彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
249 / 284
November

11月23日(土) 北の国からこんにちは

しおりを挟む
「――それじゃあ、そらくんたちは県大会で負けちゃったんだね……」

 リアルが色々と忙しく、なかなか遊ぶことができていなかった俺は、久しぶりにゲーム画面を開いていた。
 およそ二ヶ月前から新シーズンが始まり、せっかくバトルパスも買ったというのに、その進行度は未だに半分も満たしておらず、満足にプレイできていないことは明白だ。

 そんな中、ヘッドホンを通じて聞こえてくる声に耳を傾け、コントローラーを握りながら、返事を返す。

「あぁ……全国はおろか九州大会にも進めなかったよ。不甲斐ないばかりだ」

 とはいえ、俺は戦った全ての試合で一応勝っていたわけで……。
 翔真の調子が良かったら、一年生コンビや最後に控えていたシングルスⅢが勝ってくれていたら――などという、意味のない仮定ばかりが頭に浮かんで仕方ない。

 もちろん、そんなことなど本人は百も承知だろう。一番悔やんでいるのも彼らだろう。
 分かっている。だから、責めたりしなかった。

 ただ、そんなことしか考えられない自分になおさら腹が立つ。それだけだ。

「別に謝ることじゃないよ。試合に絶対はないんだから」

 そして、一方の七海さんはといえば、俺を励ますようにそんな言葉を投げかけてくれた。

「それこそ、勝負の時は運――ってね!」

 ……何故だろう。
 声だけで、他には何も情報がないというのに、不思議と持ち前の大きな胸を逸らしてドヤ顔を向けてくる彼女の姿が脳裏をよぎる。

「それを言うなら、『勝負は時の運』な……。その言い方だと、ジャンケンで勝って先行を取っただけで勝っちゃう某カードゲームを思い出しちゃうだろ」

「あ、あれ……? そうだったっけ?」

 誤りを指摘すると、照れの混じった声が鼓膜を直接叩いた。

 それにしてもあのゲーム……最近は『原点にして頂点』と名高い某アニメとコラボしたらしく、登場キャラがスキンやカードイラスト化しているようなのだ。

 ……ヤバい、課金しなきゃ。
 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースは俺のものだ!

 閑話休題

「それで? バドミントン強化選手にまで選ばれた、天下の七海さまはどんな感じなのでしょうか?」

「もう……からかわないでよ」

 自分よりもはるかに強く、凄く、有名な相手ということで恭しい態度をとってみせれば、彼女は恥ずかしそうにそう返してくる。
 もしかしたら、軽く拗ねてしまったかもしれない。

「えっとね……僕のところは、まだ地区大会の途中だよ。団体戦は先週に予選リーグが終わって、十二月に決勝トーナメント。個人戦は今日・来週・再来週の三日間だね」

 なんてことは俺の杞憂だったようで……って、おい。ちょっと待て。

「えっ、今日試合なの? 行かなきゃまずいだろ……」

 現在時刻はお昼すぎ。
 夜ならまだしも、どう考えてもナウで試合が行われていそうな時間に俺は困惑していた。

「あはは、大丈夫だよ。だって僕は、全道推薦選手に指定されてるから」

「全道……?」

 何だそれ、聞いたことないんだが。

「そう、全道推薦選手。簡単に言うと、地区大会を飛ばして、南北海道選抜大会に出場できるシード権だよ」

「……悪い、その南北海道選抜大会っていうのは、俺たちで言うところのどの大会?」

「うーんと……それに勝ったら全国だから、九州大会……かな?」

「へぇー……なるほど」

 そういえば聞いたことがある。
 北海道は広いため、南北海道と北北海道に出場枠が分かれているだとか……。

 つまり、この少女は強すぎるあまり、大会を色々とすっ飛ばして、戦う前から九州大会レベルの出場が決まっている……というわけだ。

「えっ……普通にヤバいな、それ。七海さま、パネェっすわー」

「だから、様付けは止めてってばー!」

 改めて、自分とは全く違う立ち位置にいることを思い知らされた。
 別にそれで何かが変わるというわけでもないし、変えるような性格も持ち合わせちゃいないが……背中の遠さを感じるな。

「あーあ、それにしても全国でそらくんと会えないのかー……。ただでさえ遠くて、会う機会ないのに……」

 そう考えていると、残念そうに呟く七海さんの声が耳に届く。

「あぁ……それなら大丈夫。会えそうな機会は一応あるよ」

「…………? どういうこと?」

「ウチの修学旅行――毎年五泊六日で北海道と東京に行ってるんだよ。だから、場所によっては会えるかもな」

 ――って言っても、七海さんから来てくれないと難しいけど……。

「ほんと!? やったー、生そらくんだー!」

 そう続けようとする前に、思わずヘッドホンを脱ぎたくなるほどの大音量で喜ばれた。

 気が早ぇよ……。何でもう会える気になっているんだ。少なくとも、場所と日程を聞いてからにしろ。
 あと、『生そらくん』って何だよ。芸能人と直で会ったような反応をして……俺にそこまで希少価値ないぞ。

「それで? いつなの、いつなの?」

 逸る彼女は、期待した声音で情報をせがむ。

「確か……一月の中旬だったかな。詳しい場所とか、行動表はしおりを貰わないとまだ分からないけど……」

 修学旅行――それは、学校生活の中で最大して最高のイベント。
 思春期真っ只中の男女が多少の大人の監視下にあるとはいえ、ひとつ屋根の下で数日間もお泊まりするのだ。

 リア充であろうと、陰キャであろうと、何かしらを期待する。期待せざるを得ない。キャッキャウフフな夢見心地。

 そんな束の間の非日常を味わえるわけで、多くの者が心待ちにするものだけど――。

「そっかー……楽しみだなぁ」

 どうして、他校生の彼女が在学生の俺よりも楽しみにしているのか……。
 そのチグハグさに、苦笑いが零れた。
しおりを挟む

処理中です...