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第1章:村編
第2話『家系図スキルの芽生え ― 小さな青の光』
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五年が過ぎた。
俺はアーテル村で暮らす、五歳の子どもになっていた。今日は誕生日だった。特別なごちそうが出るわけじゃないけれど、朝から胸がそわそわしている。
家の戸を開けると、ひんやりした空気が頬をなでた。村の真ん中の方からは、井戸のあたりで笑う声や、狩人の兄ちゃんたちの掛け声が聞こえてくる。それだけで、胸の奥が少しあたたかくなった。
ひとつだけ――この村のみんなと、俺が違うところがある。
人を見ると、その人の“未来の色”がなんとなく見えるのだ。
長老は深い青緑で、静かな森みたいにゆっくり揺れている。
狩人たちは、焚き火の火花みたいな赤で、ぱちぱちと落ち着きなく跳ねている。
なぜ見えるのかは分からない。誰にも言っていない。
「色が見える」なんて言ったら、きっと変な顔をされる。だから五年間、これはずっと俺だけの秘密だった。
今日は、その秘密を抱えたまま、いつもより少しだけ早く家を出た。
誕生日の朝は、なんとなく川に行きたくなった。
村の外れへ向かう土の道を歩く。夜露がまだ乾ききっていないのか、土はしっとりしていて、足の裏に冷たさが伝わってくる。
家々のあいだを抜けると、すぐに斜面になった。そこをゆっくり降りていくと、水の音が少しずつ大きくなる。
川は、朝の空を映して静かに流れていた。
表面は一見つるりとしているのに、目をこらすと細かい波がたくさん寄せては返し、そのたびに光の線が走る。石と石のあいだをすり抜ける水音は、耳の奥をくすぐるようで、聞いていると胸の中のもやもやが少しほどけていく気がした。
俺は川辺にしゃがみこみ、小さな石を拾っては指で転がした。
誰もいない川のほとりは、世界の中でここだけが自分の場所だって思える。そんな気がして、少し誇らしかった。
「ユウ!」
背中に明るい声が飛んできた。
振り向くと、隣の家のリナが駆けてくるところだった。薄い青色の髪が、朝の光をすべらせるみたいに揺れている。両腕には、小さな木の器をぎゅっと抱えていた。
「どうしたの、その器」
立ち上がりながら聞くと、リナは肩で息をしながら器を差し出してきた。
「この子……川に落ちそうだったの!」
器を覗き込むと、小さな小鳥がうずくまっていた。細い体をふるふる震わせて、濡れた羽がぺたんと張りついている。黒くて丸い目が、こわごわとこちらを見上げていた。
「石のあいだから、ばたばたしてて……。流されそうで……!」
リナの声は、小さいけれど必死だった。
「おばあちゃんがね、冷たいお水で少し落ち着くんだって言ってたから……上の方まで行って、お水をくんできたの」
器の水は、たしかに川の上流から汲んだばかりなのか、透明で冷たそうに光っていた。リナは指先でそっと水をすくい、小鳥の羽に少しだけ落としてやる。その動きは五歳とは思えないくらい、ゆっくりで、優しかった。
裾は膝のあたりまで濡れている。朝の風が当たれば冷たいはずなのに、リナはまったく気にしていない。
「リナ、一人でここまで連れてきたの?」
「……うん」
リナは少し、唇を噛んだ。
「前にもね、似た子がいたの。あのときは、間に合わなくて……。手を伸ばしたけど、流れちゃって」
小さな声だったけれど、その中にある悔しさと悲しさは、はっきり伝わってきた。
「だからね、今日は、ちゃんと助けたかったの」
胸の奥がぎゅっと鳴った。
さっきまで川を眺めてぼんやりしていた自分が、急に小さく思えた。
「巣、近くにあるの?」
「うん。この辺りの木の下にあったの。さっき見つけたの」
リナはそう言って、斜面の少し上を指さした。
「じゃあ、戻してあげよう。ひとりだと危ないよ」
「ユウも一緒に来てくれる?」
「もちろん」
俺が答えると、リナはほっとしたように笑った。その笑顔に、周りの空気の色が少し明るくなった気がした。
ふたりで、草むらの中へ入っていく。
足元の草が、ざわざわと音を立てる。朝露で濡れた葉が足首に触れて、ひやりとした感触を残していく。
リナの周りには、いつものように薄い水色の光が漂っていた。
水面みたいに穏やかで、見ていると胸の中が少し静かになる。
「ここ……」
リナが立ち止まった。
草をかき分けると、小さな木の根元に、草と枝でできた丸い巣が見えた。
リナは膝をつき、器をそっと傾ける。
「ゆっくりね……」
俺も思わず小声になる。
小鳥は、器のふちに小さなくちばしをかけて、よろりと動いた。濡れた羽を小さく震わせながら、巣の中へと体を滑り込ませる。
「……入った」
リナは大きく息を吐いた。肩の力が抜けたみたいに、その場にぺたんと座り込む。
「よかった……今日は、ちゃんと助けられた」
リナの声には、さっきまでとは違う、ほっとした色が混じっていた。
そのときだった。
どくん、と胸の奥で何かが大きく跳ねた。
世界の輪郭が、一瞬だけ揺れたように感じる。
視界の端に、淡い青い光がぽつりと灯った。
(……え?)
