コピーキャットの仮面

釜借 イサキ

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 血溜まりの中、ナイフを持って其処に立ち尽くす。自分の体を覆う赤い液体は、見ての通り、返り血。
 最初は、その辺を呑気に歩いている犬や猫を殺した。自分は色々な意味で大変な時期に、何故何も考えずに、こいつらはのうのうと歩いて行くのか。いつも、それが癪に障った。それを何年か続けて、社会人になった。容姿、学力、器量……総てに恵まれた自分は、本当に贅沢な人間だと思う。
 けれど、それらは総て、自分で努力して勝ち取ったもの。だから、その代償に右の中指にペンだこが出来た。街行く若くて綺麗な女達は、何も考えていないように、ただ馬鹿みたいに楽しそうに笑っていた。それが気に入らない。自分が色々と考えている間に、彼女達は何もしていない。馬鹿なままで良い者の手には、ペンだこは出来ていない。何故自分の方が、何もしていない彼女達よりも劣っているのか……それが許せなかったのだ。それに、彼女達の方が自分よりも注目される。
 世直しのつもりだったのだ。あんなのが目立って自分が目立たないのは可笑しい。だから、彼女は今回の事件を引き起こした。ある程度人数を稼いだら、適当な場所に1人分ずつ遺体を遺棄する。そうすればきっと、連日のようにメディアは自分に注目するだろう、そう思ったのだ。
 自分は人当たりが良い方だ。そのため、人に近づいても全然怪しまれる事はない。寧ろ、段々と要らぬことまで身の上話をしてくる。内心鬱陶しく思いながらも、親身になったフリをして相手の話を聞いてやる。そうすれば、更に相手は自分の事を信頼する。後は、此処に連れてくるだけ……
「ふふっ……」
含み笑いを浮かべると、女性は足元に落ちた、血塗れのナイフをハンカチで拾い上げる。全く役に立たなかったそれを愛おしげに見詰める。化粧っ気のないその顔は、その光景に屈託の無い笑顔を形作る。自分と彼女、唯一違う彼女の手を胸に添えると、その手に拾い上げたナイフを握らせる。
 女性は、恍惚とした表情で自分の右手中指を見詰める。
「私の手に、ペンだこはないから……」
だから、彼女の気持ちを知るために、彼女が殺した女性達の顔を、文字通り剥ぎ取った・・・・・。彼女が、被害者達の右手の中指を切り取ったように。完璧を求める彼女が、唯一恥じていた体の部分。自分には其れが無かったから、彼女の行動を殺人以外、総て真似て見せたのだ。
 そして今日、彼女の人となりを最期に確認した。
「じゃあね。さよなら。」
憧れの人からの借り物は、総て自分の物となった。だから、本体はもう要らない・・・・・・・・・。要らなくなったものは捨てる。それは、世界の常識。だから女性は、息をするように彼女を捨てる・・・のだ。
 気化したドライアイスに依って先行きが全く見えない冷蔵室から、女性が出てくる。そして、徐に扉は閉じられた。
 溝の匂いが立ち込める通路を通って、女性は再び地上に上がる。相変わらず、空の色は濁ったままだった。
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