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#15 ウサギ小屋で勝手に義姉認定した妹の件
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天音は息をひそめて、木柵の陰から顔を出した。
(……ウサギに、人参あげてる……?)
中等部の校舎裏。昼下がりの陽射しが柔らかく降り注ぐ一角に、小さなウサギ小屋がある。
そこに、ひまりがいた。
しゃがみこんで白いウサギに人参を差し出している。
ウサギはぴょこんと耳を立て、嬉しそうにポリポリと音を立てていた。
ウサギ小屋は中等部が管理していて、高等部の生徒はほとんど来ない。
それなのに、ひまりはわざわざ離れた場所まで来て、人参をあげてウサギを眺めていた。
(やっぱり、優しそうな人だな……でも……)
昼休み、高等部の生徒が、中等部のウサギ小屋で一人でウサギに餌やり。
(さ、寂し過ぎる……)
友人が多く、昼休みはいつも校庭で遊んでいる天音からしてみると、その姿は少し切なく見えた。
もちろん、一人が好きな人がいることは天音も理解している。
でも、そんな生徒が、よりによって攻略が難しい類を選んで仲良くしているのは不思議だった。
天音は少し迷った後、柵の影からそっと出て声をかけた。
「……あの、強羅先輩」
ひまりは驚いて振り返る。
「あ、天音ちゃん!ごめんね、急に走って行っちゃって」
「強羅先輩こそ……どうしたんですか?ここ、中等部の場所ですよ?」
「あはは、そうだよね。ごめんね、ちょっと用事があって」
ひまりは照れくさそうに笑った。
その手には、まだ半分の人参が残っている。
「用事、ってウサギに人参あげることですか?」
「う、うん……餌やりしても大丈夫な時間だし。家のベランダでできた人参なの」
「へぇ……すごいですね」
天音は素直にそう言った。
しかし、一人でウサギに餌をやって笑っているひまりには、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。
天音は少し躊躇したが、思い切って聞いた。
「強羅先輩、って……友達いないんですか?」
「うっ……」
ひまりの動きがぴたりと止まる。
失礼なことを聞いてしまった、と天音はすぐに気付いた。
「あ、ご、ごめんなさい!あの、強羅先輩、いい人そうなのに、なんで一人なの?って……」
「う、ううん……大丈夫だよ」
ひまりはかすかに笑って、ウサギの頭を撫でた。
「そうだね。ちょっと今、クラスで浮いちゃってて……」
「そうなんですか……」
「うん。でも、誰も悪くないから、我慢しないと」
そう言う声は小さく、風にかき消されそうだった。天音は胸の奥がチクリと痛む。
(強羅先輩、悪い人じゃないのに、なにか誤解されてるのかな……)
そう思うと同時に妙に納得もしていた。
(お兄ちゃんも基本ボッチだろうし、なんか波長が合うのかなぁ)
お兄ちゃんが取られちゃう、といった焦りは天音の胸から消えていた。
嬉しいような、でも少し寂しいような複雑な感情はまだ残ったままだ。
しかし、ひまりとは自分も仲良くなれそうだと気付いていた。
「強羅さんみたいな人なら……お兄ちゃんが一緒にいても安心かも」
「えっ?」
「だって、ウサギにも人にも優しそうだし」
ひまりは思わず目を瞬かせる。その一言が、胸の奥をくすぐった。
「天音ちゃんも、お名前が兎さんだもんね。可愛いくて似合ってる」
「そうですか?兎なのに寂しくても死ななそうって言われますけど」
天音はそう言って笑った。その無邪気な笑顔を見て、ひまりの表情もやわらぐ。
しばらく二人でウサギを眺めていて、ひまりは思い切って口を開いた。
「ねえ、天音ちゃんって、アイドルが好きだよね?」
「え?はい!一番の推しはRe⭐︎LuMiNaです!知ってますか?」
「う、うん」
ひまりは少し頬を染めた。
(知ってるも何も、いつもペンラ振ってくれてるの見てるよ……!ありがとう……!)
