彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月22日(金) しがない此度のエピローグ③

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「今回は助かりました。ありがとうございます、そらくん」

 今日も今日とて、呼び出される場所は生徒指導室。

 これは最早、先生に呼び出しを受けた人ランキング、生徒指導室に最も訪れた人ランキング、指導室なのに指導されなかった人ランキングにおいて歴代記録を超え、俺は三冠を手にしているのではないだろうか。もしかしたら、殿堂入りを名乗るべきなのかもしれない。

 ――と考えるくらいにはよく来るこの教室で、ソファに身を沈めれば、先生からそんな話を切り出される。

「いえ、俺は別に……。何もしてないですよ」

 しかし、それは過大評価というもの。
 俺はすぐに首を振って否定した。

「そんなことないです。畔上くんの母校――という糸口をそらくんが見つけてくれなければ、私たちは動くことができていませんでした」

「それも、本当は言うつもりなかったんですけどね……」

 本人の語らない……言わば隠された過去をわざわざ暴く俺たちの行為は、ただの自己満足でしかなかったから。
 結果だけ見れば上手くいっているから良いものの、翔真からしてみればたまったものではなかったはずだ。

「けれど、貴方は教えてくれた。赴いてくれました」

「たまたまですよ、たまたま。先生が訪ねてきたあの時、菊池さんもまた同じことを頼んできたから助言しただけに過ぎません」

 菊池さんをあれ以上暴走させるわけにもいかなかったしな……。

「付いて行ったのだって、俺が依頼したのに行かないのは礼儀に反すると思ったから……それだけです」

 つまるところ、俺は今回、何一つとして『誰かのため』には行動しなかった。全ては自分の信念のため。
 だから、褒められるようなことは何もない。

 そして何より――。

「――翔真は結局、あんな状態ですしね」

 不登校が直ったとはいえ、そのせいで謹慎処分を食らってはとてもじゃないが胸を張って解決したとは言い難いだろう。

「あぁ、それなら心配いりませんよ。あれはあくまでも体外的な反省アピールであって、彼の素行には何の影響もしていませんから。その証拠に、奨学生枠から外されていません」

 ニコニコと得意げに語るウチの担任。
 でも、そういうことではないと俺は思う。

「だとしても、ですよ。あの現場に居合わせていながら仲裁も手助けもせず、何なら一言・二言しか話していない俺に向けて贈る言葉じゃない」

 しかも、かなたを使っての、先生に向けたただの救援指示だ。

「それを言うなら、ひたむきに気持ちを伝え続けた菊池さんと、それに応えた翔真が自分で解決したんです。愛の力ってやつですよ」

「ふふ……そらくんが言うと、似合いませんね」

 おどけたようにそう締めくくれば、先生はクスリと口元に手を当てて笑った。

「けど、意外です。そらくんでも、そういうことを信じるんですね」

「でもって何ですか、でもって……。最後に愛は勝つ、恋することが世界の平和――なんて謳われているわけですから、信じない方がおかしいですよ」

「…………? 前者はともかくとして、後者も何かの歌詞ですか?」

「えぇ、まぁ……」

 どこぞの王国の姫様が歌っております。……うたうだけにね!

「……それで? 呼び出した理由はこんな話をするためだったんですか?」

 個人的には話にオチもついたと思うし、そろそろ終わりにしたい。
 本題があるならさっさと話して、ないなら教室に戻らせてもらおう。

「はい、そうですよ」

 そう思って尋ねてみれば、あっけらかんとそう答えられる。

「はぁー……勘弁してくださいよ……。先生の呼び出しが多いせいで、周りからは妙な噂が立てられてるんですよ?」

「あら……いいですね、それ。なら、事実にしてみますか?」

「やめてください。そんなことになったら、待たせているかなたに怒られます……」

 そうでなくても、帰ったら彼女から愚痴を聞かされることは間違いないだろう。
 考えるだけで、自然とため息が零れる。

「待たせている……? 畔上くんはともかく、菊池さんが一緒ではないのですか?」

 俺の言い回しが気になったようで、目をパチクリとさせて尋ねる先生。

「あー……いえ、菊池さんは翔真が謹慎処分になって以降、毎日お昼になるとアイツに会いに行ってるんですよ」

「なるほど……それなのに、お二人は付いて行かないんですね」

「わざわざ、移動するのが面倒なもので……」

「…………私はたまに、貴方たちが友達なのか疑わしく感じます」

 それに対して本心で答えたならば、頭痛でもするかのように頭を抑え始めた。
 けれど、何もおかしいことはあるまい。男の友情なんて、これくらい薄くて軽いものだ。

 それに――。

「――邪魔しちゃ悪いですから」

「それは……そうですね」

 俺の発言に一度言葉を詰まらせた先生だけど、すぐに微笑んでそう返す。

「てことなんで、俺は戻りますね」

「はい、わざわざ時間を取ってくれてありがとうございました」

 その場で頭を下げる先生に対し、俺もまた一礼を返すとドアを閉めて指導室を出た。


 ♦ ♦ ♦


「…………遅い」

「何だ、かなた。ここまで来たのか」

 廊下に立つ俺の目の前には、ジト目を向ける幼馴染の姿があった。
 教室で待っていればいいものを、痺れを切らしてここまで歩いてきたらしい。

「……終わったの?」

 そんな彼女が一言、そう問いかける。

「あぁ、終わったよ。全部、終わった」

 だから俺は頷いた。
 そうして自然に伸ばされた手を握り、二人で一緒に歩き出す。

「そっか……なら、帰ろう」

「そうだな、帰るか」

 ――俺たちの、いつもの日常へと。
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