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第6話 蛇
聞き込み調査
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市役所は、幽幻亭から車で五分程の場所にある。老朽化のため新しく建て替えられた庁舎は、ガラスが多用されており周囲の建物よりも都会的な印象を受ける。
駐車場に車を停めると、二人は柏木充のことを聞くため市役所内へと向かった。
庁舎に入ると、真新しいロビーが二人を出迎えてくれた。数メートル先の正面に受付らしきカウンターがあり、二人の女性職員が並んで座っている。
二階堂は受付けの女性に声をかけ、
「こちらに勤めている柏木充さんのことについて、少々お聞きしたいのですが……」
と、名刺を差し出しながら、彼を知っている人物に取り次いでほしいと告げる。
女性達は顔を見合わせると、
「少々お待ちください」
と、どこかへ電話をかけた。
しばらく待っていると、
「詳しい者が参りますので、そちらでお待ちください」
と、ロビーの端の方にある休憩スペースに案内された。
そこにあるのは、長方形の白いローテーブルと四脚の白い椅子のセット。それが十組程、窓際に沿って等間隔に並べられている。肩までの高さがある黒いパーティションが各セットの間に設置されているため、ちょっとした個室のようだ。
二人は、受付からほど近いテーブルを選び大人しく待つことにした。
数分後、小太りの男が小走りでやってきた。
「お待たせしてすみません」
額にうっすらと汗をにじませた男は、小畑昭秋と名乗って名刺を差し出した。
二階堂はそれを受け取ると、自分も名刺を差し出して蒼矢とともに自己紹介をする。
三人がほぼ同時に着席すると、二階堂は改まったように口を開いた。
「警察にも話されたとは思いますが、柏木さんについてお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「はい、私が知ってることであれば……」
「では、一昨日の柏木さんの様子について、何か変わったことなどはありませんでしたか? 例えば、何かに悩んでいたとか……」
小畑は少し考え込んだ後、特に変わった様子はなくいつも通りだったと告げた。
「誰かと揉めてたってこともないのか?」
と、蒼矢。
「柏木が誰かと揉めてたなんてこと、見たことも聞いたこともありません。あいつは真面目な男で、優しさが服を着て歩いてるような奴ですから」
「と言うと、誰にでも優しかったと?」
小畑はうなずいて、職員だけでなく市役所を訪れる人々にも優しく、懇切丁寧に対応していたと告げた。
「私も、柏木にはかなり助けられました。相談にのってもらったり、愚痴を聞いてもらったり……」
「柏木さんとは仲がよかったんですか?」
「ええ。同じ部署で年が近いのもあるんですが、釣りが共通の趣味でして。よく、休日に二人で釣りに行ってました。柏木は本当にいい奴で、皆からとても頼りにされてましたね。かくいう私も、あいつを頼りにしていた一人なんですがね。……それが、どうしてこんなことに――」
小畑はうつむき、言葉を詰まらせる。その声は少し震えていて、涙ぐんでいるのだろうことがうかがえる。
しばしの沈黙のあと、涙をぬぐった小畑は二階堂と蒼矢を交互にまっすぐ見つめて、
「あいつを……柏木を見つけだしてください! どうかお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
二階堂と蒼矢は、必ずと力強くうなずいた。
「他に、柏木さんとよく話をされていた方はいらっしゃいますか?」
「そうですね……。ああ、そこのパン屋の店員さんなら、一昨日も話してたんじゃないですかね? 毎日のようにパンを買っていたので」
小畑はそう言って、受付から少し奥に進んだところにある小さなパン屋を指差した。
「なるほど、ありがとうございます。それと、職員用の駐車場はどこにありますか?」
「この庁舎の裏手にありますよ」
二階堂と蒼矢はもう一度礼を言うと、小畑が指し示したパン屋へと向かった。
受付を通りすぎると、各フロアのエリア案内が書かれた大きな案内板が立てられている。その横に、先程小畑が言っていたパン屋があった。
市役所内の雰囲気を壊さないよう、ブースの色合いはモノトーンで統一されている。しかし、多数のパンが所狭しと並べられているショーケースが、自身の存在を主張していた。
ショーケースの前に来ると、その奥で一人の女性店員が何やら作業をしているのが見えた。
「すみません」
二階堂が声をかけると、女性は弾かれたように振り向いた。茶色のポニーテールが、なびくように揺れる。
「いらっしゃいませ」
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが、少しお時間よろしいですか?」
と、二階堂が名刺を差し出しながら尋ねる。