瞬きをしても、その光は消えなかった。
小さな光の粒が、リナの周りをふわりと舞っている。
水のしずくみたいにきらきらして、触れたらすぐに消えてしまいそうなのに、それでも確かにそこに“在る”と分かる。
胸のあたりが、じんわりと熱くなった。
言葉じゃない“何か”が、心の中に流れ込んでくる。
――水に寄り添う子。
――誰かを癒す、小さな光の未来。
それは文字でも、絵でもなかった。
ただ、そう“分かってしまう”形になって、胸の奥に刻み込まれていく感覚だけがあった。
(これ……)
家系図スキルだ、と直感した。
前に、一度だけ見た。
自分の家系に、遠い未来の“赤いにじみ”が広がっていく光景。
あのときと同じ、けれど今目の前にあるのは、真っ赤な滅びじゃなくて、やわらかな青い光だった。
「ユウ? どうしたの?」
リナが不安そうに首をかしげる。
「……なんでもないよ」
俺は慌てて笑った。
胸の中では、まだ青い光の余韻が揺れている。
リナはそれ以上追及せず、巣の中の小鳥を覗き込んだ。
「ねぇ、また飛べるようになるかな」
「なるよ。リナが助けたんだし」
そう言うと、リナは少し驚いたように目を丸くしてから、ふわっと笑った。
「……ユウも、助けてくれたよ」
「え?」
「ひとりだったら、こわかったもん。ありがとう」
その言葉は、小鳥の羽みたいにそっと胸の上に落ちてきて、しばらくそこから動かなかった。
川辺へ戻るころには、空の色は少し明るくなっていた。
さっきまで冷たかった風も、どこかやわらかくなった気がする。
ふたりで斜面を登り、村の方へ戻る。
「ねぇユウ」
「なに?」
「わたしね、前に助けられなかった子のこと、ずっと覚えてたの」
リナは器を抱えたまま、少し前を向いて話し続けた。
「夢にも出てきてね、『ごめんね』って心の中で何回も言ってたの。でも、どうしても消えなくて……」
そこで言葉を切り、リナは小さく息を吸った。
「今日は、ちゃんと追いつけた。だから、ちょっとだけ、前より進めた気がする」
その横顔は、いつもより少し大人びて見えた。
「リナは、やっぱりすごいよ」
「え?」
「だって、『助けたい』って思って、ほんとに助けたから」
自分でも少しくすぐったいことを言っている自覚はあった。
でも、それが今の気持ちに一番近い言葉だった。
リナはきょとんとしたあと、顔を赤くして笑った。
「ユウだって、そうだよ。さっきだって、すぐに一緒に来てくれた」
「……気づいたら、動いてただけだよ」
「そういうのが、一番すごいんだよ」
リナはそう言って、まっすぐ俺を見た。
その目は、水たまりに映る空みたいに澄んでいた。
胸の奥が、また少し熱くなった。
村の中央にある小さな広場まで戻ると、古い石の祠が見えた。
苔むした石が積まれた、小さな祠。子どもたちはあまり近づきたがらない場所だ。
その前に、村長が立っていた。
いつもは穏やかな顔の村長が、今日は祠の奥の暗がりをじっと見つめている。眉がかすかに寄っていて、口もとがきゅっと結ばれていた。
「村長さん?」
思わず声をかけると、村長は小さく肩を震わせて振り向いた。
「……ユウか。それにリナも」
俺たちを見る目の色も、どこか硬い。
「川か?」
「うん。小鳥を助けてて……」
リナが器を抱え直しながら答えると、村長は俺たちの濡れた裾と泥のついた足元を見て、小さく息を呑んだ。
「気をつけなさい。川は、急に顔を変えるときがある」
「はい……」
俺とリナが同時にうなずくと、村長はふたたび祠の方へ視線を戻した。
祠の前を通り過ぎるとき、冷たい風がひと筋だけ吹き抜けた。
吊るされた古いお札が、かすかに揺れる。
その揺れに合わせるように、祠の奥で何かが小さく脈打ったように見えた。
(……気のせい、だよな)
首を振って歩き出す。
「ねぇユウ」
隣でリナが、不安そうに祠を見上げる。
「村長さん、なんか……怖い顔してたね」
「うん。いつもと違った」
胸の奥で、さっき感じた青い光とは別の、重たい何かがゆっくり沈んでいくのを感じた。
