相席中@14日

釜借 イサキ

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@6日目

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いつものように、いつもと同じ場所、同じくらいの時間帯。

違うのは、今日は学校が半日だった事くらい。

初夏のだるような暑さがあまり落ち着かない頃合いの公園のベンチで、少年は何をするでもなく、ただ目の前に広がる風景を見ている。

段々と暑さが増してきた真夏の空気は、少年にねっとりと纏わりつく。

少年は、昨日から抱き続けている疑問の答えを探す。

公園はフィールド、自分はプレイヤー、動いている人々は他のプレイヤー、休んでいる人々はNPC、動き回る鳥や虫などの生物をMOBに見立てる。

目に見える状況はほぼほぼ同じ様な風景だが、やはり何かが違う。

武器を持っていない、魔法を使えない、そんなことは少年にも分かっている。

けれど、それとは異なる何かが、違っている様な気がするのだ。

もっと根本的な何かが違う……

その答えを探しながらスマホを手に取ると、少年はいつもの様にゲームを起動する。

2日前まで当たっていた自分のキャラクターを見ると、もう何日もゲームをしていないような気がする。

ログインすると、少年のキャラクターはドラゴンの住処にいた。

ーーこんなこと考えてる暇があるんなら、とっととドラゴンを倒そう。

少年は、再び自分のキャラクターをドラゴンと戦わせる。

相も変わらず強敵なドラゴンを前に、少年の分身は奮闘している。

少年はドラゴンの動きを熟知している。

攻略サイト、攻略動画ーーその全てを漁って、ドラゴンの行動パターンを学んだ。

だから、それに合わせてドラゴンを倒す。

ドラゴンの攻撃を寸でのところでかわし、あと一撃ドラゴンに喰らわせたらその時点で少年の勝ち。

装備は完成し、ドラゴンの呪縛から解放される、そんなタイミング。

「よお、ガキんちょ。」

毎度お馴染みのパターンに慣れず、少年はドラゴンにとどめを刺し損なう。

「……」

そこに倒れた自分の分身に目をやり、少年はため息を吐く。

「ありゃ、何だか悪いことしちまったかい?」

老婆は全く悪びれた様子も無くそう言うと、少年の隣に徐に腰を下ろす。

「……」

少年は行き場のない感情を押し込めて、ただ握りしめた自分の拳を見ている。

やっとの事で、ドラゴンの呪縛から解放されるところだったのに。

ドラゴンはそんな彼の気も知らず、泰然とそこにそびえている。

「言いたい事があるんなら言ってみなよ。そっちのがすっきりするだろう。」

悪びれずに放たれた老婆の言葉に、少年は、自分の中の何かが切れるのを感じた。

「じゃあ言わせてもらいますけどっ……なんで僕の邪魔ばかりするんですか? それも決まってドラゴンを倒す前っ……このイベントが終わったらこの装備は手に入らないんです。……だから今のうちに手に入れなきゃならないんです。なのに……なのになんでいつもあとちょっとのタイミングで僕をおどかすんですか?」

自分で言っていても自意識過剰なのではないかとか、老婆はそんなに深く考えて声を掛けてきていた訳ではないのではとか……そんな思考が頭の中を巡るが、一度崩落した堰は、そう簡単には元に戻らない。

「これが終わったらやっと普通に戻れるんです。この装備を手に入れたら、更に強い敵を倒せるんです。……なのに……なのに……」

そこで、少年は我に返って顔を上げる。

少年の目に映る老婆は、意外にも真剣な面持ちで少年の言葉を受け止めている。

「……すみません。」

少年は力なく肩を落とすと、老婆に謝意を述べる。

「謝らなくても良いよ。こっちこそ邪魔してすまんかったねぇ……」

互いに謝り合う2人の背中を、真夏の太陽がじりじりと焦がす。

少しだけ空気の動きが止まり、その一角が静寂に包まれる。

心地の良い風が吹き出したとき、先に口火を切ったのは老婆だった。

「でも、あんたはあれを本当に楽しめてたのかい? あのピコピコやってる間、ずーっと何かに追われてる様な目をしてたよ?」

首を傾げながらそう問いかける老婆に、少年は何も答える事ができない。

追われてる・・・・・……少年にはその言葉を到底否定することができない。

最初はただ単純に、強くなる事が嬉しかった。

少しだけ強くなって、今までは勝てなかった敵に勝てるようになることで、達成感を感じていた。

そのうち、もっともっと敵に勝ちたくなった。

せめて、この世界の中では秀でた人間になりたかった。

課金をすれば強くなれる。

でも、課金はできない。

だからその分、少年はそれに時間を掛けた。

イベントで、強い装備が手に入ると聞けば、それを手に入れるために、少年は必死で必勝法を探した。

1日に何回、どんな方法で戦えば効率よくそれを手に入れられるか、少年は必死に考えた。

1日でもそれをしなければ不安になる。

それは、少年が自分に課した呪縛ノルマだった。

「……」

ほんの少し射幸心を煽られてしまうと、いつの間にか少年は楽しむべきゲームで強くなるというノルマ・・・を、自らに課してしまっていた。

老婆の方に視線を遣ると、相変わらず不思議そうにこちらを見詰めている。

「そっか。」

少年は晴れやかな表情でそう言うと、ベンチからゆっくりと立ち上がる。

ついさっきまで注いでいた最強装備入手への情熱は、大分冷めてしまったらしい。

それと引き替えに、清々しささえ感じている。

相変わらず置いてけぼりにされたままの老婆は、キョトンとした表情で少年を見る。

「何だい? 急に……」

事態を飲み込めない老婆も、首を傾げながらベンチから立ち上がる。

ふと空を見上げると、太陽は別れを告げ、月は朧げに顔を出している。

「暗くなってきたねえ。」

老婆が、紅から薄暗い青に変わり行く空を仰ぐと、少年も伸びをしながらそれに倣う。

「そうですね。」

少年と老婆は、ゆっくりと反対の方に向かって歩き出す。

晴れやかな表情をした少年の背中は、夕暮れの中、明々と灯った電灯の奥へ消えて行く。

遠ざかって行くその背中を老婆が優しい瞳で見守っていることを、少年は知らない。
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