元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#18 元アイドルという便利な肩書をゲットした件

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「ひまりは、少なくとも3位にはなれる」

 放課後、練習の前に作戦会議を開く。
 頼んでもいないのに天音がいつも教えてくれる意見を参考にして、客観的な意見を言ったつもりだ。しかし、ひまりは難しい顔で首を傾げた。

「うーん……」
「まず、RIN。こいつは、どうしてあの不愛想で人気が出るんだ?」

 スマホの画面でRe⭐︎LuMiNa公式HPメンバー紹介の、RINの画面を表示する。
 加入して半年。プロフィール欄の誕生日や血液型は未記入で、本人のコメント欄には「がんばる」と4文字だけ書かれている。

「それはね、前回の人気投票が公開オーディションの直後で注目されてたのと、不思議キャラで固定ファンがついてるからだよ。RINちゃんはちょっと変わった子だけど、わたしも嫌いになれないんだ」

 ひまりはメンバーのことが好きらしい。
 それはいいが、現在最下位のひまりが上に行くには、メンバーを蹴落とさなくてはならない。

「それから、Re⭐︎LuMiNaのメンバー構成でクール系が2位なのは異質だと思う」
「あー麗奈ちゃんね」

 麗奈の紹介ページを表示すると、ひまりは、よくぞ聞いてくれた、というようにうなずいた。

「麗奈ちゃん、きらりちゃんみたいにTVの出演は少ないんだけど、舞台のお仕事が多いんだ。だから、違う層のファンを連れて来てくれるの」

 ひまりがスマホの画面をスクロールして、麗奈の仕事歴を表示する。
 3歳で子役デビュー。その後も、ミュージカルや舞台をRe⭐︎LuMiNaの活動と並行して続けている。

「それにね、お話し会とかで実は神対応なんだよ。意外でしょ。わたしも推すなら麗奈ちゃんかなぁ……人気が出るはずだよ。一度来たファンの顔と名前は絶対忘れないんだって」
「……そうか」

 わかっているなら、やれ。
 と、俺は口に出さなかったが、わずかな沈黙でひまりは俺が言いたいことに気付く。
 傍らに広げたままだった英語の補習課題をそっと陰に隠す。

「あの、わたしは、記憶力がダメダメだから……その、ダンスと歌で頑張る!」
「まずはその方向性がいいかもしれない」

 ひまりは、ダンスも歌も下手ではない。が、飛び抜けて上手くもない。
 一般的なアイドルの中では上手い方だが、きらりと麗奈の横では見劣りしてしまう。

「じゃあ、踊ってみろ」

 曲を流すと、ひまりは決められた動きを完璧にこなしている。
 だが――

(……まだ足りない)

「……止まれ」

 ひまりが動きを止める。

「どうしたの、類くん?」
「お前、動きは完璧だ」
「本当?!」

 ひまりが嬉しそうに笑う。

「でも、観客の目を惹きつける力が弱い」

 その言葉に、ひまりは――少しだけ、戸惑った表情を浮かべた。

「観客の目を……引きつける?」
「ああ」

 俺はスマホを取り出し、Re⭐︎LuMiNaのライブ動画を開いた。

「これ、センターのきらりを見てみろ」
「うん……」

 ひまりが画面を覗き込む。

「きらりは、常に観客の目を意識してる。顔の向き、手の動き、視線――すべてが、観客に向けられてる」

 俺は続けた。

「だが、お前は違う。お前は、ダンスに集中しすぎてる。動きは完璧で顔は観客に向いているが、観客を見ていない」

 ひまりは――少しショックを受けたような顔をした。

「わたし、みんなを見てるよ!」
「見てない。正確には、見てるけど――意識が向いてない」

 俺はスマホを置いた。

「アイドルは、ダンスを踊るだけじゃダメだ。観客の目を惹きつけないと、印象に残らない」
「それって、どうすれば……観客の目を惹きつけられる?」
「相手の視線を、自分の望む場所に誘導する。人間は、動いてるものに目が向く。特に、急な動きや大きな動きには、無意識に視線が行く」
「へぇー……」
「アイドルも同じだ。観客の視線を、自分に向けたい時――動きを大きくしたり、急に動いたりすればいい」

