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第2章:王国・大陸編
第20話 『第二次守護者襲来と“魔王枝の半開示”』
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空が、鳴った。
雷ではない。
爆発でも、地鳴りでもない。
世界そのものが、限界を迎えた音だった。
王都の上空、何もない空間が歪む。
水面に石を落としたように、円環状の波紋が走り、その中心から“人の形”が滲み出た。
守護者。
白でも黒でもない。
色という概念を拒む輪郭。
影を落とさず、光も反射しない――存在しているのに、現実に属していないもの。
それが、二体。
前回よりも、近い。
輪郭は明瞭で、圧力は桁違いだった。
これは警告ではない。
是正でも、観測でもない。
――直接介入。
「――確認する」
声は、空気を震わせなかった。
それでも、広場にいた全員の意識を、同時に掴み取る。
「ユウ・アーテル。
お前は、許容範囲を超過した」
瞬間、兵の膝が落ちる。
鎧の擦れる音が連なり、誰かが短く悲鳴を上げた。
魔力に耐性のない者は、その場に崩れ落ちる。
耐えた者でさえ、呼吸が乱れ、視線を上げられない。
ユウだけが、立っていた。
いや――
立たされていた。
(来たか……)
因果視を開こうとする。
だが、守護者の未来は、相変わらず視えない。
始まりも、分岐も、終点すら存在しない。
最初から“結果だけが確定している空白”。
理解する。
この存在は、未来の延長線上にいない。
未来そのものを、調整する側だ。
「第二段階へ移行する」
もう一体の守護者が告げる。
「非公開因子の一部を、開示」
拒否は許されない。
次の瞬間、ユウの視界が反転した。
強制的に展開される――家系図。
閉じられない。
視線を逸らしても、意識の奥に貼り付く。
幹。
枝。
自分が何度も辿ってきた、血の流れ。
だが。
「……?」
未来側、七代目の位置で、視界が止まる。
枝の半分が、黒い。
完全な闇ではない。
だが、明確に“異質”。
侵食途中の色。
背骨を冷たいものが這い上がる。
枝の先に、文字が浮かび上がった。
『七代目:???
――魔王候補』
呼吸が、止まった。
思考が、途切れる。
魔王。
七代目。
自分の――子孫。
「……違う」
声が、勝手に零れた。
「違う……だろ……」
否定。
拒絶。
意味を理解する前に、感情が先に壊れた。
だが守護者は、微動だにしない。
「事実だ」
淡々とした声。
「ほぼ名指しと理解しろ」
その瞬間、
ユウの世界が、確かに軋んだ。
広場の空気が、凍っていた。
倒れた兵は動けず、立っている者も唇を噛むだけ。
民は息を潜め、泣く者さえ声を出せない。
守護者が“敵意”を示しているわけではない。
それでも、全員が理解している。
――逆らえば、消える。
ユウの視界の中心で、家系図が脈打っていた。
七代目の枝。
黒に侵食された半分。
そして「魔王候補」という表示。
あまりにも軽い文字だ。
たった四文字で、未来を焼き尽くす。
「……ふざけるな」
ユウの声は掠れていた。
喉の奥が乾き、舌が重い。
それでも言葉を吐き出した。
「まだ……生まれてもいない。
名前も顔もない。
そんなものを、どうして――」
言い切れなかった。
否定の対象が定まらない。
七代目か。
守護者か。
それとも――自分の家系そのものか。
守護者は答える。
「感情的反応を確認」
その一言が、ユウの胸を殴った。
(感情的……?)
違う。
これは怒りではない。
悲しみでもない。
奪われる予感だ。
まだ触れていない未来が、
先に「罪」として刻まれていく感覚。
七代目は、存在していない。
なのに、もう裁かれている。
ユウは、家系図を睨みつける。
黒は半分だ。
完全ではない。
「……確定じゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。
守護者は淡々と返す。
「確定ではない」
わずかな隙間。
だが、その次の言葉が、隙間を塞いだ。
「可能性は高い」
ユウの肩が、わずかに震えた。
(俺が……間違えたのか?)
村を救った。
水路を通した。
破滅の枝を切り落とした。
そうして延ばした未来が、
結局は“魔王”という形で帳尻を取られる――?