でもリナが「またあとでね」と笑って手を振ると、その重さは少しだけ軽くなった。
「うん、また明日!」
リナと別れ、家への道をひとりで歩く。
さっきまで賑やかだった村の音が、少しずつ遠くなっていく。
代わりに、自分の足音と心臓の鼓動だけが、妙にはっきりと聞こえる。
(さっきの光……やっぱり、家系図スキルだ)
自分の家系の“枝”だけじゃなくて、他の誰かの未来にも触れられる。
今日、リナに起きたあの光景は、その証拠だ。
――水に寄り添う子。
――誰かを癒す、小さな光の未来。
あの青い光は、リナの周りだけじゃなくて、俺の胸の中にも灯っている気がした。
(俺は、この力で……何ができるんだろう)
家の戸を開けると、焼きたてのパンの匂いが迎えてくれた。
母さんが「おかえり」と笑う。いつもの声。いつもの家。
だけど、世界はほんの少しだけ違って見えた。
夜になり、布団に入って目を閉じる。
まぶたの裏に、リナの周りを舞っていた青い光が浮かんだ。
小鳥の小さな体。震える羽。
「今日は、ちゃんと助けられた」と言ったリナの声。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(未来の形が……少し変わった気がする)
なにがどう変わったのかは分からない。
でも、確かにどこかが動きだしている。
――この小さな光は、どこへ続いていくのだろう。
答えは、まだ知らない。
ただ、その光だけは、たしかに俺たちの未来へつながっていると感じていた。
俺はアーテル村で暮らす、五歳の子どもになっていた。今日は誕生日だった。特別なごちそうが出るわけじゃないけれど、朝から胸がそわそわしている。
家の戸を開けると、ひんやりした空気が頬をなでた。村の真ん中の方からは、井戸のあたりで笑う声や、狩人の兄ちゃんたちの掛け声が聞こえてくる。それだけで、胸の奥が少しあたたかくなった。
ひとつだけ――この村のみんなと、俺が違うところがある。
人を見ると、その人の“未来の色”がなんとなく見えるのだ。
長老は深い青緑で、静かな森みたいにゆっくり揺れている。
狩人たちは、焚き火の火花みたいな赤で、ぱちぱちと落ち着きなく跳ねている。
なぜ見えるのかは分からない。誰にも言っていない。
「色が見える」なんて言ったら、きっと変な顔をされる。だから五年間、これはずっと俺だけの秘密だった。
今日は、その秘密を抱えたまま、いつもより少しだけ早く家を出た。
誕生日の朝は、なんとなく川に行きたくなった。
村の外れへ向かう土の道を歩く。夜露がまだ乾ききっていないのか、土はしっとりしていて、足の裏に冷たさが伝わってくる。
家々のあいだを抜けると、すぐに斜面になった。そこをゆっくり降りていくと、水の音が少しずつ大きくなる。
川は、朝の空を映して静かに流れていた。
表面は一見つるりとしているのに、目をこらすと細かい波がたくさん寄せては返し、そのたびに光の線が走る。石と石のあいだをすり抜ける水音は、耳の奥をくすぐるようで、聞いていると胸の中のもやもやが少しほどけていく気がした。
俺は川辺にしゃがみこみ、小さな石を拾っては指で転がした。
誰もいない川のほとりは、世界の中でここだけが自分の場所だって思える。そんな気がして、少し誇らしかった。
「ユウ!」
背中に明るい声が飛んできた。
振り向くと、隣の家のリナが駆けてくるところだった。薄い青色の髪が、朝の光をすべらせるみたいに揺れている。両腕には、小さな木の器をぎゅっと抱えていた。
「どうしたの、その器」
立ち上がりながら聞くと、リナは肩で息をしながら器を差し出してきた。
「この子……川に落ちそうだったの!」
器を覗き込むと、小さな小鳥がうずくまっていた。細い体をふるふる震わせて、濡れた羽がぺたんと張りついている。黒くて丸い目が、こわごわとこちらを見上げていた。
「石のあいだから、ばたばたしてて……。流されそうで……!」
リナの声は、小さいけれど必死だった。
