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第5話 天狐
天狐様に会いに
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しばらく歩いて行くと、赤い鳥居の前に着いた。二人とも自然に足を止める。
「いつ見ても変わんねえな」
鳥居を見上げ、蒼矢はつぶやいた。
数年に一度のペースで色を塗り替えているだろうそれは、古さを感じさせない程の鮮やかさを保っている。
(まあ、古ぼけていればいいってわけじゃねえけど)
そう心の中でつぶやいて、鳥居をくぐろうと歩き出す。しかし、隣にいるはずの朱音は、その場で立ち止まったままだった。
「……朱音?」
不思議に思い呼びかけると、朱音は肩をびくりと震わせて蒼矢を見る。
「どうした?」
蒼矢は朱音のもとに戻り、優しく問いかける。
「……ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって」
これから神様と対面するのだ、緊張するのも無理はない。
「俺も最初はそうだったぜ。でも、元は俺らと同じ妖怪だし、そこまで気負うことはねえよ」
そう言うと、蒼矢は朱音の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「うん……ありがと」
礼を言って微笑む朱音に安心したのか、蒼矢は無言で歩き出した。その少し後ろから朱音もついて行く。
鳥居をくぐり参道を進んで行くと、肌に感じる空気が徐々に変わっていった。心なしか冷たく感じる。だが、それは嫌なものではなく、むしろ心を落ち着かせてくれるような清々しいものだった。
境内には誰もおらず、昨日の喧騒が嘘のように静まり返っている。
蒼矢は、まっすぐに本堂へと足を運ぶ。その後を追うようについて行く朱音。
静寂の中に二人の足音だけが響く。まるで、この世界に二人だけしかいないかのようだ。
(……勘弁しろよ。どうせなら、もっと美人なお姉さんがいいっての)
そんな錯覚をしてしまった自分に心の中で抗議して、小さくため息をついた。どうやら、蒼矢にとって朱音は守備範囲外らしい。
そんなことはつゆ知らず、蒼矢のため息に気づいた朱音は、
「どうかした?」
と、純粋に尋ねた。
「あ、いや……何でもねえ」
平静を装って告げる蒼矢。だが、声が少しうわずってしまう。
わずかな声色の変化など気に止めていないのか、朱音はそっかと気のない返事をしただけだった。
追及がないことに内心ほっとする。
(……っと。そんなこと考えてる場合じゃなかった。切り替えとかねえと、白梨にツッコまれちまう)
仕事で来たのだからと、蒼矢は気持ちを半ば無理やりに切り替える。
本堂に着くと、蒼矢はズボンの後ろポケットから財布を取り出し、小銭を賽銭箱に投げ入れた。木箱に小銭が当たる小気味好い音が響く。
蒼矢が二礼二拍手一礼をすると、朱音も見よう見まねで参拝する。
(白梨、紫縁、いるんだろ? 通してくれ)
蒼矢は、周囲に人の気配がないことを瞬時に確認してから、心の中で白梨と紫縁に問いかけた。
『……おや、蒼矢じゃないか』
蒼矢の耳もとで聞こえてきたのは、白梨の声だった。
『女の子連れとは、また珍しい』
揶揄するような白梨の声音に、蒼矢は仕事だと短く告げる。
昨日の二階堂の言葉を思い出した白梨は、それ以上からかうことはしなかった。
『彼女に、目を閉じるように伝えて』
(わかった)
蒼矢は短く答えると、
「朱音。これから天狐様に会いに行くから、俺がいいって言うまで目、閉じてろ」
正面を向いたまま、ややぶっきらぼうに告げる。
朱音は緊張した面持ちでうなずき、固く目を閉じた。
蒼矢も静かに目を閉じる。
(いつでもいいぜ)
『それじゃあ、いくよ』
白梨の声が頭の中に響いたかと思うと、目を閉じていてもわかるくらいのまぶしい光が二人を包んだ。
しばらくして、光が終息するのを感じた蒼矢はゆっくりと目を開ける。眼前には、懐かしい光景が広がっていた。
自然と安堵の息がもれる。
「目、開けていいぜ。朱音」
蒼矢は、隣にいる朱音に明るく声をかけた。
朱音がおそるおそる目を開けると、景色が一変していた。境内だったそこは、広々とした道場に変わっていたのである。
「え……何!? ここ、どこ?」
何が起こったのか理解が追いつかず、目を白黒させる朱音。
「落ち着け」
そう言って、蒼矢が朱音の肩に手を置くと、安心したのか彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい……」
突然のことに戸惑う蒼矢。
だが、それも一瞬のことで。優しい眼差しで朱音を見ると、彼女の頭を優しくなでた。
「あ~あ、女の子泣かすなんて最低だ~」
後ろから揶揄するような声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声に、蒼矢の表情は一気に険しいものになる。朱音をなでていた手もぴたりと止まった。
蒼矢の雰囲気がガラリと変わったことを感じ取り、朱音は涙をぬぐいながら顔を上げた。
「人聞きの悪いこと、言うんじゃねえよ」
蒼矢はぶっきらぼうにそう言って、後ろを振り返る。
すらりとした長身の人物が二人、そこにはいた。
双子だから当然だが、背丈も中性的な顔立ちもまるきり同じ。違うところと言えば、髪の長さと瞳の色だけで。
