コピーキャットの仮面

釜借 イサキ

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 静謐な室内にけたたましく響き渡る目覚まし時計の叫び声に微睡みを遮られ、眉間に皺を寄せながら女性は静かに目を醒ます。目覚まし時計を手に取り、その動きを封じると、女性はベッドから抜け出す。そのままバルコニーの方に向かい厚いカーテンを開けて朝日を浴びようとするが、生憎、如何なる者にも平等に光を与える朝日は、生憎の曇り空に阻まれて至極脆弱な灯りに成り下がっている。次いでと言わんばかりに窓を出入り口を網戸にすると、生暖かい風が女性の頬をねっとりと撫でる。
 眠り眼を擦りながら静かにダイニングキッチンの方に向かうと、明かりを灯し、テレビの電源を点ける。覚束ない手つきで皿を出し、シリアルと牛乳をそこに注ぐ。スプーンで掬って其れを噛み砕くと、咀嚼音が脳髄に反響する。何となく意識がはっきりしてきたのでテレビの電源を入れると、丁度ニュースが流れている。
 「昨夜から行方不明になっている……」
熱の篭った目で其れを見ながら、女性は空の食器を洗剤で丁寧に洗う。最早日常茶飯事になりつつある若年女性の失踪事件は、連日世間を騒がせている。口の両端を歪に吊り上げると女性はそのまま身支度を始める。
 歯を磨き、顔を洗って、化粧をして髪の毛を纏める。きっちりとしたスーツに身を包み、鞄の中を整理整頓する。その鞄を右肩に掛けてたつ姿は、正しく仕事がよくできる完璧なキャリアウーマンといった出で立ちだ。理想の衣装に身を包み、満足げに姿見の中の自分を見詰めると、女性は満足げに頷く。
 同じ間取り、同じ手順、同じ出で立ち……同じ様なことをして、同じ様に生活する。子供の頃から追いかけた理想の姿が、漸く実現した。自分では何も出来ず、何も決められなかったあの頃とは違う。自分で考え、自分で行動して、自分の理想に近付く……今の彼女にはそれが可能なのだ。後は、借り物を貰い受けるだけ。それで、全てが終わる。全ての理想が、女性にとっての現実となるのだ。
 ニュースは、とっくに別の話題を取り上げている。どうやら、動物園でパンダが出産したらしい。世間で起こる俗事などに全く関心の無い彼女の耳には当然の如く入っていない。
 浮かれながらテレビの電源を切ると、リモコンをテーブルに置く。先程開けたバルコニーの出入り口を閉めると、鈍い光を遮る様に厚いカーテンを閉める。
「そろそろ行かなきゃ」
浮かれた口調でそう言うと、部屋の明かりを全て消し、そのまま玄関に向かう。
「行ってきまーす。」
自分のコレクションが羅列されている部屋に、誰に向けるでも無い言葉を投げかけながら黒いパンプスを履くと、静かにドアノブを捻る。生温い風が部屋に吹き込むのを感じながら靴音を鳴らすと、そのまま部屋を後にする。
 そこに取り残された空虚な密室は、何も言わずに女性の背中を見送った。。
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