彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
52 / 284
May

5月21日(火) 祭りの予感④

しおりを挟む
 文化祭の準備を始めて早や二週間。
 本番まであと二週間とちょっと――という準備半ばな日でありながら、進捗はまずまずな状況であった。

 衣装はまだ用意できてはおらず、書き割りの出来も七割ほど、演者の台詞暗記も完璧ではなく、全てが中途半端。

 ここでまだ半分と捉えるのか、もう半分しかないと捉えるのかで人間性が問われそうだ。
 ……などと、余計な思考を挟みつつ与えられた仕事を俺は淡々とこなしていく。

 そんな現在地は自分たちのクラスがある実習棟ともう一つ存在する教育棟との間に生まれた芝生の隙間地――通称、中庭。
 ペンキが教室の壁や床に飛んで汚れては嫌だから、という理由。そして大きさ的な場所の都合により、こうして書き割り担当者たちは足を運んでいた。

 とはいえ、別に俺は絵を描けるわけでもない。
 なのに、なぜ書き割り担当をしているのかと言えば、単に色塗りを任せられているだけだ。

 鉛筆から油性ペンですでに下書きはされているために、あらかじめ決められた色をペタペタと刷毛で塗る単純作業。
 必要なのは根気と塗色の正確性であり、下っ端専用の仕事とも言えよう。

 まぁ、逆に言えば、これをするだけでクラスでも仕事をしたということになるのだから、安いものか。
 普段から無駄な思考に脳のリソースを割いている分、こういった頭を使わない作業は存外に楽しいものだしな。

 立ち上がり、グッと背伸びをしてみれば、屈みっぱなしで凝り固まった腰がポキリと小気味の良い悲鳴を上げた。
 空は夕焼けと呼ぶにはまだ青く、足元に広がる無機質な竹林もまた青い。

 ペンキが飛ばないように刷毛を静かに缶の中へと放り戻せば、グルリと辺りを見渡す。
 もちろん、ここにいるのは俺だけではないのだが、だからといって下っ端だけとも限らない。

 俺たちとはまるで違う身分。比べ物にならないほどの重要度を持つ方々。
 まさに演劇という出し物における主役であり、文字通りの意味でも主役であるかなたたち演者もまたそこいた。

 しっかりとステージと同じだけの広さを確保し、台本を片手にその場所全体を使って読み合わせと実際の動きを確認する――要は立ち稽古というやつだ。

 声が響いて他クラスの邪魔になるのを防ぐため……らしいが、それにしてもこの方法はどうなのだろう。
 何もない空間でひたすらに演技をするだけでも苦行だというのに、それをこんな人目の付きやすい場所で行うなど正直に言って正気の沙汰ではない。

 ……それとも、この恥もまた本番における練習とか?

 まぁ、何にしてもご愁傷様である。
 一心不乱にこちらを睨む幼馴染に肩をすくめ、集中して練習するように首で示してやれば、俺は再び腰を屈めて元の仕事へと戻った。

「精が出るな」

 左から右に、上から下に、色ムラが出ないように手を動かしていると、そんな声が上から掛かる。

「お前ほどじゃないさ、翔真」

 見上げれば、そこにはカッターシャツの袖を捲り、いつもより一つ余計に胸元のボタンを開けた青年が立っていた。
 無意識なのか、敢えてなのか、差す太陽と被るような立ち位置にいてくれているおかげで眩しくない。

「書き割りの方の調子はどうだ?」

「さぁ……全体のことは知らん。こっちだけで言えば――まぁ、ご覧の通りって感じだ」

 全体の七割ちょっと、といった具合だろう。
 自分でも割と進められているのではないか、と自負していたりする。

「そっちはどうなんだ? 演技の練習」

「やっぱり、台詞を覚えるのが大変みたいだな。いや……覚えるというよりは、緊張下で間違えないようにするのが――って感じか」

 まぁ、だろうな。
 いくら覚えたって、人間なんだからど忘れくらいある。それを動きを交えて、しかも大勢の前で見せるのだから困難極まりないだろう。話す言語は日本語じゃないし。

「それでも、主役で一番台詞量の多い倉敷さんが淡々とこなしてくれているのは助かってるよ。おかげで進みは悪くない」

「アイツは暗記も強いし、それくらいで臆するような性格じゃないからな」

「それはそらもだろ?」

 笑いながら幼馴染について語れば、同様に笑ってそんな返しをされる。

「聞いたよ、帝役の台詞は完璧らしいな」

「そりゃ……あんだけ読み合わせの練習に付き合わされたら、さすがに覚えるさ」

 昼夜・平日休日を問わず、暇があれば事あるごとに頼まれたからな。
 それだけ反復すれば、誰だって覚えるってもんだ。

「しかし、何でまたそんなにやる気があるんだろうな……」

 普段のかなたは、俺ほどではないにしてもここまで行事にのめり込むタイプではない。
 現に、今もまた恨めしそうに、面倒くさそうにこちらを睨んでいるし。

「さぁな、そらに分からないんじゃ誰にも分からないさ。まぁ、こちらとしてはやる気があるに越したことはないから良いんだけど」

 うーむ、何か釈然としない。
 妙な不信感が身体にまとわりついているようなそんな折、俺たちのクラスから中庭に向けて声が飛んできた。

「おーい、誰かー! 全体のことが分かるやつなら誰でもいいから来てくれ!」

 咄嗟に俺たちは振り返り、演者の動きを指導していた実行委員の男子生徒に目を向けるが、手が離せないのか首を横に振る。
 また、生憎と女子生徒の方は別の場所で別作業中だ。

「分かった! 俺が行く!」

 そんな中でもすぐに行動に移したのは翔真だった。
 実行委員と即座にアイコンタクトで意思を通じ合わせると、互いに頷き、彼は立ち上がる。

 まぁ、よく実行委員から相談を受けていたようだし、人選としては最良であるのだろうけどな。

「――ってことになった。悪いけどそら、俺の代わりに帝役の立ち稽古を頼む」

 と思っていれば、余計な飛び火が俺を襲う。

「は!? いや、何でだよ。お前がやらないと、意味のないことだろ」

「俺は動きも大体把握したから、問題ない。それより、俺抜きで進めたら俺と関わりのある役の人らがどう動けばいいか分からなくて困るだろ? だから頼むよ」

 言うが勝ちで、逃げるが勝ち。やり逃げの精神なのか、それだけを早口に語れば翔真は全力疾走で校舎の中へと駆けて行った。
 後に残されたのは、スピーディーな事態の移り変わりに呆然とする人々。

 取り敢えず、チラと演者たちの方を覗き見てみれば、若干一名、仲間を見つけたような笑みで手招きをする少女がいる。

 ……畜生め。
 呟きはするものの、俺に拒否権はもうなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...