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第32話:真夜中の会話
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モンテクレール公爵の豪華な屋敷は、月明かりの下で静まり返っていた。
時折、見回りの衛兵の足音や、石造りの廊下に並ぶ松明のパチパチという音が聞こえる以外は、すべてが沈黙に包まれていた。
エブリンの部屋の重厚なカーテンは、窓の隙間から入り込む微風に揺れていたが、その涼しい空気さえも彼女の不安を和らげることはできなかった。
柔らかいマットレスと豪華なシーツにもかかわらず、彼女は落ち着かずに横たわり、思考が嵐のように渦巻いていた。
彼女の大義の重み、公爵の決断の不確かさ、そして迫りくる戦争——すべてが彼女を押しつぶそうとしていた。
ため息をつき、彼女は起き上がった。
今、話したいと思える人はただ一人だった。
シルクのローブを夜着の上に羽織り、薄暗い廊下に足を踏み出した。
マリクの部屋の前で、彼女は一瞬ためらった。
それは不適切で、無謀にさえ感じられた——しかし、彼女は常に慣習に縛られない人間だった。
彼女には、自分がこの戦いで一人ではないことを思い出させてくれる、心の支えが必要だった。
勇気を振り絞り、彼女は静かにノックした。
中から物音がし、それから足音が聞こえた。
ドアがきしむように少し開き、マリクの姿が見えた——彼の広い肩幅が、部屋の中のろうそくの光にシルエットとなって浮かび上がった。
普段は鋭く戦闘的な彼の視線は、眠気で柔らかくなり、寝間着の上着は少し緩んでいた。
「…王女?」
彼の声は低く、眠気でかすれていた。
「邪魔してごめんなさい」
エブリンは、いつもより静かな声で言った。
「ただ…眠れなくて」
マリクは彼女を一瞬見つめ、それから横に寄った。
「入ってくれ」
彼女は中に入り、手をきちんと前に組んで、質素ながらもきちんと整えられた部屋を見渡した。
小さな暖炉が揺らめき、部屋に影を落としていた。書き物机には羊皮紙が積まれ、その横には磨かれた剣が置かれていた。
マリクは綺麗に整っている短いアフロヘアに手をやり、まだ目を覚ましているようだったが、椅子を指さした。
「座りたいならどうぞ」
エブリンは一瞬ためらい、それからベッドの端に腰を下ろした。
「あまりに乱暴に起こしてしまったかしら」
とエブリンは彼を見ながら言った。
マリクはかすかに笑みを浮かべ、机に寄りかかりながら腕を組んだ。
「自分の親に反旗を翻した王族の娘にしては、優しくノックする方だ」
彼女は軽く笑ったが、その笑みはすぐに消えた。
深く息を吐き、手を見つめた。
「私は自分が装っているほど勇敢じゃないみたい」
マリクの表情が柔らかくなった。
「緊張しているのか?」
彼女はうなずいた。
「すべてが速すぎるの。父が残酷だとは知っていたけど、私を処刑しようとしているなんて…」
彼女は手を握りしめた。
「…現実じゃないみたい。まだ覚めていない悪夢みたい」
マリクはしばらく黙っていたが、それから歩み寄り、彼女の隣にベッドに座った。
近すぎず、しかし温かさを感じられる距離で。
「恐れを感じることは弱さじゃない」
と彼はようやく口を開いた。
「真のリーダーは恐れを認め、それでも前に進むものだ」
エブリンは彼を見つめ、青い瞳がろうそくの光にきらめいた。
「あなたは怖くないの?」
マリクは鼻から息を吐いた。
「俺はこのフェルダリスカ王国で、俺のような者たちが使い捨てにされることを知りながら生きてきた。いつでも、誰も気にせずに俺たちは潰され殺される可能性がある。でも今回は、俺たちは戦い返している。確かに、それは恐ろしいことだ…でも、同時に初めて本当のチャンスがあると感じている。これも、全ては王女が俺達に、きっかけを与えてくれたから。...だから、改めて言うが、ありがとうね、......エブリン王女」
珍しく自分の名前を呼ばれたので、少しドキッとしたエブリンは彼を見つめ、彼の声に込められた静かな決意、その黒い瞳に宿る確固たる意志に感心した。
彼には世界を憎む理由がいくらでもあり、苦悩に沈む理由もいくらでもあった——それでも、彼はここにいて、彼女の大義を信じていた。
彼女は柔らかく微笑んだ。
「あなたは自分が思っている以上に強いのね、マリク」
彼は笑みを浮かべた。
「そして、王女は自分が思っている以上に勇敢で、高貴な身分でありながらも他の誰かの貴族令嬢よりもとても強い女性だと思う」
しばらく、二人は黙っていた。
暖炉の温かさが彼らの間に広がり、その沈黙に何か言葉にならないものが満ちていた。
エブリンは突然、周りの混乱にもかかわらず、どれだけ心地よく感じているかに気づいた。
彼女が王族の仮面を捨て、偽りなく誰かと話せるのは久しぶりだった。
「ありがとう」
と彼女は心から言った。
「どういたしまして」
マリクはうなずいた。
「落ち着いたなら眠ってくれ、エブリン。...公爵と再び話すとき、貴女が最高の状態でいる必要がある...。だから、...な?」
彼女は一瞬ためらい、それからゆっくりと立ち上がった。
ドアにたどり着いたとき、彼女は少し振り返り、肩越しに彼を見た。
「…おやすみ、...マリク」
彼の視線は彼女の目を捉え、落ち着いていて読み取れないものだった。