「あの、天音ちゃん、さ、自分がアイドルになりたいって思わないの?」
「え?」
ひまりがずっと気になっていたことだ。
女性アイドルを推す女性ファンは、自分がアイドルになりたいと思わないのだろうか。
どんな気持ちで、推してくれているのだろう。
ひまりは、自分が憧れてアイドルになった立場だから、それが知りたかった。
天音は突然の質問に目を瞬かせる。
ウサギをわしわしと撫でながら、首を傾げて答えた。
「うーん……あたしは、アイドルにはなりたくないかな。別になりたいものがあるし」
「そ、そうなんだ……」
なりたくない、と率直な言葉に、アイドルのひまりは少しショックを受ける。
しかし、天音は気付かずに続けた。
「でも、あの子たちが頑張ってる姿を見てると、自分はもっとできる、もっと頑張れるって思えるんです」
「頑張ってる、姿……?」
「だって、歌って踊るなんて絶対大変じゃないですか!それに、面白くもないのにいつも笑顔でいるのもあたしは絶対無理!あ、無表情キャラのRINって子は好きですけど」
「ああ、燐ちゃんね……」
ひまりは同じメンバーのRINを思い出して苦笑した。
彼女は無表情でも許される特異なキャラクターだ。
「あたしは、アイドルを見てると応援してもらってる気分になる……だから、そのお礼に、応援してる感じです!」
「……そっか」
ひまりはそっと微笑んだ。
その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
(……こんなまっすぐな気持ち、久しぶりに聞いた気がする)
アイドル活動を続ける中で、数字や人気、フォロワーの増減に一喜一憂していた自分。
でも、天音の言葉にはそんなものを超えた”まっすぐな想い”があった。
それが、ひまりには眩しかった。
「ありがとう、天音ちゃん、すごく参考になった」
「そうですか?お役に立てたならよかったです!」
「うん!」
二人の間に、ほんの少し柔らかな沈黙が流れた。
その空気を壊すように、天音がふと首を傾げる。
「ていうか、どうしてあたしがアイドル好きって知ってるんですか?」
「あ……えっと……」
ひまりは一瞬言葉に詰まった。
(やばい。ステージから見てるなんて言えない……)
「類くんから、ちょっと聞いたことがあって……妹がアイドル好きなんだって」
「お兄ちゃんが?!」
天音の声が一段高くなる。
「そっか!強羅先輩、お兄ちゃんとRe⭐︎LuMiNaの話してるんですね!」
「え、あ、うん……まあ、少しだけ」
「お兄ちゃん、Re⭐︎LuMiNa大好きだからなぁー!それで話が合うんだ!」
「えっ!?あ、いや、それは――」
慌てて否定しようとしたが、天音はもう納得した顔で大きく頷いていた。
(うーん……類くん、全然Re⭐︎LuMiNa好きじゃないっぽいし、どっちかっていうと無関心だし……あれは、天音ちゃんに連れてこられてるだけだよね)
けれど、いつも天音が来ているのをステージから見ているから、と説明するわけにはいかない。
誤解を解かずに、そのままにしておくことにした。
「お兄ちゃんも強羅先輩も、Re⭐︎LuMiNa好きに悪い人はいないですね」
「う、うん。天音ちゃんもそうだしね」
ひまりがそう答えると、天音は満面の笑顔を見せた。
「強羅先輩、お兄ちゃんを、よろしくお願いします!」
「……えっ!?」
ひまりの手から、人参がぽとりと落ちた。ウサギが嬉しそうにそれを咥えていく。
ひまりが答える前に、チャイムが鳴った。
「あ!昼休み終わっちゃう!強羅先輩、またお話しましょうね!」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
呼び止める間もなく、天音は手を振って走り去ってしまった。
残されたひまりはその場に呆然と立ち尽くす。
「……お兄ちゃんをよろしくって……な、なんか、恋人同士みたいだよー……っ」
顔が一気に熱くなる。ひまりは両手で頬を押さえた。
(ちが、違うよ!わたしと類くんは、そんなんじゃ……)
でも、否定する言葉が、なぜかうまく出てこない。
昼下がりのウサギ小屋に、ひまりの小さな悲鳴がこだました。
ウサギは人参をポリポリと食べながら、まるで何も聞いていないように、のんびりと耳を揺らしていた。
(……天音ちゃん、類くんの妹……かぁ)
「仲良く、なれたかな?うん、それは、よかった……」
ひまりは小さく呟いて、真っ赤な顔のままウサギ小屋を後にした。
(……ウサギに、人参あげてる……?)
