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深水灣の屋敷
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香港島南部
ユンとキンが乗ったアコードは1号幹線を走っていた。
トンネルを出た先は、灣仔とはほぼ反対側の香港仔。
料金所で通行料を払った後、分岐を左へ進んで幹線から外れ、黃竹坑道に入った。
」
しばらくすると黃竹坑道から香島道に入った。右手に深水灣を臨みながらひた走る。
5分ほど走るとビーチが見えてきた。
「いつだったかのマオの水着姿よかったよな?」
キンが冷やかしてくる。
「さぁ…覚えていない。」
「嘘つけ。」
また分岐点に来た。左へ進み深水灣道に入る。
片側一車線しかない狭い道で、終始坂が続く。
坂を上がり始めてからすぐに、目当ての家-死んだ貴金属店の経営者・韓彪の自宅が見えてきた。門の前を通り過ぎる。
「警官なんかやってたら、いつまで経ってもこんな家は買えないだろうな。」
ユンがぼやくと
「お前の場合はどうあがいても買えないだろ。」
キンが憎まれ口で返してきた。
「やめてくれ虚しくなる。」
「そうかい。」
そんなことを言っているうちに、左側に申し分程度の退避場所が見えた。
そこに一台のホンダ・シビックが停車し、男が二人ほど窮屈そうに乗っていた。
隣にアコードを止める。
「やぁユン、キン。」
スーツ姿の、額のまわりが禿げた男が声をかけてきた。同じ署のCIDの同僚ティンだ。
もう一人はレオン。ハンドルに糸を巻き付けて結んでいた。
「生存者の女の子に会ってきたって?」
「ああ…成果はなかったけど…。それより、どうしたんだ?被害者の家に不審点を見つけたって聞いたが…?」
「それがな…。」
1時間弱ほど前。
「ホント大した家だ。」
「あぁ。俺らの給料何年分くらいかな。」
そんなことを言いながらレオンとティンは屋敷の前に立った。ティンがブザーを鳴らす。
「どなたです?」
インターフォンから女の声。
「警察の者です。亡くなった韓彪さんのことでお伺いしたいことが…。」
「…。」
門には覗き口が付いていた。そこが開き、冷たい顔の男が顔を出した。
「OCTB。」
「CID。」
IDカードを見せる。
覗き口が閉じられ、ようやく門が開いた。
「どうぞ。」
さっきの男-用心棒らしい、トランシーバーを持っていた-に案内される。
レオンとティンは周囲を見回す。
敷地は見たところ、5000平方フィートぐらいはあるだろうか。立派な邸宅だった。
山肌を背にした洋館の周囲やベランダには、トランシーバーを持ったスーツ姿の連中がいる。
皆目つきが悪く、懐に手を当てる癖があった。
「レオン、あいつら…。」
「今は騒ぎを起こさない方がいい。」
家の入口前に着いた。用心棒がドアを開ける。
五十代くらいの女性が出迎えた。細面で、狐のような目にツンとした鼻。身長は中の上くらい。
「韓彪の妻・韓彥英です。どうぞ。」
何の感情も感じられない調子の声だった。
「どうも。OCTBの程志良です。こっちは灣仔CIDの丁天龍。」
「どうも…。」
「…こちらへ。」
レオンとティンはリビングへ通された。
屋敷の中も立派なもので。庭に面したリビングはそのままパーティにでも使えそうだった。
ソファに座る。
「では改めて…亡くなった御主人のことで、幾つか尋ねたいことがありまして…例えば、人から恨みを買ったようなこととか…。」
「存じ上げません。」
そっけなく言われた。ろくに話もしていないのに。
「えーと…と例えばですね。」
ティンが食い下がろうとした。
「商売上で同業者なんかと…或いは何らかのトラブルになったとか…。」
「ですから、そういったことに関しては存じ上げません。主人は仕事の話は特にしませんでしたから。」
夫が亡くなったというのに、このそっけなさ。
「他にご主人と親しくされていた方がいらっしゃれば…。」
「主人は不必要な人づきあいは避けておりましたから。」
二人はその後三,四ほど夫人に質問したが、何を聞いても知らない、存じないの返事ばかり。
意味がなかった。
仕方なく、電話番号をメモって渡して退散することにした。
「では…何か思い出された事なんかがあれば…ご連絡を。」
「どうも。阿繼。お見送りし…あら?」
韓彥英はレオンの手をジッと見ていた。
「それは?」
「あ?これ?」
レオンは糸を巻き付けた指を見せた。
「お守りでして…。」
「…そうですか。」
韓彥英はまだ気にしているような様子だったが、
「お見送りして。」
さっきの用心棒に案内され、出口へ行こうとした時だった。
「ー…。」
「?」
レオンは立ち止った。
「?どうした?」
レオンは人差し指を口に当てた。
「え?」
レオンが指さしたのは、廊下に置かれている本棚だった。
「何か聞こえないか?」
「え…。」
本棚の近くで耳を澄ませる。
「ー……。」
「?」
