『家系図スキルで滅びの未来を書き換える』 

ゆきちゃん

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第3章:魔王枝との決着

第21話『魔王枝の完全開示』

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 家系図を開いた瞬間、ユウは違和感に気づいた。

 いつもなら、枝は「未来」を示す。
 可能性の線が、薄く、曖昧に伸びている。

 だが今回は違った。

 中央の一点だけが、異様に具体的だった。

 (……情報量が、違う)

 視線を集中させると、文字が一段、深く沈む。

 『第七世代個体』

 数字の下に、詳細が展開される。

 『出生地:北方辺境・炭鉱町ガルマ』
 『年齢:六歳』
『生存特性:不死(致死損傷後、一定時間で回復)』

 ユウは、息を止めた。

 「……子ども、か」

 六歳。
 剣も持てない年齢だ。

 だが次の一文が、その認識を壊す。

 『死亡記録:三件(事故二件・暴力一件)』
 『いずれも回復を確認』

 (もう……死んでる)

 正確には、死んで“戻ってきている”。

 不死。
 祝福ではない。

 子どもにとってそれは、
 「守られない理由」になる。

 家系図は続く。

 『保護者:不在(形式上は町の共同管理)』
 『教育:未実施』
 『社会的接続:極小』

 炭鉱町。
 事故が日常で、
 大人は疲れ切っている。

 守られない子どもが
 目立つ能力を持ったらどうなるか。

 (……実験台だ)

 ユウは、過去の記録を思い出す。

 六代目。
 異常耐久を持ち、
 「壊れない兵士」として使われた末、
 周囲を焼いた。

 五代目。
 再生能力を恐れられ、
 隔離された結果、
 世界を恨んだ。

 守護者の声が、低く割り込む。

 「確認するが――処理は可能だ」

 ユウは、黙って続きを見る。

 家系図の最下段。
 確率表示が、初めて明確な数値を示した。

 『世界崩壊到達率:89.7%(介入なし)』
 『別分岐成立率:3.2%』

 「……三パー、か」

 低すぎる。
 賭けと呼ぶには、あまりにも。

 守護者が言う。

 「最適解は排除だ。
  今なら、被害は最小で済む」

 ユウは、画面を閉じなかった。

 六歳の子どもが、
 炭鉱町で、
 三度死んで、生きている。

 それを「処理」と呼べるほど、
 彼はまだ、壊れていなかった。

処理。

 守護者が使ったその言葉が、
 ユウの頭の中で、何度も反響していた。

 「今なら可能だ」

 守護者は続ける。

 「炭鉱事故に紛れさせればいい。
  不死であることは、公になっていない」

 具体的だった。
 曖昧な比喩も、哲学もない。

 ただの手順。

 「成功率は?」

 ユウは、自分でも驚くほど冷静に聞いていた。

 「九六・八パーセント」

 即答。

 「世界崩壊は回避される。
  歴史的にも、最も被害の少ない分岐だ」

 九六・八パーセント。
 三・二パーセントではない。

 (……正しい)

 そう思ってしまったことが、
 ユウ自身を一番動揺させた。

 六歳の子ども。
 まだ何もしていない。

 だが未来では、
 九割の確率で世界を壊す。

 それを止められるのなら。

 (救える命の数は、比べ物にならない)

 数字は、残酷なほど説得力があった。

 ユウは、目を閉じる。

 ――六代目。

 異常耐久を持って生まれた少年。
 村を守るために前線へ送られ、
 「壊れないから大丈夫だ」と、
 何度も盾にされた。

 最後に彼が壊したのは、
 敵ではなく、村そのものだった。

 ――五代目。

 再生能力を恐れられ、
 檻に入れられた少女。
 「危険だから」という理由だけで、
 誰も触れなかった。

 結果、彼女は世界を恨んだ。

 (あの時も……)

 ユウは、歯を食いしばる。

 (早く処理していれば、
  (被害は少なかったのか?)

