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第3章:魔王枝との決着
第21話『魔王枝の完全開示』
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家系図を開いた瞬間、ユウは違和感に気づいた。
いつもなら、枝は「未来」を示す。
可能性の線が、薄く、曖昧に伸びている。
だが今回は違った。
中央の一点だけが、異様に具体的だった。
(……情報量が、違う)
視線を集中させると、文字が一段、深く沈む。
『第七世代個体』
数字の下に、詳細が展開される。
『出生地:北方辺境・炭鉱町ガルマ』
『年齢:六歳』
『生存特性:不死(致死損傷後、一定時間で回復)』
ユウは、息を止めた。
「……子ども、か」
六歳。
剣も持てない年齢だ。
だが次の一文が、その認識を壊す。
『死亡記録:三件(事故二件・暴力一件)』
『いずれも回復を確認』
(もう……死んでる)
正確には、死んで“戻ってきている”。
不死。
祝福ではない。
子どもにとってそれは、
「守られない理由」になる。
家系図は続く。
『保護者:不在(形式上は町の共同管理)』
『教育:未実施』
『社会的接続:極小』
炭鉱町。
事故が日常で、
大人は疲れ切っている。
守られない子どもが
目立つ能力を持ったらどうなるか。
(……実験台だ)
ユウは、過去の記録を思い出す。
六代目。
異常耐久を持ち、
「壊れない兵士」として使われた末、
周囲を焼いた。
五代目。
再生能力を恐れられ、
隔離された結果、
世界を恨んだ。
守護者の声が、低く割り込む。
「確認するが――処理は可能だ」
ユウは、黙って続きを見る。
家系図の最下段。
確率表示が、初めて明確な数値を示した。
『世界崩壊到達率:89.7%(介入なし)』
『別分岐成立率:3.2%』
「……三パー、か」
低すぎる。
賭けと呼ぶには、あまりにも。
守護者が言う。
「最適解は排除だ。
今なら、被害は最小で済む」
ユウは、画面を閉じなかった。
六歳の子どもが、
炭鉱町で、
三度死んで、生きている。
それを「処理」と呼べるほど、
彼はまだ、壊れていなかった。
処理。
守護者が使ったその言葉が、
ユウの頭の中で、何度も反響していた。
「今なら可能だ」
守護者は続ける。
「炭鉱事故に紛れさせればいい。
不死であることは、公になっていない」
具体的だった。
曖昧な比喩も、哲学もない。
ただの手順。
「成功率は?」
ユウは、自分でも驚くほど冷静に聞いていた。
「九六・八パーセント」
即答。
「世界崩壊は回避される。
歴史的にも、最も被害の少ない分岐だ」
九六・八パーセント。
三・二パーセントではない。
(……正しい)
そう思ってしまったことが、
ユウ自身を一番動揺させた。
六歳の子ども。
まだ何もしていない。
だが未来では、
九割の確率で世界を壊す。
それを止められるのなら。
(救える命の数は、比べ物にならない)
数字は、残酷なほど説得力があった。
ユウは、目を閉じる。
――六代目。
異常耐久を持って生まれた少年。
村を守るために前線へ送られ、
「壊れないから大丈夫だ」と、
何度も盾にされた。
最後に彼が壊したのは、
敵ではなく、村そのものだった。
――五代目。
再生能力を恐れられ、
檻に入れられた少女。
「危険だから」という理由だけで、
誰も触れなかった。
結果、彼女は世界を恨んだ。
(あの時も……)
ユウは、歯を食いしばる。
(早く処理していれば、
(被害は少なかったのか?)