ティンは試しに本棚を軽くコンコンとたたいた。
「‐…。」
「何をしているんです。」
いつの間にかそばに韓夫人が来ていた。何故だか警戒心むき出しの顔になっていた。
「いや…気のせいだったみたいです…お邪魔しました。」
レオンが適当に言いつくろい、二人は家を後にした。
「本棚の後ろに隠し部屋が?」
「あぁ、だがそれだけじゃない。俺とティンが聞いたのは…。」
レオンは言葉を切り、考える顔をしたが、すぐに続けた。
「誰かが助けを呼んでいたんだ。」
「確かなのか?」
「ああ、俺も自信ないが…。」
ティンが割り込んできた。
「かすかだが、確かに本棚の近くで『トゥーロン』って聞こえたんだ。」
「『トゥーロン』…。」
「タガログ語で『助けて』か。」
「良く聞こえなかったが、声からすると女のようだった。」
「するとつまり何か?その家の中に…。」
「隠し部屋があり、そこに誰か監禁されている。」
「フィリピン人か。となると…。」
「そいつを確かめたいわけだが…。」
レオンはまた言葉を切った。
「何せこの屋敷、下手に歯向かうとヤバそうなのがウヨウヨしててね…。」
「…皆持っているのか?」
「見たところな。」
「そういえば貴金属店で死んでいた鄧光亮。あいつ確か、元三合会の殺し屋だったよな。」
「奴は…韓彪に雇われていたよ。」
レオンはふーと息を吐いた。
「あの日欠勤して難を逃れた店員に確認を取った。鄧光亮は二か月前、韓に雇われたらしい。
よく韓のそばに付いていて、ボディーガードをやってたことは間違いなさそうだ。
鄧光亮だけじゃない。他にも黒社会出身の奴が韓と一緒にいるところを目撃した連中がいる。
どうやら黒社会から腕の立ちそうな奴を引き抜いてボディガードに雇っていたみたいだ。」
「それじゃぁ…韓彪を撃ったのは奴じゃないのか。」
「まぁ何か契約かなんかでトラブって殺した可能性もなくはないがな…そうそう。
実はあの時店で死んだ従業員五人と客の二人、計七人が黒社会と繋がりがあった。」
「え?客と店員の大半が?」
ただ単に武装強盗が市民を殺戮したと思いきや…意外な事実にユンとキンは目を丸くした。
「あぁ。俺も信じられなかったよ。」
「確か、被害者の中に中年女の客もいたよな?四十代くらいの…。」
「ああ。実はその女も、以前は三合会に雇われていた武芸者崩れだった。
まぁそんなわけで、あの場にいて無関係だったのは、例の包姉弟とおばあさんだけだったんだ。」
「まぁ、それだけ黒社会と繋がりが深いとなると…フィリピンルートの人身売買に関わったか、その客になったか。
十分あり得るってわけだ。」
「だけど、それが強盗事件と関係あるのか?」
キンが疑問げに聞く。
「関係ないかもしれないが、人買って屋敷内に監禁しているかもしれないのを放っておけるか?」
「…。」
「で、どうするんだ?」
「とりあえず、緊急の情報が入って、急遽俺らが警戒に当たると言って屋敷の中に入る。」
「で?」
「誰か二人ほど夫人や用心棒の注意をそらしているうちに、残り二人が件の場所を探るってのはどうだ。」
「…誰がどの役だ?」
「そいつはこれから…。」
「決めるよ。」
ティンが握りこぶしを出した。マッチ棒が4本握られていた。
「長いのを引いた奴が本棚を…。」
「待った。お前、レオンと打ち合わせしてるだろ。キンに渡せ。」
「…。」
ティンは渋々マッチ棒をキンに渡した。
「それじゃ。」
残り三人は目をつぶり、マッチ棒を掴み、引いた。
「えーと…おっ。」
ユンが引いた方はそのままだったが、レオンとティンが引いた方は下三分の一くらいで折られていた。
「俺とキンが当たりか。で、問題の本棚っていうのは?」
「中に入ってすぐの部屋から左へ廊下がある。そこ進むと階段がある。その手前あたりだ。」
「分かった。」
門の前にアコードとシビックを止めた後、レオンが降りてブザーを押した。
「はい?」
「程です。先ほどはどうも。実はついさっき、強盗団がこの家を襲撃しようとしているとの情報が入りました。
ひとまず我々四人が事実確認と警戒に当たります。入れてください。」
「強盗団?こちらは警察に頼らなくとも警備は厳重です。お帰り下さい。」
「いや…あの…。」
その時、ユンが降りてきた。レオンの前に割り込む。
「その強盗団…いえ、本当は強盗団ではなく過激派集団です。」
過激派?キンは面食らった。
「その過激派集団は…ロケット砲で武装しています。RPG7というやつで。」
「っ…!」
キンやティンは吹き出しそうになった。
「ほら、ランボーの映画で見たあれですよ。最近、元ベトコンの集団が密輸した武器の中に含まれているとの情報が入りまして…警察としても放っておくわけにもいかないのです。あ、申し遅れました。私…政治部の周と言います。」
政治部は過激派や国際的な組織犯罪を専門に対処する部署だ。よほどのエリートでないと入れない。
「我々四人がこちらに赴いて事実確認をした後、飛虎隊…SDUも到着する予定です。」
SDU…特殊部隊まで来るだと?