純白の長い髪に浅葱色の瞳を持つ人物と、純白の短い髪に紫紺の瞳を持つ人物。この神社に奉られている神様、白梨と紫縁である。
「いつ見ても変わんねえな」
鳥居を見上げ、蒼矢はつぶやいた。
数年に一度のペースで色を塗り替えているだろうそれは、古さを感じさせない程の鮮やかさを保っている。
(まあ、古ぼけていればいいってわけじゃねえけど)
そう心の中でつぶやいて、鳥居をくぐろうと歩き出す。しかし、隣にいるはずの朱音は、その場で立ち止まったままだった。
「……朱音?」
不思議に思い呼びかけると、朱音は肩をびくりと震わせて蒼矢を見る。
「どうした?」
蒼矢は朱音のもとに戻り、優しく問いかける。
「……ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって」
これから神様と対面するのだ、緊張するのも無理はない。
「俺も最初はそうだったぜ。でも、元は俺らと同じ妖怪だし、そこまで気負うことはねえよ」
そう言うと、蒼矢は朱音の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「うん……ありがと」
礼を言って微笑む朱音に安心したのか、蒼矢は無言で歩き出した。その少し後ろから朱音もついて行く。
鳥居をくぐり参道を進んで行くと、肌に感じる空気が徐々に変わっていった。心なしか冷たく感じる。だが、それは嫌なものではなく、むしろ心を落ち着かせてくれるような清々しいものだった。
境内には誰もおらず、昨日の喧騒が嘘のように静まり返っている。
蒼矢は、まっすぐに本堂へと足を運ぶ。その後を追うようについて行く朱音。
静寂の中に二人の足音だけが響く。まるで、この世界に二人だけしかいないかのようだ。
(……勘弁しろよ。どうせなら、もっと美人なお姉さんがいいっての)
そんな錯覚をしてしまった自分に心の中で抗議して、小さくため息をついた。どうやら、蒼矢にとって朱音は守備範囲外らしい。
そんなことはつゆ知らず、蒼矢のため息に気づいた朱音は、
「どうかした?」
と、純粋に尋ねた。
「あ、いや……何でもねえ」
平静を装って告げる蒼矢。だが、声が少しうわずってしまう。
わずかな声色の変化など気に止めていないのか、朱音はそっかと気のない返事をしただけだった。
追及がないことに内心ほっとする。
(……っと。そんなこと考えてる場合じゃなかった。切り替えとかねえと、白梨にツッコまれちまう)
仕事で来たのだからと、蒼矢は気持ちを半ば無理やりに切り替える。
本堂に着くと、蒼矢はズボンの後ろポケットから財布を取り出し、小銭を賽銭箱に投げ入れた。木箱に小銭が当たる小気味好い音が響く。
蒼矢が二礼二拍手一礼をすると、朱音も見よう見まねで参拝する。
(白梨、紫縁、いるんだろ? 通してくれ)
蒼矢は、周囲に人の気配がないことを瞬時に確認してから、心の中で白梨と紫縁に問いかけた。
『……おや、蒼矢じゃないか』
蒼矢の耳もとで聞こえてきたのは、白梨の声だった。
『女の子連れとは、また珍しい』
揶揄するような白梨の声音に、蒼矢は仕事だと短く告げる。
昨日の二階堂の言葉を思い出した白梨は、それ以上からかうことはしなかった。
『彼女に、目を閉じるように伝えて』
(わかった)
蒼矢は短く答えると、
「朱音。これから天狐様に会いに行くから、俺がいいって言うまで目、閉じてろ」
正面を向いたまま、ややぶっきらぼうに告げる。
朱音は緊張した面持ちでうなずき、固く目を閉じた。
蒼矢も静かに目を閉じる。
(いつでもいいぜ)
『それじゃあ、いくよ』
白梨の声が頭の中に響いたかと思うと、目を閉じていてもわかるくらいのまぶしい光が二人を包んだ。
しばらくして、光が終息するのを感じた蒼矢はゆっくりと目を開ける。眼前には、懐かしい光景が広がっていた。
自然と安堵の息がもれる。
「目、開けていいぜ。朱音」
蒼矢は、隣にいる朱音に明るく声をかけた。
朱音がおそるおそる目を開けると、景色が一変していた。境内だったそこは、広々とした道場に変わっていたのである。
「え……何!? ここ、どこ?」
何が起こったのか理解が追いつかず、目を白黒させる朱音。
「落ち着け」
そう言って、蒼矢が朱音の肩に手を置くと、安心したのか彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい……」
突然のことに戸惑う蒼矢。
だが、それも一瞬のことで。優しい眼差しで朱音を見ると、彼女の頭を優しくなでた。
「あ~あ、女の子泣かすなんて最低だ~」
後ろから揶揄するような声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声に、蒼矢の表情は一気に険しいものになる。朱音をなでていた手もぴたりと止まった。
蒼矢の雰囲気がガラリと変わったことを感じ取り、朱音は涙をぬぐいながら顔を上げた。
「人聞きの悪いこと、言うんじゃねえよ」
蒼矢はぶっきらぼうにそう言って、後ろを振り返る。
すらりとした長身の人物が二人、そこにはいた。
双子だから当然だが、背丈も中性的な顔立ちもまるきり同じ。違うところと言えば、髪の長さと瞳の色だけで。
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