中等部の校舎裏。昼下がりの陽射しが柔らかく降り注ぐ一角に、小さなウサギ小屋がある。
そこに、ひまりがいた。
しゃがみこんで白いウサギに人参を差し出している。
ウサギはぴょこんと耳を立て、嬉しそうにポリポリと音を立てていた。
ウサギ小屋は中等部が管理していて、高等部の生徒はほとんど来ない。
それなのに、ひまりはわざわざ離れた場所まで来て、人参をあげてウサギを眺めていた。
(やっぱり、優しそうな人だな……でも……)
昼休み、高等部の生徒が、中等部のウサギ小屋で一人でウサギに餌やり。
(さ、寂し過ぎる……)
友人が多く、昼休みはいつも校庭で遊んでいる天音からしてみると、その姿は少し切なく見えた。
もちろん、一人が好きな人がいることは天音も理解している。
でも、そんな生徒が、よりによって攻略が難しい類を選んで仲良くしているのは不思議だった。
天音は少し迷った後、柵の影からそっと出て声をかけた。
「……あの、強羅先輩」
ひまりは驚いて振り返る。
「あ、天音ちゃん!ごめんね、急に走って行っちゃって」
「強羅先輩こそ……どうしたんですか?ここ、中等部の場所ですよ?」
「あはは、そうだよね。ごめんね、ちょっと用事があって」
ひまりは照れくさそうに笑った。
その手には、まだ半分の人参が残っている。
「用事、ってウサギに人参あげることですか?」
「う、うん……餌やりしても大丈夫な時間だし。家のベランダでできた人参なの」
「へぇ……すごいですね」
天音は素直にそう言った。
しかし、一人でウサギに餌をやって笑っているひまりには、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。
天音は少し躊躇したが、思い切って聞いた。
「強羅先輩、って……友達いないんですか?」
「うっ……」
ひまりの動きがぴたりと止まる。
失礼なことを聞いてしまった、と天音はすぐに気付いた。
「あ、ご、ごめんなさい!あの、強羅先輩、いい人そうなのに、なんで一人なの?って……」
「う、ううん……大丈夫だよ」
ひまりはかすかに笑って、ウサギの頭を撫でた。
「そうだね。ちょっと今、クラスで浮いちゃってて……」
「そうなんですか……」
「うん。でも、誰も悪くないから、我慢しないと」
そう言う声は小さく、風にかき消されそうだった。天音は胸の奥がチクリと痛む。
(強羅先輩、悪い人じゃないのに、なにか誤解されてるのかな……)
そう思うと同時に妙に納得もしていた。
(お兄ちゃんも基本ボッチだろうし、なんか波長が合うのかなぁ)
お兄ちゃんが取られちゃう、といった焦りは天音の胸から消えていた。
嬉しいような、でも少し寂しいような複雑な感情はまだ残ったままだ。
しかし、ひまりとは自分も仲良くなれそうだと気付いていた。
「強羅さんみたいな人なら……お兄ちゃんが一緒にいても安心かも」
「えっ?」
「だって、ウサギにも人にも優しそうだし」
ひまりは思わず目を瞬かせる。その一言が、胸の奥をくすぐった。
「天音ちゃんも、お名前が兎さんだもんね。可愛いくて似合ってる」
「そうですか?兎なのに寂しくても死ななそうって言われますけど」
天音はそう言って笑った。その無邪気な笑顔を見て、ひまりの表情もやわらぐ。
しばらく二人でウサギを眺めていて、ひまりは思い切って口を開いた。
「ねえ、天音ちゃんって、アイドルが好きだよね?」
「え?はい!一番の推しはRe⭐︎LuMiNaです!知ってますか?」
「う、うん」
ひまりは少し頬を染めた。
(知ってるも何も、いつもペンラ振ってくれてるの見てるよ……!ありがとう……!)
