石長比売の鏡

花野屋いろは

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小話:営業の田中、総務の田中になる

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「気がついていない人結構多いんだけど、社長室目指すなら、管理本部だよ。」
異動面接のとき、総務部課長の須崎はいった。
田中は、思わず須崎課長をガン見してしまった。まだ異動願いも出していないのに須崎は、田中が営業部から異動したがっていることに気が付いていたようだ。
「それに、総務部男性が少ない分、結果出したら昇進早いよ。」
「はぁ…」
田中は、自分の心の中を先読みされているようで、間抜けな返事しか出来ない。
「僕は、女性の管理職を増やしたい方なんだけど、うちのお嬢さん達、あ、これってセクハラ発言か?」
と一人突っ込みをした須崎は、
「総務の女性社員は、仕事できるんだけど、出世欲ない人が多くて困ってるんだよね。柴崎さんなんて、拝み倒して主任になってもらったんだよ。でもね、これ以上の昇進はお断りですって、ズバッと言われちゃってさ、おかげで僕の後任がいないんだよ。」
「でも、長濱さんが…。」
訝しげに田中が聞くと
「長濱さんのこと知ってるんだ。彼女は駄目、
近々異動するから。君は、長濱さんの後任として異動してもらうんだよ。」
ーー異動、やっぱりそうなんだ。異動先は恐らくあのポジションだろう。これって、いわゆる『執着腹黒王子の囲い込み』という奴だろうか。
頭の中で色々巡らしている田中を須崎が目を細めて見ている。そして徐にいった。
「多分、君が考えている通りだよ。長濱さんには気の毒だけどね。総務部も長濱さん異動するとキツいんだけど、結構強引に押し切られちゃったんだよね。」
今度こそ、俺の後任にしようと育てていたのにとブツブツ続けた。田中はそれを聞き流して、
「どうして、俺を?」
「君、上昇志向強いって聞いているし、実際優秀みたいだし、だったら、総務部の方が早く上に行けるって事で誘っている。」
ーー誰に、誰に聞いてるんだ。
どうして、自分の野心を見透かされているのかと田中は内心オタオタした。
「営業から総務への異動となると、仕事が物足りなくなるかも知れないけど、」
と続けかけた須崎を遮るように
「いいえ、そんなことは思いません。」
田中は言った。
「そう、なら、話早そうだね。営業は、優秀な社員が多いから、君が優秀とは言え、主任になるまでは同期、先輩を振り切る必要があるけど、総務はその手の競争はないからね。」
「わかります。」
「じゃあ、了承と言うことで、人事に話を通していいかな?」
「是非、お願いします。」
こうして、営業の田中は、総務の田中になった。
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