その問いは、
これまで、避け続けてきたものだ。
守護者が、追い打ちをかける。
「情に引きずられた結果が、
六代目と五代目だ」
「……」
「お前は、もう失敗例を知っている。
それでも同じ過ちを繰り返すのか」
正論だった。
感情を排した判断。
犠牲を最小にする選択。
ユウは、しばらく黙りこんだ。
炭鉱町ガルマ。
六歳。
三度死んで、生きている。
(……それでも)
胸の奥に、
消えない違和感が残る。
六代目も、五代目も。
彼らは「殺されなかった」。
だが同時に――
「選ばれなかった」。
守られなかった。
育てられなかった。
だから壊れた。
ユウは、ゆっくりと目を開けた。
「……守護者」
声が、少しだけ震えていた。
「もし俺が、ここで殺したら」
言葉を区切る。
「それは、正解でも、
次の魔王を育てるだけじゃないですか」
守護者は、すぐには答えなかった。
守護者は、沈黙のまま家系図を操作した。
ユウの目の前に、過去ログが展開される。
五代目、六代目――そして、七代目の欄の横に、赤い警告が点滅した。
『介入継続失敗時:世界崩壊到達率 98.1%』
数字が、さらに残酷になった。
守護者は言う。
「聞け。
お前が“救う”と決めて、途中で折れた場合」
淡々と、読み上げるように。
「その個体は、特別扱いされた孤独を得る。
周囲は期待し、失望し、見捨てる。
その落差は、放置より致命的だ」
ユウは、喉が乾くのを感じた。
「だから最適解は排除だ。
成功率96.8%。
代替案は3.2%。
失敗時は98.1%」
言葉は簡単だ。
だが、刃のように鋭い。
「お前が選ぶのは、英雄ではない。
博打だ」
ユウは、拳を握りしめた。
(……正しい)
また、そう思ってしまう。
この“正しさ”に飲まれた瞬間、
自分も守護者と同じ側へ行く。
ユウは、視線を下げた。
そして――思い出してしまった。
五代目でも、六代目でもない。
もっと小さい、
誰にも記録されない分岐。
まだ家系図スキルが今ほど強くない頃。
村の外れで、子どもが泣いていた。
父親に殴られていた。
助ければ、もめる。
村長にも迷惑がかかる。
ユウは、その時――
(見なかったことにした)
その一瞬の判断は、
正解だったはずだ。
波風は立たない。
自分の立場も守れる。
だが数日後、
家系図の枝が一本、黒ずんだ。
その子は家を出て、
盗みを繰り返し、
最後は魔物に紛れて死んだ。
枝の先に表示された数字を、
ユウは今も覚えている。
『死者:二十七』
小さな「見なかった」が、
連鎖して増えた死者。
あの時、殴られていたのは一人だった。
助けるのに必要だったのは、
剣でも魔法でもなく――たった一言。
「やめろ」と。
ユウは、息を吸った。
守護者に顔を上げる。
「……冷酷な正解は、もう試しました」
守護者の目が、僅かに細くなる。
「俺が見なかったことにした分岐は、
全部、あとから膨らんだ」
声が、硬くなる。
「見捨てるって、楽なんですよ。
“効率がいい”って言えるから」
ユウは、家系図の七代目の欄を見る。
炭鉱町ガルマ。
六歳。
三度死んで、生きた。
「でも、見捨てられた側は」
言葉が詰まりそうになるのを、
歯を噛みしめて止めた。
「……世界を、壊したくなる」
守護者が言う。
「感情だ」
「はい」
ユウは、即答した。
「感情です。
でも――感情の結果が、魔王なんでしょう」
守護者は、初めて明確に反論した。
「なら問う。
お前は最後までやり切れるのか」
ユウの胸が、痛くなる。
怖い。
失敗したら、98.1%。
それでも。
ユウは、ゆっくりとうなずいた。
「……やります」
守護者が、低く笑った。
「甘い」
「甘いかもしれません」
ユウは、視線を逸らさない。
「でも、甘さを捨てて
正しさだけにした未来が――
俺の家系を滅ぼした」
