相席中@14日

釜借 イサキ

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@5日目

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いつものように、いつもと同じ場所、同じくらいの時間帯。

初夏の茹だるような暑さがあまり落ち着かない頃合いの公園のベンチで、少年は鞄に忍ばせたスマホを手に取る。

そのまま辺りを周りを見回すと、若葉が青々と生い茂った木々の隙間から微かに降り注ぐ日光に、少年は思わず目を細める。

耳を澄ますと、元気良く遊ぶ子供達の声が聞こえてくる。

少年は、この場所をゲームでいうフィールドに見立ててみた。

仮に自分を、自分の操るキャラクターであると仮定する。

今遊んでいる子供達は、差し詰め同じゲームで遊んでいる他のプレイヤーと言ったところか。

他の、ベンチで微動だにしない人は、ナビゲーターや薬売り、武器商人などのNPCと言うことにする。

すると、飛び交っている鳥や虫達がそこで言うMOBとなる。

「……」

少年は、そこで思考を止める。

殆ど同じであると見立てていても、ゲームとこの世界には明らかな差がある。

色んな人がすれ違い、色んな物がある。

勿論、この国に武器商人や防具商人などと言うものは存在しない。

してや、そこら中にありふれている虫や鳥が人間よりも大きく、人を襲ってくるなどと言うこともあり得ない。

しかし、少年には、それ以上の齟齬が、ゲームと現実、これら二つの世界の間にあるように思えてならないのだ。

「なぁにシケた顔してんだい?」

急に降って来た声の出所を見上げると、案の定、視線の先にはいつもの老婆がいた。

「……こんにちは。」

反応に困った少年が、出会いの挨拶を口にすると、老婆は少年の隣に座る。

猫のように背中を丸めながらベンチに腰掛けている老婆は、少年の手元を見て口を開く。

「あんた、珍しいじゃないかい……」

その言葉を受けて、最初、いまいち意味を飲み込めなかった少年は、老婆の言わんとすることに気づく。

「あ、ああ……」

間をおいて、老婆からの視線の意味を悟ったつもりになった少年は、急いでゲームアプリを起動させようとする。

「いらんよ。」

すっぱりと少年の気遣いを断った老婆に疑問を抱きながら、少年は老婆行き場を失った手中のスマホを眺める。

暗転した画面には、何とも取れない表情をした自分の顔が写っている。

「……今日は暑いねえ。」

そんな少年の様子など気にも留めていないかのように、老婆は自分の服で自分を仰ぎ出す。

「そうですね。」

少年はポケットに入れておいたハンカチで汗を拭う。

段々と容赦なく照りつけるようになった太陽に、少年は早くも秋の到来を待ちわびる。

吹く風は、段々ねっとりと、体に纏わりつくようになって来た。

ゲームに集中している時はあまり気にならない暑さも、ただそこに座っているだけだと不快に感じる。

久方ぶりに感じた特有の不快感を、しかしながら少年は嫌だとは感じなかった。

「悪いねえ、ガキんちょ……」

少年が夏の暑さをしみじみ感じていると、老婆は神妙な面持ちで沈黙を破る。

「……え……?」

何が悪いのか、少年は意を汲み取れない。

少年は言葉の真意を探るが、その答えに自力では辿り着けない。

「折角教えて貰ったんだがねえ……あぶりげーむってやつよお……」

ーーアプリゲーム……? 何かあったかな……

特に謝られる事が思い浮かばず、少年は困惑する。

しかし、次に老婆の口から切り出されたのは、ある種当たり前の、普通の言葉だった。

「あれ、あたしゃ向かないみたいだ。」

きっぱりと放たれた一言に、少年は呆気にとられる。

ーーなんだ……そんな事……?

鳩に豆鉄砲を食らったような表情をして老婆の方を見ている少年を、老婆は申し訳無さそうに見つめる。

「折角教えて貰ったのにねえ……本当にすまんよ……」

いつになくしおらしい様子の老婆から、まさかそんな事を謝られるとは予想だにしていなかった少年は、どう反応して良いのか分からない。

「あ、はい。良いですよ。」

やっとの事で出てきた言葉はそれだけ。

少年ははっとして老婆の方を見る。

変に不快感を与えていないか、嫌な思いをさせていないか……少年は老婆の顔色を伺う。

「そうかい。そう言って貰えると助かるよ。……本当にすまんねえ……」

老婆は特に気にしていないらしい。

「年寄りの目には、ありゃあ刺激が強いみたいだ。」

老婆はそう言いながら、わざと顔を変に歪めながら、両の目頭を右手の親指と人差し指でそれぞれ抑えて見せる。

そんな老婆の姿を見て、少年は笑う。

「笑ってんじゃないよっ」

老婆は冗談交じりに、少年の肩に手を触れる。

「っぷっ……すみませんっ……」

何が可笑しいのか、少年本人も理解できぬまま笑い続ける。

釣られて、老婆も一緒に笑う。

こうして他愛のない時間は過ぎ去っていく。

「さて、そろそろ帰るとするかい。」

老婆はそう言うと、ベンチから立ちあがる。

活気があった公園には、既に老婆と少年以外の人物は残っていない。

「そうですね。」

そう言って2人同時にベンチから立ちあがる。

「じゃあ、また」

少年はそう言うと、老婆にお辞儀をする。

「ん。」

老婆は少年の言葉に短く答えると、少年に背を向けて、ひらひらと後ろ手を振る。

そんな老婆の背中を見届ける前に、少年も自宅の方を向く。

まだ少しだけ日が顔を出している夕暮れ、灯りの灯り出した電灯達を背に、少年は帰路に着く。
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