彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月11日(水) 三者面談②・菊池家

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「――これが、先週行われた定期考査の結果です」

 部活のマネージャーの仕事を抜け出し、こうして三日目の三者面談に顔を出した私はジャージ姿の格好そのままに、渡された一枚の紙をお母さんと一緒に眺めました。

「菊池さんの場合ですが、全ての教科において点数が上がっておりまして、他の生徒と比べても著しい伸びを見せています。順位も前回と比較して高くなっていますし、よく頑張ったのではないでしょうか」

「あ、ありがとうございます……!」

 そこに綴られた内容は私が思っていたよりも良く、先生からもお褒めの言葉を頂き、思わず頭を下げてしまいます。
 同時に、視線を動かしてお母さんの顔を窺ってみると、満更でもない表情をしていました。

「また、提出率・出席率ともに優秀で、授業態度に問題もなし……部活ではマネージャーのリーダーとして指揮、クラスでは学級委員と、非の打ち所がありません。これなら、推薦も得られると思いますよ」

 加えて伝えられた総評も悪いものではなく、むしろ称賛の言葉で満たされており、私も少しだけ嬉しかったり……。

「つきましては、余程の難関大学を志望しない限りは今のままで問題ないと考えておりますが……何か心境の変化はありましたか? 確か前回は『人のお世話をする仕事がしたい』と言っていましたが……」

 ともなれば、過去の話も、現在の話も終わり、この三者面談で最も話し合わなければいけない話題――未来の話を振られます。

 五ヶ月とかそれくらい前の話なのに、私の曖昧な志望……というよりは希望をよく覚えている、と三枝先生に尊敬を念を抱きます。
 それとも、どこかにメモでもしていたのでしょうか?

 どちらにしても、三十名を超える生徒の将来を把握しているなんて、教師という存在はすごいです。

「は、はい……一応は、決めました」

 この部活動のマネージャーとして働くことで学んだお世話術――それを活かしたいと言葉を零した時に、先生からは介護・看護や保育士などといった選択肢を挙げてもらいました。

 他にも、私なりに調べて助産師や家政婦など、をお世話をするといっても様々な人を対象にとって、その分だけ職種として細分化されていることに気付き、色々と比べていく中で、私なりの一つの答えを見つけました

「――私、保育士を目指そうかと思います」

 特にきっかけがあったわけではありません。
 物語などでよくある、何かに影響を受けてこの職種に決めたわけでもありません。

 ただ、男性の苦手な私がお世話できる相手を考えたとき、それが子供だったということだけ。

「なので、教育大学の初等教育教員養成課程に進みたいです」

 それに幸い、子供は嫌いではありません。
 また、その…………け、結婚して子供ができた時に……ち、ちゃんと育てられると思いますし……!

「なるほど……。ちなみに、お母様からこのことに関して何かありますでしょうか?」

「いいえ、特には。ちゃんと学んで、自分の道を進んでくれるのであれば、それで構いません」

「そうですか。そう、ですよね……」

 ……………………?
 珍しく翳りのある先生の顔に、私は首を傾げました。

「これで面談は以上です。お忙しいところ、ありがとうございました」

 でも、それは一瞬で……気が付けば元の表情に戻っています。
 私の勘違い……でしょうか?

「こちらこそ、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……!」

 頭を下げるお母さんにつられて頭を下げ、教室を出た私たちは、すぐ外の廊下で待機しているクラスメイトとその親御さんに会釈をして、一緒に校舎の外へと進みました。

 多くの人が車を使う中、自宅が近い私たちは別れることなく校門まで歩き、その先の体育館へと繋がる分かれ道で立ち止まります。

「それじゃ、部活に行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。例の『翔真くん』とやらに、ヨロシクねー♪」

 そう楽しそうに私をからかえば、背中を見せたまま手を振り、家の方向へと歩いて行ってしまいました。

「…………もう! そんなんじゃない……こともないけど……」

 文句を言いたいけれど、その後ろ姿はすでに遠く、代わりに一陣の風が私の身体を撫でます。
 冷たく、それでいて乾いている、冬特有の風。

 その風の流れる方へと視線を向ければ、沈む太陽と、そこから零れる橙色めいた光の残滓に目を奪われました。

「…………早く部活に行こ……!」

 けれども、心はポカポカです。
 それが景色によるものか、これから会える彼によるものか……どちらにしても、私にとって心地がいいことに変わりはありませんでした。
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