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02エドワード
①茨道へと思い馳せ
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――三年間の日々に思いを馳せながら、見慣れた道から見慣れぬ道へ、ただひたすらに走った。雨に濡れた柔らかい土や葉の匂いが、ほんの少しだけ心を落ち着かせてくれる。
もしも今日が、晴れ日だったのなら私はその平和な空気に甘んじて、シュランの涙に負けてこの場に残る選択をしてしまったかもしれない。
だけれどきっと、誰も私にそんな甘ったれた生活なんて許してくれないだろう。だからこそ、神は今日という旅立ちの日に雨を振らせてくれたんだと思う。あの日を忘れるなという戒めも込めて。
でもまぁきっと、その神が忘れてもいいよだなんて言ったとしても、それに対して肯定をするつもりも無ければ、忘れるつもりもさらさらない。
過去の平和な日々がまるで幻のように思えるほど。あの日の光景はあまりにも唐突で残酷だったから。
月の光や朝の柔らかい光が部屋に差し込むバルコニー。そこから見つめるのが大好きだった賑やかな街と人々、美しいメロディーを奏でる野生動物、葉が揺れる音と柔らかな風の心地が心を満たしてくれた。
そのどれもが、私にとっての理想の治世であり、もっと素晴らしい国にするための道標でもあった。
……そんな私の大好きをたった一夜にして全て壊されたのだ。雷鳴と共に。 ガタガタと揺れ響く窓ガラスの音、ゴォゴォ、ガタガタ、ゴンゴンと響く自然の轟。それに加えて城まで届く魔物の酷く不気味で下品な笑い声や呻き声。 そして至る所からほんのりと見える黒煙。
本当なら助けに行きたかった。ここで民を置いて逃げようものなら、なんのための王太子だと叫び暴れたのが今も記憶に新しい。しかし、当時の護衛に「何よりも王族の、王太子殿下の命が大切なのです」と強く言われ続けた。「全てが終わった後に導けるのは、あなた方しかいないのです」と。
今思えば燃え盛る城下町の一角に彼の家族だって住んでいたはずなのに、今すぐにでもその場所に駆けつけたかったはずなのに、彼はそんな素振りは一切見せようとせずに本当に真っ直ぐに私の身を案じてくれていたのをしっかりと明確に記憶している。いつもいつもこちらが呆れるくらいに家庭を愛している奴だったのに。
――そこまで過去を思考したところで一度立ち止まって膝に手を付きながら深く深呼吸をする。古傷が疼くと言えばいいのか、なんと言えばいいのか、記憶を思い出したもののあんまりにもその記憶を集中的に辿ると頭痛と共に心臓までドクドクと痛くなり、息をするのも苦しくなるのだ。
根本的な原因は未だに分からないが、モグリの時にも似たような症状はあった訳だから、記憶が一つの要因としてのトリガーになっている事は間違いが無いはずだ。それとも私がまだ思い出していない何かがあるのか。それはまだ分からない。
そしてもう一度深く深呼吸をしてから辺りを見渡してみると、いつの間にか深く茂った森を抜けていたようで、辺りは遠くの方が容易に見渡せるほど平坦になっていた。
しかし見事なまでに人どころか獣の気配まで少なくなったように感じる。 地面を見れば轍があるにはあるから人が居ないわけではないのだろうと推測し、ひとまず安心した。それがいつ出来たものなのか分からない不安はありつつも、今はただ明るい可能性に希望を見出して前へ前へと進む、進むしかないのだ。
おそらく北の方に位置するここまでの地理には人一倍詳しいと自負している方ではあったが、どこに存在するかも分からない村から城への移動となるとやはり一段と道のりは厳しくなるようだ。目安にしたかった城でさえ目視出来ないなんて考えても見なかったから。
てっきり森さえ抜ければ見えるものだとばかり考えていたから。おそらく奥にそびえている大きな山々を超える必要も後々に出てきそうだ……モグリとしての経験が無ければ既に諦めていたかもしれない。
と、なると城よりも先に北の辺境伯の屋敷を訪れる事になるだろう……なってしまうだろう。 我が国が所有する四つの大きな山。それぞれ東西南北に辺境伯がついている。