馬鹿言ってしまって後に引けないからって、ここまで嘘連ねるか。キンは内心呆れていた。
「事態は一刻を争います。入れてください。」
「…。」
だめだこりゃ。そう思った…時、門が開いた。
「あれ?」
「どうぞ。」
さっきレオンたちが会った用心棒が手招きした。
「…行こう。」
四人は半信半疑で車に戻る。
先にレオンたちのシビックが敷地内に入っていく。ユンたちのアコードも後に続いた。
「…ユン。」
キンがひそひそ囁いてきた。
「警察辞めたら詐欺師になって荒稼ぎしてそう。」
「率直な意見どうも。」
屋敷内・リビング。
「韓彥英です。」
「政治部の周潤飛。こっちは相棒の陳永健。」
「さっそくですが…本当に武装した過激派が狙っていると?」
韓夫人はさすがにまだ疑っていた。
「はい。程チョン、説明を。」
レオンが話し始めた。
「実は先日、ベトナムの武器密売組織を秘密裏に摘発したところ、香港に潜伏している毛沢東主義系の過激派組織に、ロケット砲を含む多量の武器を売ったと自供しまして、その組織のアジトを強襲したところ、お宅の写真やこの屋敷の見取り図などが発見されまして…。」
自分の嘘っぱちをレオンが見事に補完してくれたのにユンは呆れてしまったが、すぐに言葉を繋げた。
「そういうわけで、この家が過激派の標的になっている可能性は充分に高いと我々政治部は判断し、そのためまずは我々四人が事実確認のため来たというわけです。」
真面目なようでどこかケロリとした態度で言ってのけた。
「まずはとりあえず…そうだな。程、丁、奥さんと二階をチェックしてくれ。我々は下の階をチェックします。」
「…分かりました…。」
夫人はレオンとティンを案内し、らせん階段を上がっていった。
ユンとキンはそれを見送ると、問題の場所に目を向けた。
「階段の手前…とここだな。」
中の上程度の大きさの本棚だった。辞書や何かの図鑑と思われる本が並んでいた。
周囲を見回したが、用心棒はいなかった。
「本当にここに隠し部屋が?」
キンが壁を拳でコンコンと叩いていく。
「…確かにこの辺だけちょっと違うな…」
「どれ…。」
ユンは両手で本棚の縁をつかみ、色々力を加え始めた。
「ど・・・どうだ。」
「ユン、時計まわりに回してみろ。」
「こうか?」
「そうだ。いいぞ。」
後ろの壁が本棚ごと回転して開き始めた…と。
カシャ!
「!ユン‼伏せろ!」
ドバーン!!!ドバーン!!!ドバーン!
本棚と並んでいた本がバラバラに散った。
「ユン!大丈夫か!」
「ああ。」
二人とも隠し部屋入口の両側に避けていた。
「どうするんだ?」
「…どうするったって…。」
ユン達が持っていたのは6連発のコルト・ディテクティブ・リボルバー。
それに対しさっきの銃撃は明らかにショットガンによるものだった。
ショットガンは幾つもの散弾を発射してばら撒く。至近距離で撃たれれば体は正にハチの巣となる。
さっきの銃撃で、本棚の一角は木っ端みじんになっている。明らかに至近距離からの発砲だった。
しかも発砲間隔からすると、自動式のようだ。
拳銃で立ち向かうには分が悪すぎる。相手を素早く確実に仕留めなければこちらが死ぬ。
「仆街…。」
その頃。
レオン、ティン、韓彥英は二階にいたが、銃声は三人にも聞こえた。
「?」
「何だ?」
ショットガンの銃声は二人も知っていた。
「一体…。」
「動かないで!」
「!」
夫人は突然、レオンを後ろから羽交い絞めにした。
いつの間にかその手には手には黒光りする物体-ミニUZIサブマシンガンが握られている。
「何をするんだ…。」
「うるさい!何が警察さ。本当は殺し屋だってのは分かってんだよ。」
「殺し屋だって?」
「そうさ。彪を殺ったのはあんたらだ。それを強盗に撃ち殺されたように見せかけて…。」
「ま、待ってくれ…何か誤解している。彼を離せ。」
「そ、そうだ…俺たちはただ…。」
「うるさい! 」
夫人が引き金を絞ろうとしたのが分かった。
「ヤバい…!」
ティンは吹き抜け部分から一階へ飛び降りた。
ダルルルルウルルルルル!!!!
「!」
ユンとキンの目の前にいきなりティンが転げ落ちてきた。
「ティン!どうした。」
「レオンを人質に…。」
「!あぶない!」
ダルルルルルル!!!チュンチュン!!
床に9mmパラべラム弾がめり込む。
それを避けようとする…が
「ティン、そこはダメ…。」
ティンは既に残骸と化した本棚の前を通った。
直後。
ドバーン!!!
「うわっ!!」
散弾は運よくティンの背広の端をかすめただけだったが、横の壁が穴だらけになった。
「一体どうなっているんだ?いきなり銃声が鳴ったと思ったら、あの女、いきなり発砲してきた。」
「どうやら俺たち…虎のしっぽを踏んだらしいな。よっぽどこの隠し部屋に入れたくなかったらしい。」
「いやこれとは別らしいぞ。」
「何?」
「俺たちを殺し屋だと言っていた。」
「何?」
「よく分からないが、韓は誰かに狙われていたらしい。それで殺されたんだとあの女が言っていた。」
「何だと…。」
ドバーン!
また隠し部屋からショットガンが放たれた。
「埒があかねぇ…キン…煙幕ないか?」
「持ってるわけないだろそんなの。」
「車に置いてある発煙筒か消火器でもいい。持ってこい。」
「分かっ…たと言いたいが。」
リビングの方に屋敷の用心棒が数人姿を見せた。手にはサブマシンガン‐MAC10が握られていた。
「この状況で車持ってくるのは、無理じゃないのか!?」
「切り開け!」
刑事三人は用心棒に向かってコルト・ディテクティブを撃った。三人とも射撃の腕は確かだ。
用心棒数人はあっという間に倒れた。その瞬間を狙ってキンは突進。傷ついた用心棒を尻目に突破した。
「無事に持ってこれると思うか?」
「さぁ…。」
その時、隠し部屋の中から何かが投げられてきた。
「!」
土埃色で、小さめのマンゴー程度のサイズの物体。F1手榴弾だった。
「走呀!(走れ!)」
ユンとティンは廊下を全力で駆け抜けた。
直後。
バーン!!!
