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第1章 大学生、出会う。
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少し冷たい春風の下、草木も眠る丑三つ時、人っ子一人歩いていない、そんな道を小走りで進んでいく人影が一つ。
「うえ……気味悪い……」
健康志向のジョギングでも、まして深夜の肝試しでもなく、周はさながら不審者のように辺りを見回しながら、ゼミの歓送迎会からの帰路を急ぐ。悲しい哉、これが金欠学生の運命である。もちろん、自転車は使わない。飲酒運転など、できる性分でもないのだ。
「後ろから急に……とか……」
慣れない夜道、碌でもない想像をしては、
「ないって……はは……」
すぐにそれを否定する。
「寒いなあ……」
余計な考えを振りきるように、無駄に口を動かし続けた。
二次会、三次会会場から徒歩十分ーー難なく歩ける距離である筈が、途方もなく長く感じる。通り慣れた大通り、そこから続く路地裏ーーその何もかもが、日中とは違った様相を見せている。
「ううっ……冷たっ……」
冷たい春風が、酒でかかった思考の靄を少しずつ晴らしてゆく。
「はあ……就活かあ……」
そろそろ社会人となる頃合いが近づく中、周囲の学友は皆、自分の目標や進路を定めつつあるらしい。アピールポイント、志望動機、目標ーー周囲を見渡せば、ただ茫漠と学生生活を浪費しているだけの自分に感じるのは、焦燥か、はたまた劣等感か。
「考えるのはやめよう。……うう……」
思考を停滞させれば恐怖が、働かせれば現実が襲ってくる、そんな折……
「ふええ……ここ、どこお……?」
「……」
その場に似つかわしくない、訴えかけるような泣き声が一つ。周の足取りはより一層早くなる。
「はは、飲み過ぎ……」
「ううっ……うう……ふええ……」
「……」
あまりの悲痛な声に後ろ髪を引かれ、ふと、その場に立ち止まる。
「おばあちゃん……おじいちゃん……ふええ……」
はっきりと聞こえた声のする方を振り向くと、そこには小さな女の子が立っている。年の頃は十歳あっちこっちといったところか。
頭の中で警告音が鳴り響く。立ち入るのは、とても危険だと。
「……あの、お名前は?」
本能とは裏腹に、足が女の子の方を向く。何故だか、自分でも止められない。
「……みい……ぢゃん……」
しゃくりあげるような声ーーようやく聞き取れた女の子の名前を、周は努めて優しい声で反唱する。
「みいちゃんでいいのかな?」
しゃがみこんで問いかける周に、みいちゃんと名乗った女の子は泣きながら頭を縦に振る。
「とりあえず、ここは寒いから……お兄ちゃんの家に行こうか。」
「……うん。」
ようやく泣き止んで鼻をすするみいちゃんの手を引こうとするが、手応えがない。
「……っ!?」
小さく肩を震わせると、周は元々進んでいた方向へ向きなおす。そのまま、振り向くことなく、無我夢中で走り出す。みいちゃんも、それに続く。
ーーなんでなんで!? ……え?
嘘であってほしいと、願う。
「おにいちゃん、おいかけっこ? まけないよー!」
そんな祈りも虚しく、様々な思考が渦巻く混沌とした脳内で、みいちゃんの声だけが異様に明るく響く。
ーーなんで着いてくるんだよ!?
