『家系図スキルで滅びの未来を書き換える』 

ゆきちゃん

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第2章:王国・大陸編

第18話『ガルドの血と“黒い因子”』

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 朝の訓練場は、いつもと変わらない音に満ちていた。

 剣と剣が打ち合う金属音。
 号令。
 若い兵士たちの荒い息。

 その中心に、ガルドがいた。

「もう一本!」

 相手の兵士が叫ぶ。
 膝は笑い、息も上がっている。

 だが、ガルドは剣を下ろさなかった。

 勝敗は、すでについている。
 それでも構えは解けず、視線だけが動いている。

 次の相手を探すように。

「……ガルド?」

 指導役が、訝しげに声をかけた。

 一瞬遅れて、剣が下ろされる。
 地面に触れた刃が、低い音を立てた。

 荒い呼吸。
 汗が顎を伝い、土に落ちる。

 だが――目が、変だった。

 焦点が合っていない。
 まるで、外から止められたから止まっただけのような。

 ユウは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

 (……今の)

 技は、いつも通りだ。
 速さも、精度も、何一つ変わらない。

 だが、止まり方だけが違う。

 勝った後の余裕もない。
 仲間を振り返ることもない。

 ただ、剣を振るう衝動だけが、残っている。

 胸の奥に、小さな違和感が引っかかった。

 (念のため、確認するか)

 訓練が終わり、人が散った頃。
 ユウは、人目のない通路で立ち止まった。

 家系図を開く。

 確認する対象は、一つしかない。

 ガルドの系統。

 枝が広がり、血の流れが視界に浮かび上がる。
 いつもなら、ここで安心する。

 だが――

 中心に近い部分。
 そこだけが、黒く染まっていた。

 ユウは、息を呑んだ。

 (……やはり)

 これは疲労ではない。
 偶然でもない。

 滅びの因子。
 それも、これまで見たことのない種類だ。

 家系図を閉じる。

 訓練場で見た、あの虚ろな目が脳裏に浮かぶ。

 (このまま放置したら、まずい)

 これは兆候だ。
 そして、兆候は必ず現実になる。

 その日の夕刻、ユウは警備隊への同行を命じられた。

 王都外縁の巡回。
 特別な任務ではない。

 だが、胸騒ぎは消えなかった。

 (……今日だ)

 理由は分からない。
 だが、確信に近い感覚があった。

 ガルドは、いつも通り前に出るだろう。
 そして――

 次は、止まらないかもしれない。

 ユウは、静かに拳を握った。

 異変は、警告も前触れもなく起きた。

 王都外縁の巡回路。
 石畳の道が続き、視界は開けている。戦闘になっても混乱は起きにくい場所だ。

 ――本来なら。

 森の奥から、獣の唸り声が響いた。

「来るぞ」

 警備隊が散開する。
 ガルドは、無言で前に出た。

 その動きに、迷いはない。
 だからこそ、誰も止めなかった。

 魔物が姿を現す。
 小型だが数は多い。素早く、連携して襲ってくる。

「前衛、抑えろ!」

 号令が飛ぶ。

 だが、その直後――
 ガルドが踏み込んだ。

 速い。
 合図よりも、判断よりも、先に体が動いている。

 剣が一閃し、一体目が倒れる。
 返す刃で二体目。

 問題は、その後だった。

 ガルドは、止まらない。

 三体目へ。
 四体目へ。

 必要以上に深く踏み込み、距離を詰める。
 魔物が崩れ落ちても、剣の軌道は続いている。

「……ガルド、待て!」

 誰かの声が飛ぶ。

 届かない。

 最後の一体が逃げ腰になった瞬間、
 ガルドは追撃に入った。

 魔物の背後――
 そこに、味方の兵士が踏み込んでいた。

「――っ!」

 兵士が、目を見開く。

 ガルドの剣は、すでに振り抜かれている。

 刃が、兵士に向かって落ちる。

 ユウは、考えるより早く体を動かしていた。

「ガルド!!」

 横合いから体当たりする。
 剣の軌道が逸れ、刃は兵士の横を掠めず、背後の石柱に叩き込まれた。

 鈍い音。

 石柱に亀裂が走り、破片が散る。
 兵士が尻餅をついた。

「……あ……」

 声にならない声。

 周囲が、凍りついた。

 ガルドは、剣を振り切った姿勢のまま立ち尽くしている。
 荒い呼吸。
 肩が大きく上下している。

 (……戻れ)