視界が揺れる。
呼吸が浅くなる。
怖い。
七代目が魔王になることが怖いのではない。
七代目を生まれる前から恐れ、嫌悪し、排除したくなる自分が怖い。
守護者が、静かに問いを投げる。
「確認する」
頭の奥に声が刺さる。
「お前は理解している。
この枝を消す方法を」
瞬間、答えが浮かんだ。
家系を断つ。
子を持たない。
七代目が生まれる“道”そのものを、閉じる。
思考に至っただけで胃が捻れる。
吐き気が喉まで上がる。
「……そんなの」
ユウの声が震えた。
「そんな選択肢を、
俺が、選ぶのか……?」
守護者は、否定もしない。
肯定もしない。
ただ、問いを固定する。
「覚悟はあるか?」
命令ではない。
脅迫でもない。
選択肢の提示だった。
そして、広場の視線が、ユウに集まった。
恐怖と期待が入り混じった視線。
誰も答えを持たず、ただ彼の口元だけを待っている。
ユウは、唇を噛んだ。
血の味がした。
ユウは、広場の空気を吸い込もうとして――できなかった。
肺が膨らまない。
胸の内側を、見えない手が押さえつけている。
守護者の問い。
「覚悟はあるか?」
その言葉は、槍のように一点を貫いてくる。
逃げ道を塞ぎ、答えを一本に絞る。
(家系を断つ)
頭の中で繰り返すたび、胃が冷えた。
それは「戦う」ではない。
「守る」でもない。
終わらせるだ。
これまでユウは枝を切ってきた。
呪われた枝。
破滅に直結する未来。
だが、それは腐った部分を落とす行為だった。
今回は違う。
七代目は、まだ存在しない。
腐ってもいない。
罪も犯していない。
それでも、その芽を摘む。
(俺が、やるのか)
視界の端で、民の肩が震えている。
嗚咽が漏れた。
押し殺そうとした声が、むしろ大きく響いた。
兵の一人が、震える手で剣の柄を握り直す。
守るべき相手が分からない顔をしていた。
広場にいる全員が、ユウの答えを待っている。
その視線の重さが、背中に刺さる。
(俺一人の問題じゃない)
もし家系を断てば、王国は安堵するだろう。
噂は鎮まる。
守護者も引くだろう。
だが――本当にそれで終わるのか?
ユウは、唇を開いた。
「……それは、答えじゃない」
声が小さかった。
けれど、沈黙の中では十分に届く。
「ただの犠牲だ」
守護者は、動かない。
「犠牲でも、効果はある」
淡々とした返答。
ユウは、そこで踏みとどまった。
言葉を探し、深く息を吸う。
「守護者は言っただろ。
確率を下げるだけだ。ゼロにはならない」
兵の一人が顔を上げた。
民の誰かが、口元を覆った。
ユウは続ける。
「俺が終わっても、
世界が均衡を求めるなら――
別の場所に“魔王”を押し付けるだけだ」
守護者は答える。
「理解は正しい」
その一言が、ユウの胸を締め付けた。
正しい。
なのに、何も救わない。
(じゃあ、どうする)
家系を繋げば、七代目が生まれる可能性がある。
断てば、別の誰かが押し付けられる可能性がある。
どちらも地獄。
ユウは、拳を握りしめた。
爪が掌に食い込み、痛みが走る。
その痛みで、思考を繋ぎ止めた。
(まだ、半分だ)
黒い枝は、完全に染まっていない。
なら、まだ確定じゃない。
まだ、戦える。
ユウは、家系図の七代目を真っ直ぐ見据える。
守護者は、その視線を観測する。
「選択の猶予を与える」
淡い声。
だが、その瞬間ユウは理解した。
猶予とは、慈悲ではない。
試験だ。
ここから先、
世界はユウの一手一手を数える。
守護者の一体が、わずかに首を傾けた。
その動作に、意味はない。
感情の兆しでも、評価でもない。
観測の角度を変えただけだ。
「補足を行う」
その声と同時に、ユウの視界が切り替わった。
家系図が、空間へと溶け出す。
一本の樹だったはずの構造が、世界全体へと展開されていく。
王都。
周辺の街。
街道。
国境線。
――世界地図。
そこに、無数の赤い点が灯った。
それぞれが、微かに脈動している。
不安定。