その言葉に、守護者は沈黙した。
否定できなかった。
守護者の沈黙は、短かった。
否定できない事実を前にした時、
この存在は無駄な言葉を重ねない。
代わりに――家系図が更新された。
七代目の欄の下に、
今まで存在しなかった項目が現れる。
『別分岐成立条件:未達』
その文字が、さらに展開する。
『第一条件:肯定的接続の継続』
『必要期間:三年以上』
『必要人数:一名以上』
『断絶許容量:〇』
ユウは、息を呑んだ。
「……断絶、ゼロ?」
守護者が答える。
「一度でも完全に切れれば、その分岐は消える」
それは、想像以上に厳しい条件だった。
三年。
六歳の子どもにとっての三年は、
人生の半分に近い。
しかも――一名以上。
「一人でもいい、ってことですよね」
「正確には、“一人しかいない”」
守護者は淡々と言う。
「多数の期待は、分散する。
聖王側に必要なのは、
逃げない肯定者だ」
ユウは、視線を落とす。
肯定。
甘やかしではない。
結果が出なくても、
失敗しても、
価値を否定しない存在。
(……重いな)
剣を振るより重い。
魔物と戦うより、ずっと。
家系図は、さらに具体化する。
『現環境の阻害要因:』
『暴力的接触頻度:高』
『教育機会:欠如』
『保護者交代率:年平均2.4回』
炭鉱町ガルマ。
働けなくなった大人は去り、
子どもは引き取られ、また戻される。
(肯定が続くわけない)
ユウは、はっきりと理解した。
今の環境では、
聖王側は成立しない。
「……守護者」
ユウは言う。
「七代目に直接触れる必要は、まだない」
守護者は、黙って聞いている。
「まず変えるべきは――
周囲の大人だ」
炭鉱町。
疲れ切った労働者。
余裕のない管理者。
子どもを肯定する以前に、
自分が否定され続けている人間たち。
「町の孤児管理、
今は“共同”名義ですよね」
「そうだ」
守護者が答える。
「責任の所在が曖昧な場合、
最も危険な状態になる」
ユウは、深く息を吸った。
「じゃあ、最初の一手は決まりです」
家系図の地図機能を開く。
北方辺境。
炭鉱町ガルマ。
細い街道が、一本だけ伸びている。
「俺はまず――
この町の孤児管理者を、固定する」
守護者が、わずかに眉を動かした。
「遠回りだ」
「はい」
ユウは認める。
「でも、ここを変えない限り、
七代目に触れる資格がない」
三年。
一度も断絶しない肯定。
それを担える人間を、
まず一人、作る。
「……成功率は?」
守護者が聞く。
ユウは、正直に答えた。
「まだ、計算できません」
だが、視線は逸らさない。
「だから、やる価値がある」
家系図の七代目の欄が、
ほんの僅かに、色を変えた。
まだ誤差。
だが確かに――
ゼロではなくなった。
準備は、静かに始まった。
剣でも、魔法でもない。
必要なのは――人と金と、立場だ。
ユウは、家系図の端にある補助機能を開いた。
過去に結び直した縁、借りを返した人物、
まだ使っていない“貸し”が一覧になる。
(……三人)
北方辺境に顔が利く者が一人。
孤児院運営の経験者が一人。
そして、金を動かせる商会主が一人。
「守護者、確認する」
ユウは淡々と言う。
「孤児管理者を固定する。
そのために必要な条件は?」
守護者が即座に整理する。
「第一に、収入の安定。
第二に、町からの正式な承認。
第三に、三年間の継続保証」
三年。
途中で逃げないという契約。
(人は、口約束では残らない)
ユウは、金額を弾いた。
管理者一人の生活費。
施設の最低限の維持費。
事故が起きた時の予備。
「……足りないな」
正直な感想だった。
炭鉱町は貧しい。
善意だけで回る場所じゃない。
だから――
ユウは、三人目の名前を選んだ。
北方交易を握る商会主。
利益と損失でしか動かない男。
「ここに、理由を作る」