キンは後ろで爆発音が鳴るのを聞いていたが、立ち止まる暇はなかった。
命からがら覆面車にたどり着いた。アコードに乗り込み、キーを回す。やはりすぐにはかからない。
その間、ガラスが次々に割れ、ボディにも穴が開き始めていたが、キンは必死だった。
4回目でようやくエンジンがかかった。レバーをバックに入れ、クラッチをつないでアクセルを踏んだ。
「いてて…。」
「ガウチョウア…。」
ダダダダダダ…!!!パリチュンチュンチュン!!!
今度はリビングのガラスや壁に穴が開いた。
割れた窓ごしに覗くと、用心棒たちがMAC10やUZIを持って接近していた。
ユンの姿を見るとまた撃ってきた。慌てて伏せてよける。
「本気だな…。」
「次はどうなると思う?」
「そうだな…おっと!」
さっきの隠し部屋の方からSPAS15ショットガンを持った男が出てきた。すかさず狙い撃つ。男が後ろへ吹っ飛び倒れると同時に、ショットガンが真上を向いて火を噴く。天井の破片が飛び散る。
「俺のカンじゃ…また手榴弾が来るかもな。」
「うれしくないね…おっ。」
二人と用心棒たちの間に、車‐ユンたちが乗ってきたアコードが割り込んできた。
「ありがたい。あとは…。」
ユンは落ちていたMAC10を拾った。
「何する気だ。ただでさえ張Sirから…。」
「もうなりふり言ってられるか!」
「…そうだな!」
ティンもMAC10を拾った。
「お前はここにいろ。後から来るやつがいたら撃て!」
「分かった。」
ユンは外に飛び出し、アコードの陰へ移動。そこから用心棒たちに向けて滅多撃った。
ダルルルルウルルルルウルルル!!!
用心棒たちは次々に倒された…が、やはり多勢に無勢だ。
「どうするんだ。」
キンが聞いてきた。
「発煙筒は?」
「ああ。」
ユンは受け取ると、アコードのドアを開け、リアシート下に積まれていた古い消火器を取り出した。
「よし…後は…。」
ユンはアコードのドアに貼られていたガムテープを引っぺがした。
「大丈夫。まだ使える…。」
ユンはガムテープで発煙筒を消火器の本体に巻きつけた。
「後は上手くいくかどうか…よし、家の中に引っ込むぞ。」
「え?ああ。」
「分かった。」
ユンがアコードのリアシートに消火器と発煙筒を置いた後、二人は家の中に戻った。
ユンはディテクティブを握り、割れた窓から様子を見る。
用心棒たちがアコードのそばまで迫ってきた。
ユンはアコードの車内に置いてきた消火器-正確には、それに巻き付けた発煙筒に狙いを定め、撃った。
バーン!
バァァァァン!!!ボォーン!!!
アコードから火の手が上がり、用心棒どもが吹っ飛んでいくのが見えた。
「よし…。」
「おい、何、公用車吹っ飛ばしてんだ。」
ティンが呆れる。
「どうせ廃車寸前だ。」
「全く…あ、おい。応援だぞ。」
確かにウォンウォンという音が聞こえてきた。誰かが銃撃戦に気づいて通報したらしい。
やがて、屋敷の中にランドローバーやT1ベンツバンなどの衝鋒車が次々と入ってきた。
用心棒たちは傷ついた者を置いて、屋敷の裏かどこかへ逃げていった。
「また、張Sirにどやされるぞ。」
「悪いのはユンだぞ。」
「分かってるよ…。」
その時。
「クソ共!」
三人が振り向くと、韓夫人がいた。用心棒を数人連れ、レオンにUZIを突きつけている。
「出去(失せな)。でないとこいつを撃つ!」
夫人はUZIをユンたちの足元に向け撃ち放った。
あわてて避ける。
「出てけ!」
「この八婆(クソババア)…。」
「ユン!ここは言うとおりにしよう。」
ティンが止めた。
「そうさ。その通りさ。」
韓夫人が嘲笑った。
「ついでに言うと人質はこいつだけじゃないんだよ。 阿繼!藍保!」
用心棒たちが誰かを連れてきた。
「あっ…。」
ユンたちは愕然とした。それは少女だった。まだ十歳にもなってなさそうな子供だったのだ。
それも一人だけではない。連れて来られたのは三人だった。皆下着一枚の姿で、腕や足に紫色の斑点があった。
「それじゃあ…やっぱりあの隠し部屋に…。」
「そうさ。あんたらが余計なおせっかい焼いて見つけようとするからさ。おかげで滅茶苦茶だ。
この二人の他にまだ三人ほどいる。さぁ下がりな!外の警官たちも撤退させな!用心棒たちも解放してもらうよ。でないと一人血祭りに上げてやるから!」
「…覚えてろ。」
ユンは悔しさを押さえ、二人と共に外へ出た。用心棒を拘束していた警官たちと合流する。
「灣仔CIDの丁だ。犯人たちは重武装だ。そいつらを解放して撤退しろ。」
「解放…ですか?」
中年の警官が困惑していた。
「そうだ。解放しろ。」
「…Yes,Sir.」
拘束されていた用心棒たちは手錠を外され、屋敷の方へ逃げて行った。
「本部に連絡して応援を要請してくれ。」
「Yes,sir.撤退。撤退。」
警官たちは衝鋒車に乗り込み、屋敷の外へ出て行った。
ユンは未だに屋敷の方を恨めしく見ていた。
「ユン。全員撤退する所を見せないと、レオンか、子供が一人殺される。」
「…分かったよ。仆街っ…。」
三人は門の外へ向かって走り出した…。
ダルルルr!チューン!!
