彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
158 / 284
August

8月25日(日) 先輩たちへのお疲れ様会

しおりを挟む
 明くる日。今日。
 先日の引退試合とは打って変わり、俺たちは学校の近くに存在する食べ放題のバイキングレストランへと来ていた。

 このお店には和洋折衷何でもござれ。
 好きなお肉を取ってテーブルの鉄板で焼き肉をするも良し、常置されたお寿司やハンバーガーを好きに食べるも良し、クレープやソフトクリーム・わたあめなどを専用の機械で作るも良し。

 味を除けば、安さと量と自由度を兼ね備えたまさに学生にうってつけの場所だ。

 そこで、引退する三年生のための……打ち上げ? 卒部会? ……まぁ、何でもいいか。
 いわゆる労いの場を設けていた。

「えー、それでは今から先輩方へのお疲れ様会開くわけですが……その前に、僕たちからプレゼントがあるので受け取ってください」

 埋められた席。そこにはすでに全員のドリンクが用意されており、いよいよかというタイミングで、司会兼新部長の翔真は声を張る。

 その言葉を皮切りに、プレゼントを渡す担当になっていた数人は袋を持って立ち上がり、それぞれの先輩の元へと歩み寄って行った。

「先輩方、今までありがとうございました」

『ありがとうございました!』

 反復するように、翔真に続いて俺たち部員もそう礼を述べれば、担当の数人は銘々に独自の言葉を掛けてプレゼントを贈る。

 中身はプレゼントとして在り来りな寄せ書きの色紙と、それから各先輩方に合った小物アイテムを一つずつ。
 本人やその友達の皆さんにリサーチし、進路に合わせた物を用意したのだ。

 自分で買うには少し高めのグレード品を選んでいるので、きっと使い勝手も悪くないはず。
 もちろん、金額的にも公平を期しているので安心して欲しい。

「さて……では、改めて乾杯の音頭を」

 ある人は笑顔を見せ、ある人は嬉し涙を浮かべる中、翔真はタイミングを見計らって声を発した。

「三年生の先輩方、本当に今までお世話になりました。長い話は昨日で済ましたので、今日は割愛させていただきます。楽しく食べてください。――それでは、乾杯!」

「乾杯っ!」


 ♦ ♦ ♦


 時間とは勝手に流れ、いつの間にか訪れ、気が付けば過ぎているもの。

 あれだけの騒ぎも、終わってしまえば夢のように儚く、まさに幻のようだ。
 長かったような、短かったような……白昼夢にも似た一時。

 そんな現在、存在するのは帰路につく影が二つだけ。
 いつも通りに、かなただけが寄り添っていた。

 ……別にハブられたわけではない。
 仲のいい者同士でカラオケやボウリングなどの二次会に走ったり、各々の予定があったりとで店前で解散をしたためにこうなっているだけだ。

 …………敢えてもう一度言うが、断じてハブられているわけではない。

 というわけで、電車通学の俺たちは駅へと向かうために、来た道を戻って学校の側まで歩いていた。
 そのまま近道をしようと、在校生なら誰でも知っている部室棟横の抜け道を使おうと足を運べば、クイッと服の裾を引っ張られる感覚を覚える。

「…………そら、あれ」

 促されるままに見てみると、そこには影でコソコソと何かを盗み見ている我がバドミントン部の現二年マネージャーが二人。

「菊池さんと叶さんだが……一体、何をしてるんだか」

 死角になっており、見つめる対象が何かは分からないが、取り敢えずフリフリと振られるお尻が可愛いことだけは分かる。
 ……というか、後ろから見てる限りでは怪しさ満点だぞ。

 しかし、出会ってしまった以上は仕方がない。
 静かにゆっくりと近づき、声を掛けた。

「……なぁ、二人とも何をして――むぐっ」

 ともすれば、暗殺者もびっくりの早業で口元を叶さんに抑えられる。

「しーっ…………ってあれ?」
「か、かなちゃん……!」

 それはかなたも同じようで、黙るしかない俺たちを他所にこの状況の発起人もまた驚いた表情を向けてきた。 

「こ、こんな場所でどうしたの?」

「…………それはこっちのセリフ」

 すぐに解放され、問われる俺たち。
 対する俺たち――というか、かなたがジト目で答えると、二人は互いに顔を見合わせて覗いていた方向を指差す。

「……………………? ……何?」
「あれは――」

 百聞は一見にしかず。
 同様に覗き見たその先には、翔真とそれから引退するマネージャーのたちばな結菜ゆいな先輩がいた。

「――その……ただでさえ部長で忙しいのに、呼び出したりしてごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですよ」

 状況は漂う雰囲気で把握する。
 これは俗にいう、アレなのだろう。

「今日で引退するし、これから受験勉強で忙しくなると会うのも難しいと感じたから、今日、私の気持ちを伝えようと思ったの」

「……………………はい」

「畔上翔真くん……。貴方がこの部に入ってきた時から、ずっと好きでした。良ければ、私とお付き合いしてください」

 しっかりと聞こえた言葉。
 頭を下げ、自分の胸元をギュッと掴む彼女の手は緊張で震えていた。

「…………ありがとうございます」

 対して、翔真は答える。
 その彼の浮かべた表情には、俺の最も知る感情が写っていた。

「でも、すみません。先輩とは付き合えません」

 欲するものが目の前にありながらも、それに手が届かない眩しさ。もどかしさ。
 違うのは、そこに対する感じ方のみ。

 得ることを諦めた俺からすれば微笑ましく感傷に浸るだけで済むものの、それを彼は悔やみ、痛ましそうに見つめている。

「…………理由を、聞いてもいい?」

 そして、拒絶された彼女もまた泣きそうだった。

「俺は、先輩が想ってくれているほど高尚な人間じゃないんです……。文武両道、容姿端麗、風流才子――そう褒めてくれる人は大勢いますが、だからこそ、本当の俺を知ったらきっと皆は幻滅する」

 絞り出すように、翔真は言う。

「恐いんですよ、拒絶が。するのではなく、されるのが。…………なので、先輩とも付き合うことはできません」

 互いに、言い終わった場。
 そこには、辛苦以外のなにも残ってはしない。

 両者ともに傷付けようともしていないのに、勝手に傷付いている。

「……告白、ありがとうございました。先輩みたいな素敵な方に慕われて、素直に嬉しかったです。今日を先輩方に喜んでもらえる日にしたかったのですが……ごめんなさい」

 それから、「失礼します」と頭を下げた彼は独り去って行った。

 口を開く者は誰もいない。
 俺の場合は単に喋るつもりがないだけだが、それでもこの場においては殆ど同義だろう。

 空を見上げた。
 物語の世界なら、雨のひとつでも降って全てを流してくれるというのに現実はどこまでも忌々しい。

 陰鬱とする心情を表すように、真っ赤に燃えていた夕空は静かに宵闇へと染まっていく。
しおりを挟む

処理中です...