炭鉱町ガルマは、事故率が高い。
不死の子どもが三度死んで生きているなら、
それは“異常”であり、“噂”になる。
噂は、金になる。
守護者が言う。
「利用するのか」
「利用される前に、こちらが使う」
ユウは即答した。
「町の安全対策を条件に、
孤児管理を商会の後援にする」
事故が減れば、
炭鉱は安定する。
商会は利益を得る。
管理者は、辞める理由を失う。
「……合理的だ」
守護者が認める。
ユウは、地図を閉じた。
炭鉱町ガルマ。
北方辺境。
行き先は、もう迷わない。
「七代目には、まだ会わない」
独り言のように言う。
「まずは、
会わなくても肯定が続く環境を作る」
家系図の数値が、わずかに更新された。
『別分岐成立率:3.2% → 4.1%』
誤差だ。
だが、動いた。
「……始まったな」
守護者が言う。
「始めました」
ユウは、そう返した。
魔王を倒す旅じゃない。
英雄になる話でもない。
ただ一人の子どもが、
「生きていい」と言われ続けるための準備。
そのために、
世界の側を動かす。
ユウは、外套を手に取った。
次に家系図を開く時、
結果が出ていなくても構わない。
重要なのは――
逃げなかったという事実だ。
炭鉱町へ向かう街道が、
地図の上で、はっきりと示された。
北へ向かう街道は、冷たかった。
風が硬い。
吐く息が白く、指先の感覚が鈍る。
旅人の数も少ない。
すれ違う荷馬車は、黙って通り過ぎる。
言葉を交わす余裕がない――そんな土地だった。
ユウは、歩きながら家系図を開くことはしなかった。
開けば、数字が見える。
数字を見れば、揺れる。
今必要なのは、確認じゃない。
やると決めたことを、進めること。
途中の宿場町で、北方交易の商会主と会った。
豪華な外套に、脂の乗った笑み。
目だけが冷たい。
「北の炭鉱町に用だと?」
商会主は、酒杯を揺らしながら聞いた。
ユウは、真っ直ぐ答える。
「事故率を下げる。
孤児管理を固定する。
その代わり、商会が後援者として名前を出す」
商会主は鼻で笑った。
「慈善か?」
「取引です」
ユウは、迷わず言う。
「事故が減れば、供給が安定する。
安定すれば、相場が読める。
読めれば、儲かる」
商会主の笑みが、僅かに薄くなった。
損得の言葉が通じる相手だ。
「……条件は?」
「三年。
孤児管理者の給与と施設維持費を、契約で固定する」
商会主は、指を二本立てた。
「倍だ。
ただし、町の管理者をこちらが選ぶ」
ユウは、即答しなかった。
(ここで譲れば、支配される)
だが、突っぱねれば資金が切れる。
現実は、勇気より厄介だ。
ユウは言葉を整える。
「選定は共同。
商会が推薦し、俺が最終承認する。
その代わり、事故対策の資材は商会経由で買う」
商会主は、しばらく考えた。
そして、笑った。
「面白い。
北で“人を育てる”商売か」
ユウは、その言葉にだけ反応しなかった。
気取った皮肉に付き合う余裕はない。
契約が交わされ、金が動く。
たったそれだけのことで、
家系図の未来は少しだけ変わる。
宿を出る直前、守護者が言った。
「一つ忠告する」
「何ですか」
「町に入った瞬間から、
お前は“敵”を作る」
ユウは歩みを止めない。
「孤児の管理は、利権になる。
曖昧だからこそ、甘い汁を吸う者がいる」
そうだろう。
だから、固定する。
責任の所在を作り、
逃げ道を塞ぐ。
それは善意ではなく、仕組みだ。
炭鉱町ガルマが見えたのは、翌日の夕方だった。
煙突から黒い煙が上がり、
雪混じりの空に、煤が溶けていく。
町の入口には、子どもが二人座っていた。
薄い服。
汚れた頬。
目だけが妙に鋭い。
ユウは、そこで初めて足を止めた。
(……似てる)
七代目だとは分からない。
顔も、名前も、情報はない。
だが――