 その問いは、
 これまで、避け続けてきたものだ。

 守護者が、追い打ちをかける。

 「情に引きずられた結果が、
  六代目と五代目だ」

 「……」

 「お前は、もう失敗例を知っている。
  それでも同じ過ちを繰り返すのか」

 正論だった。

 感情を排した判断。
 犠牲を最小にする選択。

 ユウは、しばらく黙りこんだ。

 炭鉱町ガルマ。
 六歳。
 三度死んで、生きている。

 (……それでも)

 胸の奥に、
 消えない違和感が残る。

 六代目も、五代目も。
 彼らは「殺されなかった」。

 だが同時に――
 「選ばれなかった」。

 守られなかった。
 育てられなかった。

 だから壊れた。

 ユウは、ゆっくりと目を開けた。

 「……守護者」

 声が、少しだけ震えていた。

 「もし俺が、ここで殺したら」

 言葉を区切る。

 「それは、正解でも、
  次の魔王を育てるだけじゃないですか」

 守護者は、すぐには答えなかった。

 守護者は、沈黙のまま家系図を操作した。

 ユウの目の前に、過去ログが展開される。
 五代目、六代目――そして、七代目の欄の横に、赤い警告が点滅した。

 『介入継続失敗時:世界崩壊到達率 98.1%』

 数字が、さらに残酷になった。

 守護者は言う。

 「聞け。
  お前が“救う”と決めて、途中で折れた場合」

 淡々と、読み上げるように。

 「その個体は、特別扱いされた孤独を得る。
  周囲は期待し、失望し、見捨てる。
  その落差は、放置より致命的だ」

 ユウは、喉が乾くのを感じた。

 「だから最適解は排除だ。
  成功率96.8%。
  代替案は3.2%。
  失敗時は98.1%」

 言葉は簡単だ。
 だが、刃のように鋭い。

 「お前が選ぶのは、英雄ではない。
  博打だ」

 ユウは、拳を握りしめた。

 (……正しい)

 また、そう思ってしまう。

 この“正しさ”に飲まれた瞬間、
 自分も守護者と同じ側へ行く。

 ユウは、視線を下げた。

 そして――思い出してしまった。

 五代目でも、六代目でもない。

 もっと小さい、
 誰にも記録されない分岐。

 まだ家系図スキルが今ほど強くない頃。
 村の外れで、子どもが泣いていた。

 父親に殴られていた。
 助ければ、もめる。
 村長にも迷惑がかかる。

 ユウは、その時――

 (見なかったことにした)

