『家系図スキルで滅びの未来を書き換える』 

ゆきちゃん

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第2章:王国・大陸編

第19話『大規模戦争と“因果視・広域運用”』

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「国境監視哨、全地点――沈黙」

報告を持ってきた将軍の声は、低く掠れていた。
火の手もない。悲鳴もない。生存確認も取れない。
ただ、報告だけが途絶えた。

王城は、まだ平穏だった。
鐘は鳴らず、人々は日常を続けている。

戦争は、いつもそうだ。
音が届く前に、終わりの種は蒔かれる。

ユウは地下室にいた。

石壁に囲まれた空間。
油灯の光と、広げられた地図。
そして――宙に浮かぶ家系図。

無数の枝が、国の形を成している。
兵士だけではない。
補給兵、医師、鍛冶、伝令。
戦場に立たない者たちも、すべて繋がっている。

その中心に、不自然な歪みがあった。

黒ではない。
呪いとも違う。
だが、明らかに「意図」を持った偏り。

帝国側指揮官の系譜。
本来なら存在したはずの分岐が、削られている。

撤退。
慎重策。
長期戦。

それらが、選べない形に歪められていた。

(……守護者)

確信に近い感覚。

ユウは、報告書を見ずに言った。

「侵攻は、もう始まってます」

将軍が目を見開く。

「まだ、斥候からは――」

「分かっています」
ユウは静かに言った。
「でも、もう動いている」

因果視を起動する。

視界が、一気に広がった。

個人ではない。
軍団。
補給線。
国家単位の未来。

頭の奥が、きしむ。

数値。
確率。
時間。

それらに混じって、
まだ起きていない死の気配が流れ込む。

中央戦線。
若い徴募兵が多い。

右翼。
熟練兵と将校が集中。

後方。
補給と医療。

どの配置にも、
犠牲が含まれている。

避けられる戦争ではない。
だが、どう終わらせるかは選べる。

ユウは、息を整えた。

ここで前線に立つことはできない。
剣を振ることもできない。

代わりに――
選ばなければならない。

「軍議を開いてください」

その言葉と同時に、
家系図の中心が、かすかに赤く脈打った。

侵攻が、
本格的に始まった合図だった。

軍議は、即座に招集された。

王城地下の円卓。
重厚な椅子に腰掛けるのは、王、老将、参謀、文官。
誰一人として、軽い顔をしていない。

地図の上には、すでに駒が置かれている。
侵攻を前提とした配置。
「防ぐ」段階は、とうに過ぎていた。

ユウは、円卓の端に立った。

年齢だけを見れば、
ここにいる誰よりも若い。

だが、今この場で、
最も多くの未来を背負っているのも、彼だった。

「選択肢は、三つあります」

ユウの声は、静かだった。
大きくも、強くもない。
それでも、全員の視線を集める。

「第一案。正面迎撃」

中央戦線を厚くし、
帝国軍の初動を叩く。

「勝てます」
「ただし、初週の死者は一万を超えます」
「熟練兵が消え、次の戦争に耐えられません」

老将が、唇を噛む。

「第二案。後退防衛」

領地を一部捨て、
王都防衛に集中する。

「死者数は減ります」
「ですが、焼かれた土地から、十年以内に反乱が起きます」

円卓に、重い沈黙が落ちる。

そして、
ユウは最後の配置を示した。

「第三案」

敵右翼を切り捨てる。
補給線を断ち、主力を孤立させる。

「初動の犠牲は、最大になります」
「中央戦線は、耐え切れません」

誰かが、息を呑む。

「ですが」
ユウは、言葉を切った。
「戦争は短期で終わります」
「国家は、残ります」

老将の一人が、声を絞り出す。

「……若い兵が多い中央を、見捨てるのか」

ユウは、目を逸らさなかった。

「見捨てるのではありません」

一拍。

「使い切ります」

その瞬間、
乾いた音が響いた。

誰かの手から、ペンが落ちたのだ。

音は小さい。
だが、異様なほど大きく聞こえた。

老将が、低く呟く。

「……それを、十八の小僧が言うのか」

ユウは、即答した。

「俺以外に、言える人がいますか」

誰も、答えなかった。

この場にいる全員が理解している。
第三案が、最も先に繋がる道だということを。
同時に、それを自分の口で言えないことも。

王が、短く問う。

「確率は?」

「九割一分」
ユウは答える。
「残りは、最悪です」

王は、しばらく目を閉じ、
やがて、静かに告げた。

「第三案で行く」

決定だった。
演説も、感情的な言葉もない。

軍議は、終わった。

将軍たちが立ち上がり、
誰一人、ユウを見なかった。

それが、
彼に与えられた役割の重さを、
何より雄弁に語っていた。

ユウは、一人残り、
家系図を開いた。

中央戦線の枝が、
ゆっくりと赤へ傾き始めている。

まだ、確定ではない。
だが、
もう戻れない。

(……始まる)

これは、戦争ではない。
選別の時間だ。

開戦は、予測よりも静かだった。

帝国軍は、ためらいなく動いた。
撤退という分岐を失った指揮系譜は、
最短距離で結果を求める。

中央突破。
速攻。
短期決戦。

守護者が仕込んだ選択は、
無駄がない。

ユウは地下室から動かない。
前線に出れば、判断が遅れる。
感情が、介入する。

彼は、家系図を“戦場規模”で展開した。

枝は、刻一刻と揺れる。
まだ赤は少ない。
だが、中央戦線の枝が、確実に細くなっている。

(……耐えろ)