「生きることに慣れていない目」を、ユウは知っている。
子どもが、ユウの外套を見て言った。
「よそ者か?」
ユウは、静かにうなずいた。
「用がある。
この町の――孤児のことで」
その瞬間、子どもの表情が凍る。
そして、吐き捨てるように言った。
「……また、来たのか」
ユウの背筋が、冷えた。
また。
つまり、この町にはすでに、
孤児に関わろうとした大人が何人もいて――
誰も残らなかった。
ユウは、心の中で言葉を決める。
(今度は、残る)
家系図を開かなくても、分かる。
ここが、分岐点だ。
いつもなら、枝は「未来」を示す。
可能性の線が、薄く、曖昧に伸びている。
だが今回は違った。
中央の一点だけが、異様に具体的だった。
(……情報量が、違う)
視線を集中させると、文字が一段、深く沈む。
『第七世代個体』
数字の下に、詳細が展開される。
『出生地:北方辺境・炭鉱町ガルマ』
『年齢:六歳』
『生存特性:不死(致死損傷後、一定時間で回復)』
ユウは、息を止めた。
「……子ども、か」
六歳。
剣も持てない年齢だ。
だが次の一文が、その認識を壊す。
『死亡記録:三件(事故二件・暴力一件)』
『いずれも回復を確認』
(もう……死んでる)
正確には、死んで“戻ってきている”。
不死。
祝福ではない。
子どもにとってそれは、
「守られない理由」になる。
家系図は続く。
『保護者:不在(形式上は町の共同管理)』
『教育:未実施』
『社会的接続:極小』
炭鉱町。
事故が日常で、
大人は疲れ切っている。
守られない子どもが
目立つ能力を持ったらどうなるか。
(……実験台だ)
ユウは、過去の記録を思い出す。
六代目。
異常耐久を持ち、
「壊れない兵士」として使われた末、
周囲を焼いた。
五代目。
再生能力を恐れられ、
隔離された結果、
世界を恨んだ。
守護者の声が、低く割り込む。
「確認するが――処理は可能だ」
ユウは、黙って続きを見る。
家系図の最下段。
確率表示が、初めて明確な数値を示した。
『世界崩壊到達率:89.7%(介入なし)』
『別分岐成立率:3.2%』
「……三パー、か」
低すぎる。
賭けと呼ぶには、あまりにも。
守護者が言う。
「最適解は排除だ。
今なら、被害は最小で済む」
ユウは、画面を閉じなかった。
六歳の子どもが、
炭鉱町で、
三度死んで、生きている。
それを「処理」と呼べるほど、
彼はまだ、壊れていなかった。
処理。
守護者が使ったその言葉が、
ユウの頭の中で、何度も反響していた。
「今なら可能だ」
守護者は続ける。
「炭鉱事故に紛れさせればいい。
不死であることは、公になっていない」
具体的だった。
曖昧な比喩も、哲学もない。
ただの手順。
「成功率は?」
ユウは、自分でも驚くほど冷静に聞いていた。
「九六・八パーセント」
即答。
「世界崩壊は回避される。
歴史的にも、最も被害の少ない分岐だ」
九六・八パーセント。
三・二パーセントではない。
(……正しい)
そう思ってしまったことが、
ユウ自身を一番動揺させた。
六歳の子ども。
まだ何もしていない。
だが未来では、
九割の確率で世界を壊す。
それを止められるのなら。
(救える命の数は、比べ物にならない)
数字は、残酷なほど説得力があった。
ユウは、目を閉じる。
――六代目。
異常耐久を持って生まれた少年。
村を守るために前線へ送られ、
「壊れないから大丈夫だ」と、
何度も盾にされた。
最後に彼が壊したのは、
敵ではなく、村そのものだった。
――五代目。
再生能力を恐れられ、
檻に入れられた少女。
「危険だから」という理由だけで、
誰も触れなかった。
結果、彼女は世界を恨んだ。
(あの時も……)
ユウは、歯を食いしばる。
(早く処理していれば、
(被害は少なかったのか?)