 ユウは、必死に呼びかける。

「ガルド、終わった。もう敵はいない」

 数秒。

 やがて、ガルドの肩が、ぴくりと動いた。

 ゆっくりと振り返る。

 その目は、虚ろだった。

「……終わった?」

 低い声。
 言葉の意味を、測り直しているようだった。

 その瞬間、ユウは理解した。

 (完全に、踏み越えた)

 これは兆候ではない。
 暴走だ。

 周囲の兵士たちが、無意識に距離を取る。
 恐怖が、形になる。

 結果として――
 ガルドは、前に一人、取り残された。

 剣を握る手が、震え始める。

「……違う」

 掠れた声。

「俺は……」

 言葉が、続かない。

 そして、次の瞬間。

 ガルドの剣が、再び上がった。

 向けられた先は――
 ユウだった。

 剣先が、ユウを正面から捉えていた。

 距離は近い。
 踏み込み一つで、致命傷になる。

 だが、ガルドは斬りかかってこなかった。

 止まっているのではない。
 迷っている。

 肩が上下し、荒い息が漏れる。
 剣を握る手は震え、刃先が微かに揺れている。

 ユウは、一歩も引かなかった。

「ガルド」

 低く、はっきりと名前を呼ぶ。

「もう敵はいない」

 ガルドの喉が、ひくりと鳴った。

「……分からない」

 掠れた声。

「斬れって……まだ、聞こえる」

 ユウは、剣を構えたまま、ゆっくりと歩み寄った。

「見るな」

 短く言う。

「周りを見るな。
 今、見るのは俺だけだ」

 一歩。
 また一歩。

 兵士たちは、誰も動けなかった。
 割って入れば、確実に巻き添えになる距離だ。

 (……頼む)

 ユウは、家系図を開かなかった。
 ここで必要なのは、分析ではない。

 人の判断だ。

「覚えているか」

 声を落とす。

「前に言った。
 お前の力は、一人で戦う前提で作られているって」

 ガルドの目が、わずかに揺れた。

「だから――一人になると、壊れる」

 さらに一歩、近づく。

「今のお前は、孤立している」

 その言葉が、決定打だった。

 ガルドの呼吸が乱れ、視線が揺れる。
 剣を振れと叫ぶ衝動と、目の前の現実がぶつかり合う。

 ユウは、はっきりと言い切った。

「お前が孤立したら、暴走する」

 それだけ。

 条件は、一つ。

 ガルドの膝が、僅かに折れた。

「……違う」

 そう言いかけて、言葉が続かない。

 ユウは、剣を捨てた。

 石畳に落ちる金属音が、はっきりと響く。

「だから、止める」

 真正面に立つ。

「俺が、目の前に立つ」

 兵士たちが、息を呑む。

「逃げるな。
 だが、一人にもなるな」

 ガルドの剣が、ゆっくりと下がっていく。

 震える指。
 額を伝う汗。

 そして――

 膝が、石畳についた。

 重い音。

 ガルドは、剣を手放した。

「……分かった」

 低い声。

「一人では、戦わない」

 それだけだった。

 張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
 暴走は、止まった。

 ユウは、静かに息を吐いた。

 (……止まった)

 だが、確信もあった。

 これは応急処置にすぎない。

 次に同じ状況が来れば、
 今度は止まらないかもしれない。

 ユウは、ガルドの前に立ったまま、思う。

 (解決策が必要だ)

 この血を、どう扱うのか。
 孤立を防ぐだけでは、限界がある。

 答えは、ここにはない。

 ――外にある。

 その日以降、ガルドは前線に立たなくなった。

 表向きの理由は「経過観察」。
 だが、実情を知らない者はいない。

 ――あの一件だ。

 訓練場では、視線が一瞬だけ集まり、すぐに逸れる。
 恐れているというより、どう接していいか分からないのだ。

 ガルドは、その空気を正確に感じ取っていた。

 剣を振らない日が続く。
 体は動く。
 だが、前に出る理由がない。

 (……当然だ)

 自分の剣が、味方に向いた。
 それだけで、距離を置かれるには十分すぎる。

 ユウは、防衛会議に呼ばれていた。

「前線が薄い」

「巡回回数を減らすしかない」

「次に魔物が出たら、対応が遅れる」

 並ぶ言葉は、どれも正しい。

 そして――
 その解決策も、全員が分かっている。

「……ガルドを戻すべきでは?」

 誰かが、慎重に切り出した。

 会議室が、静まり返る。

 ユウは、すぐには否定しなかった。
 否定できなかった。

 (戻せば、守れる命は増える)

 だが同時に、はっきりと分かっている。

 (同じ状況になれば、次は止められない)

