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第1章 大学生、出会う。
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『春眠暁を覚えず』とはよく言ったもので、周が目を覚ました時、正午はすぐそこまで迫っていた。
「痛っ……」
目に違和感を感じて、急いで洗面所に向かうと、そこには、昨日と寸分違わぬ姿をした自分が鏡の中にいた。
「ああもう……コンタクト取り忘れてんじゃん……」
コンタクトを目から取り出し、点眼薬を入れると、
「ああ、シャワー浴びるか」
汗ばんだ体に不快感を覚える。
そこまで高くなかった昨夜の気温と自分の服装とを考えても、ここまで汗をかくはずがない。蒙昧とした頭で考え、首を捻りながら記憶を辿る。
記憶の泥を落とすようにシャワーの湯を浴び続けると、鮮明になってゆく記憶と比例して、その顔は、みるみる青ざめてゆく。
「おにいちゃん?」
「ぎゃー!!! たんま!! タイム!? ストーッッップ!!!!!!」
ひょっこりと風呂場を覗き込んだのは、昨夜見た少女。まず、「この子何なの?」とか、「本当にいたの?」とか、「こんな子どもに裸を見せちゃダメだろ!」とかいった、理性と恐怖が入り乱れる思考の末、
「ごめん。とりあえず、兄ちゃん風呂入ってんだ。ちょっと外で待っててくれる……かな……?」
辛うじて大事な部分を隠しつつ、極力威圧的にならないよう声音を考えながら、やっとの思いで声を絞り出す。よく見ると、女の子がなんだか透けているような気もするが、きっと、立ち込める湯気のせいだ。
「はあい。ごめんなさい」
女の子はしょんぼりとした様子でそそくさとその場を後にする。
「……」
とにかく、対面は保ったのだ。小さい子どもにあられもない姿を見せずに済んだ。……そう、思うことにした。
「やっぱ、いるんだよな……?」
否、思うことには出来なかった。
先程の女の子の、少しだけ悲しそうな顔を思い出すと、胸がちくりと痛む。それと同時に、
「透け……て……」
一気に血の気が引いてゆく。明らかに、女の子越しに脱衣所の壁が見えていた……と思う。
恐る恐る自分の背後に目を向けるが、後ろには、もうあの子はいない。
「おばけじゃなかったら、それはそれでやばくないか……?」
女の子が生きていれば、一も二もなく自分は誘拐犯となるのではないか……? 血の気が引ききった全身から、今度は嫌な汗が滲み出る。
「まずはとっとと風呂を出よう。」
こんなとき、現実逃避と先延ばしは自分の十八番だ。この上なく情けない話だが、今回ばかりはこの癖に助けられたのだと思いたい。
風呂から上がり、寝室に向かう。今まで見ていたものが全て酔っぱらいの戯れ事であることを、切に願う。
部屋の中をくまなく見渡す。すると、
「……」
それは今ある『現実』を叩きつける。陽射しが眩しいとさえ感じる窓際の一角ーー
「……」
すやすやと、寝息さえ聞こえてきそうな……そんな出で立ちで、丸まっている女の子。どうやら、本人は眠ってしまっているらしい。女の子は、間違いなくそこに『い』る。
「最近疲れてるから」
震える手で眼鏡を外し、目を擦ってから再度かけ直す。そんな動作に意味などないことを、頭の片隅で分かっていながら……。
「あ……」
腰を抜かし、後退りする周。
そんなこととも露知らず、ずっと『眠って』いる女の子。普段ならば、なんと微笑ましいものかと、暖かく見守ることもできただろう。しかし、状況はそれを許さない
「うわあああああ」
感情が堰を切ったように、口から溢れ出す。目を見開き、震えながら止まらない悲鳴を上げる。
ーー俺が……俺が何をしたって言うんだよ……なんで、なんでこんな……
自分の目に映る『現実』が、拒む脳に理解を強制する。口が渇き、肌が粟立つ。