崩壊の兆し。
「不安定因子」
守護者の言葉と同時に、赤い点が揺れた。
次の瞬間、
それらが一斉に、ある一点へと引き寄せられる。
七代目の枝。
半分だけ黒く染まった、未来の位置。
「……集まってる」
ユウの声は、掠れていた。
「お前が修正した未来の、帳尻だ」
守護者の声に、感情はない。
「戦争を遅らせた。
疫病を防いだ。
飢饉を回避した」
赤い点が、一つ、また一つと消えていく。
代わりに、七代目の枝が、わずかに濃くなる。
理解してしまった。
魔王とは、暴君でも、破壊衝動の化身でもない。
世界が抱えきれなくなった“破綻”の総量だ。
「魔王とは、個体名ではない」
守護者は続ける。
「役割だ。
均衡を回復するために必要と判断された、最終調整因子」
ユウは、歯を食いしばった。
(救ったはずだった)
そう思っていた。
だが世界は、救われ続けることを拒んだ。
「七代目は、その役割を担う器として適合率が高い」
淡々とした宣告。
黒い枝は、確かに濃くなっている。
だが――まだ、完全ではない。
「……半分だ」
ユウは、はっきりと口にした。
「まだ、全部じゃない」
守護者は、否定しない。
肯定もしない。
その沈黙が、答えだった。
世界は、まだ迷っている。
だからこそ、半開示。
ユウは、ゆっくりと拳を開いた。
(役割なら――変えられる)
個体ではない。
宿命でもない。
構造だ。
ならば、壊すべきは血筋ではない。
世界の仕組みだ。
守護者は、その思考を観測する。
「続行を許可する」
短い言葉。
それは赦しではない。
猶予だ。
同時に、次なる試験の開始を告げる鐘でもあった。
守護者の輪郭が、ゆっくりと薄れていく。
消滅ではない。
後退だ。
介入が終わった――その合図だった。
「最後に、一つ告げる」
声が、王都全体に染み渡る。
広場だけではない。
城壁の内側も、外側も、逃げ場なく。
「猶予は、五年」
その言葉が落ちた瞬間、
空気が凍りついた。
誰かが息を呑む音。
誰かが膝をつく音。
遠くで、何かが崩れる音。
「五年以内に、
魔王発生確率を五割以下に抑えろ」
ユウの視界で、家系図が震えた。
七代目の黒い枝に、淡い刻印が走る。
時間。
数字。
逃げられない制約。
「達成できなければ――」
一拍。
その間に、広場の誰もが理解した。
「お前の家系は、強制終了される」
宣告だった。
交渉の余地はない。
慈悲も、感情も含まれていない。
それでも――
それは、最後の選択肢でもあった。
守護者の姿が、空に溶ける。
「観測は継続する」
最後に残った言葉が、
世界に刻み込まれる。
次の瞬間、
空は元の色を取り戻した。
だが――
日常は、戻らなかった。
ざわめきが、広場を満たす。
押し殺されていた声が、一斉に溢れ出す。
「魔王……」
「アーテル家の……」
「五年……?」
噂は、もう止められない。
その日のうちに、王都に戒厳令が敷かれた。
通りには兵が増え、検問が設けられる。
守護者降臨の目撃者は、三百人を超えた。
真実かどうかなど、関係ない。
世界は、もう動き出している。
夕刻、ユウの元に一通の書状が届いた。
封蝋に刻まれた紋章。
王国宰相、アルヴィン。
『三日以内に、宮廷へ出頭せよ』
命令ではない。
だが、拒否権もない。
王国は、ユウを
守る対象から、監視対象へと切り替えた。
ユウは、書状を握りしめた。
指先に、紙の感触が残る。
現実だ。
家系図を閉じる。
七代目の枝は、まだ半分、黒いままだ。
五年。
短すぎる。
だが、与えられた。
魔王を生まない。
そのためには、血筋だけを見ていても意味がない。
「……まず、この王国を変える」
声に出した瞬間、
家系図が、確かに震えた。
反応ではない。
承認だった。
宰相アルヴィン。
王家。
そして、暗部に潜む聖教会。
すべてが、これから敵になる。
それでも。
ユウは、一歩を踏み出した。
雷ではない。
爆発でも、地鳴りでもない。