「おやすみ、王女」
彼女が去るとき、彼女はあることに気づいた。
久しぶりに、彼女の心が軽くなったのだ。
時折、見回りの衛兵の足音や、石造りの廊下に並ぶ松明のパチパチという音が聞こえる以外は、すべてが沈黙に包まれていた。
エブリンの部屋の重厚なカーテンは、窓の隙間から入り込む微風に揺れていたが、その涼しい空気さえも彼女の不安を和らげることはできなかった。
柔らかいマットレスと豪華なシーツにもかかわらず、彼女は落ち着かずに横たわり、思考が嵐のように渦巻いていた。
彼女の大義の重み、公爵の決断の不確かさ、そして迫りくる戦争——すべてが彼女を押しつぶそうとしていた。
ため息をつき、彼女は起き上がった。
今、話したいと思える人はただ一人だった。
シルクのローブを夜着の上に羽織り、薄暗い廊下に足を踏み出した。
マリクの部屋の前で、彼女は一瞬ためらった。
それは不適切で、無謀にさえ感じられた——しかし、彼女は常に慣習に縛られない人間だった。
彼女には、自分がこの戦いで一人ではないことを思い出させてくれる、心の支えが必要だった。
勇気を振り絞り、彼女は静かにノックした。
中から物音がし、それから足音が聞こえた。
ドアがきしむように少し開き、マリクの姿が見えた——彼の広い肩幅が、部屋の中のろうそくの光にシルエットとなって浮かび上がった。
普段は鋭く戦闘的な彼の視線は、眠気で柔らかくなり、寝間着の上着は少し緩んでいた。
「…王女?」
彼の声は低く、眠気でかすれていた。
「邪魔してごめんなさい」
エブリンは、いつもより静かな声で言った。
「ただ…眠れなくて」
マリクは彼女を一瞬見つめ、それから横に寄った。
「入ってくれ」
彼女は中に入り、手をきちんと前に組んで、質素ながらもきちんと整えられた部屋を見渡した。
小さな暖炉が揺らめき、部屋に影を落としていた。書き物机には羊皮紙が積まれ、その横には磨かれた剣が置かれていた。
マリクは綺麗に整っている短いアフロヘアに手をやり、まだ目を覚ましているようだったが、椅子を指さした。
「座りたいならどうぞ」
エブリンは一瞬ためらい、それからベッドの端に腰を下ろした。
「あまりに乱暴に起こしてしまったかしら」
とエブリンは彼を見ながら言った。
マリクはかすかに笑みを浮かべ、机に寄りかかりながら腕を組んだ。
「自分の親に反旗を翻した王族の娘にしては、優しくノックする方だ」
彼女は軽く笑ったが、その笑みはすぐに消えた。
深く息を吐き、手を見つめた。
「私は自分が装っているほど勇敢じゃないみたい」
マリクの表情が柔らかくなった。
「緊張しているのか?」
彼女はうなずいた。
「すべてが速すぎるの。父が残酷だとは知っていたけど、私を処刑しようとしているなんて…」
彼女は手を握りしめた。
「…現実じゃないみたい。まだ覚めていない悪夢みたい」
マリクはしばらく黙っていたが、それから歩み寄り、彼女の隣にベッドに座った。
近すぎず、しかし温かさを感じられる距離で。
「恐れを感じることは弱さじゃない」
と彼はようやく口を開いた。
「真のリーダーは恐れを認め、それでも前に進むものだ」
エブリンは彼を見つめ、青い瞳がろうそくの光にきらめいた。
「あなたは怖くないの?」
マリクは鼻から息を吐いた。
「俺はこのフェルダリスカ王国で、俺のような者たちが使い捨てにされることを知りながら生きてきた。いつでも、誰も気にせずに俺たちは潰され殺される可能性がある。でも今回は、俺たちは戦い返している。確かに、それは恐ろしいことだ…でも、同時に初めて本当のチャンスがあると感じている。これも、全ては王女が俺達に、きっかけを与えてくれたから。...だから、改めて言うが、ありがとうね、......エブリン王女」
珍しく自分の名前を呼ばれたので、少しドキッとしたエブリンは彼を見つめ、彼の声に込められた静かな決意、その黒い瞳に宿る確固たる意志に感心した。
彼には世界を憎む理由がいくらでもあり、苦悩に沈む理由もいくらでもあった——それでも、彼はここにいて、彼女の大義を信じていた。
彼女は柔らかく微笑んだ。
「あなたは自分が思っている以上に強いのね、マリク」
彼は笑みを浮かべた。
「そして、王女は自分が思っている以上に勇敢で、高貴な身分でありながらも他の誰かの貴族令嬢よりもとても強い女性だと思う」
しばらく、二人は黙っていた。
暖炉の温かさが彼らの間に広がり、その沈黙に何か言葉にならないものが満ちていた。
エブリンは突然、周りの混乱にもかかわらず、どれだけ心地よく感じているかに気づいた。
彼女が王族の仮面を捨て、偽りなく誰かと話せるのは久しぶりだった。
「ありがとう」
と彼女は心から言った。
「どういたしまして」
マリクはうなずいた。
「落ち着いたなら眠ってくれ、エブリン。...公爵と再び話すとき、貴女が最高の状態でいる必要がある...。だから、...な?」
彼女は一瞬ためらい、それからゆっくりと立ち上がった。
ドアにたどり着いたとき、彼女は少し振り返り、肩越しに彼を見た。
「…おやすみ、...マリク」
彼の視線は彼女の目を捉え、落ち着いていて読み取れないものだった。
「おやすみ、王女」
彼女が去るとき、彼女はあることに気づいた。
久しぶりに、彼女の心が軽くなったのだ。
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