後から銃声。背後で石粉が飛び散るのが分かった。三人は全速力でダッシュし、門をくぐった…。
ユンとキンが乗ったアコードは1号幹線を走っていた。
トンネルを出た先は、灣仔とはほぼ反対側の香港仔。
料金所で通行料を払った後、分岐を左へ進んで幹線から外れ、黃竹坑道に入った。
」
しばらくすると黃竹坑道から香島道に入った。右手に深水灣を臨みながらひた走る。
5分ほど走るとビーチが見えてきた。
「いつだったかのマオの水着姿よかったよな?」
キンが冷やかしてくる。
「さぁ…覚えていない。」
「嘘つけ。」
また分岐点に来た。左へ進み深水灣道に入る。
片側一車線しかない狭い道で、終始坂が続く。
坂を上がり始めてからすぐに、目当ての家-死んだ貴金属店の経営者・韓彪の自宅が見えてきた。門の前を通り過ぎる。
「警官なんかやってたら、いつまで経ってもこんな家は買えないだろうな。」
ユンがぼやくと
「お前の場合はどうあがいても買えないだろ。」
キンが憎まれ口で返してきた。
「やめてくれ虚しくなる。」
「そうかい。」
そんなことを言っているうちに、左側に申し分程度の退避場所が見えた。
そこに一台のホンダ・シビックが停車し、男が二人ほど窮屈そうに乗っていた。
隣にアコードを止める。
「やぁユン、キン。」
スーツ姿の、額のまわりが禿げた男が声をかけてきた。同じ署のCIDの同僚ティンだ。
もう一人はレオン。ハンドルに糸を巻き付けて結んでいた。
「生存者の女の子に会ってきたって?」
「ああ…成果はなかったけど…。それより、どうしたんだ?被害者の家に不審点を見つけたって聞いたが…?」
「それがな…。」
1時間弱ほど前。
「ホント大した家だ。」
「あぁ。俺らの給料何年分くらいかな。」
そんなことを言いながらレオンとティンは屋敷の前に立った。ティンがブザーを鳴らす。
「どなたです?」
インターフォンから女の声。
「警察の者です。亡くなった韓彪さんのことでお伺いしたいことが…。」
「…。」
門には覗き口が付いていた。そこが開き、冷たい顔の男が顔を出した。
「OCTB。」
「CID。」
IDカードを見せる。
覗き口が閉じられ、ようやく門が開いた。
「どうぞ。」
さっきの男-用心棒らしい、トランシーバーを持っていた-に案内される。
レオンとティンは周囲を見回す。
敷地は見たところ、5000平方フィートぐらいはあるだろうか。立派な邸宅だった。
山肌を背にした洋館の周囲やベランダには、トランシーバーを持ったスーツ姿の連中がいる。
皆目つきが悪く、懐に手を当てる癖があった。
「レオン、あいつら…。」
「今は騒ぎを起こさない方がいい。」
家の入口前に着いた。用心棒がドアを開ける。
五十代くらいの女性が出迎えた。細面で、狐のような目にツンとした鼻。身長は中の上くらい。
「韓彪の妻・韓彥英です。どうぞ。」
何の感情も感じられない調子の声だった。
「どうも。OCTBの程志良です。こっちは灣仔CIDの丁天龍。」
「どうも…。」
「…こちらへ。」
レオンとティンはリビングへ通された。
屋敷の中も立派なもので。庭に面したリビングはそのままパーティにでも使えそうだった。
ソファに座る。
「では改めて…亡くなった御主人のことで、幾つか尋ねたいことがありまして…例えば、人から恨みを買ったようなこととか…。」
「存じ上げません。」
そっけなく言われた。ろくに話もしていないのに。
「えーと…と例えばですね。」
ティンが食い下がろうとした。
「商売上で同業者なんかと…或いは何らかのトラブルになったとか…。」
「ですから、そういったことに関しては存じ上げません。主人は仕事の話は特にしませんでしたから。」
夫が亡くなったというのに、このそっけなさ。
「他にご主人と親しくされていた方がいらっしゃれば…。」
「主人は不必要な人づきあいは避けておりましたから。」
二人はその後三,四ほど夫人に質問したが、何を聞いても知らない、存じないの返事ばかり。
意味がなかった。
仕方なく、電話番号をメモって渡して退散することにした。
「では…何か思い出された事なんかがあれば…ご連絡を。」
「どうも。阿繼。お見送りし…あら?」
韓彥英はレオンの手をジッと見ていた。
「それは?」
「あ?これ?」
レオンは糸を巻き付けた指を見せた。
「お守りでして…。」
「…そうですか。」
韓彥英はまだ気にしているような様子だったが、
「お見送りして。」
さっきの用心棒に案内され、出口へ行こうとした時だった。
「ー…。」
「?」
レオンは立ち止った。
「?どうした?」
レオンは人差し指を口に当てた。
「え?」
レオンが指さしたのは、廊下に置かれている本棚だった。
「何か聞こえないか?」
「え…。」
本棚の近くで耳を澄ませる。
「ー……。」
「?」
ティンは試しに本棚を軽くコンコンとたたいた。
「‐…。」
「何をしているんです。」