 ひまりは――真剣な表情で頷いた。

「でも、それだけじゃ足りない。視線を引きつけたら、次は――視線を固定する」
「固定……?」
「ああ。視線を固定するには、相手の目を見ることが重要だ。ステージから観客全員の目を見ることはできない。だが、視線を観客席に向けることはできる」

 ひまりがうなづいて、俺は続けた。

「観客は、アイドルが自分を見てくれたと錯覚する。そうすると、視線が固定される」
「なるほど……」

 音楽を流して、同じところを繰り返す。
 ひまりは、今度は意識的に視線を観客に向けようとしている。

「今のターンの時、視線が下を向いてた」
「え……そうだった?前向いてたけど……」
「前を向くのと観客を見るのは違う。視線は観客に向けろ。そうすれば、観客の目を引きつけられる」
「う、うん……」
「もう一度」

 ひまりは再び踊り始めた。今度は視線が改善されている。

「いい。だが、まだ体の使い方が甘い」
「体の使い方……?」

 俺は立ち上がった。

「ひまりは、踊る時に力が入りすぎてる」
「力が……入りすぎ?」
「力を入れるべき場所と、抜くべき場所がある。それを理解しないと、動きが硬くなる」
「どうすれば……」
「もう一度、サビの最初から踊れ」

 ひまりは音楽を流し、サビの部分を踊り始めた。
 俺はひまりの動きを観察する。

「今のポーズ、そのまま」

 ひまりがぴたりと動きを止めて、俺はその背後に回った。

「重心が、前に偏りすぎてる」

 そう言って、俺はひまりの腰に手を置いた。

「ひゃっ!」

 ひまりの体がびくんと跳ねる。顔が真っ赤になる。

「こ、腰……」
「重心は、ここだ」

 俺は腰の位置を軽く押した。

「もっと後ろに重心を置け。そうすれば、バランスが取りやすくなる」
「あ……う、うん……」

 ひまりは必死に頷く。
 ひまりの顔が赤くなっていたが、見ないふりをした。

「ほら、重心を後ろに」
「は、はい……」

 ひまりは言われた通りに重心を移動させる。

「その位置だ」

 俺は手を離そうとしたふと、気づいた。

(……ひまり、体が硬いな)

 ひまりの背中と肩が、凝り固まっている。これでは可動域が狭くなって、動きに制限が出るはずだ。

(少し荒療治だが……まぁいいか)

 俺はひまりの肩に手を置き直した。

「る、類くん……?」
「じっとしてろ」
「え、何を――」

 次の瞬間。
 俺はひまりの上半身を、ぐいっと捻った。

 ゴキッ!
 鈍い音が響く。

「みぎゃっ!」

 ひまりが変な悲鳴を上げて地面に転がった。

「……っ!い、今の音!?今の音、何!?」
「骨が鳴っただけだ。痛いか?」

 ひまりは自分の体を確認して、恐る恐る肩を動かした。

「い、痛くは……ないけど……あれ……? なんか、軽い……?」
「凝ってた。可動域が狭くなってたから、直した」
「直したって……あんな、ゴキッて……」

 ひまりはまだ信じられないという顔をしている。

「類くん、整体師か何かだったの!?」
「違う」
「でも、今のプロの技だったよ!普通の高校生があんなことできないよ!」
「昔から体のメンテナンスは自分でやってたから」
「体の、メンテナンス……?」

 ひまりが不思議そうに首を傾げる。

「ひまり、普段からストレッチしてないだろ」
「え、えっと……お風呂上りにしてるけど、寝ちゃうときがある、かも……」
「毎日やれ。じゃないと、また固まる」
「は、はい……」

 ひまりは真っ赤だった顔がすっかり引いて、呆然としていた。

(……あれ? さっきまでのどきどきが……)