 その一瞬の判断は、
 正解だったはずだ。

 波風は立たない。
 自分の立場も守れる。

 だが数日後、
 家系図の枝が一本、黒ずんだ。

 その子は家を出て、
 盗みを繰り返し、
 最後は魔物に紛れて死んだ。

 枝の先に表示された数字を、
 ユウは今も覚えている。

 『死者:二十七』

 小さな「見なかった」が、
 連鎖して増えた死者。

 あの時、殴られていたのは一人だった。
 助けるのに必要だったのは、
 剣でも魔法でもなく――たった一言。

 「やめろ」と。

 ユウは、息を吸った。

 守護者に顔を上げる。

 「……冷酷な正解は、もう試しました」

 守護者の目が、僅かに細くなる。

 「俺が見なかったことにした分岐は、
  全部、あとから膨らんだ」

 声が、硬くなる。

 「見捨てるって、楽なんですよ。
  “効率がいい”って言えるから」

 ユウは、家系図の七代目の欄を見る。

 炭鉱町ガルマ。
 六歳。
 三度死んで、生きた。

 「でも、見捨てられた側は」

 言葉が詰まりそうになるのを、
 歯を噛みしめて止めた。

 「……世界を、壊したくなる」

 守護者が言う。

 「感情だ」

 「はい」

 ユウは、即答した。

 「感情です。
  でも――感情の結果が、魔王なんでしょう」

 守護者は、初めて明確に反論した。

 「なら問う。
  お前は最後までやり切れるのか」

 ユウの胸が、痛くなる。

 怖い。
 失敗したら、98.1%。

 それでも。

 ユウは、ゆっくりとうなずいた。

 「……やります」

 守護者が、低く笑った。

 「甘い」

 「甘いかもしれません」

 ユウは、視線を逸らさない。

 「でも、甘さを捨てて
  正しさだけにした未来が――
  俺の家系を滅ぼした」

 その言葉に、守護者は沈黙した。

 否定できなかった。

 守護者の沈黙は、短かった。

 否定できない事実を前にした時、
 この存在は無駄な言葉を重ねない。

 代わりに――家系図が更新された。

 七代目の欄の下に、
 今まで存在しなかった項目が現れる。

 『別分岐成立条件:未達』

 その文字が、さらに展開する。

 『第一条件:肯定的接続の継続』
 『必要期間:三年以上』
 『必要人数:一名以上』
 『断絶許容量:〇』

 ユウは、息を呑んだ。

 「……断絶、ゼロ?」

 守護者が答える。

 「一度でも完全に切れれば、その分岐は消える」

 それは、想像以上に厳しい条件だった。

 三年。
 六歳の子どもにとっての三年は、
 人生の半分に近い。

 しかも――一名以上。

 「一人でもいい、ってことですよね」

 「正確には、“一人しかいない”」

 守護者は淡々と言う。

 「多数の期待は、分散する。
  聖王側に必要なのは、
  逃げない肯定者だ」

 ユウは、視線を落とす。

 肯定。
 甘やかしではない。

 結果が出なくても、
 失敗しても、
 価値を否定しない存在。

 (……重いな)

 剣を振るより重い。
 魔物と戦うより、ずっと。

 家系図は、さらに具体化する。

 『現環境の阻害要因:』
 『暴力的接触頻度:高』
 『教育機会:欠如』
 『保護者交代率:年平均2.4回』

 炭鉱町ガルマ。
 働けなくなった大人は去り、
 子どもは引き取られ、また戻される。

 (肯定が続くわけない)

 ユウは、はっきりと理解した。

 今の環境では、
 聖王側は成立しない。

 「……守護者」

 ユウは言う。

 「七代目に直接触れる必要は、まだない」

 守護者は、黙って聞いている。

 「まず変えるべきは――
  周囲の大人だ」

 炭鉱町。
 疲れ切った労働者。
 余裕のない管理者。

 子どもを肯定する以前に、
 自分が否定され続けている人間たち。

 「町の孤児管理、
  今は“共同”名義ですよね」

 「そうだ」

 守護者が答える。

 「責任の所在が曖昧な場合、
  最も危険な状態になる」

 ユウは、深く息を吸った。

 「じゃあ、最初の一手は決まりです」

 家系図の地図機能を開く。
 北方辺境。
 炭鉱町ガルマ。

 細い街道が、一本だけ伸びている。

 「俺はまず――
  この町の孤児管理者を、固定する」

 守護者が、わずかに眉を動かした。

 「遠回りだ」

 「はい」

 ユウは認める。

 「でも、ここを変えない限り、
  七代目に触れる資格がない」

 三年。
 一度も断絶しない肯定。

 それを担える人間を、
 まず一人、作る。

 「……成功率は?」

 守護者が聞く。

 ユウは、正直に答えた。

 「まだ、計算できません」

 だが、視線は逸らさない。

 「だから、やる価値がある」

 家系図の七代目の欄が、
 ほんの僅かに、色を変えた。

 まだ誤差。
 だが確かに――
 ゼロではなくなった。

 準備は、静かに始まった。

 剣でも、魔法でもない。
 必要なのは――人と金と、立場だ。

 ユウは、家系図の端にある補助機能を開いた。
 過去に結び直した縁、借りを返した人物、
 まだ使っていない“貸し”が一覧になる。

 (……三人)

 北方辺境に顔が利く者が一人。
 孤児院運営の経験者が一人。
 そして、金を動かせる商会主が一人。

 「守護者、確認する」

 ユウは淡々と言う。

 「孤児管理者を固定する。
  そのために必要な条件は?」

 守護者が即座に整理する。

 「第一に、収入の安定。
  第二に、町からの正式な承認。
  第三に、三年間の継続保証」

 三年。
 途中で逃げないという契約。

 (人は、口約束では残らない)

