元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#19 人気最下位の活躍にグループ内情勢が動き出した件

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「はい、もう一回!最初から!」

 ダンスの先生の声が響く。

 土曜日。Re⭐︎LuMiNaのリハーサルスタジオ。
 音楽が流れ、5人のメンバーが踊り始めた。
 センターのきらりを中心に、麗奈、ゆめ。そして、RINとひまり。

 鏡に映る姿が、いつもと違うことにひまりは自分でも気付いていた。
 サビの振り付け。今までは、きらりの動きを必死で追いかけていた。
 でも今日は違う。

 ターンの瞬間――ひまりの視線が、鏡越しに「観客」を捉える。

(……今、確かに誰かの目を引き寄せた)

 麗奈が、一瞬だけひまりに視線を向けたのがわかった。

 観客を見る。一度外す。また戻す。
 それだけで、見ている人の心が引き込まれる。
 類が教えてくれたテクニックだ。

「はい、ストップ!」

 ダンスの先生が手を叩いた。

「みんな良かったよ。……特にひまり、最近すごく安定してるね」

 ひまりの肩がびくっと震える。

「あ、ありがとうございます……」

 ひまりは照れくさそうに笑った。
 しかし、人気投票の開始を控えて、他のメンバーの表情はどこか複雑だった。

 ーー

 リハーサルが終わり、スタジオを出た瞬間。

「ひまり、ちょっといい?」

 マネージャーに呼び止められる。

「は、はい……!」

 廊下の隅で、マネージャーは優しく微笑んだ。

「本当に最近良くなってる。ファンの反応も上々だよ」
「え……本当ですか!?」

「SNSでも『ひめさきひまり最近すごい』って話題になってる。今度の人気投票も楽しみだね」
「っ……ありがとうございます……」

 見捨てられるのではないか、と不安だったひまりは思わず涙ぐんだ。

(……頑張ってきて、良かった……)

 嬉しさににやけてしまいそうになる顔を隠していると、きらりが駆け寄ってきた。

「ひまちゃん、今日めっちゃ良かったよ!」
「え、そ、そうかな……?」
「うん。なんか最近、やっと本気になった感じ!」

(……やっと、本気に……)

 きらりの言葉にひまりはチクリと刺される。
 明るい声。嫌味ではない。
 でも、「今まで本気じゃなかった」と見抜かれているような気がした。
 ひまりは曖昧に笑う。

「無理しすぎないでよ?本気出したひまちゃんも可愛いけど、倒れたら意味ないから」
「う、うん……ありがとう、きらり……」

 きらりは満足そうに微笑むと、レッスン室に戻っていった。

 そんな優しい意図とは裏腹に――ひまりは、背後から視線を感じた。
 振り返ると、麗奈、ゆめ、RINの三人が、自動販売機の前で固まって話していた。

 ひまりが近づくと会話が途切れる。

「……あ、ひまりちゃん」

 ゆめが無理やり笑顔を作った。

(もしかして、わたしの話、してた……?)

 なんとなく、空気が重い。
 ひまりは気付かないふりをして立ち去ろうとした。
 しかし、麗奈が一人で追いかけてくる。

「……ひまり。ちょっといい?」
「な、なに……?」

 麗奈は腕を組んで、真っ直ぐにひまりを見る。

「最近変わったね」
「え……?」
「急に上手くなった。何かあったの?」
「ありがと……でも、ただ、練習してるだけで……」

 麗奈は少し考え込むように眉を寄せた。

「……もしかして、他の事務所から誘われてる?」
「え……」
「ひまりの実力ならそんなこともあるのかなって。それで、別のレッスンを受けてるのかと思ったの」
「ち、違うよ」

 ひまりが思わず大きな声を出したが、麗奈は言葉を続けた。

「もしそうなら、早めに事務所に報告しないとダメよ。規約違反になるから」
「麗奈ちゃん、わたしが他の事務所に行くと思ってる……?」
「違うならいいの。でも、事務所に内緒で他のレッスン受けてたら、バレた時に大変なことになるわよ」

 麗奈の口調はきついが、その目には心配の色があった。

(……麗奈ちゃん、心配してくれてるんだ……)

 でも、その言葉が胸に重く残る。

「ありがとう。でも、本当にそんなことはないから……」
「……そう。なら、いいけど」

 麗奈は少しだけ表情を緩めて、去っていった。

(……なんか、あんまり信じてもらえてなかったな……)

 重い気分のままスタジオを出ると、ピンク髪のゆめが待ち構えていた。

「ひまりちゃーん、最近すごいねー」
「あ、ありがとう……」
「でもさ、なんか急に上達して……ちょっと不思議だなーって」

 天然のトーンなのに妙に鋭い。
 麗奈と同じような事を聞かれるのか、とひまりは身構えた。

「ひまりちゃん、前はもっと……アレだったのに。急すぎじゃない?」

 ゆめの素直すぎる言葉に、ひまりの胸がずしんと重くなる。

「そんなことないよ。練習してるだけ」
「んー、まあ頑張ってねー。でも、ずるいことしてないよね?」
「ず、ずるい……?」
「だって、人気投票始まったばっかりなのに急に上手くなるって、なんかタイミング良すぎない?」