いつの間にかそばに韓夫人が来ていた。何故だか警戒心むき出しの顔になっていた。
「いや…気のせいだったみたいです…お邪魔しました。」
レオンが適当に言いつくろい、二人は家を後にした。
「本棚の後ろに隠し部屋が?」
「あぁ、だがそれだけじゃない。俺とティンが聞いたのは…。」
レオンは言葉を切り、考える顔をしたが、すぐに続けた。
「誰かが助けを呼んでいたんだ。」
「確かなのか?」
「ああ、俺も自信ないが…。」
ティンが割り込んできた。
「かすかだが、確かに本棚の近くで『トゥーロン』って聞こえたんだ。」
「『トゥーロン』…。」
「タガログ語で『助けて』か。」
「良く聞こえなかったが、声からすると女のようだった。」
「するとつまり何か?その家の中に…。」
「隠し部屋があり、そこに誰か監禁されている。」
「フィリピン人か。となると…。」
「そいつを確かめたいわけだが…。」
レオンはまた言葉を切った。
「何せこの屋敷、下手に歯向かうとヤバそうなのがウヨウヨしててね…。」
「…皆持っているのか?」
「見たところな。」
「そういえば貴金属店で死んでいた鄧光亮。あいつ確か、元三合会の殺し屋だったよな。」
「奴は…韓彪に雇われていたよ。」
レオンはふーと息を吐いた。
「あの日欠勤して難を逃れた店員に確認を取った。鄧光亮は二か月前、韓に雇われたらしい。
よく韓のそばに付いていて、ボディーガードをやってたことは間違いなさそうだ。
鄧光亮だけじゃない。他にも黒社会出身の奴が韓と一緒にいるところを目撃した連中がいる。
どうやら黒社会から腕の立ちそうな奴を引き抜いてボディガードに雇っていたみたいだ。」
「それじゃぁ…韓彪を撃ったのは奴じゃないのか。」
「まぁ何か契約かなんかでトラブって殺した可能性もなくはないがな…そうそう。
実はあの時店で死んだ従業員五人と客の二人、計七人が黒社会と繋がりがあった。」
「え?客と店員の大半が?」
ただ単に武装強盗が市民を殺戮したと思いきや…意外な事実にユンとキンは目を丸くした。
「あぁ。俺も信じられなかったよ。」
「確か、被害者の中に中年女の客もいたよな?四十代くらいの…。」
「ああ。実はその女も、以前は三合会に雇われていた武芸者崩れだった。
まぁそんなわけで、あの場にいて無関係だったのは、例の包姉弟とおばあさんだけだったんだ。」
「まぁ、それだけ黒社会と繋がりが深いとなると…フィリピンルートの人身売買に関わったか、その客になったか。
十分あり得るってわけだ。」
「だけど、それが強盗事件と関係あるのか?」
キンが疑問げに聞く。
「関係ないかもしれないが、人買って屋敷内に監禁しているかもしれないのを放っておけるか?」
「…。」
「で、どうするんだ?」
「とりあえず、緊急の情報が入って、急遽俺らが警戒に当たると言って屋敷の中に入る。」
「で?」
「誰か二人ほど夫人や用心棒の注意をそらしているうちに、残り二人が件の場所を探るってのはどうだ。」
「…誰がどの役だ?」
「そいつはこれから…。」
「決めるよ。」
ティンが握りこぶしを出した。マッチ棒が4本握られていた。
「長いのを引いた奴が本棚を…。」
「待った。お前、レオンと打ち合わせしてるだろ。キンに渡せ。」
「…。」
ティンは渋々マッチ棒をキンに渡した。
「それじゃ。」
残り三人は目をつぶり、マッチ棒を掴み、引いた。
「えーと…おっ。」
ユンが引いた方はそのままだったが、レオンとティンが引いた方は下三分の一くらいで折られていた。
「俺とキンが当たりか。で、問題の本棚っていうのは?」
「中に入ってすぐの部屋から左へ廊下がある。そこ進むと階段がある。その手前あたりだ。」
「分かった。」
門の前にアコードとシビックを止めた後、レオンが降りてブザーを押した。
「はい?」
「程です。先ほどはどうも。実はついさっき、強盗団がこの家を襲撃しようとしているとの情報が入りました。
ひとまず我々四人が事実確認と警戒に当たります。入れてください。」
「強盗団?こちらは警察に頼らなくとも警備は厳重です。お帰り下さい。」
「いや…あの…。」
その時、ユンが降りてきた。レオンの前に割り込む。
「その強盗団…いえ、本当は強盗団ではなく過激派集団です。」
過激派?キンは面食らった。
「その過激派集団は…ロケット砲で武装しています。RPG7というやつで。」
「っ…!」
キンやティンは吹き出しそうになった。
「ほら、ランボーの映画で見たあれですよ。最近、元ベトコンの集団が密輸した武器の中に含まれているとの情報が入りまして…警察としても放っておくわけにもいかないのです。あ、申し遅れました。私…政治部の周と言います。」
政治部は過激派や国際的な組織犯罪を専門に対処する部署だ。よほどのエリートでないと入れない。
「我々四人がこちらに赴いて事実確認をした後、飛虎隊…SDUも到着する予定です。」
SDU…特殊部隊まで来るだと?