 ユウは、金額を弾いた。

 管理者一人の生活費。
 施設の最低限の維持費。
 事故が起きた時の予備。

 「……足りないな」

 正直な感想だった。

 炭鉱町は貧しい。
 善意だけで回る場所じゃない。

 だから――

 ユウは、三人目の名前を選んだ。

 北方交易を握る商会主。
 利益と損失でしか動かない男。

 「ここに、理由を作る」

 炭鉱町ガルマは、事故率が高い。
 不死の子どもが三度死んで生きているなら、
 それは“異常”であり、“噂”になる。

 噂は、金になる。

 守護者が言う。

 「利用するのか」

 「利用される前に、こちらが使う」

 ユウは即答した。

 「町の安全対策を条件に、
  孤児管理を商会の後援にする」

 事故が減れば、
 炭鉱は安定する。
 商会は利益を得る。

 管理者は、辞める理由を失う。

 「……合理的だ」

 守護者が認める。

 ユウは、地図を閉じた。

 炭鉱町ガルマ。
 北方辺境。
 行き先は、もう迷わない。

 「七代目には、まだ会わない」

 独り言のように言う。

 「まずは、
  会わなくても肯定が続く環境を作る」

 家系図の数値が、わずかに更新された。

 『別分岐成立率:3.2% → 4.1%』

 誤差だ。
 だが、動いた。

 「……始まったな」

 守護者が言う。

 「始めました」

 ユウは、そう返した。

 魔王を倒す旅じゃない。
 英雄になる話でもない。

 ただ一人の子どもが、
 「生きていい」と言われ続けるための準備。

 そのために、
 世界の側を動かす。

 ユウは、外套を手に取った。

 次に家系図を開く時、
 結果が出ていなくても構わない。

 重要なのは――
 逃げなかったという事実だ。

 炭鉱町へ向かう街道が、
 地図の上で、はっきりと示された。

 北へ向かう街道は、冷たかった。

 風が硬い。
 吐く息が白く、指先の感覚が鈍る。

 旅人の数も少ない。
 すれ違う荷馬車は、黙って通り過ぎる。
 言葉を交わす余裕がない――そんな土地だった。

 ユウは、歩きながら家系図を開くことはしなかった。
 開けば、数字が見える。
 数字を見れば、揺れる。

 今必要なのは、確認じゃない。
 やると決めたことを、進めること。

 途中の宿場町で、北方交易の商会主と会った。
 豪華な外套に、脂の乗った笑み。
 目だけが冷たい。

 「北の炭鉱町に用だと?」

 商会主は、酒杯を揺らしながら聞いた。

 ユウは、真っ直ぐ答える。

 「事故率を下げる。
  孤児管理を固定する。
  その代わり、商会が後援者として名前を出す」

 商会主は鼻で笑った。

 「慈善か?」

 「取引です」

 ユウは、迷わず言う。

 「事故が減れば、供給が安定する。
  安定すれば、相場が読める。
  読めれば、儲かる」

 商会主の笑みが、僅かに薄くなった。
 損得の言葉が通じる相手だ。

 「……条件は?」

 「三年。
  孤児管理者の給与と施設維持費を、契約で固定する」

 商会主は、指を二本立てた。

 「倍だ。
  ただし、町の管理者をこちらが選ぶ」

 ユウは、即答しなかった。

 (ここで譲れば、支配される)

 だが、突っぱねれば資金が切れる。
 現実は、勇気より厄介だ。

 ユウは言葉を整える。

 「選定は共同。
商会が推薦し、俺が最終承認する。
 その代わり、事故対策の資材は商会経由で買う」

 商会主は、しばらく考えた。

 そして、笑った。

 「面白い。
  北で“人を育てる”商売か」

 ユウは、その言葉にだけ反応しなかった。
 気取った皮肉に付き合う余裕はない。

 契約が交わされ、金が動く。

 たったそれだけのことで、
 家系図の未来は少しだけ変わる。

 宿を出る直前、守護者が言った。

 「一つ忠告する」

 「何ですか」

 「町に入った瞬間から、
  お前は“敵”を作る」

 ユウは歩みを止めない。

 「孤児の管理は、利権になる。
  曖昧だからこそ、甘い汁を吸う者がいる」

 そうだろう。
 だから、固定する。

 責任の所在を作り、
 逃げ道を塞ぐ。

 それは善意ではなく、仕組みだ。

 炭鉱町ガルマが見えたのは、翌日の夕方だった。

 煙突から黒い煙が上がり、
 雪混じりの空に、煤が溶けていく。

 町の入口には、子どもが二人座っていた。
 薄い服。
 汚れた頬。
 目だけが妙に鋭い。

 ユウは、そこで初めて足を止めた。

 (……似てる)

 七代目だとは分からない。
 顔も、名前も、情報はない。

 だが――
 「生きることに慣れていない目」を、ユウは知っている。

 子どもが、ユウの外套を見て言った。

 「よそ者か?」

 ユウは、静かにうなずいた。

 「用がある。
  この町の――孤児のことで」

 その瞬間、子どもの表情が凍る。

 そして、吐き捨てるように言った。

 「……また、来たのか」

 ユウの背筋が、冷えた。

 また。
 つまり、この町にはすでに、
 孤児に関わろうとした大人が何人もいて――

 誰も残らなかった。

 ユウは、心の中で言葉を決める。

 (今度は、残る)

 家系図を開かなくても、分かる。

 ここが、分岐点だ。

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