「おばあちゃんがね、冷たいお水で少し落ち着くんだって言ってたから……上の方まで行って、お水をくんできたの」
器の水は、たしかに川の上流から汲んだばかりなのか、透明で冷たそうに光っていた。リナは指先でそっと水をすくい、小鳥の羽に少しだけ落としてやる。その動きは五歳とは思えないくらい、ゆっくりで、優しかった。
裾は膝のあたりまで濡れている。朝の風が当たれば冷たいはずなのに、リナはまったく気にしていない。
「リナ、一人でここまで連れてきたの?」
「……うん」
リナは少し、唇を噛んだ。
「前にもね、似た子がいたの。あのときは、間に合わなくて……。手を伸ばしたけど、流れちゃって」
小さな声だったけれど、その中にある悔しさと悲しさは、はっきり伝わってきた。
「だからね、今日は、ちゃんと助けたかったの」
胸の奥がぎゅっと鳴った。
さっきまで川を眺めてぼんやりしていた自分が、急に小さく思えた。
「巣、近くにあるの?」
「うん。この辺りの木の下にあったの。さっき見つけたの」
リナはそう言って、斜面の少し上を指さした。
「じゃあ、戻してあげよう。ひとりだと危ないよ」
「ユウも一緒に来てくれる?」
「もちろん」
俺が答えると、リナはほっとしたように笑った。その笑顔に、周りの空気の色が少し明るくなった気がした。
ふたりで、草むらの中へ入っていく。
足元の草が、ざわざわと音を立てる。朝露で濡れた葉が足首に触れて、ひやりとした感触を残していく。
リナの周りには、いつものように薄い水色の光が漂っていた。
水面みたいに穏やかで、見ていると胸の中が少し静かになる。
「ここ……」
リナが立ち止まった。
草をかき分けると、小さな木の根元に、草と枝でできた丸い巣が見えた。
リナは膝をつき、器をそっと傾ける。
「ゆっくりね……」
俺も思わず小声になる。
小鳥は、器のふちに小さなくちばしをかけて、よろりと動いた。濡れた羽を小さく震わせながら、巣の中へと体を滑り込ませる。
「……入った」
リナは大きく息を吐いた。肩の力が抜けたみたいに、その場にぺたんと座り込む。
「よかった……今日は、ちゃんと助けられた」
リナの声には、さっきまでとは違う、ほっとした色が混じっていた。
そのときだった。
どくん、と胸の奥で何かが大きく跳ねた。
世界の輪郭が、一瞬だけ揺れたように感じる。
視界の端に、淡い青い光がぽつりと灯った。
(……え?)
瞬きをしても、その光は消えなかった。
小さな光の粒が、リナの周りをふわりと舞っている。
水のしずくみたいにきらきらして、触れたらすぐに消えてしまいそうなのに、それでも確かにそこに“在る”と分かる。
胸のあたりが、じんわりと熱くなった。
言葉じゃない“何か”が、心の中に流れ込んでくる。
――水に寄り添う子。
――誰かを癒す、小さな光の未来。
それは文字でも、絵でもなかった。
ただ、そう“分かってしまう”形になって、胸の奥に刻み込まれていく感覚だけがあった。
(これ……)
家系図スキルだ、と直感した。
前に、一度だけ見た。
自分の家系に、遠い未来の“赤いにじみ”が広がっていく光景。
あのときと同じ、けれど今目の前にあるのは、真っ赤な滅びじゃなくて、やわらかな青い光だった。
「ユウ? どうしたの?」
リナが不安そうに首をかしげる。
「……なんでもないよ」
俺は慌てて笑った。
胸の中では、まだ青い光の余韻が揺れている。
リナはそれ以上追及せず、巣の中の小鳥を覗き込んだ。
「ねぇ、また飛べるようになるかな」
「なるよ。リナが助けたんだし」
そう言うと、リナは少し驚いたように目を丸くしてから、ふわっと笑った。
「……ユウも、助けてくれたよ」
「え?」
「ひとりだったら、こわかったもん。ありがとう」
その言葉は、小鳥の羽みたいにそっと胸の上に落ちてきて、しばらくそこから動かなかった。
川辺へ戻るころには、空の色は少し明るくなっていた。
さっきまで冷たかった風も、どこかやわらかくなった気がする。
ふたりで斜面を登り、村の方へ戻る。
「ねぇユウ」
「なに?」