「あの、天音ちゃん、さ、自分がアイドルになりたいって思わないの?」
「え?」
ひまりがずっと気になっていたことだ。
女性アイドルを推す女性ファンは、自分がアイドルになりたいと思わないのだろうか。
どんな気持ちで、推してくれているのだろう。
ひまりは、自分が憧れてアイドルになった立場だから、それが知りたかった。
天音は突然の質問に目を瞬かせる。
ウサギをわしわしと撫でながら、首を傾げて答えた。
「うーん……あたしは、アイドルにはなりたくないかな。別になりたいものがあるし」
「そ、そうなんだ……」
なりたくない、と率直な言葉に、アイドルのひまりは少しショックを受ける。
しかし、天音は気付かずに続けた。
「でも、あの子たちが頑張ってる姿を見てると、自分はもっとできる、もっと頑張れるって思えるんです」
「頑張ってる、姿……?」
「だって、歌って踊るなんて絶対大変じゃないですか!それに、面白くもないのにいつも笑顔でいるのもあたしは絶対無理!あ、無表情キャラのRINって子は好きですけど」
「ああ、燐ちゃんね……」
ひまりは同じメンバーのRINを思い出して苦笑した。
彼女は無表情でも許される特異なキャラクターだ。
「あたしは、アイドルを見てると応援してもらってる気分になる……だから、そのお礼に、応援してる感じです!」
「……そっか」
ひまりはそっと微笑んだ。
その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
(……こんなまっすぐな気持ち、久しぶりに聞いた気がする)
アイドル活動を続ける中で、数字や人気、フォロワーの増減に一喜一憂していた自分。
でも、天音の言葉にはそんなものを超えた”まっすぐな想い”があった。
それが、ひまりには眩しかった。
「ありがとう、天音ちゃん、すごく参考になった」
「そうですか?お役に立てたならよかったです!」
「うん!」
二人の間に、ほんの少し柔らかな沈黙が流れた。
その空気を壊すように、天音がふと首を傾げる。
「ていうか、どうしてあたしがアイドル好きって知ってるんですか?」
「あ……えっと……」
ひまりは一瞬言葉に詰まった。
(やばい。ステージから見てるなんて言えない……)
「類くんから、ちょっと聞いたことがあって……妹がアイドル好きなんだって」
「お兄ちゃんが?!」
天音の声が一段高くなる。
「そっか!強羅先輩、お兄ちゃんとRe⭐︎LuMiNaの話してるんですね!」
「え、あ、うん……まあ、少しだけ」
「お兄ちゃん、Re⭐︎LuMiNa大好きだからなぁー!それで話が合うんだ!」
「えっ!?あ、いや、それは――」
慌てて否定しようとしたが、天音はもう納得した顔で大きく頷いていた。
(うーん……類くん、全然Re⭐︎LuMiNa好きじゃないっぽいし、どっちかっていうと無関心だし……あれは、天音ちゃんに連れてこられてるだけだよね)
けれど、いつも天音が来ているのをステージから見ているから、と説明するわけにはいかない。
誤解を解かずに、そのままにしておくことにした。
「お兄ちゃんも強羅先輩も、Re⭐︎LuMiNa好きに悪い人はいないですね」
「う、うん。天音ちゃんもそうだしね」
ひまりがそう答えると、天音は満面の笑顔を見せた。
「強羅先輩、お兄ちゃんを、よろしくお願いします!」
「……えっ!?」
ひまりの手から、人参がぽとりと落ちた。ウサギが嬉しそうにそれを咥えていく。
ひまりが答える前に、チャイムが鳴った。
「あ!昼休み終わっちゃう!強羅先輩、またお話しましょうね!」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
呼び止める間もなく、天音は手を振って走り去ってしまった。
残されたひまりはその場に呆然と立ち尽くす。
「……お兄ちゃんをよろしくって……な、なんか、恋人同士みたいだよー……っ」
顔が一気に熱くなる。ひまりは両手で頬を押さえた。
(ちが、違うよ!わたしと類くんは、そんなんじゃ……)
でも、否定する言葉が、なぜかうまく出てこない。
昼下がりのウサギ小屋に、ひまりの小さな悲鳴がこだました。
ウサギは人参をポリポリと食べながら、まるで何も聞いていないように、のんびりと耳を揺らしていた。
(……天音ちゃん、類くんの妹……かぁ)
「仲良く、なれたかな?うん、それは、よかった……」
ひまりは小さく呟いて、真っ赤な顔のままウサギ小屋を後にした。
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