馬鹿言ってしまって後に引けないからって、ここまで嘘連ねるか。キンは内心呆れていた。
「事態は一刻を争います。入れてください。」
「…。」
だめだこりゃ。そう思った…時、門が開いた。
「あれ?」
「どうぞ。」
さっきレオンたちが会った用心棒が手招きした。
「…行こう。」
四人は半信半疑で車に戻る。
先にレオンたちのシビックが敷地内に入っていく。ユンたちのアコードも後に続いた。
「…ユン。」
キンがひそひそ囁いてきた。
「警察辞めたら詐欺師になって荒稼ぎしてそう。」
「率直な意見どうも。」
屋敷内・リビング。
「韓彥英です。」
「政治部の周潤飛。こっちは相棒の陳永健。」
「さっそくですが…本当に武装した過激派が狙っていると?」
韓夫人はさすがにまだ疑っていた。
「はい。程チョン、説明を。」
レオンが話し始めた。
「実は先日、ベトナムの武器密売組織を秘密裏に摘発したところ、香港に潜伏している毛沢東主義系の過激派組織に、ロケット砲を含む多量の武器を売ったと自供しまして、その組織のアジトを強襲したところ、お宅の写真やこの屋敷の見取り図などが発見されまして…。」
自分の嘘っぱちをレオンが見事に補完してくれたのにユンは呆れてしまったが、すぐに言葉を繋げた。
「そういうわけで、この家が過激派の標的になっている可能性は充分に高いと我々政治部は判断し、そのためまずは我々四人が事実確認のため来たというわけです。」
真面目なようでどこかケロリとした態度で言ってのけた。
「まずはとりあえず…そうだな。程、丁、奥さんと二階をチェックしてくれ。我々は下の階をチェックします。」
「…分かりました…。」
夫人はレオンとティンを案内し、らせん階段を上がっていった。
ユンとキンはそれを見送ると、問題の場所に目を向けた。
「階段の手前…とここだな。」
中の上程度の大きさの本棚だった。辞書や何かの図鑑と思われる本が並んでいた。
周囲を見回したが、用心棒はいなかった。
「本当にここに隠し部屋が?」
キンが壁を拳でコンコンと叩いていく。
「…確かにこの辺だけちょっと違うな…」
「どれ…。」
ユンは両手で本棚の縁をつかみ、色々力を加え始めた。
「ど・・・どうだ。」
「ユン、時計まわりに回してみろ。」
「こうか?」
「そうだ。いいぞ。」
後ろの壁が本棚ごと回転して開き始めた…と。
カシャ!
「!ユン‼伏せろ!」
ドバーン!!!ドバーン!!!ドバーン!
本棚と並んでいた本がバラバラに散った。
「ユン!大丈夫か!」
「ああ。」
二人とも隠し部屋入口の両側に避けていた。
「どうするんだ?」
「…どうするったって…。」
ユン達が持っていたのは6連発のコルト・ディテクティブ・リボルバー。
それに対しさっきの銃撃は明らかにショットガンによるものだった。
ショットガンは幾つもの散弾を発射してばら撒く。至近距離で撃たれれば体は正にハチの巣となる。
さっきの銃撃で、本棚の一角は木っ端みじんになっている。明らかに至近距離からの発砲だった。
しかも発砲間隔からすると、自動式のようだ。
拳銃で立ち向かうには分が悪すぎる。相手を素早く確実に仕留めなければこちらが死ぬ。
「仆街…。」
その頃。
レオン、ティン、韓彥英は二階にいたが、銃声は三人にも聞こえた。
「?」
「何だ?」
ショットガンの銃声は二人も知っていた。
「一体…。」
「動かないで!」
「!」
夫人は突然、レオンを後ろから羽交い絞めにした。
いつの間にかその手には手には黒光りする物体-ミニUZIサブマシンガンが握られている。
「何をするんだ…。」
「うるさい!何が警察さ。本当は殺し屋だってのは分かってんだよ。」
「殺し屋だって?」
「そうさ。彪を殺ったのはあんたらだ。それを強盗に撃ち殺されたように見せかけて…。」
「ま、待ってくれ…何か誤解している。彼を離せ。」
「そ、そうだ…俺たちはただ…。」
「うるさい! 」
夫人が引き金を絞ろうとしたのが分かった。
「ヤバい…!」
ティンは吹き抜け部分から一階へ飛び降りた。
ダルルルルウルルルルル!!!!
「!」
ユンとキンの目の前にいきなりティンが転げ落ちてきた。
「ティン!どうした。」
「レオンを人質に…。」
「!あぶない!」
ダルルルルルル!!!チュンチュン!!
床に9mmパラべラム弾がめり込む。
それを避けようとする…が
「ティン、そこはダメ…。」
ティンは既に残骸と化した本棚の前を通った。
直後。
ドバーン!!!
「うわっ!!」
散弾は運よくティンの背広の端をかすめただけだったが、横の壁が穴だらけになった。
「一体どうなっているんだ?いきなり銃声が鳴ったと思ったら、あの女、いきなり発砲してきた。」
「どうやら俺たち…虎のしっぽを踏んだらしいな。よっぽどこの隠し部屋に入れたくなかったらしい。」
「いやこれとは別らしいぞ。」
「何?」
「俺たちを殺し屋だと言っていた。」
「何?」
「よく分からないが、韓は誰かに狙われていたらしい。それで殺されたんだとあの女が言っていた。」
「何だと…。」
ドバーン!
また隠し部屋からショットガンが放たれた。
「埒があかねぇ…キン…煙幕ないか?」
「持ってるわけないだろそんなの。」
「車に置いてある発煙筒か消火器でもいい。持ってこい。」
「分かっ…たと言いたいが。」
リビングの方に屋敷の用心棒が数人姿を見せた。手にはサブマシンガン‐MAC10が握られていた。
「この状況で車持ってくるのは、無理じゃないのか!?」
「切り開け!」
刑事三人は用心棒に向かってコルト・ディテクティブを撃った。三人とも射撃の腕は確かだ。
用心棒数人はあっという間に倒れた。その瞬間を狙ってキンは突進。傷ついた用心棒を尻目に突破した。
「無事に持ってこれると思うか?」
「さぁ…。」
その時、隠し部屋の中から何かが投げられてきた。
「!」
土埃色で、小さめのマンゴー程度のサイズの物体。F1手榴弾だった。
「走呀!(走れ!)」
ユンとティンは廊下を全力で駆け抜けた。
直後。
バーン!!!
