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第4話 猫
白紫稲荷例大祭
しおりを挟む白紫稲荷神社は、幽幻亭から徒歩十分のところにある。
路地を進んでいくと、まばらだった人通りが次第に増えていく。皆、祭りに行く客なのだろう、向かう先は同じだった。
大通りに出ると、歩道には多数の露店が軒を連ねていた。白紫稲荷神社に面する大通りの一部、約一キロメートルを正午から午後六時の間、通行止めにしているのである。
たこ焼き、焼きそば、わたあめ、かき氷……と、どんな露店があるのかチェックしながら歩いていると、ひときわ大きな赤い鳥居が目についた。白紫稲荷神社の鳥居である。
三基ほど等間隔に建てられているそれを抜けると、参道には多くの参拝者が訪れていた。
大きな本殿の前に簡素な舞台と客席が設けられ、舞台の上では正装に身を包んだ宮司が祝詞を読み上げている。客席にいる者だけでなく、境内にいる全員がそれを静かに拝聴していた。
静寂の中に響く、宮司の低くゆったりとした声。
もともと、神社仏閣特有の清浄な空気に包まれている境内だが、祝詞の効果なのか、それがより一層浄化されたように感じられた。
十数分後、祝詞を終えた宮司は本殿に一礼して舞台から降りた。それを合図に、参拝者達も動き始める。本殿に向かい参拝する者、境内の端に設置された集会用テントに赴き甘酒を受け取る者、何もせずに境内を後にする者、と様々である。
二階堂も人々の流れに乗るように、集会用テントへと向かった。この神社では、毎年、祭りの時には必ず甘酒を振る舞っているのだ。
「こんにちは」
「あ! 二階堂さん、いらっしゃい」
声をかけると、巫女服姿の女性が華やかな笑顔を向けた。顔なじみの巫女である。
「一杯、もらえるかな?」
「もちろんです!」
巫女はうなずくと、テーブルに置かれている紙コップの束から一つ取り出し、家庭用のドリンクサーバーから甘酒を注いだ。
「どうぞ」
礼を言って受け取った二階堂は、さっそく一口飲んだ。ほのかな甘味と米の味が口の中に広がる。甘酒の冷たさがのどに心地よい。
「飲みやすいね」
「ありがとうございます。宮司さんの知り合いの方に頼んで、酒粕と米麹を粉にしてブレンドしてもらったそうです」
そこに、砂糖とほんの少しの塩を加えてみたと得意気に言っていたとのこと。
確かに、米粒がなくのど越しもすっきりしていて飲みやすい。これなら、あの食感が苦手な人でも飲めるだろう。
「ごちそうさま」
二階堂は甘酒を飲み干すと、舞台の横を通り本殿へと向かった。
わずかだが賽銭を入れ、二礼二拍手一礼をした後で簡単な近況報告をする。
(奉納演舞の時に、また来ます)
心の中でそう告げて一礼し、本殿に背を向けた。
奉納演舞とは、午後三時から執り行われるこの祭りのメインである。
この街には、『その昔、干ばつが続いたこの地に双子の天狐が現れて、作物を与え雨を降らせた』という逸話が残されている。この祭りは、そんな双子の天狐を称える祭りのため、開始当初から狐の面を着けた二人の演者が舞う『天狐神楽』と巫女による『清華の舞』の二つの演舞が奉納されているのだ。
(よし! 奉納演舞まで時間あるから、露店巡りしようっと)
この後の行動を決めると、二階堂は善は急げとばかりに神社を後にした。
鳥居を抜けると、大通りは先程よりも賑わっていた。祭りらしくなってきた! と、二階堂のテンションも自然と上がっていく。
まずは何から食べようかと思案している彼の表情は、嬉々とした少年のようだった。
ふと、食欲をそそる香ばしい香りが鼻をついた。周囲に視線を巡らすと、すぐ近くにから揚げの屋台がある。香ばしい香りは、そこから漂ってくるらしい。
香りに引き寄せられた二階堂は、そこで五個入りのから揚げを購入した。揚げたてではないが、まだ温かい。
から揚げの屋台を後にした二階堂は、早速いただくことにした。付属の楊枝で一つ取り、口に運ぶ。肉質は柔らかで、噛むたびに肉汁が口の中に広がる。しょう油ベースのしっかりした味つけにほのかに香るにんにくが、食欲をさらに刺激する。
(うまっ! 後で蒼矢の分も買っておこう)
家に帰る前にもう一度寄ろうと心に決めて、から揚げを堪能しつつ露店巡りへとくり出した。もちろん、人にぶつからないように気をつけながら、である。
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