 会議は、結論を出せないまま終わった。

 廊下に出たユウは、足を止める。

 家系図を開いた。

 ガルドの枝は、静かだ。
 だが、それは安全を意味しない。

 抑え込まれているだけだ。

 さらに――
 自分の系統から、一本の細い線が伸びている。

 ガルドへ。

 ユウは、眉をひそめた。

 (……依存が始まってる)

 周囲は、無意識に求めている。

 ガルドを止められる存在。
 制御できる存在。

 それが、ユウだ。

 もしガルドを前線に戻し、
 自分が常に傍に立つ形になれば――

 (最悪だ)

 孤立は防げる。
 だが、依存が固定化する。

 一人の人間に、役割として縛られた力。
 それは、別の形の災厄だ。

 その夜、ユウはガルドの元を訪ねた。

「戻せって話が出てる」

 率直に告げる。

 ガルドは、短く鼻で笑った。

「だろうな」

「戻す気はない」

 ユウは、即答した。

「今戻せば、必ず同じことが起きる」

 ガルドは、しばらく黙っていた。

「……なら、どうする」

 問いは、重い。

 ユウは、迷わず答えた。

「お前の血を、理解する」

 ガルドの視線が、わずかに鋭くなる。

「抑えるでも、封じるでもない。
 なぜ暴れるのか。どうすれば暴れないのか」

 はっきりと言う。

「それを知らない限り、
 お前は爆弾のままだ」

 沈黙。

 ガルドは、剣の柄に手を置いた。

「……危険なんだろ」

「間違いなく」

「正気を失った者もいる?」

「いる。戻らなかった者も」

 ガルドは、深く息を吐いた。

「それでも?」

「それでもだ」

 しばらくして、ガルドは立ち上がった。

「なら、行くしかないな」

 迷いはなかった。

「このまま、誰かを守るために
 誰かを斬る可能性を残すくらいなら」

 拳を握る。

「答えを探す」

 ユウは、静かに頷いた。

 ここで決めなければ、
 次はもう選べない。

 王都に留まる選択肢は、消えた。

 王都を出る準備は、夜明け前に整えられた。

 大げさな荷は持たない。
 必要最低限の装備と、数日分の糧。

 この旅は、討伐ではない。
 答えを探すためのものだ。

 ガルドは、静かに剣の手入れをしていた。
 刃の汚れを拭い、柄の革紐を締め直す。

 動きは落ち着いている。
 だが、ユウには分かる。

 (……張り詰めてる)

 剣を握る手に、わずかな力が入りすぎている。
 それは敵への警戒ではない。

 自分自身への警戒だ。

「途中で、止まれって言ったら」

 ユウは、馬の手綱を握りながら言った。

「必ず止まれ」

 ガルドは、短く頷いた。

「分かってる」

 少し間を置いて、言葉が続く。

「……もし、それでも止まらなかったら」

 ユウは、視線を逸らさなかった。

「その時は、俺が止める」

 切るとは言わない。
 だが、逃がしもしない。

 それで、十分だった。

 門が開く。
 冷たい朝の空気が、流れ込んでくる。

 その瞬間、ユウの胸に、嫌な感覚が走った。

 ――家系図が、反応している。

 ガルドではない。
 自分の系統だ。

 ユウは、反射的に足を止め、家系図を開いた。

 一本の線が、新たに浮かび上がっている。
 細く、だが異様に古い。

 表示される、断片的な情報。

 ――滅びの因子。
 ――未分類。
 ――接触注意。

 ユウは、喉を鳴らした。

 これまで見てきた滅びとは、明らかに違う。
 ガルドの因子よりも、さらに深く、さらに古い。

 まるで――
 源流のような感触だった。

「どうした」

 ガルドが、不審そうに尋ねる。

 ユウは、ゆっくりと家系図を閉じた。

「……いや」

 今は言わない。
 恐怖を増やしても、意味がない。

 だが、確信はあった。

 (ガルドの問題は、入口にすぎない)

 古代遺跡。
 そこには、英雄を作ろうとした人間たちの痕跡が残っている。

 そして――
 失敗の歴史も。

 ユウは、手綱を引いた。

「行くぞ」

 ガルドは、剣の柄に手を置き、前を見据える。

 自分が壊れるかもしれない場所へ。
 それでも進むと決めた背中だった。

 二人は、王都を後にする。

 黒い因子を抱えた戦士と、
 未来を書き換える力を持つ者。

 だが――
 本当に危険なのは、まだ姿を現していない。

 家系図の奥で、何かが眠っている。
ガルドの因子よりも古く、深く、そして――危険な何かが。
ユウは、それが目を覚ます前に、答えを見つけなければならないと感じていた。
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