNaのインスタライブがあるから、7時までには帰ってきてね」
天音はトーストの端までジャムを塗りながら言った。
Re⭐︎LuMiNaの仕事がある、ということは、今日の放課後の練習はなしだ。
「考えとく」
「え~、一緒に観ようよ!!ひまりちゃん、最近めっちゃ調子いいんだよ!」
天音が興奮気味に言う。
「SNSでも『ひめさきひまり、最近良くなってきた』って話題になってるの!」
「そうか」
ひまりが成長している。
俺との練習が、ひまり役に立っている。
おそらく、俺は喜んでいるのだと思う。
(……これが、普通の人生、なのか)
多分違う、と俺は自分の考えを否定した。
鴉が言う普通の人生に、男子高校生がアイドルを育成することなど含まれていなかったはずだ。
だが、この半年間「普通の家族」と暮らして、少しずつ理解できるようになってきた。
鴉が言っていた「確定申告が面倒」というのは、本当の理由ではない。
いや、それがとどめだったのかもしれないが。
本当は、暗殺者として生きることに、限界が来ていたんだ。
人を殺し続ける人生に、疲れていた。
いつ殺されるかわからない日々が、耐えられなくなっていた。
鴉は彼なりに悩んだ上で、あの結論を出した。
(……だとしても、俺を買い取る前に気付いてほしかったな)
俺はまだ、完全に鴉を許したわけではない。
俺は鴉に巻き込まれただけだ。
半年間、訓練してきた技術。
磨き上げてきた観察眼。
習得してきた殺人術。
すべてが、今は――使い道のないものになっている。
(……もったいない)
そう思ってしまう自分がいる。
暗殺者として生きることに、まだ未練がある。
「お兄ちゃん!早く準備してよー」
天音の声で今朝の夢の続きから現実に戻った。
いつもは俺よりも遅く、遅刻ギリギリに家を出ている天音が、既に家を出る準備を終えている。
「天音、今日は早いのね」
「日直なの!お兄ちゃん、一緒に学校行こう。宿題やりながら行くから手伝って」
「あらあら、ぶつからないように前を見て歩きないよ」
滅多に叱らない詩子はのんびりと言う。
いつも家を出る時間よりまだ早い。
しかし、兄妹で一緒に登校するのは、普通のことだ。
鴉に従って普通を追求してみるのも悪くない。
そう考えて、俺は立ち上がった。
俺は、鴉の前に立っていた。
半年間だけ鴉と住んでいたアパート。
詩子と天音はいない。
二人きりの空間。
「類」
鴉が口を開いた。
「俺は、暗殺者を引退する」
その言葉を聞いて、俺は確実に動揺していた。
「……どうして」
鴉は無表情のまま、答えた。
「確定申告が面倒だからだ」
「……確定、申告?」
「年に一度、税金を納めるのに収入を申告するやつだ」
「税金を、納めてるのか……」
「ああ、国民の義務だ」
鴉は淡々と続けた。
「だから、引退する」
「それは……税理士とかに、頼めないのか?」
「専門の奴はいる。が、こちらが後ろ暗い仕事をしていることを知って高額な依頼料をふっかけてくる」
サラリーの方がマシだ、と鴉は吐き捨てるように言う。
俺を組織から買い取って、半年間訓練してきた鴉。
短くない時間を使って、暗殺者として俺を育てた。
俺はこのまま、鴉と仕事をするのだと思っていた。
組織にいるよりも窮屈ではないし、それも悪くないと考えていたところだ。
だが――
それが、突然終わった。
理由:確定申告が面倒だから。
「……」
「……」
俺の返事を待っている鴉に、それ以上、何も言えなかった。
自分で勉強して確定申告をできるようになれと言う気力も湧かない。
「……わかった。俺は組織に戻されるのか?」
鴉はゆるりと首を横に振る。
「馬鹿言え。お前は俺の息子だ。一緒に暮らすに決まっている」
その声には、少しだけ照れ臭さのようなものが含まれていた。
「これから普通の高校生として生きろ」
「……普通?」
「ああ。学校に行って、友達作って、恋愛して、卒業して、大学行って……そういう、普通の人生だ」
俺は、鴉の言葉が全く理解できなかった。
「……今更、普通の人生なんて歩めない」