「わたしね、前に助けられなかった子のこと、ずっと覚えてたの」
リナは器を抱えたまま、少し前を向いて話し続けた。
「夢にも出てきてね、『ごめんね』って心の中で何回も言ってたの。でも、どうしても消えなくて……」
そこで言葉を切り、リナは小さく息を吸った。
「今日は、ちゃんと追いつけた。だから、ちょっとだけ、前より進めた気がする」
その横顔は、いつもより少し大人びて見えた。
「リナは、やっぱりすごいよ」
「え?」
「だって、『助けたい』って思って、ほんとに助けたから」
自分でも少しくすぐったいことを言っている自覚はあった。
でも、それが今の気持ちに一番近い言葉だった。
リナはきょとんとしたあと、顔を赤くして笑った。
「ユウだって、そうだよ。さっきだって、すぐに一緒に来てくれた」
「……気づいたら、動いてただけだよ」
「そういうのが、一番すごいんだよ」
リナはそう言って、まっすぐ俺を見た。
その目は、水たまりに映る空みたいに澄んでいた。
胸の奥が、また少し熱くなった。
村の中央にある小さな広場まで戻ると、古い石の祠が見えた。
苔むした石が積まれた、小さな祠。子どもたちはあまり近づきたがらない場所だ。
その前に、村長が立っていた。
いつもは穏やかな顔の村長が、今日は祠の奥の暗がりをじっと見つめている。眉がかすかに寄っていて、口もとがきゅっと結ばれていた。
「村長さん?」
思わず声をかけると、村長は小さく肩を震わせて振り向いた。
「……ユウか。それにリナも」
俺たちを見る目の色も、どこか硬い。
「川か?」
「うん。小鳥を助けてて……」
リナが器を抱え直しながら答えると、村長は俺たちの濡れた裾と泥のついた足元を見て、小さく息を呑んだ。
「気をつけなさい。川は、急に顔を変えるときがある」
「はい……」
俺とリナが同時にうなずくと、村長はふたたび祠の方へ視線を戻した。
祠の前を通り過ぎるとき、冷たい風がひと筋だけ吹き抜けた。
吊るされた古いお札が、かすかに揺れる。
その揺れに合わせるように、祠の奥で何かが小さく脈打ったように見えた。
(……気のせい、だよな)
首を振って歩き出す。
「ねぇユウ」
隣でリナが、不安そうに祠を見上げる。
「村長さん、なんか……怖い顔してたね」
「うん。いつもと違った」
胸の奥で、さっき感じた青い光とは別の、重たい何かがゆっくり沈んでいくのを感じた。
でもリナが「またあとでね」と笑って手を振ると、その重さは少しだけ軽くなった。
「うん、また明日!」
リナと別れ、家への道をひとりで歩く。
さっきまで賑やかだった村の音が、少しずつ遠くなっていく。
代わりに、自分の足音と心臓の鼓動だけが、妙にはっきりと聞こえる。
(さっきの光……やっぱり、家系図スキルだ)
自分の家系の“枝”だけじゃなくて、他の誰かの未来にも触れられる。
今日、リナに起きたあの光景は、その証拠だ。
――水に寄り添う子。
――誰かを癒す、小さな光の未来。
あの青い光は、リナの周りだけじゃなくて、俺の胸の中にも灯っている気がした。
(俺は、この力で……何ができるんだろう)
家の戸を開けると、焼きたてのパンの匂いが迎えてくれた。
母さんが「おかえり」と笑う。いつもの声。いつもの家。
だけど、世界はほんの少しだけ違って見えた。
夜になり、布団に入って目を閉じる。
まぶたの裏に、リナの周りを舞っていた青い光が浮かんだ。
小鳥の小さな体。震える羽。
「今日は、ちゃんと助けられた」と言ったリナの声。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(未来の形が……少し変わった気がする)
なにがどう変わったのかは分からない。
でも、確かにどこかが動きだしている。
――この小さな光は、どこへ続いていくのだろう。
答えは、まだ知らない。
ただ、その光だけは、たしかに俺たちの未来へつながっていると感じていた。
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