その問いは、
これまで、避け続けてきたものだ。
守護者が、追い打ちをかける。
「情に引きずられた結果が、
六代目と五代目だ」
「……」
「お前は、もう失敗例を知っている。
それでも同じ過ちを繰り返すのか」
正論だった。
感情を排した判断。
犠牲を最小にする選択。
ユウは、しばらく黙りこんだ。
炭鉱町ガルマ。
六歳。
三度死んで、生きている。
(……それでも)
胸の奥に、
消えない違和感が残る。
六代目も、五代目も。
彼らは「殺されなかった」。
だが同時に――
「選ばれなかった」。
守られなかった。
育てられなかった。
だから壊れた。
ユウは、ゆっくりと目を開けた。
「……守護者」
声が、少しだけ震えていた。
「もし俺が、ここで殺したら」
言葉を区切る。
「それは、正解でも、
次の魔王を育てるだけじゃないですか」
守護者は、すぐには答えなかった。
守護者は、沈黙のまま家系図を操作した。
ユウの目の前に、過去ログが展開される。
五代目、六代目――そして、七代目の欄の横に、赤い警告が点滅した。
『介入継続失敗時:世界崩壊到達率 98.1%』
数字が、さらに残酷になった。
守護者は言う。
「聞け。
お前が“救う”と決めて、途中で折れた場合」
淡々と、読み上げるように。
「その個体は、特別扱いされた孤独を得る。
周囲は期待し、失望し、見捨てる。
その落差は、放置より致命的だ」
ユウは、喉が乾くのを感じた。
「だから最適解は排除だ。
成功率96.8%。
代替案は3.2%。
失敗時は98.1%」
言葉は簡単だ。
だが、刃のように鋭い。
「お前が選ぶのは、英雄ではない。
博打だ」
ユウは、拳を握りしめた。
(……正しい)
また、そう思ってしまう。
この“正しさ”に飲まれた瞬間、
自分も守護者と同じ側へ行く。
ユウは、視線を下げた。
そして――思い出してしまった。
五代目でも、六代目でもない。
もっと小さい、
誰にも記録されない分岐。
まだ家系図スキルが今ほど強くない頃。
村の外れで、子どもが泣いていた。
父親に殴られていた。
助ければ、もめる。
村長にも迷惑がかかる。
ユウは、その時――
(見なかったことにした)
その一瞬の判断は、
正解だったはずだ。
波風は立たない。
自分の立場も守れる。
だが数日後、
家系図の枝が一本、黒ずんだ。
その子は家を出て、
盗みを繰り返し、
最後は魔物に紛れて死んだ。
枝の先に表示された数字を、
ユウは今も覚えている。
『死者:二十七』
小さな「見なかった」が、
連鎖して増えた死者。
あの時、殴られていたのは一人だった。
助けるのに必要だったのは、
剣でも魔法でもなく――たった一言。
「やめろ」と。
ユウは、息を吸った。
守護者に顔を上げる。
「……冷酷な正解は、もう試しました」
守護者の目が、僅かに細くなる。
「俺が見なかったことにした分岐は、
全部、あとから膨らんだ」
声が、硬くなる。
「見捨てるって、楽なんですよ。
“効率がいい”って言えるから」
ユウは、家系図の七代目の欄を見る。
炭鉱町ガルマ。
六歳。
三度死んで、生きた。
「でも、見捨てられた側は」
言葉が詰まりそうになるのを、
歯を噛みしめて止めた。
「……世界を、壊したくなる」
守護者が言う。
「感情だ」
「はい」
ユウは、即答した。
「感情です。
でも――感情の結果が、魔王なんでしょう」
守護者は、初めて明確に反論した。
「なら問う。
お前は最後までやり切れるのか」
ユウの胸が、痛くなる。
怖い。
失敗したら、98.1%。
それでも。
ユウは、ゆっくりとうなずいた。
「……やります」
守護者が、低く笑った。
「甘い」
「甘いかもしれません」
ユウは、視線を逸らさない。
「でも、甘さを捨てて
正しさだけにした未来が――
俺の家系を滅ぼした」
その言葉に、守護者は沈黙した。
否定できなかった。
守護者の沈黙は、短かった。
否定できない事実を前にした時、
この存在は無駄な言葉を重ねない。
代わりに――家系図が更新された。