ユウは、介入しない。

ここで中央を厚くすれば、
右翼の包囲が完成しない。
右翼が完成しなければ、
補給線は断てない。

補給が続けば、
帝国軍は持久戦に移行する。
持久戦になれば、
最終的な死者数は、跳ね上がる。

答えは、出ている。

ユウは、数字だけを見る。
勝率。
時間。
限界点。

最悪点は、
まだ先だ。

戦闘開始から二十四時間。

中央戦線の枝が、
目に見えて揺らぎ始める。

恐怖。
疲労。
混乱。

逃げ出す者はいない。
だが、それが犠牲を増やす。

右翼では、
予定通り、敵補給路への迂回が進んでいる。

敵側の枝が、
わずかに黒ずむ。

水が届かない。
矢が減る。
命令が、遅れる。

戦争は、
すぐに結果を出さない。

今起きている死は、
数刻前の配置の結果だ。

(……崩れるな)

ユウは、
自分に言い聞かせるように、
視界を固定した。

三十六時間。

中央戦線の枝が、
限界に近づく。

ここから先は、
操作ではない。

通過だ。

四十八時間。

家系図の中心が、
はっきりと震えた。

来る。

最悪点。

この戦争で、
最も多くの命が失われる瞬間。

同時に、
勝敗が確定する瞬間。

ユウは、
背もたれに体重を預け、
視線を逸らさなかった。

ここから先は、
見るしかない。

戦闘開始から、四十八時間。

中央戦線の枝が、
一斉に震えた。

来る。
最悪点。

因果視では、最初から示されていた。
だが「知っている」ことと「起きる」ことは、まったく違う。

ユウは、立ち上がれなかった。

椅子から崩れるように床へ座り込み、
家系図を見上げる。

中央。
赤が、急激に増殖していく。

一つ。
十。
百。

因果視が、容赦なく“瞬間”を拾い上げる。

盾を構えた若い兵が、半歩遅れる。
敵の刃が、脇腹に滑り込み、息が詰まる。
声にならない声を漏らし、膝が落ちる。
倒れ切る前に、未来が確定する。

別の場所。
味方が倒れるのを見て、
一瞬だけ振り返った兵。
その迷いを、槍が逃さない。
喉を貫かれ、血が噴き、
その枝が、音もなく途切れる。

さらに別の地点。
弓兵が、矢を番える。
指が震え、狙いが定まらない。
放たれた矢は逸れ、
次の瞬間、敵が踏み込む。

すべてが、同時だった。

音も、匂いも、温度もない。
あるのは、
確定した結果だけ。

「……やめろ」

声が、勝手に漏れた。

だが、手は動かない。

ここで中央に介入すれば、
右翼が崩れる。
右翼が崩れれば、
補給線は繋がり、
戦争は長期化する。

長期化すれば、
最終的な死者数は、倍になる。

答えは、出ている。

ユウは、肘掛けを強く掴んだ。
爪が食い込み、血が滲む。
痛みで、意識をこの場に繋ぎ止める。

赤は、さらに増える。

だが同時に、
敵側の枝が、急激に黒く染まり始めた。

右翼。
補給線、断絶。

水が届かない。
矢が尽きる。
命令が、伝わらない。

帝国軍主力の枝が、
一気に痩せ細る。

混乱。
潰走。
撤退。

勝利が、確定する。

だが――
味方の赤は、止まらない。

最悪点は、
「勝った瞬間」に、最も深くなる。

ユウは、因果視を切らなかった。

切れば、楽になれる。
だが、それは逃げだ。

この先、
また同じ選択を迫られたとき、
必ず目を逸らす。

それだけは、許せなかった。

やがて、
赤の増加が止まる。

中央戦線の枝が、
これ以上、折れなくなる。

最悪点は、過ぎた。

床に座り込んだまま、
ユウは、長く息を吐いた。

勝った。
国は、残った。

だが、
家系図の中心には、
取り返しのつかない欠落が、
大きな空白として残っている。

それが、
勝利の代価だった。

「帝国軍、完全撤退」

地下室に、将軍の声が届いた。
淡々とした報告だった。
戦争に慣れた者の声。
感情を挟まないことで、事実だけを伝える声。

「勝利です」

ほぼ同時に、王城の鐘が鳴り始めた。

低く、重く、
それでいて晴れやかな音。

遠くから、歓声が聞こえる。
生き残った者たちの声。
守られた日常を祝う声。

ユウは、動けなかった。

床に座り込んだまま、
家系図を見上げている。

赤は、もう増えていない。
これ以上、折れる枝はない。

戦争は、終わった。

数字が、表示される。
戦死者数。
負傷者数。
行方不明者数。

予測値と、ほぼ一致。

――想定通り。

その言葉が、
胸の奥を静かに抉った。

想定通り。
つまり、
最初からこうなると、分かっていた。

勝利は、偶然ではない。
犠牲も、偶然ではない。

遠くで鳴る鐘の音が、
地下まで、微かに届く。

地上では、
人々が抱き合い、酒を酌み交わし、
今日を「終わった日」として記憶するだろう。

だが、ここには――
終わらなかったものがある。

家系図の中心。
そこに残る、大きな空白。

切れた枝。
繋がるはずだった未来。
もう、戻らない可能性。

それらは、
勝利の報告書には載らない。

だが、
確かに存在している。

ユウは、ゆっくりと目を閉じた。

因果視を、解く。

初めて、
自分の意思で。

視界から、枝が消える。
赤も、黒も、数値も、消える。

残ったのは、
静かな地下室と、
鳴り続ける鐘の音だけだった。

これが、
勝利の形だった。

ユウは、深く息を吐いた。

そして、
立ち上がった。

ここで終わらせるわけにはいかない。
終わったことにしてはいけない。

その理由が、
今はまだ、言葉にならないとしても。

地下室を出ると、
階段の上から、光が差し込んでいた。

地上は、祝勝の世界だ。

ユウは、その光へ向かって歩き出す。

空白を、
抱えたままで。
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