相席中@14日

釜借 イサキ

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@12日目

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いつものように、いつもと同じ場所、いつもと同じくらいの時間帯。

晴れ渡った青空の下、少年は両手にカギを持ち、老婆に教えてもらった事を思い出しながら、熊になりかけた何かを編み直している。

どう修正をかけても、歪な形は歪なままだ。

「相変わらずぶきっちょだねえ、あんた。」

今日は、少しだけ早めに聞こえた声に反応して顔をあげると、そこにはお馴染みの老婆が立っていた。

「こんにちは。」

少年は、杖をつきながらベンチに腰掛けようとする老婆に挨拶する。

「こんにちは。……今日も暑いねえ。」

老婆は、持っているハンカチで顔を拭いながら目を細める。

「そうですね……。」

少年は、目の前の毛糸の塊から視線を逸らさずに答える。

「おや、ちょっと待ちな?」

その声が聞こえると同時に、皺だらけの細い指が少年の手に触れる。

「このまま続けちゃいかんよ。ちょっと貸してみな?」

そう言われて少年が老婆に編み道具一式を渡すと、老婆は手際良く、先ほどまで少年が編んでいた物体を解く。

「ほつれたもんをそのままにしておくとねえ、後で収集が付かなくなっちまうんだよ。だから、その場で戻してやらないとねえ……」

その言葉を言い終える頃には、老婆の手元に有るものはただの毛糸とカギだけになっていた。

「さ、また一から編み直すよ。」

老婆は張り切ってそう言うと、少年にカギと毛糸を渡す。

「……はい。」

少年は、そう答えると、まだ何者でもない毛糸を受け取った。

「編み始めは覚えてるかい?」

そう聞かれると、少年は教わったことを反芻し、再現する。

「そうそう、始めはそんな感じ。あんた、中々やるねえ。」

老婆は、嬉しそうに少年の事を褒める。

「大したことないですよ。」

少年は、少し照れてしまったのか、珍しく素っ気ない態度をとる。

慣れない手付きで丁寧に、一つ一つそれを編み上げていく。

老婆は、それを見ながら少年に指示を出す。

「おお、形になってるじゃないか。」

老婆は、少年の手元を見ると、満足げな素振りを見せる。

かなりの時間がかかってしまったものの、何とか頭の部分が完成したのだ。

「えへへ。」

少年は、照れ臭そうに笑うと、改めて、自分の作ったそれを見る。

心なしか形は歪だが、何を作りたいのかは何となく分かる。

「じゃ、今日はここまでだね。」

老婆の言葉を受けて辺りを見回すと、太陽は、空から別れを告げようとしている。

「じゃあ、また……」

「あのっ……」

いつものように別れを告げようとする老婆を、少年の言葉が遮る。

「どうして、自分の思っていることを正直に言わないといけないのに、お年寄りから貰うものは嘘でもありがとうって貰わなきゃいけないんですか? 嘘を吐いちゃいけないって言うんなら、どっちも嘘ですよね。」

少年は、どうしても納得のいかないことを、老婆に訊ねる。

嘘を吐いているという事に変わりは無い。

それなのに、どうして一方は許されて一方は許されないのか、少年にはそれが理解できない。

老婆は少年の言葉を受けて、少しだけ考える。

「確かに、何なのかねえ……」

考えた末に、老婆は首を傾げる。

少年は、そんな老婆を無茶苦茶だと思った。

同じ嘘吐きなら、どちらも等しく許されてはならないのではないかと、少年は思ったのだ。

「……あっ……すみません」

少年は、ここまで来て1つ、見落としていたことに気づく。

「編みぐるみ、すごく嬉しかったです。……でも……」

少年は、老婆に頭を下げる。

少年は、今の口ぶりからいくと、老婆の厚意を無にしてしまうということになってしまう。

実際、貰った時は嬉しかったといえ、編みぐるみなどを鞄に付けていては、周りからなんと言われるか分かったものではない。

だから、編みぐるみは未だに鞄の中。

こんな状況下で、老婆が先程の話を聞いて、果たしてどう思っただろう。

想像した少年の背を、ねっとりとした脂汗が伝う。

「別に? 鞄に付けとくのがこっぱずかしいんだろ?」

老婆は特に気にも留めないように、少年の鞄を見る。

「でもね、今わからんでもいつか気づくさ。……世間の人間は、あんたが思ってるほどあんたのことなんて見ちゃあないよ。それぐらい、一人の人間ってのはちっぽけなもんなのさ。」

少年は、ふと、昼間の事を思い出そうとする。

しかし、クラスメイトが普段どんなものを持っているのか、どんな靴を履いているのか……全く思い出せない。

言われてみれば、自分も特に周りに興味を持っていなかったことに気づく。

「あと、さっきの答えだけどねえ……あたしゃ、人の事を思い遣って相手のために吐くのが許される嘘、人とぶつからないために自分を騙して吐くのが許されない嘘なんじゃないかと思うよ。」

老婆はそう言うと、少年に背を向ける。

「じゃ、あたしゃ帰るよ。」

ひらひろと手を振りながら、少年の話も聞かずに帰って行く老婆の姿を、少年は見送る。

腑に落ちないまま、少年もゆっくりと帰路に着く。

薄闇の中、静寂に包まれた公園から、2つのあしおとは遠ざかってゆく。
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