相席中@14日

釜借 イサキ

文字の大きさ
6 / 18

@5日目

しおりを挟む
いつものように、いつもと同じ場所、同じくらいの時間帯。

初夏の茹だるような暑さがあまり落ち着かない頃合いの公園のベンチで、少年は鞄に忍ばせたスマホを手に取る。

そのまま辺りを周りを見回すと、若葉が青々と生い茂った木々の隙間から微かに降り注ぐ日光に、少年は思わず目を細める。

耳を澄ますと、元気良く遊ぶ子供達の声が聞こえてくる。

少年は、この場所をゲームでいうフィールドに見立ててみた。

仮に自分を、自分の操るキャラクターであると仮定する。

今遊んでいる子供達は、差し詰め同じゲームで遊んでいる他のプレイヤーと言ったところか。

他の、ベンチで微動だにしない人は、ナビゲーターや薬売り、武器商人などのNPCと言うことにする。

すると、飛び交っている鳥や虫達がそこで言うMOBとなる。

「……」

少年は、そこで思考を止める。

殆ど同じであると見立てていても、ゲームとこの世界には明らかな差がある。

色んな人がすれ違い、色んな物がある。

勿論、この国に武器商人や防具商人などと言うものは存在しない。

してや、そこら中にありふれている虫や鳥が人間よりも大きく、人を襲ってくるなどと言うこともあり得ない。

しかし、少年には、それ以上の齟齬が、ゲームと現実、これら二つの世界の間にあるように思えてならないのだ。

「なぁにシケた顔してんだい?」

急に降って来た声の出所を見上げると、案の定、視線の先にはいつもの老婆がいた。

「……こんにちは。」

反応に困った少年が、出会いの挨拶を口にすると、老婆は少年の隣に座る。

猫のように背中を丸めながらベンチに腰掛けている老婆は、少年の手元を見て口を開く。

「あんた、珍しいじゃないかい……」

その言葉を受けて、最初、いまいち意味を飲み込めなかった少年は、老婆の言わんとすることに気づく。

「あ、ああ……」

間をおいて、老婆からの視線の意味を悟ったつもりになった少年は、急いでゲームアプリを起動させようとする。

「いらんよ。」

すっぱりと少年の気遣いを断った老婆に疑問を抱きながら、少年は老婆行き場を失った手中のスマホを眺める。

暗転した画面には、何とも取れない表情をした自分の顔が写っている。

「……今日は暑いねえ。」

そんな少年の様子など気にも留めていないかのように、老婆は自分の服で自分を仰ぎ出す。

「そうですね。」

少年はポケットに入れておいたハンカチで汗を拭う。

段々と容赦なく照りつけるようになった太陽に、少年は早くも秋の到来を待ちわびる。

吹く風は、段々ねっとりと、体に纏わりつくようになって来た。

ゲームに集中している時はあまり気にならない暑さも、ただそこに座っているだけだと不快に感じる。

久方ぶりに感じた特有の不快感を、しかしながら少年は嫌だとは感じなかった。

「悪いねえ、ガキんちょ……」

少年が夏の暑さをしみじみ感じていると、老婆は神妙な面持ちで沈黙を破る。

「……え……?」

何が悪いのか、少年は意を汲み取れない。

少年は言葉の真意を探るが、その答えに自力では辿り着けない。

「折角教えて貰ったんだがねえ……あぶりげーむってやつよお……」

ーーアプリゲーム……? 何かあったかな……

特に謝られる事が思い浮かばず、少年は困惑する。

しかし、次に老婆の口から切り出されたのは、ある種当たり前の、普通の言葉だった。

「あれ、あたしゃ向かないみたいだ。」

きっぱりと放たれた一言に、少年は呆気にとられる。

ーーなんだ……そんな事……?

鳩に豆鉄砲を食らったような表情をして老婆の方を見ている少年を、老婆は申し訳無さそうに見つめる。

「折角教えて貰ったのにねえ……本当にすまんよ……」

いつになくしおらしい様子の老婆から、まさかそんな事を謝られるとは予想だにしていなかった少年は、どう反応して良いのか分からない。

「あ、はい。良いですよ。」

やっとの事で出てきた言葉はそれだけ。

少年ははっとして老婆の方を見る。

変に不快感を与えていないか、嫌な思いをさせていないか……少年は老婆の顔色を伺う。

「そうかい。そう言って貰えると助かるよ。……本当にすまんねえ……」

老婆は特に気にしていないらしい。

「年寄りの目には、ありゃあ刺激が強いみたいだ。」

老婆はそう言いながら、わざと顔を変に歪めながら、両の目頭を右手の親指と人差し指でそれぞれ抑えて見せる。

そんな老婆の姿を見て、少年は笑う。

「笑ってんじゃないよっ」

老婆は冗談交じりに、少年の肩に手を触れる。

「っぷっ……すみませんっ……」

何が可笑しいのか、少年本人も理解できぬまま笑い続ける。

釣られて、老婆も一緒に笑う。

こうして他愛のない時間は過ぎ去っていく。

「さて、そろそろ帰るとするかい。」

老婆はそう言うと、ベンチから立ちあがる。

活気があった公園には、既に老婆と少年以外の人物は残っていない。

「そうですね。」

そう言って2人同時にベンチから立ちあがる。

「じゃあ、また」

少年はそう言うと、老婆にお辞儀をする。

「ん。」

老婆は少年の言葉に短く答えると、少年に背を向けて、ひらひらと後ろ手を振る。

そんな老婆の背中を見届ける前に、少年も自宅の方を向く。

まだ少しだけ日が顔を出している夕暮れ、灯りの灯り出した電灯達を背に、少年は帰路に着く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...