キンは後ろで爆発音が鳴るのを聞いていたが、立ち止まる暇はなかった。
命からがら覆面車にたどり着いた。アコードに乗り込み、キーを回す。やはりすぐにはかからない。
その間、ガラスが次々に割れ、ボディにも穴が開き始めていたが、キンは必死だった。
4回目でようやくエンジンがかかった。レバーをバックに入れ、クラッチをつないでアクセルを踏んだ。
「いてて…。」
「ガウチョウア…。」
ダダダダダダ…!!!パリチュンチュンチュン!!!
今度はリビングのガラスや壁に穴が開いた。
割れた窓ごしに覗くと、用心棒たちがMAC10やUZIを持って接近していた。
ユンの姿を見るとまた撃ってきた。慌てて伏せてよける。
「本気だな…。」
「次はどうなると思う?」
「そうだな…おっと!」
さっきの隠し部屋の方からSPAS15ショットガンを持った男が出てきた。すかさず狙い撃つ。男が後ろへ吹っ飛び倒れると同時に、ショットガンが真上を向いて火を噴く。天井の破片が飛び散る。
「俺のカンじゃ…また手榴弾が来るかもな。」
「うれしくないね…おっ。」
二人と用心棒たちの間に、車‐ユンたちが乗ってきたアコードが割り込んできた。
「ありがたい。あとは…。」
ユンは落ちていたMAC10を拾った。
「何する気だ。ただでさえ張Sirから…。」
「もうなりふり言ってられるか!」
「…そうだな!」
ティンもMAC10を拾った。
「お前はここにいろ。後から来るやつがいたら撃て!」
「分かった。」
ユンは外に飛び出し、アコードの陰へ移動。そこから用心棒たちに向けて滅多撃った。
ダルルルルウルルルルウルルル!!!
用心棒たちは次々に倒された…が、やはり多勢に無勢だ。
「どうするんだ。」
キンが聞いてきた。
「発煙筒は?」
「ああ。」
ユンは受け取ると、アコードのドアを開け、リアシート下に積まれていた古い消火器を取り出した。
「よし…後は…。」
ユンはアコードのドアに貼られていたガムテープを引っぺがした。
「大丈夫。まだ使える…。」
ユンはガムテープで発煙筒を消火器の本体に巻きつけた。
「後は上手くいくかどうか…よし、家の中に引っ込むぞ。」
「え?ああ。」
「分かった。」
ユンがアコードのリアシートに消火器と発煙筒を置いた後、二人は家の中に戻った。
ユンはディテクティブを握り、割れた窓から様子を見る。
用心棒たちがアコードのそばまで迫ってきた。
ユンはアコードの車内に置いてきた消火器-正確には、それに巻き付けた発煙筒に狙いを定め、撃った。
バーン!
バァァァァン!!!ボォーン!!!
アコードから火の手が上がり、用心棒どもが吹っ飛んでいくのが見えた。
「よし…。」
「おい、何、公用車吹っ飛ばしてんだ。」
ティンが呆れる。
「どうせ廃車寸前だ。」
「全く…あ、おい。応援だぞ。」
確かにウォンウォンという音が聞こえてきた。誰かが銃撃戦に気づいて通報したらしい。
やがて、屋敷の中にランドローバーやT1ベンツバンなどの衝鋒車が次々と入ってきた。
用心棒たちは傷ついた者を置いて、屋敷の裏かどこかへ逃げていった。
「また、張Sirにどやされるぞ。」
「悪いのはユンだぞ。」
「分かってるよ…。」
その時。
「クソ共!」
三人が振り向くと、韓夫人がいた。用心棒を数人連れ、レオンにUZIを突きつけている。
「出去(失せな)。でないとこいつを撃つ!」
夫人はUZIをユンたちの足元に向け撃ち放った。
あわてて避ける。
「出てけ!」
「この八婆(クソババア)…。」
「ユン!ここは言うとおりにしよう。」
ティンが止めた。
「そうさ。その通りさ。」
韓夫人が嘲笑った。
「ついでに言うと人質はこいつだけじゃないんだよ。 阿繼!藍保!」
用心棒たちが誰かを連れてきた。
「あっ…。」
ユンたちは愕然とした。それは少女だった。まだ十歳にもなってなさそうな子供だったのだ。
それも一人だけではない。連れて来られたのは三人だった。皆下着一枚の姿で、腕や足に紫色の斑点があった。
「それじゃあ…やっぱりあの隠し部屋に…。」
「そうさ。あんたらが余計なおせっかい焼いて見つけようとするからさ。おかげで滅茶苦茶だ。
この二人の他にまだ三人ほどいる。さぁ下がりな!外の警官たちも撤退させな!用心棒たちも解放してもらうよ。でないと一人血祭りに上げてやるから!」
「…覚えてろ。」
ユンは悔しさを押さえ、二人と共に外へ出た。用心棒を拘束していた警官たちと合流する。
「灣仔CIDの丁だ。犯人たちは重武装だ。そいつらを解放して撤退しろ。」
「解放…ですか?」
中年の警官が困惑していた。
「そうだ。解放しろ。」
「…Yes,Sir.」
拘束されていた用心棒たちは手錠を外され、屋敷の方へ逃げて行った。
「本部に連絡して応援を要請してくれ。」
「Yes,sir.撤退。撤退。」
警官たちは衝鋒車に乗り込み、屋敷の外へ出て行った。
ユンは未だに屋敷の方を恨めしく見ていた。
「ユン。全員撤退する所を見せないと、レオンか、子供が一人殺される。」
「…分かったよ。仆街っ…。」
三人は門の外へ向かって走り出した…。
ダルルルr!チューン!!
後から銃声。背後で石粉が飛び散るのが分かった。三人は全速力でダッシュし、門をくぐった…。
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