「歩けるさ。お前はまだ若い。俺も、結婚するんだ。お前には妹もできる」
鴉はスマホの画面を俺に見せた。
優しく微笑む女性とランドセルを背負った女の子。詩子と天音だ。
待ち受けに、しているのか。
「俺のことも、と、父さんと。そう呼んでくれて構わない」
そう言った鴉の口調は、明らかに照れていた。
(お前とそこまで関係性は、まだ築けてないだろ)
内心でそう突っ込んだのを口に出さなかったのは、俺が聡明だったからだ。
⸻
「最悪だ……」
飛び起きて、またあの時を夢に見たのだと気付く。
頭を抱えると嫌な汗をかいていた。
半年前の、あの日。
鴉が突然、引退を告げた日。
(……あの日から、半年か)
「お兄ちゃんー?起きてるー?」
部屋のドアがこんこんとノックされる。
「起きてる」
俺が返事をすると、ドアを開けて天音が飛び込んできた。
「寝坊?!珍しいねー?」
「寝坊はしてない」
「でも、いつもより遅いって。朝ご飯できてるよ!」
天音が俺の腕を掴んで、引っ張る。
俺は仕方なく、ベッドから起き上がった。
リビングに着くと母・詩子が朝食を並べている。
「類、おはよう。珍しいわね、こんなに遅いなんて」
「少し、考え事をしていた」
「考え事?」
母親が不思議そうに俺を見る。
「……なんでもない」
俺は席に着いた。
この母親、詩子は、俺の過去を知っている。
当然、鴉が何の仕事をしていたのかも。
だが、詩子も天音も、暗殺者とは縁のない生活をしている。
「ねぇお兄ちゃん、今日はRe⭐︎LuMiNaのインスタライブがあるから、7時までには帰ってきてね」
天音はトーストの端までジャムを塗りながら言った。
Re⭐︎LuMiNaの仕事がある、ということは、今日の放課後の練習はなしだ。
「考えとく」
「え~、一緒に観ようよ!!ひまりちゃん、最近めっちゃ調子いいんだよ!」
天音が興奮気味に言う。
「SNSでも『ひめさきひまり、最近良くなってきた』って話題になってるの!」
「そうか」
ひまりが成長している。
俺との練習が、ひまり役に立っている。
おそらく、俺は喜んでいるのだと思う。
(……これが、普通の人生、なのか)
多分違う、と俺は自分の考えを否定した。
鴉が言う普通の人生に、男子高校生がアイドルを育成することなど含まれていなかったはずだ。
だが、この半年間「普通の家族」と暮らして、少しずつ理解できるようになってきた。
鴉が言っていた「確定申告が面倒」というのは、本当の理由ではない。
いや、それがとどめだったのかもしれないが。
本当は、暗殺者として生きることに、限界が来ていたんだ。
人を殺し続ける人生に、疲れていた。
いつ殺されるかわからない日々が、耐えられなくなっていた。
鴉は彼なりに悩んだ上で、あの結論を出した。
(……だとしても、俺を買い取る前に気付いてほしかったな)
俺はまだ、完全に鴉を許したわけではない。
俺は鴉に巻き込まれただけだ。
半年間、訓練してきた技術。
磨き上げてきた観察眼。
習得してきた殺人術。
すべてが、今は――使い道のないものになっている。
(……もったいない)
そう思ってしまう自分がいる。
暗殺者として生きることに、まだ未練がある。
「お兄ちゃん!早く準備してよー」
天音の声で今朝の夢の続きから現実に戻った。
いつもは俺よりも遅く、遅刻ギリギリに家を出ている天音が、既に家を出る準備を終えている。
「天音、今日は早いのね」
「日直なの!お兄ちゃん、一緒に学校行こう。宿題やりながら行くから手伝って」
「あらあら、ぶつからないように前を見て歩きないよ」
滅多に叱らない詩子はのんびりと言う。
いつも家を出る時間よりまだ早い。
しかし、兄妹で一緒に登校するのは、普通のことだ。
鴉に従って普通を追求してみるのも悪くない。
そう考えて、俺は立ち上がった。
0
あなたにおすすめの小説
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2026.1.21)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる