相席中@14日

釜借 イサキ

文字の大きさ
16 / 18

15日目

しおりを挟む
いつものように、いつもと同じ場所、いつもと同じくらいの時間帯。

厚い雲に覆われて、程よく涼しい公園のベンチで、少年は、手持ち無沙汰に、いつもの定位置に座っている。

まだまだ沢山話したかった。

まだまだ沢山聞きたいこともあった。

けれど、待てど暮らせど老婆の姿はどこにも見当たらない。

いつも、老婆が現れる方角を見ても、やはり何も起きない。

少年は、もう一度視線を元に戻す。

曇っているからか、心なしか、人がいつもよりも多い気がする。

少年は、久し振りに、そこにある光景をゲームに例えてみる。

仮に自分を、自分の操るキャラクターであると仮定する。

今遊んでいる子供達は、差し詰め同じゲームで遊んでいる他のプレイヤーと言ったところか。

他のベンチで微動だにしない人は、薬売りや武器商人などのNPCと言うことにする。

すると、飛び交っている鳥や虫達がそこで言うMOBとなる。

きっと、これら二つの世界の間には、あからさまな違いがある。

プレイヤーたちは、全く違う目的のために、たまたまここにいてーー

NPCなど、実は存在していなくてーー

MOBは、きっと此方が勝ったらもう二度とそれと同じものは現れないーー

けれど、きっとそれだけではない。

ゲームのフィールドは、予め全てを踏破するために作られたものだ。

けれど、現実世界で全てのフィールドなど、いくら頑張ったとしても、踏破することは不可能なのだ。

そして、ゲームには、必ず必勝法が存在するが、この世界にそんなものは存在しない。

定められたシナリオもなければ、正解も存在しない。

少年は、きっとそんな世界で暮らしている。

ならばきっと、老婆の考えも、少年の考えも、どちらも正解でどちらも間違っているということになる。

「……よく、分からないや……」

そんな少年の呟きは、優しく吹いた風に流される。

自分にもいつか、老婆の言っていたことの意味が分かるようになるのか……

自分もいつか、自分が今見ていない世界を見ることができるのか……

少年は、そんな可能性に思いを馳せる。

少年はふと、鞄の中に仕舞っていた、ライオンの編みぐるみを取り出す。

可愛らしく、しかし何処か精悍なそれに、少年は、背中を押されているような気がする。

『今は分からなくていい。いつか分かるさ。』

そんな老婆の声が聞こえたような気がした。

手の中に収まった編みぐるみを、持っている鞄の取っ手に付けると、少年は静かにベンチから立ち上がる。

ふと、老婆がいつも公園を出ていっていた方角を見ると、互いにてを振り合う子供たちの姿がある。

その姿に優しく微笑みかけながら、静かに踵を返すと、一人、少年は公園を後にする。

ーー一時、ここにはこないだろう……

大勢の中に一人ぼっちだった公園に、少年は暫くの別れを告げる。

少年のいる世界に、もう老婆はいない。

けれど、少年の知らない世界で、きっと老婆は誰かに説教を垂れているのだろう。

何者なのか、住んでいる場所、名前さえも知らない老婆は、きっとどこかで元気よく暮らしているのだ。

けれど、また老婆と会える、そんな気がするのだ。

根拠のない期待に胸を弾ませながら、少年は一歩、また一歩と、狭い公園から踏み出して行く。

そんな少年の門出を見送るように、夕暮れ時の紅に染まった公園の空には、僅かな光が差し込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...