「なんでっ……」
無垢な顔ですやすやと眠るその子の体は、やはり、透けていたのだ。
「痛っ……」
目に違和感を感じて、急いで洗面所に向かうと、そこには、昨日と寸分違わぬ姿をした自分が鏡の中にいた。
「ああもう……コンタクト取り忘れてんじゃん……」
コンタクトを目から取り出し、点眼薬を入れると、
「ああ、シャワー浴びるか」
汗ばんだ体に不快感を覚える。
そこまで高くなかった昨夜の気温と自分の服装とを考えても、ここまで汗をかくはずがない。蒙昧とした頭で考え、首を捻りながら記憶を辿る。
記憶の泥を落とすようにシャワーの湯を浴び続けると、鮮明になってゆく記憶と比例して、その顔は、みるみる青ざめてゆく。
「おにいちゃん?」
「ぎゃー!!! たんま!! タイム!? ストーッッップ!!!!!!」
ひょっこりと風呂場を覗き込んだのは、昨夜見た少女。まず、「この子何なの?」とか、「本当にいたの?」とか、「こんな子どもに裸を見せちゃダメだろ!」とかいった、理性と恐怖が入り乱れる思考の末、
「ごめん。とりあえず、兄ちゃん風呂入ってんだ。ちょっと外で待っててくれる……かな……?」
辛うじて大事な部分を隠しつつ、極力威圧的にならないよう声音を考えながら、やっとの思いで声を絞り出す。よく見ると、女の子がなんだか透けているような気もするが、きっと、立ち込める湯気のせいだ。
「はあい。ごめんなさい」
女の子はしょんぼりとした様子でそそくさとその場を後にする。
「……」
とにかく、対面は保ったのだ。小さい子どもにあられもない姿を見せずに済んだ。……そう、思うことにした。
「やっぱ、いるんだよな……?」
否、思うことには出来なかった。
先程の女の子の、少しだけ悲しそうな顔を思い出すと、胸がちくりと痛む。それと同時に、
「透け……て……」
一気に血の気が引いてゆく。明らかに、女の子越しに脱衣所の壁が見えていた……と思う。
恐る恐る自分の背後に目を向けるが、後ろには、もうあの子はいない。
「おばけじゃなかったら、それはそれでやばくないか……?」
女の子が生きていれば、一も二もなく自分は誘拐犯となるのではないか……? 血の気が引ききった全身から、今度は嫌な汗が滲み出る。
「まずはとっとと風呂を出よう。」
こんなとき、現実逃避と先延ばしは自分の十八番だ。この上なく情けない話だが、今回ばかりはこの癖に助けられたのだと思いたい。
風呂から上がり、寝室に向かう。今まで見ていたものが全て酔っぱらいの戯れ事であることを、切に願う。
部屋の中をくまなく見渡す。すると、
「……」
それは今ある『現実』を叩きつける。陽射しが眩しいとさえ感じる窓際の一角ーー
「……」
すやすやと、寝息さえ聞こえてきそうな……そんな出で立ちで、丸まっている女の子。どうやら、本人は眠ってしまっているらしい。女の子は、間違いなくそこに『い』る。
「最近疲れてるから」
震える手で眼鏡を外し、目を擦ってから再度かけ直す。そんな動作に意味などないことを、頭の片隅で分かっていながら……。
「あ……」
腰を抜かし、後退りする周。
そんなこととも露知らず、ずっと『眠って』いる女の子。普段ならば、なんと微笑ましいものかと、暖かく見守ることもできただろう。しかし、状況はそれを許さない
「うわあああああ」
感情が堰を切ったように、口から溢れ出す。目を見開き、震えながら止まらない悲鳴を上げる。
ーー俺が……俺が何をしたって言うんだよ……なんで、なんでこんな……
自分の目に映る『現実』が、拒む脳に理解を強制する。口が渇き、肌が粟立つ。
「なんでっ……」
無垢な顔ですやすやと眠るその子の体は、やはり、透けていたのだ。
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