彼女はそれを受け取ると、
「幽幻亭――あ、もしかして退治屋の方ですか?」
可愛らしい笑顔で質問を返した。
「……ええ、まあ。警察の方からはそう呼ばれてますが……」
なぜそれを知っているのだろうかと、二階堂は疑問に思う。『退治屋』と呼ぶのは、警察関係者だけなのだ。
疑問が表情に出ていたのだろう、
「ここ、警察署の隣に本店があるんです。それで、よく警察署に勤めてる方々が買いに来てくれるんです」
そこで会話を小耳にはさみ、常連の警察官に教えてもらったのだと。彼女は説明する。
「なるほど。それでご存知だったんですね」
「ええ。あ、自己紹介がまだでしたね。私、小湊詩織と言います。……それで、聞きたいことって何ですか?」
「柏木充さんのことなんですが、ご存知ですか?」
「はい、もちろん知ってます」
「実は、一昨日、退社された後から柏木さんの行方がわからなくなってるそうなんです」
「え、そうなんですか!? ……あ。だから、昨日は買いに来なかったんだ」
「と言うと、柏木さんはよくここに?」
「ええ。毎日、メロンパンとサンドイッチを購入されてました」
「毎日、ねぇ……。よく飽きねえな」
蒼矢が素直な感想を口にすると、詩織は同意して、
「毎日同じもので飽きないのか、聞いたことがあるんです。そしたら、『ここのパンの中でも、この二つは特にお気に入りなんだ』って」
子どものような満面の笑みで言っていたと、うれしそうに話す。
「なるほど。では、最近の柏木さんについて、何か変わったことはありませんでしたか?」
詩織は少し考え込んだ。しかし、口にした答えは、小畑と同じ『特に変わった様子はなかった』というものだった。
「そうですか……」
二階堂は、無意識のうちに落胆の色を声音に乗せてしまっていた。
暗い空気が三人を包み込もうとした時、詩織が思い出したように口を開いた。
「……そう言えば、一昨日のお昼くらいに美人なお姉さんとお話ししてましたよ」
「美人なお姉さん……?」
そう聞き返して、二階堂と蒼矢は顔を見あわせる。
「ええ。あまり見たことない方でした。親しそうに話してたので、彼女さんかなって」
そう告げる詩織の表情は、どこか寂しそうに見えた。どうやら、彼女は柏木に好意をよせていたらしい。
それに気づいた二階堂だが、そんなことはお構いなしに彼女が見たという女について身を乗り出して尋ねた。
二階堂の勢いに気圧されながらも彼女は、
「えっと……覚えてるのは、長い黒髪がきれいだったことと、たぶん香水だと思うんですけど、キンモクセイの香りがしたことですね」
「なるほど。長い黒髪にキンモクセイの香り、ですね。ありがとうございます!」
礼を言った二人は、心なしか軽い足取りでパン屋を後にした。
駐車場に車を停めると、二人は柏木充のことを聞くため市役所内へと向かった。
庁舎に入ると、真新しいロビーが二人を出迎えてくれた。数メートル先の正面に受付らしきカウンターがあり、二人の女性職員が並んで座っている。
二階堂は受付けの女性に声をかけ、
「こちらに勤めている柏木充さんのことについて、少々お聞きしたいのですが……」
と、名刺を差し出しながら、彼を知っている人物に取り次いでほしいと告げる。
女性達は顔を見合わせると、
「少々お待ちください」
と、どこかへ電話をかけた。
しばらく待っていると、
「詳しい者が参りますので、そちらでお待ちください」
と、ロビーの端の方にある休憩スペースに案内された。
そこにあるのは、長方形の白いローテーブルと四脚の白い椅子のセット。それが十組程、窓際に沿って等間隔に並べられている。肩までの高さがある黒いパーティションが各セットの間に設置されているため、ちょっとした個室のようだ。
二人は、受付からほど近いテーブルを選び大人しく待つことにした。
数分後、小太りの男が小走りでやってきた。
「お待たせしてすみません」
額にうっすらと汗をにじませた男は、小畑昭秋と名乗って名刺を差し出した。
二階堂はそれを受け取ると、自分も名刺を差し出して蒼矢とともに自己紹介をする。
三人がほぼ同時に着席すると、二階堂は改まったように口を開いた。
「警察にも話されたとは思いますが、柏木さんについてお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「はい、私が知ってることであれば……」
「では、一昨日の柏木さんの様子について、何か変わったことなどはありませんでしたか? 例えば、何かに悩んでいたとか……」
小畑は少し考え込んだ後、特に変わった様子はなくいつも通りだったと告げた。
「誰かと揉めてたってこともないのか?」
と、蒼矢。
「柏木が誰かと揉めてたなんてこと、見たことも聞いたこともありません。あいつは真面目な男で、優しさが服を着て歩いてるような奴ですから」
「と言うと、誰にでも優しかったと?」
小畑はうなずいて、職員だけでなく市役所を訪れる人々にも優しく、懇切丁寧に対応していたと告げた。