世界そのものが、限界を迎えた音だった。
王都の上空、何もない空間が歪む。
水面に石を落としたように、円環状の波紋が走り、その中心から“人の形”が滲み出た。
守護者。
白でも黒でもない。
色という概念を拒む輪郭。
影を落とさず、光も反射しない――存在しているのに、現実に属していないもの。
それが、二体。
前回よりも、近い。
輪郭は明瞭で、圧力は桁違いだった。
これは警告ではない。
是正でも、観測でもない。
――直接介入。
「――確認する」
声は、空気を震わせなかった。
それでも、広場にいた全員の意識を、同時に掴み取る。
「ユウ・アーテル。
お前は、許容範囲を超過した」
瞬間、兵の膝が落ちる。
鎧の擦れる音が連なり、誰かが短く悲鳴を上げた。
魔力に耐性のない者は、その場に崩れ落ちる。
耐えた者でさえ、呼吸が乱れ、視線を上げられない。
ユウだけが、立っていた。
いや――
立たされていた。
(来たか……)
因果視を開こうとする。
だが、守護者の未来は、相変わらず視えない。
始まりも、分岐も、終点すら存在しない。
最初から“結果だけが確定している空白”。
理解する。
この存在は、未来の延長線上にいない。
未来そのものを、調整する側だ。
「第二段階へ移行する」
もう一体の守護者が告げる。
「非公開因子の一部を、開示」
拒否は許されない。
次の瞬間、ユウの視界が反転した。
強制的に展開される――家系図。
閉じられない。
視線を逸らしても、意識の奥に貼り付く。
幹。
枝。
自分が何度も辿ってきた、血の流れ。
だが。
「……?」
未来側、七代目の位置で、視界が止まる。
枝の半分が、黒い。
完全な闇ではない。
だが、明確に“異質”。
侵食途中の色。
背骨を冷たいものが這い上がる。
枝の先に、文字が浮かび上がった。
『七代目:???
――魔王候補』
呼吸が、止まった。
思考が、途切れる。
魔王。
七代目。
自分の――子孫。
「……違う」
声が、勝手に零れた。
「違う……だろ……」
否定。
拒絶。
意味を理解する前に、感情が先に壊れた。
だが守護者は、微動だにしない。
「事実だ」
淡々とした声。
「ほぼ名指しと理解しろ」
その瞬間、
ユウの世界が、確かに軋んだ。
広場の空気が、凍っていた。
倒れた兵は動けず、立っている者も唇を噛むだけ。
民は息を潜め、泣く者さえ声を出せない。
守護者が“敵意”を示しているわけではない。
それでも、全員が理解している。
――逆らえば、消える。
ユウの視界の中心で、家系図が脈打っていた。
七代目の枝。
黒に侵食された半分。
そして「魔王候補」という表示。
あまりにも軽い文字だ。
たった四文字で、未来を焼き尽くす。
「……ふざけるな」
ユウの声は掠れていた。
喉の奥が乾き、舌が重い。
それでも言葉を吐き出した。
「まだ……生まれてもいない。
名前も顔もない。
そんなものを、どうして――」
言い切れなかった。
否定の対象が定まらない。
七代目か。
守護者か。
それとも――自分の家系そのものか。
守護者は答える。
「感情的反応を確認」
その一言が、ユウの胸を殴った。
(感情的……?)
違う。
これは怒りではない。
悲しみでもない。
奪われる予感だ。
まだ触れていない未来が、
先に「罪」として刻まれていく感覚。
七代目は、存在していない。
なのに、もう裁かれている。
ユウは、家系図を睨みつける。
黒は半分だ。
完全ではない。
「……確定じゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。
守護者は淡々と返す。
「確定ではない」
わずかな隙間。
だが、その次の言葉が、隙間を塞いだ。
「可能性は高い」
ユウの肩が、わずかに震えた。
(俺が……間違えたのか?)
村を救った。
水路を通した。
破滅の枝を切り落とした。
そうして延ばした未来が、
結局は“魔王”という形で帳尻を取られる――?