少し前のやり取りをも忘れ去り、全速力で走り出す。
「おいかけっこ、たのしいねえ」
「!?!?」
思わず飛び出た悲鳴でさえ、音にはならない。あたまの中で、けたたましい警報が鳴り響く。
「おにいちゃん、もっとあそぼうよー」
周の脳内は、今や昔みた100キロばばあを始めとする妖怪画で埋め尽くされつつあった。普段の運動不足がたたったのか、足はすぐに限界を迎え、肺は喘ぐように、一心不乱に外気を取り込まんとしている。
途方もなく永く感じられた時間がようやく過ぎ去り、住まいのアパートが、やっと眼前に現れた時、
「おにいちゃん?」
その後の周はなにも考えなかった。ほとんど無意識で部屋に飛び込み、そのまま布団に飛び込む。所要時間は、恐らく自己新記録だろう。
「きっと、俺は酔ってるんだよ。飲み過ぎ……」
「……おにいちゃん!?」
「!?!?!? すみませんすみませんすみません!! 明日からは真面目に生きますんで今日のところはご勘弁をっ!」
訳も分からず口をついて出た言葉を幼子に投げつける。全てを酒のせいにして……
「おにいちゃん?」
こうして、平木周の一日は幕を閉じたのであった。
「うえ……気味悪い……」
健康志向のジョギングでも、まして深夜の肝試しでもなく、周はさながら不審者のように辺りを見回しながら、ゼミの歓送迎会からの帰路を急ぐ。悲しい哉、これが金欠学生の運命である。もちろん、自転車は使わない。飲酒運転など、できる性分でもないのだ。
「後ろから急に……とか……」
慣れない夜道、碌でもない想像をしては、
「ないって……はは……」
すぐにそれを否定する。
「寒いなあ……」
余計な考えを振りきるように、無駄に口を動かし続けた。
二次会、三次会会場から徒歩十分ーー難なく歩ける距離である筈が、途方もなく長く感じる。通り慣れた大通り、そこから続く路地裏ーーその何もかもが、日中とは違った様相を見せている。
「ううっ……冷たっ……」
冷たい春風が、酒でかかった思考の靄を少しずつ晴らしてゆく。
「はあ……就活かあ……」
そろそろ社会人となる頃合いが近づく中、周囲の学友は皆、自分の目標や進路を定めつつあるらしい。アピールポイント、志望動機、目標ーー周囲を見渡せば、ただ茫漠と学生生活を浪費しているだけの自分に感じるのは、焦燥か、はたまた劣等感か。
「考えるのはやめよう。……うう……」
思考を停滞させれば恐怖が、働かせれば現実が襲ってくる、そんな折……
「ふええ……ここ、どこお……?」
「……」
その場に似つかわしくない、訴えかけるような泣き声が一つ。周の足取りはより一層早くなる。
「はは、飲み過ぎ……」
「ううっ……うう……ふええ……」
「……」
あまりの悲痛な声に後ろ髪を引かれ、ふと、その場に立ち止まる。
「おばあちゃん……おじいちゃん……ふええ……」
はっきりと聞こえた声のする方を振り向くと、そこには小さな女の子が立っている。年の頃は十歳あっちこっちといったところか。
頭の中で警告音が鳴り響く。立ち入るのは、とても危険だと。
「……あの、お名前は?」
本能とは裏腹に、足が女の子の方を向く。何故だか、自分でも止められない。
「……みい……ぢゃん……」
しゃくりあげるような声ーーようやく聞き取れた女の子の名前を、周は努めて優しい声で反唱する。
「みいちゃんでいいのかな?」
しゃがみこんで問いかける周に、みいちゃんと名乗った女の子は泣きながら頭を縦に振る。
「とりあえず、ここは寒いから……お兄ちゃんの家に行こうか。」
「……うん。」
ようやく泣き止んで鼻をすするみいちゃんの手を引こうとするが、手応えがない。
「……っ!?」
小さく肩を震わせると、周は元々進んでいた方向へ向きなおす。そのまま、振り向くことなく、無我夢中で走り出す。みいちゃんも、それに続く。
ーーなんでなんで!? ……え?
嘘であってほしいと、願う。
「おにいちゃん、おいかけっこ? まけないよー!」
そんな祈りも虚しく、様々な思考が渦巻く混沌とした脳内で、みいちゃんの声だけが異様に明るく響く。
ーーなんで着いてくるんだよ!?
少し前のやり取りをも忘れ去り、全速力で走り出す。
「おいかけっこ、たのしいねえ」
「!?!?」
思わず飛び出た悲鳴でさえ、音にはならない。あたまの中で、けたたましい警報が鳴り響く。
「おにいちゃん、もっとあそぼうよー」
周の脳内は、今や昔みた100キロばばあを始めとする妖怪画で埋め尽くされつつあった。普段の運動不足がたたったのか、足はすぐに限界を迎え、肺は喘ぐように、一心不乱に外気を取り込まんとしている。
途方もなく永く感じられた時間がようやく過ぎ去り、住まいのアパートが、やっと眼前に現れた時、
「おにいちゃん?」
その後の周はなにも考えなかった。ほとんど無意識で部屋に飛び込み、そのまま布団に飛び込む。所要時間は、恐らく自己新記録だろう。
「きっと、俺は酔ってるんだよ。飲み過ぎ……」
「……おにいちゃん!?」
「!?!?!? すみませんすみませんすみません!! 明日からは真面目に生きますんで今日のところはご勘弁をっ!」
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「おにいちゃん?」
こうして、平木周の一日は幕を閉じたのであった。
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