そして私の見立てだと、あの山の麓こそが辺境伯の屋敷がある場所だと考えている。 城に来てもらった事は幾度となくあるが、実際に私は行った事がないためどうにも確信が持てないのだ。
それに加えて私があの村へと流される要因となった魔物の襲撃も問題となっている。現在、私が脳内で展開している地図はあくまでも襲撃を受ける前のものでしかない。 故に地理にどれくらいの変動があったかどうかの推測でさえ難しいし、それこそ信じたくもないが国そのものが無くなってしまっている可能性も否定はできないのだから。
一度その可能性を考えると、やはり心配になってくるのは家族で、あの襲撃の際に両親や弟は無事に逃げられたのか、とか。最後まで一緒にいた妹はどうなったのか、とか。本当に色々な事を考えてしまって落ち着きが無くなってしまうことも多かった。
身体的な要因もあるが、精神的な要因も考えればこそ、今はまだ詳細にあの日を思い返すのは時期尚早だも思っている。またいつの日か、私を知っている人と当時の話の照らし合わせが出来たらと、そう考えている。 その上であの村も地図に明記したい。
もちろん家族や周りの護衛を説得して、もう一度あの村にも訪れたい。実際に命の恩人でもあるのだからきっと誰も文句を言わないはずだ……文句があったとしても誰も何も言わないだろうけど。言えないだろうけど。
小さい頃から、私はずっと周りに跪かれて生きてきた。本当に当時は息苦しくて何度も何度も弟と一緒に逃げ出した時期もある。 まぁ、今思えばその弟が一番の裏切り者でもあったのだと思うけど。 どんな場所に行っても、決まっていつも使用人は同じくらいの時間に迎えが来ていたし。 何よりもいつも弟の提案に任せて隠れ場所を見つけていたから。
お気に入りのメガネをクイッと人差し指で押し上げながら両親や家庭教師に報告している姿まで容易く想像ができる。昔も、今も変わらないであろうその様子につい一人で微笑んでしまった。
弟も元気にしているのかな、等と黙々と考えながら歩みを止めて拳を頬に乗せる。産まれた時から一緒の双子の弟だ。
――王太子の器になり得ない、なろうともしない最高の相棒なのだ。
もしも今日が、晴れ日だったのなら私はその平和な空気に甘んじて、シュランの涙に負けてこの場に残る選択をしてしまったかもしれない。
だけれどきっと、誰も私にそんな甘ったれた生活なんて許してくれないだろう。だからこそ、神は今日という旅立ちの日に雨を振らせてくれたんだと思う。あの日を忘れるなという戒めも込めて。
でもまぁきっと、その神が忘れてもいいよだなんて言ったとしても、それに対して肯定をするつもりも無ければ、忘れるつもりもさらさらない。
過去の平和な日々がまるで幻のように思えるほど。あの日の光景はあまりにも唐突で残酷だったから。
月の光や朝の柔らかい光が部屋に差し込むバルコニー。そこから見つめるのが大好きだった賑やかな街と人々、美しいメロディーを奏でる野生動物、葉が揺れる音と柔らかな風の心地が心を満たしてくれた。
そのどれもが、私にとっての理想の治世であり、もっと素晴らしい国にするための道標でもあった。
……そんな私の大好きをたった一夜にして全て壊されたのだ。雷鳴と共に。 ガタガタと揺れ響く窓ガラスの音、ゴォゴォ、ガタガタ、ゴンゴンと響く自然の轟。それに加えて城まで届く魔物の酷く不気味で下品な笑い声や呻き声。 そして至る所からほんのりと見える黒煙。
本当なら助けに行きたかった。ここで民を置いて逃げようものなら、なんのための王太子だと叫び暴れたのが今も記憶に新しい。しかし、当時の護衛に「何よりも王族の、王太子殿下の命が大切なのです」と強く言われ続けた。「全てが終わった後に導けるのは、あなた方しかいないのです」と。
今思えば燃え盛る城下町の一角に彼の家族だって住んでいたはずなのに、今すぐにでもその場所に駆けつけたかったはずなのに、彼はそんな素振りは一切見せようとせずに本当に真っ直ぐに私の身を案じてくれていたのをしっかりと明確に記憶している。いつもいつもこちらが呆れるくらいに家庭を愛している奴だったのに。
