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異世界に来て早々、私の人生が詰んだ話。

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ウィンストンさんは素早く、多少怒声も混じったような声色でドアの付近にあった鈴を鳴らしてメイドを呼んでいる。

その際に一瞬睨まれたような気がするのは気のせいだろうか。それにさきほどからどこからともなく、たくさんの視線に囲まれているような気もする。なんとも言えない不気味な雰囲気に眉をひそめてしまう。

「ウィンストン、私はいいからこの女性にもタオルを」

ウィンストンさんは自分の上着を脱いで王子にかけている。そんななか私の事を王子が指摘すると明らかに大きなため息をついて、私の方に顔を向ける。その顔が上司と重なってしまいすぐに私は目を逸らしてしまう。

「あなたは何者ですか?答えによっては、、、」
「ウィンストン!彼女は私の客人だ!もう少し丁寧に扱ってもらえると嬉しいよ」

王子が眉を下げながら、そう頼むとウィンストンさんは私を再度強く睨んでから笑顔になる。あまりにも自然な笑顔で先ほどまでの違和感は気のせいだったのでは無いかと思いかけたが油断は禁物。

「それは、失礼しました。見た事のない顔で、、、いえ。貴族一覧表でも見た事の無い顔でしたので強く警戒をしておりました」
「え? ウィンストン、でもこの子の服もかなり上質で、見た事の無いデザインだ。キャンデウスの衣装を購入できるまだ公表されていない貴族の令嬢ではないのかい?」

なにやらブツブツとマリーやらリリアやらエリーやらシャネリーやら女性の名前をブツブツと言いながら私の顔を見ては何度も首を傾げて、再度「やはり見た事の無い顔です」と言ってきた。もしも本当に彼がこの国の貴族を把握していたとするのなら私が居なくて当然だ。貴族でも無いし、何なら国民でさえない。私は日本で暮らす一般人。王族やら貴族やら、そんなのとは無縁の世界で生きてきた私には関係のない話だ。

何となく私も気分は良くなかったから頬を膨らませていると、困惑した様子で王子は何度もウィンストンさんと私の顔を交互に見つめている。その仕草でさえ可愛くてついにやけそうになってしまったのは別の話だ。

そしてウィントンさんは深く深呼吸をしたかと思うと自分の机の引き出しを開けた。移動する際に資料を何度も踏んで舌打ちをしている様子が少し面白かった。苛ついているから些細な事にも気付かないのだと心の中で悪態をつく。それほどまでに私は現時点で、5分も経たずに彼への評価は最悪だった。まあ、ウィンストンさんも私の事を嫌いなようだし、ここはお互い様って所だと思う。

何やら鍵付きの引き出しだったようでズボンのポケットから出てきたいくつかの鍵から目的のものをするりと選んでいる。ほとんど見た目の変わらない鍵を、である。なんとなくこの男の能力の片鱗をみてしまったようでつい口の端をピクピクとしてしまった。

そしてその引き出しの中から出てきたのは、革で出来た両手で抱える程の冊子が出てきた。ウィンストンさんは親指と人差し指をペロリと舐めてパラパラと捲る。最後のページまで見て彼はまた大きくため息を吐いている。

「これは私が知る限りの、存命している貴族の情報です。ご令嬢の姿絵や情報を見る限り誰も貴方と一致しません。もちろん公爵から男爵を含めた情報です」

続けてウィンストンさんはこう言った。「この手帳は産まれた時から一年更新でまとめられています。ここに載っていないという事は、城に伝えられなかったよっぽどの理由があるのか、または平民との間に出来た私生児。それから城下町から侵入してきた平民。

前者二つは場合によっては救済してあげても良い例もありますが、後者に関しては考える時間も無駄です。もしも後者であるならば、私は子どもであろうと極刑、または地下牢に拘束しなければならない。少なくとも貴族街を通って城まで侵入しているんです。手練れである可能性は高いでしょう。」

そういって自信満々に彼はモノクルをくいっとあげて、私が何を言いたいか王子には分かりますよね、と問うていた。しかし、貴族じゃなければなんだと言うのだ。

「いや、でもウィンストン。侵入では無いと思うんだよ。だってこの子は確かに空から池に落ちて、なによりも本気で助けを求めていた。そんな子が侵入してもメリットがあるとは思えないよ」
「そんなもの木に身を潜めて王子が着た瞬間に落ちれば済む話です、さあメイドも来たみたいですし、湯あみをして体を温めてきてください」

3人くらいのメイドが部屋に入ってきて大きなタオルを王子に掛けていた。余分にタオルも持ってきていたらしく若いメイドが私にも渡してくれようとしていたが、ウィンストンさんが要らないと一蹴していた。そして優しい顔で王子に迎えにきたメイドの元へ行くように促していた。王子は出るときに私の頭を何度か撫でで、また後でねと言ってくれた。耳元でウィンストンがごめんね、きっと話が終わったらタオルはかけてくれるからと。

「ウィンストン、私は湯あみに行くけれどこの子の事はちゃんと客人扱いをして欲しい。ウィンストンが僕を心配してくれているのは十分伝わっているから」
「ええ、お任せください」

そうして今度こそ本当に王子はこの部屋を出てしまう。その瞬間ウィンストンさんの表情が冷たくなる。とても怖い顔をしている。最初に顔を合わせた時と比にならないほどの顔だ。この調子じゃタオルも貰えないだろうなと、諦めに近い感情に遠くを見つめた。
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