「私も、柏木にはかなり助けられました。相談にのってもらったり、愚痴を聞いてもらったり……」
「柏木さんとは仲がよかったんですか?」
「ええ。同じ部署で年が近いのもあるんですが、釣りが共通の趣味でして。よく、休日に二人で釣りに行ってました。柏木は本当にいい奴で、皆からとても頼りにされてましたね。かくいう私も、あいつを頼りにしていた一人なんですがね。……それが、どうしてこんなことに――」
小畑はうつむき、言葉を詰まらせる。その声は少し震えていて、涙ぐんでいるのだろうことがうかがえる。
しばしの沈黙のあと、涙をぬぐった小畑は二階堂と蒼矢を交互にまっすぐ見つめて、
「あいつを……柏木を見つけだしてください! どうかお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
二階堂と蒼矢は、必ずと力強くうなずいた。
「他に、柏木さんとよく話をされていた方はいらっしゃいますか?」
「そうですね……。ああ、そこのパン屋の店員さんなら、一昨日も話してたんじゃないですかね? 毎日のようにパンを買っていたので」
小畑はそう言って、受付から少し奥に進んだところにある小さなパン屋を指差した。
「なるほど、ありがとうございます。それと、職員用の駐車場はどこにありますか?」
「この庁舎の裏手にありますよ」
二階堂と蒼矢はもう一度礼を言うと、小畑が指し示したパン屋へと向かった。
受付を通りすぎると、各フロアのエリア案内が書かれた大きな案内板が立てられている。その横に、先程小畑が言っていたパン屋があった。
市役所内の雰囲気を壊さないよう、ブースの色合いはモノトーンで統一されている。しかし、多数のパンが所狭しと並べられているショーケースが、自身の存在を主張していた。
ショーケースの前に来ると、その奥で一人の女性店員が何やら作業をしているのが見えた。
「すみません」
二階堂が声をかけると、女性は弾かれたように振り向いた。茶色のポニーテールが、なびくように揺れる。
「いらっしゃいませ」
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが、少しお時間よろしいですか?」
と、二階堂が名刺を差し出しながら尋ねる。
彼女はそれを受け取ると、
「幽幻亭――あ、もしかして退治屋の方ですか?」
可愛らしい笑顔で質問を返した。
「……ええ、まあ。警察の方からはそう呼ばれてますが……」
なぜそれを知っているのだろうかと、二階堂は疑問に思う。『退治屋』と呼ぶのは、警察関係者だけなのだ。
疑問が表情に出ていたのだろう、
「ここ、警察署の隣に本店があるんです。それで、よく警察署に勤めてる方々が買いに来てくれるんです」
そこで会話を小耳にはさみ、常連の警察官に教えてもらったのだと。彼女は説明する。
「なるほど。それでご存知だったんですね」
「ええ。あ、自己紹介がまだでしたね。私、小湊詩織と言います。……それで、聞きたいことって何ですか?」
「柏木充さんのことなんですが、ご存知ですか?」
「はい、もちろん知ってます」
「実は、一昨日、退社された後から柏木さんの行方がわからなくなってるそうなんです」
「え、そうなんですか!? ……あ。だから、昨日は買いに来なかったんだ」
「と言うと、柏木さんはよくここに?」
「ええ。毎日、メロンパンとサンドイッチを購入されてました」
「毎日、ねぇ……。よく飽きねえな」
蒼矢が素直な感想を口にすると、詩織は同意して、
「毎日同じもので飽きないのか、聞いたことがあるんです。そしたら、『ここのパンの中でも、この二つは特にお気に入りなんだ』って」
子どものような満面の笑みで言っていたと、うれしそうに話す。
「なるほど。では、最近の柏木さんについて、何か変わったことはありませんでしたか?」
詩織は少し考え込んだ。しかし、口にした答えは、小畑と同じ『特に変わった様子はなかった』というものだった。
「そうですか……」
二階堂は、無意識のうちに落胆の色を声音に乗せてしまっていた。
暗い空気が三人を包み込もうとした時、詩織が思い出したように口を開いた。
「……そう言えば、一昨日のお昼くらいに美人なお姉さんとお話ししてましたよ」
「美人なお姉さん……?」
そう聞き返して、二階堂と蒼矢は顔を見あわせる。
「ええ。あまり見たことない方でした。親しそうに話してたので、彼女さんかなって」
そう告げる詩織の表情は、どこか寂しそうに見えた。どうやら、彼女は柏木に好意をよせていたらしい。
それに気づいた二階堂だが、そんなことはお構いなしに彼女が見たという女について身を乗り出して尋ねた。
二階堂の勢いに気圧されながらも彼女は、
「えっと……覚えてるのは、長い黒髪がきれいだったことと、たぶん香水だと思うんですけど、キンモクセイの香りがしたことですね」
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