 完全に霧散していた。

「なら、続けるぞ」
「う、うん……」

 それから、さらに一時間ほど特訓を続けると、ひまりの動きは明らかに良くなっていた。
 重心が安定し、動きに芯が通っている。視線も、しっかりと観客を意識している。

「……すごい。自分でも分かる。体が、軽い」

 ひまりは目を輝かせた。

「これなら、本当に一番上手になれちゃうかも!」
「ああ、今日はここまでにしよう」

 俺はそう言うと、ひまりは息を切らしながら座り込んだ。

「はぁー……がんばった……」
「疲れたか?」
「うん!でも……すごく、勉強になった!」

 ひまりは笑顔で続けた。

「類くんの教え方、本当にすごい。わたし、こんなに成長したの初めて」
「そうか」

 俺は適当に返事をした。

「ねぇ、類くん」
「なんだ」

 ひまりは――少し真剣な表情で俺を見た。

「類くんって……本当に詳しいよね」
「まあな」
「体の使い方も完璧に理解してるし、さっきの整体みたいなのもできるし……」

 ひまりは少し考え込むような顔をした。

「どこで、そんな技術覚えたの?」

 その質問に、俺は少しだけ躊躇した。

「昔、体を鍛える訓練をしてた」

 俺は曖昧に答えた。

「訓練……?」

 ひまりの目が見開かれる。

「訓練って……もしかして……」
「……」
「類くんも……アイドルやってたの!?」

 その言葉に、俺は固まった。

「……え?」
「だって、そうじゃないと説明つかないよ!」

 ひまりは興奮気味に続ける。

「ダンスも完璧だし、体の使い方もプロ並みだし……これって、アイドルとして訓練受けてたってことだよね?!」

(……そういう勘違いか)

「類くん、昔アイドルだったんだ……すごい……」

 ひまりは感動したような顔をしている。

「男性アイドルグループ?!わたし、知ってるかな?!」

 俺は否定すべきか、迷った。
 だが、暗殺者だったと言うよりは、アイドルだったと思われる方が都合がいい。

「……まあ、な」

 俺は曖昧に答えると、ひまりは更に目を輝かせた。

「やっぱり!だから、こんなに詳しいんだ!でも、今はやってないって、こと……?」
「色々あったから」

 俺は答えを濁すと、ひまりは少し寂しそうな顔をした。

「そっか……うん、色々あるよね……でも、親近感湧いちゃうな。わたしたち、同じ道を歩いてたんだね」

 その言葉に、俺は少しだけ、罪悪感を覚えた。
 全力でアイドルをやっているひまりに、嘘をついてる。
 だが、真実を言うわけにはいかない。

「……そうだな」

 俺は曖昧に頷いた。
 ひまりは――嬉しそうに笑った。

「じゃあ、これからも色々教えてね! 先輩!」
「……先輩?」
「だって、類くん元アイドルなんでしょ? じゃあ、わたしの先輩だよ!」

 ひまりは笑いながら続けた。

「先生であり、先輩。類くんって、わたしにとってすごく大切な人だね」

 その言葉を聞いて、俺は複雑な気持ちになった。
 俺は嘘をついている。だが、ひまりに余計なことを言って、俺と同じ世界に引き込みたくない。

(好都合だし、このまま、誤魔化し続けるか)

 暗殺者だったと知られるよりは、ずっといい。俺はそう自分に言い聞かせた。

 -----

 その頃。
 校舎裏の茂みの中。

 一人の少女が、スマホを握りしめていた。黄色いリボンをつけた、小柄な少女、燐。

(あの人、何者?)

 燐は、先ほど見た光景を思い返していた。
 類が、ひまりに教えている姿。

(訓練されてる。しかも、かなり高度な)

 体の使い方、攻撃、防御、そして、殺人術。
 スマホの画面には、類の後ろ姿が映っている。

「絶対に、守らないと」

 燐は誰にも聞こえないように呟く。
 そして――誰にも気づかれることなく、その場を離れた。
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