視界が揺れる。
呼吸が浅くなる。
怖い。
七代目が魔王になることが怖いのではない。
七代目を生まれる前から恐れ、嫌悪し、排除したくなる自分が怖い。
守護者が、静かに問いを投げる。
「確認する」
頭の奥に声が刺さる。
「お前は理解している。
この枝を消す方法を」
瞬間、答えが浮かんだ。
家系を断つ。
子を持たない。
七代目が生まれる“道”そのものを、閉じる。
思考に至っただけで胃が捻れる。
吐き気が喉まで上がる。
「……そんなの」
ユウの声が震えた。
「そんな選択肢を、
俺が、選ぶのか……?」
守護者は、否定もしない。
肯定もしない。
ただ、問いを固定する。
「覚悟はあるか?」
命令ではない。
脅迫でもない。
選択肢の提示だった。
そして、広場の視線が、ユウに集まった。
恐怖と期待が入り混じった視線。
誰も答えを持たず、ただ彼の口元だけを待っている。
ユウは、唇を噛んだ。
血の味がした。
ユウは、広場の空気を吸い込もうとして――できなかった。
肺が膨らまない。
胸の内側を、見えない手が押さえつけている。
守護者の問い。
「覚悟はあるか?」
その言葉は、槍のように一点を貫いてくる。
逃げ道を塞ぎ、答えを一本に絞る。
(家系を断つ)
頭の中で繰り返すたび、胃が冷えた。
それは「戦う」ではない。
「守る」でもない。
終わらせるだ。
これまでユウは枝を切ってきた。
呪われた枝。
破滅に直結する未来。
だが、それは腐った部分を落とす行為だった。
今回は違う。
七代目は、まだ存在しない。
腐ってもいない。
罪も犯していない。
それでも、その芽を摘む。
(俺が、やるのか)
視界の端で、民の肩が震えている。
嗚咽が漏れた。
押し殺そうとした声が、むしろ大きく響いた。
兵の一人が、震える手で剣の柄を握り直す。
守るべき相手が分からない顔をしていた。
広場にいる全員が、ユウの答えを待っている。
その視線の重さが、背中に刺さる。
(俺一人の問題じゃない)
もし家系を断てば、王国は安堵するだろう。
噂は鎮まる。
守護者も引くだろう。
だが――本当にそれで終わるのか?
ユウは、唇を開いた。
「……それは、答えじゃない」
声が小さかった。
けれど、沈黙の中では十分に届く。
「ただの犠牲だ」
守護者は、動かない。
「犠牲でも、効果はある」
淡々とした返答。
ユウは、そこで踏みとどまった。
言葉を探し、深く息を吸う。
「守護者は言っただろ。
確率を下げるだけだ。ゼロにはならない」
兵の一人が顔を上げた。
民の誰かが、口元を覆った。
ユウは続ける。
「俺が終わっても、
世界が均衡を求めるなら――
別の場所に“魔王”を押し付けるだけだ」
守護者は答える。
「理解は正しい」
その一言が、ユウの胸を締め付けた。
正しい。
なのに、何も救わない。
(じゃあ、どうする)
家系を繋げば、七代目が生まれる可能性がある。
断てば、別の誰かが押し付けられる可能性がある。
どちらも地獄。
ユウは、拳を握りしめた。
爪が掌に食い込み、痛みが走る。
その痛みで、思考を繋ぎ止めた。
(まだ、半分だ)
黒い枝は、完全に染まっていない。
なら、まだ確定じゃない。
まだ、戦える。
ユウは、家系図の七代目を真っ直ぐ見据える。
守護者は、その視線を観測する。
「選択の猶予を与える」
淡い声。
だが、その瞬間ユウは理解した。
猶予とは、慈悲ではない。
試験だ。
ここから先、
世界はユウの一手一手を数える。
守護者の一体が、わずかに首を傾けた。
その動作に、意味はない。
感情の兆しでも、評価でもない。
観測の角度を変えただけだ。
「補足を行う」
その声と同時に、ユウの視界が切り替わった。
家系図が、空間へと溶け出す。
一本の樹だったはずの構造が、世界全体へと展開されていく。
王都。
周辺の街。
街道。
国境線。
――世界地図。
そこに、無数の赤い点が灯った。
それぞれが、微かに脈動している。
不安定。
崩壊の兆し。
「不安定因子」
守護者の言葉と同時に、赤い点が揺れた。
次の瞬間、
それらが一斉に、ある一点へと引き寄せられる。
七代目の枝。
半分だけ黒く染まった、未来の位置。
「……集まってる」
ユウの声は、掠れていた。
「お前が修正した未来の、帳尻だ」
守護者の声に、感情はない。
「戦争を遅らせた。
疫病を防いだ。
飢饉を回避した」
赤い点が、一つ、また一つと消えていく。
代わりに、七代目の枝が、わずかに濃くなる。
理解してしまった。
魔王とは、暴君でも、破壊衝動の化身でもない。
世界が抱えきれなくなった“破綻”の総量だ。
「魔王とは、個体名ではない」
