元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#20 衝撃的な事実が漏れたけど、それどころじゃなかった件

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 放課後、いつもの場所。

 音楽が流れ、ひまりが踊り始める。
 ステップは完璧だ。動きも、視線も、すべて問題ない。
 だが――

(……笑顔がない)

 ひまりの表情が硬い。
 いつものひまりは、息が切れていてもぎこちなくても、笑顔だけはキープしていた。
 それなのに、今日は笑顔が作れなくなるほど表情が暗い。
 昨日は、レッスンで褒められたと嬉しそうな連絡が来たのに。

「……止まれ」

 ひまりが動きを止める。

「どうした」

 俺は単刀直入に聞いた。

「え……?」
「笑顔がない。何かあったのか?」

 その言葉に、ひまりは――少しだけ、俯いた。

「……実は」

 ひまりが小さく口を開いた。

「メンバーが……わたしのこと、疑ってるの」
「疑ってる?」
「うん。わたしが……」

 ひまりは続けようとして、俺を見て言葉を飲み込んだのがわかった。

「ううん。ちょっと、メンバーのみんなと上手くいかなかったの。ごめんね!引きずらないようにする!」

 ひまりは自分の頬を両手で叩いた。
 無理矢理笑おうとして、泣きそうな顔になっている。

「わかった。それなら、今日は笑顔の作り方を教える」
「え……?」
「表情の作り方だ。表情は顔の筋肉を動かして作るものだ。感情は伴っていなくても作れる」

 生きていると、面白くもないのに笑っていないといけない場面が多い。
 だから、本来は内心の感情と表に出ている表情は切り離さなければならないが、一からひまりに教えるのは難しい。

「基本は、筋肉の動きを理解することだ」

 俺が言うと、ひまりは少し戸惑った顔をした。

「筋肉の動き……?」
「ああ」

 俺はうなづいて続けた。

「俺は昔、仕事で失敗して顔を潰されて、今の顔になった」

 ひまりは一瞬ぽかんとした顔になった後、声を上げた。

「か、顔?!……え、どういうこと……?!」
「だから、今の顔は後から作り直したものだ」
「え……えっと……」

 ひまりは明らかに混乱している。まだ本題に入っていないのに。

「それって、何かの事故で、整形、ってこと……?」
「まあ、そんなものだ」
「ど、どんな仕事してたの!?類くん高校生だよね!?」

 ひまりの声が裏返る。

「危険な仕事だった」
「危険な仕事って何!?工事現場とか?!まさか、アイドルやってた時の話じゃ……!?」
「聞くな」

 俺は話を先に進めようとひまりの質問を遮った。

「とにかく、顔の使い方は熟知してる。だから、教える」
「……類くん、何か、大変なことがあったんだね……」

 ひまりの表情がわかりやすく曇る。俺はそれ以上説明するつもりはない。

「最初は、鏡を見て筋肉の動きを確認してた。でも、それだけじゃ足りなかった」

 俺はひまりの正面に座って、お互いの顔が見えるようにする。

「だから、人の顔を触って、どの筋肉がどう動くか確認してた」
「はー……なるほど」
「こうやって」

 俺はひまりの手を取って自分の頬を触らせた。

「ふ、ふえぇ……?!」

 ひまりの体が、びくっと跳ねる。

「手の平で顔の筋肉の動きを確認する。自分の顔の動きを確認しながらやった方が効果的だ」

 ついでに、ひまりの手をとって、真っ赤になっているひまりの頬に当てた。

「っわゎ……!」

 ひまりは自分の頬の熱さに驚いたように声を上げた。
 手が震えていて、顔が真っ赤だ。

「大丈夫か?」

 俺が聞くと、ひまりは息も絶え絶えな状態でなんとか頷いた。

「だ、大丈夫……」

 だが、明らかに動揺している。

「じゃあ、俺が笑顔を作るから――その時、どの筋肉が動いてるか確認しろ」

 俺はそう言って笑顔を作った。
 ひまりの喉から、高すぎて人間の聴力では聞き取れないような叫びが聞こえる。

(……笑顔を作るのは、いつ以来だろう)