――そこまで過去を思考したところで一度立ち止まって膝に手を付きながら深く深呼吸をする。古傷が疼くと言えばいいのか、なんと言えばいいのか、記憶を思い出したもののあんまりにもその記憶を集中的に辿ると頭痛と共に心臓までドクドクと痛くなり、息をするのも苦しくなるのだ。
根本的な原因は未だに分からないが、モグリの時にも似たような症状はあった訳だから、記憶が一つの要因としてのトリガーになっている事は間違いが無いはずだ。それとも私がまだ思い出していない何かがあるのか。それはまだ分からない。
そしてもう一度深く深呼吸をしてから辺りを見渡してみると、いつの間にか深く茂った森を抜けていたようで、辺りは遠くの方が容易に見渡せるほど平坦になっていた。
しかし見事なまでに人どころか獣の気配まで少なくなったように感じる。 地面を見れば轍があるにはあるから人が居ないわけではないのだろうと推測し、ひとまず安心した。それがいつ出来たものなのか分からない不安はありつつも、今はただ明るい可能性に希望を見出して前へ前へと進む、進むしかないのだ。
おそらく北の方に位置するここまでの地理には人一倍詳しいと自負している方ではあったが、どこに存在するかも分からない村から城への移動となるとやはり一段と道のりは厳しくなるようだ。目安にしたかった城でさえ目視出来ないなんて考えても見なかったから。
てっきり森さえ抜ければ見えるものだとばかり考えていたから。おそらく奥にそびえている大きな山々を超える必要も後々に出てきそうだ……モグリとしての経験が無ければ既に諦めていたかもしれない。
と、なると城よりも先に北の辺境伯の屋敷を訪れる事になるだろう……なってしまうだろう。 我が国が所有する四つの大きな山。それぞれ東西南北に辺境伯がついている。
そして私の見立てだと、あの山の麓こそが辺境伯の屋敷がある場所だと考えている。 城に来てもらった事は幾度となくあるが、実際に私は行った事がないためどうにも確信が持てないのだ。
それに加えて私があの村へと流される要因となった魔物の襲撃も問題となっている。現在、私が脳内で展開している地図はあくまでも襲撃を受ける前のものでしかない。 故に地理にどれくらいの変動があったかどうかの推測でさえ難しいし、それこそ信じたくもないが国そのものが無くなってしまっている可能性も否定はできないのだから。
一度その可能性を考えると、やはり心配になってくるのは家族で、あの襲撃の際に両親や弟は無事に逃げられたのか、とか。最後まで一緒にいた妹はどうなったのか、とか。本当に色々な事を考えてしまって落ち着きが無くなってしまうことも多かった。
身体的な要因もあるが、精神的な要因も考えればこそ、今はまだ詳細にあの日を思い返すのは時期尚早だも思っている。またいつの日か、私を知っている人と当時の話の照らし合わせが出来たらと、そう考えている。 その上であの村も地図に明記したい。
もちろん家族や周りの護衛を説得して、もう一度あの村にも訪れたい。実際に命の恩人でもあるのだからきっと誰も文句を言わないはずだ……文句があったとしても誰も何も言わないだろうけど。言えないだろうけど。
小さい頃から、私はずっと周りに跪かれて生きてきた。本当に当時は息苦しくて何度も何度も弟と一緒に逃げ出した時期もある。 まぁ、今思えばその弟が一番の裏切り者でもあったのだと思うけど。 どんな場所に行っても、決まっていつも使用人は同じくらいの時間に迎えが来ていたし。 何よりもいつも弟の提案に任せて隠れ場所を見つけていたから。
お気に入りのメガネをクイッと人差し指で押し上げながら両親や家庭教師に報告している姿まで容易く想像ができる。昔も、今も変わらないであろうその様子につい一人で微笑んでしまった。
弟も元気にしているのかな、等と黙々と考えながら歩みを止めて拳を頬に乗せる。産まれた時から一緒の双子の弟だ。
――王太子の器になり得ない、なろうともしない最高の相棒なのだ。
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