七代目の欄の下に、
今まで存在しなかった項目が現れる。
『別分岐成立条件:未達』
その文字が、さらに展開する。
『第一条件:肯定的接続の継続』
『必要期間:三年以上』
『必要人数:一名以上』
『断絶許容量:〇』
ユウは、息を呑んだ。
「……断絶、ゼロ?」
守護者が答える。
「一度でも完全に切れれば、その分岐は消える」
それは、想像以上に厳しい条件だった。
三年。
六歳の子どもにとっての三年は、
人生の半分に近い。
しかも――一名以上。
「一人でもいい、ってことですよね」
「正確には、“一人しかいない”」
守護者は淡々と言う。
「多数の期待は、分散する。
聖王側に必要なのは、
逃げない肯定者だ」
ユウは、視線を落とす。
肯定。
甘やかしではない。
結果が出なくても、
失敗しても、
価値を否定しない存在。
(……重いな)
剣を振るより重い。
魔物と戦うより、ずっと。
家系図は、さらに具体化する。
『現環境の阻害要因:』
『暴力的接触頻度:高』
『教育機会:欠如』
『保護者交代率:年平均2.4回』
炭鉱町ガルマ。
働けなくなった大人は去り、
子どもは引き取られ、また戻される。
(肯定が続くわけない)
ユウは、はっきりと理解した。
今の環境では、
聖王側は成立しない。
「……守護者」
ユウは言う。
「七代目に直接触れる必要は、まだない」
守護者は、黙って聞いている。
「まず変えるべきは――
周囲の大人だ」
炭鉱町。
疲れ切った労働者。
余裕のない管理者。
子どもを肯定する以前に、
自分が否定され続けている人間たち。
「町の孤児管理、
今は“共同”名義ですよね」
「そうだ」
守護者が答える。
「責任の所在が曖昧な場合、
最も危険な状態になる」
ユウは、深く息を吸った。
「じゃあ、最初の一手は決まりです」
家系図の地図機能を開く。
北方辺境。
炭鉱町ガルマ。
細い街道が、一本だけ伸びている。
「俺はまず――
この町の孤児管理者を、固定する」
守護者が、わずかに眉を動かした。
「遠回りだ」
「はい」
ユウは認める。
「でも、ここを変えない限り、
七代目に触れる資格がない」
三年。
一度も断絶しない肯定。
それを担える人間を、
まず一人、作る。
「……成功率は?」
守護者が聞く。
ユウは、正直に答えた。
「まだ、計算できません」
だが、視線は逸らさない。
「だから、やる価値がある」
家系図の七代目の欄が、
ほんの僅かに、色を変えた。
まだ誤差。
だが確かに――
ゼロではなくなった。
準備は、静かに始まった。
剣でも、魔法でもない。
必要なのは――人と金と、立場だ。
ユウは、家系図の端にある補助機能を開いた。
過去に結び直した縁、借りを返した人物、
まだ使っていない“貸し”が一覧になる。
(……三人)
北方辺境に顔が利く者が一人。
孤児院運営の経験者が一人。
そして、金を動かせる商会主が一人。
「守護者、確認する」
ユウは淡々と言う。
「孤児管理者を固定する。
そのために必要な条件は?」
守護者が即座に整理する。
「第一に、収入の安定。
第二に、町からの正式な承認。
第三に、三年間の継続保証」
三年。
途中で逃げないという契約。
(人は、口約束では残らない)
ユウは、金額を弾いた。
管理者一人の生活費。
施設の最低限の維持費。
事故が起きた時の予備。
「……足りないな」
正直な感想だった。
炭鉱町は貧しい。
善意だけで回る場所じゃない。
だから――
ユウは、三人目の名前を選んだ。
北方交易を握る商会主。
利益と損失でしか動かない男。
「ここに、理由を作る」
炭鉱町ガルマは、事故率が高い。
不死の子どもが三度死んで生きているなら、
それは“異常”であり、“噂”になる。
噂は、金になる。
守護者が言う。
「利用するのか」
「利用される前に、こちらが使う」
ユウは即答した。
「町の安全対策を条件に、
孤児管理を商会の後援にする」
事故が減れば、
炭鉱は安定する。
商会は利益を得る。
管理者は、辞める理由を失う。
「……合理的だ」