 ゆめは笑顔のまま続けた。

「わたし、ずるいのだけは嫌いなんだよねー。正々堂々が一番だよ」
「……わたしは、ズルなんてしてない……」
「うん、そうだといいな!じゃあね!」

 笑顔で去っていくゆめ。

(……ゆめちゃんも、わたしのこと疑ってる……)

 重い足取りでバス停に向かうと、ゆめと入れ違いに小柄な影が近づいてきた。
 黄色いリボンを付けたままのRINだ。

「ひまり」
「な、なに?燐ちゃん」

 RINは無表情のまま、ひまりを見つめる。

「変わった」
「え……」
「危ないこと、してない?」

 唐突なその言葉が、何を意味しているのかわからなかった。
 心配なのか、疑いなのか。RINの表情は何も語らない。

「燐ちゃんも、わたしを疑ってるの……?」

 ひまりは声を震わせた。

「規約違反だとか、Re⭐︎LuMiNaに迷惑がかかるようなこと、わたしはしてない!」

 思わず大きな声を出してしまった。
 RINは少し気圧されたように、小さく頷いた。
 そして、くるりと背を向けて戻っていった。

(……燐ちゃん、大声を出しちゃって悪かったかも……)

 表情がないこともあって、RINの真意はまったく読めない。
 今から追いかけてRINに謝ろう、とも考えたが、ゆめと麗奈と顔を合わせるかもしれないことが嫌だった。

 ちょうど来たバスに乗り込んで、ひまりはスマホの画面を見つめた。

(……類くんに、今日褒められたこと、言いたいな……)

『類くん、今日すごく褒められた!ダンスの先生にもマネージャーにもよくなったって言ってもらえた!』

 返事は期待していなかったが、すぐ通知が来る。

『よかったな』

 そのあと、ウサギのスタンプが送られてきた。
 星とウサギがデザインされた、ポップなイラストの可愛いスタンプだ。

(これ……多分、天音ちゃんに買わされたやつだ……!類くん、何も考えずにこれだけ使ってそう……!)

 ひまりは少しだけ笑う。

『ありがとう。類くんのおかげだよ』
『ひまりが頑張っただけだ。明日も特訓するか?』

 またウサギスタンプ。なぜか照れているやつ。

(……かわ……!)

 ひまりは顔を赤くする。

『お願いします!』

 すぐに返信が来る。

『屋上で。昼休み』
『はい!』

 そして最後に、ウサギが指ハートをしているスタンプ。

(……類くん、絶対このスタンプの意味わかってないよね……)

 ひまりは少しだけ笑って、涙が引っ込んだ。
 それでよくやく、自分が泣きそうになっていたことに気付く。

(……大丈夫、類くんに明日会える)

 長く息を吐くと、やっと心臓の鼓動が落ち着いてきた。

 麗奈は心配していたが、ひまりを疑っている様子だった。
 ゆめは、「ずるいことしてない?」と率直に尋ねてきた。
 RINは……よくわからない。

(……わたし、何も悪いことしてないよね……)

 少しダンスに詳しい同級生に教わっているだけ。
 でも――

(類くんが元アイドルって、もし本当なら……プロに教わってることになる……?)

 それは、個人レッスンに当たるのだろうか。

(事務所に報告しないといけないのかな……でも、ダメって言われても、類くんに教わりたい……もっと上手くなりたい……)

 不安が胸いっぱいに広がっていく。
 類に、相談したい。
 でも、類に心配をかけたくない。

(……また一人で、頑張らなきゃいけないのかな……)

 ひまりは、ため息をついて目を閉じた。

 -----

 その夜。

 ひまりの知らないところで、あるグループチャットが動いていた。

『冬イベント用』――ひまりときらりを除いた、3人だけの裏グループ。
 元はスケジュールの都合でひまりときらりが参加できず、3人だけで出演するイベントのために作られたトークルームだった。
 しかし、2人に言えないことを3人が話すためによく使われていた。

 麗奈の一言から始まった。

『ひまり、何か隠してる気がする』

 すぐにゆめが反応する。

『だよねー。急に上手くなりすぎだもん』
『個人レッスン受けてるなら、事務所に報告しないとダメなのに』
『ひまりちゃんってそういうタイプじゃないと思ってたけどなー』
『人は見かけによらない。でも、本当に何もないなら問題ないけど』
『このままだと抜かれちゃうかもー。ちょっと本気出さないと!』
『そうね。わたしたちも負けられないわ』

 RINは既読をつけただけで、何も返さなかった。

 代わりに、RINは別のことをしていた。
 スマホの画面には、ひめさきひまりの過去のライブ映像。
 RINは何度も、その映像を見返していた。

 無表情のまま。
 ただ、じっと。
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