 組織から鴉に買い取られた時、あいつの機嫌を取ろうとした時だったと思い出す。
 鴉はそんな物に騙されるような素人ではなかったし、今の俺の状況から全くの無駄だったわけだ。
 あの頃は、感情と表情を切り離すことが生き延びる術だった。
 だが、今は、ひまりにあの時の術を教えるために笑っている。
 ひまりの手が、俺の頬に触れている。

「……わかるか?」

 俺が聞くと、ひまりは小さく頷いた。

「う、うん……頬の筋肉が……動いてる……」

 ひまりの声が、震えている。

「そうだ。笑顔を作る時は、頬の筋肉を上に引き上げる」

 俺は続けた。

「それと、目の周りの筋肉も動かす。そうすると、自然な笑顔になる」

 ひまりは真剣な顔で、俺の顔を触っていた。だが、その顔は真っ赤だった。

(もしかして、普通は恥ずかしいことなのか?)

 俺には、よくわからなかった。
 しかし、ひまりの顔がどんどん赤くなっていて、このままだと血圧が上がり過ぎて倒れるかもしれない。
 終わり、と俺が手を離すと、ひまりは慌てて手を引っ込めた。

「わ、わかった……!うん、すごくわかったから」

 ひまりは顔を覆いながら、しゃがみ込んだ。

「……何がわかったんだ?」

 俺が聞くと、ひまりは顔を覆ったまま首を傾げた。

「え、えと……どうやったら、笑顔を作れるか……だよね?」
「なら、実際にやってみろ」

 ひまりは自分の頬をぱんぱんと叩いて、気合いを入れる。
 そして、恐々と笑顔を作った。まだ少しだけ硬い。

「もっと頬の筋肉を上げろ」
「う、うん!こうかな!」

 ひまりは頷いて、もう一度笑顔を作った。今度は少しだけ、良くなった。

「及第点。とりあえずそれでいい」
「うん!」

 俺が言うと、ひまりは嬉しそうに笑う。なぜか、今度は自然な笑顔だった。

 ーー

 その日の夜。

 ひまりは自分の部屋で、ベッドに横になっていた。

(……類くんの顔、触っちゃった)

 思い出すと、今でも顔が熱くなる。心臓がドキドキしている。

(……類くんの頬の感触……)

 冷たくて、でも柔らかかった。

 その前に顔を潰されただのショッキングなことを聞いた気がするが、ひまりの頭からは綺麗に吹き飛んでいた。

(せっかくだから、もっと触ってたかったかも……)

「……て、わたし……何考えてるの……!」

 ひまりは枕に顔を埋めた。
 類が真剣に教えてくれたのに、自分だけ下心を持っているようで申し訳ない気分になる。

(……でも、嬉しかった)

 類くんに触れたこと。
 類くんの頬の感触。
 類くんの笑顔。
 類くんが、真剣に教えてくれたこと。

 すべてが、嬉しかった。

(……類くんの笑顔、もっと見たいな)

 そう思って、また顔が熱くなる。
 無表情だけど、優しい。厳しいけど、ちゃんと見てくれる。

(……わたし、やっぱり……類くんのこと、好き……なのかも)

 ひまりは、生まれて初めて抱いた自分の感情が、どんな言葉になるのか理解していた。
 しかし、この気持ち、どうすればいいんだろう。

(……誰かに相談したい)

 ひまりは、スマホを見た。
 天音ちゃんは……妹だから、ダメだ。
 きらりちゃんは……メンバーだから、複雑だ。
 だれか、類のことをよく知っている人に。

(……伊波くん、なら……)

 類の親友。いつも一緒にいる、伊波周。
 面倒見のよい彼なら、きっと相談に乗ってくれるはず。

(……明日、相談してみよう)

 そう決めると、少し冷静になることができた。心臓の鼓動も顔の熱さも落ち着いてくる。

(……明日も、もっと頑張ろう)

 ひまりは自分を励ますように、小さく気合いを入れた。
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