守護者が認める。
ユウは、地図を閉じた。
炭鉱町ガルマ。
北方辺境。
行き先は、もう迷わない。
「七代目には、まだ会わない」
独り言のように言う。
「まずは、
会わなくても肯定が続く環境を作る」
家系図の数値が、わずかに更新された。
『別分岐成立率:3.2% → 4.1%』
誤差だ。
だが、動いた。
「……始まったな」
守護者が言う。
「始めました」
ユウは、そう返した。
魔王を倒す旅じゃない。
英雄になる話でもない。
ただ一人の子どもが、
「生きていい」と言われ続けるための準備。
そのために、
世界の側を動かす。
ユウは、外套を手に取った。
次に家系図を開く時、
結果が出ていなくても構わない。
重要なのは――
逃げなかったという事実だ。
炭鉱町へ向かう街道が、
地図の上で、はっきりと示された。
北へ向かう街道は、冷たかった。
風が硬い。
吐く息が白く、指先の感覚が鈍る。
旅人の数も少ない。
すれ違う荷馬車は、黙って通り過ぎる。
言葉を交わす余裕がない――そんな土地だった。
ユウは、歩きながら家系図を開くことはしなかった。
開けば、数字が見える。
数字を見れば、揺れる。
今必要なのは、確認じゃない。
やると決めたことを、進めること。
途中の宿場町で、北方交易の商会主と会った。
豪華な外套に、脂の乗った笑み。
目だけが冷たい。
「北の炭鉱町に用だと?」
商会主は、酒杯を揺らしながら聞いた。
ユウは、真っ直ぐ答える。
「事故率を下げる。
孤児管理を固定する。
その代わり、商会が後援者として名前を出す」
商会主は鼻で笑った。
「慈善か?」
「取引です」
ユウは、迷わず言う。
「事故が減れば、供給が安定する。
安定すれば、相場が読める。
読めれば、儲かる」
商会主の笑みが、僅かに薄くなった。
損得の言葉が通じる相手だ。
「……条件は?」
「三年。
孤児管理者の給与と施設維持費を、契約で固定する」
商会主は、指を二本立てた。
「倍だ。
ただし、町の管理者をこちらが選ぶ」
ユウは、即答しなかった。
(ここで譲れば、支配される)
だが、突っぱねれば資金が切れる。
現実は、勇気より厄介だ。
ユウは言葉を整える。
「選定は共同。
商会が推薦し、俺が最終承認する。
その代わり、事故対策の資材は商会経由で買う」
商会主は、しばらく考えた。
そして、笑った。
「面白い。
北で“人を育てる”商売か」
ユウは、その言葉にだけ反応しなかった。
気取った皮肉に付き合う余裕はない。
契約が交わされ、金が動く。
たったそれだけのことで、
家系図の未来は少しだけ変わる。
宿を出る直前、守護者が言った。
「一つ忠告する」
「何ですか」
「町に入った瞬間から、
お前は“敵”を作る」
ユウは歩みを止めない。
「孤児の管理は、利権になる。
曖昧だからこそ、甘い汁を吸う者がいる」
そうだろう。
だから、固定する。
責任の所在を作り、
逃げ道を塞ぐ。
それは善意ではなく、仕組みだ。
炭鉱町ガルマが見えたのは、翌日の夕方だった。
煙突から黒い煙が上がり、
雪混じりの空に、煤が溶けていく。
町の入口には、子どもが二人座っていた。
薄い服。
汚れた頬。
目だけが妙に鋭い。
ユウは、そこで初めて足を止めた。
(……似てる)
七代目だとは分からない。
顔も、名前も、情報はない。
だが――
「生きることに慣れていない目」を、ユウは知っている。
子どもが、ユウの外套を見て言った。
「よそ者か?」
ユウは、静かにうなずいた。
「用がある。
この町の――孤児のことで」
その瞬間、子どもの表情が凍る。
そして、吐き捨てるように言った。
「……また、来たのか」
ユウの背筋が、冷えた。
また。
つまり、この町にはすでに、
孤児に関わろうとした大人が何人もいて――
誰も残らなかった。
ユウは、心の中で言葉を決める。
(今度は、残る)
家系図を開かなくても、分かる。
ここが、分岐点だ。
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