守護者は続ける。
「役割だ。
均衡を回復するために必要と判断された、最終調整因子」
ユウは、歯を食いしばった。
(救ったはずだった)
そう思っていた。
だが世界は、救われ続けることを拒んだ。
「七代目は、その役割を担う器として適合率が高い」
淡々とした宣告。
黒い枝は、確かに濃くなっている。
だが――まだ、完全ではない。
「……半分だ」
ユウは、はっきりと口にした。
「まだ、全部じゃない」
守護者は、否定しない。
肯定もしない。
その沈黙が、答えだった。
世界は、まだ迷っている。
だからこそ、半開示。
ユウは、ゆっくりと拳を開いた。
(役割なら――変えられる)
個体ではない。
宿命でもない。
構造だ。
ならば、壊すべきは血筋ではない。
世界の仕組みだ。
守護者は、その思考を観測する。
「続行を許可する」
短い言葉。
それは赦しではない。
猶予だ。
同時に、次なる試験の開始を告げる鐘でもあった。
守護者の輪郭が、ゆっくりと薄れていく。
消滅ではない。
後退だ。
介入が終わった――その合図だった。
「最後に、一つ告げる」
声が、王都全体に染み渡る。
広場だけではない。
城壁の内側も、外側も、逃げ場なく。
「猶予は、五年」
その言葉が落ちた瞬間、
空気が凍りついた。
誰かが息を呑む音。
誰かが膝をつく音。
遠くで、何かが崩れる音。
「五年以内に、
魔王発生確率を五割以下に抑えろ」
ユウの視界で、家系図が震えた。
七代目の黒い枝に、淡い刻印が走る。
時間。
数字。
逃げられない制約。
「達成できなければ――」
一拍。
その間に、広場の誰もが理解した。
「お前の家系は、強制終了される」
宣告だった。
交渉の余地はない。
慈悲も、感情も含まれていない。
それでも――
それは、最後の選択肢でもあった。
守護者の姿が、空に溶ける。
「観測は継続する」
最後に残った言葉が、
世界に刻み込まれる。
次の瞬間、
空は元の色を取り戻した。
だが――
日常は、戻らなかった。
ざわめきが、広場を満たす。
押し殺されていた声が、一斉に溢れ出す。
「魔王……」
「アーテル家の……」
「五年……?」
噂は、もう止められない。
その日のうちに、王都に戒厳令が敷かれた。
通りには兵が増え、検問が設けられる。
守護者降臨の目撃者は、三百人を超えた。
真実かどうかなど、関係ない。
世界は、もう動き出している。
夕刻、ユウの元に一通の書状が届いた。
封蝋に刻まれた紋章。
王国宰相、アルヴィン。
『三日以内に、宮廷へ出頭せよ』
命令ではない。
だが、拒否権もない。
王国は、ユウを
守る対象から、監視対象へと切り替えた。
ユウは、書状を握りしめた。
指先に、紙の感触が残る。
現実だ。
家系図を閉じる。
七代目の枝は、まだ半分、黒いままだ。
五年。
短すぎる。
だが、与えられた。
魔王を生まない。
そのためには、血筋だけを見ていても意味がない。
「……まず、この王国を変える」
声に出した瞬間、
家系図が、確かに震えた。
反応ではない。
承認だった。
宰相アルヴィン。
王家。
そして、暗部に潜む聖教会。
すべてが、これから敵になる。
それでも。
ユウは、一歩を踏み出した。
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物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
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アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
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没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
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優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
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物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
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