相席中@14日

釜借 イサキ

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@14日目

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いつものように、いつもと同じ場所、いつもよりも早い時間帯。

熱気に包まれる公園のベンチで、少年は完成間近な編みぐるみを、汗を垂らしながら懸命に編んでいる。

たまに、滴る汗が鍵を持った手に落ちて行くのも気に留めず、少年は編みぐるみを編んでいる。

何とか手まで編み上げて、後は足と目のみ……そんな熊の編みぐるみは、少しだけ歪ながらも、最初の惨状からは想像もつかないほどその形を保っている。

「おやおや……あともう少しで完成かい。中々良い出来じゃないか。」

声が聞こえてきたすぐ隣にそっと視線を移すと、そこにはいつもと変わらない様子の老婆が腰掛けている。

「はい。後もう少しで完成です。」

少年は、そう、微笑みを返す。

少年は編み、老婆は見守る……そんな優しい沈黙が、二人がベンチに腰掛ける一角を包み込む。

「できた!」

老婆が微睡んでいると、不意に少年の嬉々とした声が聞こえる。

少年の手の中で、どことなく歪な、しかしながら可愛らしい熊の編みぐるみの円らな瞳が、老婆の方をじっと見つめている。

「良かったねえ。」

老婆は目を細めながら、熊の編みぐるみを撫でる。

「やっと出来ました!」

少年が嬉しそうに老婆に応えると、老婆もそれに頷く。

「最初はどうなることかと思ったけど、意外と立派になったもんじゃ無いか。」

微笑みながら編みぐるみを見る老婆に倣って、少年も、それを見詰める。

どことなく歪ではあるものの、可愛らしい出で立ちのそれは、少年になにかを訴えかけている様にも見える。

一点の曇りもない編みぐるみの目を見詰めて、少年は呟く。

「昨日、人に嫌われないために吐く嘘はあまりよくないってことを仰ってましたよね。」

老婆はそんな様子の少年を、ただただ優しい眼差しで見守る。

「嫌われたくないって思うのは、そんなに悪いことですか?」

少年は、編みぐるみを握り締めながら、老婆に問う。

「じゃ、逆に聞くけど、何であんたは嫌われたくないと思うんだい?」

今までずっと黙って、真剣に少年の話を聞いていた老婆は、少年に問い返す。

少年は、その質問を想定していなかったのか、目を丸くして老婆を見遣る。

「……学校で浮いたりとか、酷いときは苛めに遭ったりとか……そんなことが有り得るじゃないですか……」

少年は目を伏せながら、辿々しく答える。

老婆は少年の答えに、首を傾げる。

「学校で浮いちまったなら、新しく気の会う友達でも探しゃあ良いじゃないか」

少年は、無意識に奥歯を噛み締める。

老婆が学生だった頃はそうではなかったのかも知れないが、今は違うと、少年は密かに感じる。

学校で浮くということは、そこではもう生活出来なくなるということだ。

最悪、学校から離れない限り、きっとそれからは逃げられない。

最悪の事態を免れたとしても、友達がいない学生生活など、少年にはとても耐えられる筈がない。

それは少年にとって、自分の世界が壊れることを意味しているのだ。

「何もあたしゃ学校で友達を探せなんて言ってないよ?」

すっとぼけたような素振りで、老婆は大袈裟に肩を竦める。

「学校で苛められて苦しいのなら、学校から逃げちまえばいいんだよ。」

少年には、老婆の価値観が分からない。

学校には行って当たり前、行かない奴はどんな事情であれ悪い奴……少年はそれをずっと、当たり前の常識として考えていた。

学校から逃げるということは、悪い奴の仲間入りをするということ。

少なくとも少年はそう思ってしまう。

「何となくいやだからとか、そんな理由で学校をサボっちゃいけない。きっといつか後悔する。」

老婆はそんな少年に構わずに、自分の考えをつらつらと述べる。

「でも、どうしても辛い理由があってそこから逃げたいと思うなら、それは悪いことでも恥ずかしいことでもないんだよ。」

老婆は説教をするでもなく、少年に自分の言葉を押し付けるでもなく、ただ、淡々と、世間話をするかの様に、言葉を紡ぐ。

「でも、きっと周りの人達はそうは思ってくれませんよね。」

少年は、自分が考えたことを、はっきりと老婆に伝える。

老婆は、静かに首を縦に振る。

「確かにね。ただの周りの人間は、きっと後ろ指を指すだろうねえ。」

ならば、結局のところ逃げ場などないのだ。

そんな思いが少年の脳裏にちらつくのと同時に、老婆はまた口を開く。

「あんたの事を本当に大切に思っている人間ならば、そんな場所から逃げたことを怒るよりも、あんたの事を心配する方が先だよ。」

少年はふと、両親の顔を思い浮かべる。

もしも、自分がそんなことを言ったら、両親は何と言うだろう……少しだけ想像する。

「周りに気を遣うならなおさら、苦しみが限界になる前に、あんたは逃げなきゃいけないんだよ。あんたの心が壊れるってのが、一番、周りには堪えるからね。逃げることだって、立派な闘いかたなんだよ。」

少年には、返す言葉が見当たらない。

実際のところ、周りにとってはどちらの方が辛いのか、少年には推し量る術がない。

「それにね、80年も90年もある人生の中で、高々3、4年だろ? 大丈夫だって。世の中、そんなに変わりゃあしないよ。」

老婆は満面の笑みで、少年を見つめる。

少年は想像もつかない先の話を、どこか現実味無く聞いている。

「それにねえ、学校が世界の全てじゃないんだ。学校は、この世界の一部でしか無いんだよ。」

そんな広い世界の事を話されて、理解できるわけが無いじゃないか……内心で、少年は毒づく。

少年にとっては、目に見える全てがこの世界の全てなのだ。

そんな、広い世界の事を聞いたって、理解できるわけが無い。

「じゃあ、暗くなってきたし、そろそろ帰るか。」

また、老婆は一方的に話を切り上げようとする。

しかし、それには続きがあった。

「明日から、ここには来ないよ。」

一瞬、少年の時間が止まる。

その言葉を理解するのに、かなりの時間を要した気がする。

「なあに湿気た面してんだ。……まさか、寂しいのかい?」

からかうように訊いてくる老婆に、少年は思わずしかめっ面で答える。

「別に、そんなことないですっ!」

少年の語気は自然と強まっていた。

それは、からかわれたことに対する憤りからなのか、それとも図星を突かれたことに対する焦りからなのか、はたまたどちらもその理由となっているのか……少年にも分からない。

「そうかい。じゃあ、元気でね。」

老婆は微笑みながら、静かに立ち上がるとそのままいつもの方向へ歩き出す。

「お婆さんも、お元気で。」

少年が投げ掛けた言葉を聞いてか聞かずか、老婆は後ろを向いたままてをひらひらと振る。

夕闇に包まれた公園にただ一人残された少年は、段々と小さくなってゆく背中が闇の向こうに消えるまで、それを茫然と見送っていた。
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